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青の境界 ~世界に六人しか存在しない特級異能者の一人、実力を隠し暗躍する~  作者: 蒼アオイ
第一章 プロローグ「二つに分かたれた世界で」
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調査結果


   *


 午前8時00分。

 

 オレは昨日の夜の回想を済ませ時間を確認すると8時ちょうどであることが分かったので、そろそろKに調査を頼んでおいた依頼の件で連絡を取ろうとするが、それよりも先にチューニレイダーが青く点灯する。


 この装置が点灯しうるライトの色は三種類。赤、青、黄の三つだ。

 この信号機みたいな色の種類はそれぞれが意味を()しているもので、かなり重要な初期情報となる。

 青色の点灯は「向こうからの連絡」を意味している。向こう、というのはもちろんK側からの通信のことだ。


 オレはチューニレイダーの機器をうなじ辺りに装着し一定の操作をする。

 その瞬間、「キーン」と痛みのような音が鳴る。


 こればかりは慣れないな。しばらくこの音による弊害で悩まされていた時期もあったくらいだ。

 相変わらず、電子系の雑音の後、落ち着いたようなKの声が聞こえてくる。


『もしもし……おはようございます。こちら……あっ……Kだけど……今、時間大丈夫?』


 この声ばかりは何度聞いても()んでいて、とても透明感のある声だと感じる。


「おはよう」


 だが、今日のKはやけに歯切(はぎ)れが悪い。原因は分かり切っている。

 おそらく昨日の夜にチューニングで連絡をとりあった時のことが関係しているのだろうと思われる。

 現に今のところオレに対し、あからさまに敬語を使ってくる様子はない。


「『こちら』と言っている時点で敬語が若干(じゃっかん)混ざってる気もするが、まあいいか」


『う、うるさいです……じゃなくて、うるさい?』


 なぜに疑問形?


『でもそんな軽口が叩けるなら時間はあるんでしょうね』


 もうすでにかなり不安定な返答が返ってくる。ここまでくると可愛らしいを超えて、もはやお茶目な領域だ。

 いつも接してきたクールで冷静な印象であるKとは程遠(ほどとお)いが、それでも(かす)かにその雰囲気がある口調がなんともKらしい。そう感じずにはいられない。

 

