嵐の前の嵐【4】
*
まずい……。名瀬に知らせないと。
このままでは大輝を守るどころか、理緒も楓さんもここで死ぬ。
「里緒、正面はもう無理よ!」
楓さんの声を聞き、あたしは正面に目がけて地面を強く踏む。
地を踏んだ足には『波動振』の強振動作用を付与。
仮想地震波――――!!
あたしは足から地面へ強烈な振動を送り出し、前にいる影人を一掃する。地面の激しい揺れと共に吹き飛ばすことには成功する。
レイリー波、弾性体の表面を伝わる表面波を利用して使用する異能技。
擬似的な主要動で、言わば模擬的な地震。
「分かってます。後ろはあたしに任せてください!」
声を張って戦闘中の楓さんに伝える。
「頼んだわよ」
今頃名瀬は翠蘭委員長と二人きりで、仲良く、女性型を倒した頃だろうか。
それにしても……意味が分からない。
数分前にいきなり影人の大群が現れ、あたし達を強襲してきた。……まるで大輝を狙っているようにも見えるけど。
以後、楓さんもあたしも理解不能なまま戦闘を強いられている。
幸い、相手のレベルレートはD、C級ほどと推定される影人ばかり。
もしこれがB級以上ならと考えると悪寒が走る。
あたしは名瀬と初めて出会ったあの日以来、影人の本当の恐ろしさを知っている。その時感じた戦慄も鮮明に覚えている。
彼があたしにここを任せた以上、あたしはここを死守する。
ただ、やはり影人の数が多すぎる。いずれ対処しきれなくなるかもしれない。
かといってそうやって悲観しているわけにもいかない。
私は右にいる影人に接近し、心臓部にあるコアを高周波ナイフで貫通させる。
紫の火花、血と共にアメジストのような紫紺石を落とす。
高周波を纏うこのナイフの刃はその超振動により剪断力を高めている。
硬度が高いだけの物ならば豆腐めいて切断することが可能。
休む暇もなく次の影人が攻撃を仕掛けてくる。
あたしはそいつの首を掴み、反対側から突進してくる別の影人にぶつける。
その際生じた衝突波を増幅させ二体ごと吹き飛ばすが、コアに損傷を与えていない以上は意味がない。
「あ、しまった!」
直後あたしの腕が他の影人に捕まれ、綱引きのように引かれた。その慣性で腹部に強烈なパンチを食らう。
その凄まじい痛みで私は言葉にならないような声を漏らす。
身体の力が抜け落ち、その場に崩れ落ちるその最中、微かに目に映る周囲を冷静に分析する。
あたしの周りに見える影人、順に数えていく。おそらく……4、6、9、11は居る。
全て、あたしを殺そうと目で捉えられている。
「里緒!」
10メートルほど離れた場から楓さんの声が聞こえる。
意識が……遠のく。
影人が近づいてくる。
名瀬…。
名瀬……。
「名瀬……」
私は最後の声を絞りだす。
「お前ら―――――オレの里緒に何してる――――?」
薄くなっていく臨界の意識の中、上部から来た「青い一閃」が周囲の影人を切り裂いていく。
時が止まったような世界で、彼だけが青い光を持って閃光のように飛び回る。
三体を一遍に、また五体を一遍に。
速い……。相変わらず速すぎて何も見えない。
直後、車輪のように円形にマフラーを振り回し、彼の前後一体ずつ、上に飛ぶ一体、計三体をまとめて斬る。
おそらく極限状態のあたしが感じたコンマの世界。
すべては一瞬の出来事だった。
同時に11個の紫紺石が落下する。
その光景はまるで月光に煌めく紫の雹に見えた。
「すまない、遅くなった。……よく頑張ったな」
崩れるあたしを直前で支える名瀬。
支えている方とは反対の手であたしの前髪を優しく撫でる。
あたしの顔が熱くなっていくのを感じる。
「遅いよ」
あたしは誤魔化すようにそう言った。
実は彼が近づいて来ているのは知っていた。
だって、ヘアピンで彼と繋がっているから。
「すまん」
*
オレが急いで里緒と大輝のいた空き地へ戻ると、想像を超えた状況だった。
20を超える数の影と、その大群と戦闘する里緒、楓さん。
オレは里緒を救出した後、楓さんの方を見る。
「まあ、あれは大丈夫だろう。ああ見えてもあの人はA級異能士だ」
「なんかあたしより冷たくない?」
オレの右手に支えられる里緒が応じる。
「そうでもない。……それより、よくこんな数の影人と戦闘していたな」
元来、異能士はギアを組んで初めて一体の討伐と見積もられる。
つまり一人でこれだけやれれば上等だ。
異能『波動振』の扱いも上手くなってきている。
里緒はB級異能士くらいにはなっていいと思う。
「それ名瀬が言う? 目の前で11体を瞬殺した人が、それ言っちゃう?」
「まあ、そういうまぐれもあるだろう」
「どんなまぐれさ」
里緒は柔らかく微笑み呆れる。
『統也、イチャついてないで行動したら?』
脳内に流れる凍てついた声。
ここへ来る途中にオレは茜と同調を開始していた。
『今回の影人の大群が成した動きを見るに、黒羽大輝に吸い寄せられている感じだった』
オレは返事をしない。
返事をすれば里緒が怪しむからだ。
チューニレイダーのことを彼女は知らない。
にしても、茜の言う通りここへ来た影の行動は不可解な点が多すぎる。
まず、そもそも影人はこんな大勢で行動する奴らじゃない。
個体差はあると聞いていたが、そういう次元の話なのか?
オレは周囲一帯に落ちている無数の紫紺石を見つつ、そんなことを考えていた。
大体あの『くノ一の影』はなんだ。
触手のこともそうだが、なぜ大輝に関わろうとする?
いや、ここへ来た大群も大輝が狙いだった可能性がある。
だとするとなんだ? 影には大輝が必要なのか?
影人化する正体不明の奴だ。命が狙われるよりは動機が分かりやすいが。
まあ、こうやって状況が把握できても、解決できるわけじゃない。
オレだけの判断では計り知れないのが素直な意見でもある。
杏姉の指示を待つか。
いや……ここからなら異学の