 彼女はこういう会話の経験が浅いように感じる。そもそもこういった人間関係の体験ですらも薄いのではないかとオレは推測していた。

 おそらくこれはオレの気のせいではないだろう。

 彼女の言動。口調。会話の内容。言葉遣い。もとより、こういった情報からKのことは考えていた。


 これは単純にオレの(かん)に近い感覚の一部分にすぎないが、彼女は少々特異で特殊な()()ちなのではないだろうか。そう感じさせるような何かが彼女にはある。


「ああ、時間には問題ない。大丈夫だ」

『わかった。じゃあ……調査結果の件。今日私、寝ずに調べたんだから役に立ててよ』

「寝ずに?」

『寝ずに……だけど』

「そうか、ありがとう。オレのためにKが削ってくれた睡眠時間は無駄にはしない」

『それ……嫌味にしか聞こえない』


 彼女は少し嬉しさを(ほの)めかしているような声でそう述べる。きちんと冗談は伝わるようだ。


「そんなことないんだけどな」


 本当にそんなつもりはないが。


「……で、結果はどうだったんだ。なにか一族の生き残りの手掛(てが)かりは(つか)めたのか?」


『結論から言うと(たい)した手掛かりは掴めなかった。おそらく(かみなり)式部(しきぶ)・鬼狩り事変での生存者は……一人』

雷電(らいでん)凛……か」

『そういうこと』


 やはりそれは変わらないことのようだな。


『それ以外の生存者はおそらくゼロ。これは救助に向かった異能力者からの報告書があるから確かな情報だと思う』

「そうなのか?」


 そんな話はあいつから聞いていないが。しっかりとした裏付けがあるなら、そうなんだろう。


『ええ。私の手元にあるこの履歴書によれば、報告者は伏見家(ふしみけ)旧当主(きゅうとうしゅ)伏見(ふしみ)(しゅん)ってなってるけど』

(しゅん)さん?」

『ん? うん……そう書いてある。統也、知り合いなの?』


 どうでもいいことだが案外自然とオレの名前を呼べたな。

 そんなところに驚いている自分がいた。

 普通、アニメや漫画では女性が男性を初めて名前で呼ぶ時、緊張したりドキドキしたりする場面になるはず。

 だがKが今そういった反応を示しているようには感じられなかった。自然にオレを名前で呼ぶことを受け入れているようだ。


(それにしても、なんなんだ。この不思議な感覚は……)


 オレのセンスと理解の領域では、その違和感のような感性の原因は全く解明できなかった。

 彼女がオレの名前を口にしたとき何かが引っかかったが、それほどの重大なことではないと言われれば、それまでだろうと収拾(しゅうしゅう)してしまった。


「ああ、まあ……な」

『……その……伏見旬についてのことは追及しないよ。その方がいいんでしょ?』


 旬さんとオレの関係はいわゆる師弟だ。これを他人に知られてまずいかと聞かれれば、かなりまずい。なぜならオレ達は一般的な師弟とは違うからだ。


 だからこそKのそのオレをよく理解している視点はありがたかった。

 こういうところにきちんと配慮ができるのはKの長所だろう。


「そうしてもらえると助かる」

『そんなことよりも、私さっき大した手掛かりは掴めなかったって言ったよね』

「ああ、言ったな。つまり、少しの手掛かりなら掴めた、と?」

『そういうこと。……ほんとに(かす)かな成果を一つだけ手に入れた』

「微かな成果?」

『かつての履歴や戦闘経歴等の資料じゃなくて、現在の電気(エレクトロン)系魔素(コンケスティング)の数値の資料、これが問題なんだよね』

「エレクトロンコンケスティング? ああ、電気系統のマナのことか。たしかその英称だったはずだ」

『さすが統也は博識(はくしき)だね。そう、電気系統のマナつまり魔素のこと。問題はIW(インナーワールド)内でそのマナを感知した数値の統計結果がちょっとね』

「というと?」

『IWでその数値において正規分布を使って統計を取ると、感知した電気系のマナの量がおかしいんだよね』

「具体的にどういう風におかしいんだ?」

『基本統計量は人が保有するマナの量を標準規定として統計データ上にグラフの可視化を行う』

「そうなのか。人の持つマナの通常の標準データが整理されてる状態ってことか?」

『全くその通り。だからその規定値で要素系のマナの量を測ってたんだろうけど……』

「何か出たらダメな範囲の数値が()()りになった……のか?」

『………』


 Kの驚いたような雰囲気が分かる。あまり表面化していない数値が検出されたのをオレが当てて見せたことに対する感嘆だろう。


 これは完全なる持論だが、五感共有チューニングには第六感のようなものも相手に伝達される仕組みなのかもしれない。Kが驚いたりするのも分かる時がある。


『さすがとしか言いようがないよ。統也はそういう視点も鋭いんだね』

「そうか?……少し考えてみただけだ」

『とにかく、IWで電気系魔素が検出されたのは今後問題になるかもしれない』

「そうなのか? 電気系魔素が珍しいものってことは知ってるが、それが問題になる理由までは解釈できない」

『……』


 Kは何か考えているのだろう。空白の時間が数秒間あった。


「K?……どうかしたのか?」

『統也って中学時代、魔素工学科出身だったんじゃないの?』  

「……そんな情報どこで手に入れたのか知らないが、間違ってはいない」

『だったら分かるんじゃないの?』

「さあ、あんまりピンと来てないのが正直なところだ」

『電気系統の異能を扱うにはマナの内包要素として電気(エレクトロン)系魔素(コンケスティング)が欠かせない。炎系統の異能を扱うには火炎(アドラヌス)系魔素(コンケスティング)……。他の異能も同様に同じような性質がある』

「オレも当然そのくらいは知っている。だが、それで電気系魔素がIW内で検出されるのとは異なる問題だ。別に電気系異能者がIWの中に居ればいいだけで、それが雷電一族とは限らないはずだが……」

『やっぱり知らなかったんだ』


 少し勿体(もったい)ぶるような、()らすようなそんな口調でオレに語り掛ける。


「というと?」

『電気系統の異能を扱うには電子を自由自在に動かすクーロン力と電気的ポテンシャルを操作できる必要がある』

「ああ。そうだろうな」


 それは理解できることだが。


『その能力因子こそが電気系魔素と呼ばれているもの』

「そうだな。それも知っていることだ」


 彼女は一呼吸(ひとこきゅう)おいて、オレの驚くようなことを述べた。


『だけどそれは―――雷電一族にしかない才能だよ』


「……なに? それは本当か」


 もしそれが本当ならオレは長い間、間違った認識をしていたかもしれない。


『本当だよ。こんな嘘ついて私に利益があると思う?』


 そうか。だから凛は「唯一」の電気属性を伸ばすと言っていたのか。

 電気系統の異能を使えるのは「雷電(らいでん)」の名が付く人だけだったってことか……。


『この世界で唯一電気の異能が使える一族、それが雷電一族ということ』


(いや、待てよ……。だとすると矛盾している。電気系異能力者は雷電一族のみなはずなのに……)


「じゃあ何故(なぜ)電気系魔素がIWで検出されたんだ?」

『そういうことだよ。それがおかしいってこと』


 雷電凛しか持ち合わせていないマナ(もの)が、どうしてその辺のマナの検知に引っかかるなんてことになる。


『あなたの言う雷電一族の生き残りが、この世に居るかもしれないということ。それでも、あくまで可能性の話でしょ? だから「微かな成果」と言ったの』

「なるほど……よく理解できた。調べてくれてありがとうな。情報はそれで以上なのか?」

『そうだね。残念だけどこれ以外の情報となると噂の域を超えないものばかりになってしまうかも』

「分かった。まあ、これだけのことを知れただけでもKに調査させて良かったと思ってる」

『そう? なら良かった……』

 一呼吸おいてからオレは口を開く。

「最後に聞くが、雷電凛は本当に一人娘だったのか?」

『っ……?』


 なぜだろうか。Kは雷電凛のことが(から)むと(にぶ)くなることが多い。彼女は普段冷静なだけに余計に気になってしまう。


『うん。一人娘だったはずだけど』

姉妹(きょうだい)とかはいなかったのか?」

姉妹(きょうだい)……? どうしてそんなものがいると?』

「それは……オレの勘だ」

『正直、統也が「勘」なんて言葉を使う人だとは思ってなかった』


 論理的でロジックの通った言葉を好むオレからすると、確かにそんなに好きな用語ではないのは事実だが……。


「この場合は『勘』という言葉が一番適切だと思ったんだ」

『そう……』

 彼女からすればオレがこう述べた以上納得するしかないだろう。


「この話はやめておこうか」

『統也がそう言うなら……そうするけど』


(これは素直に聞いてくれるのか)


「それにしても朝から連絡をくれてありがとう。感謝してる」

『いいえ。これからも頼ってくれれば、私にできることなら応えます』

「ああ。頼ることにする」


 この時のオレの頭には、ある人の声が一瞬よぎっていた。


 オレの脳裏に雷電(らいでん)凛の様子が少しだけ(へん)だった夏の日のことが浮かんだ。

 彼女の(かみ)(いま)だ異変が現れていなかった頃のことだ。

 彼女は夕日に照らされ(ほお)を赤らめながら、クッキーを頬張(ほおば)っていた。

 その時の彼女の―――――凛の声が頭に響く。


「これからも統也が私を頼ってくれるなら、できることはやれるだけやるから」


 そして、その時オレはこう答えた。


「ああ。頼ることにする」と。


ここまで読んでくれた方がいたら本当にうれしいです。励みになります。



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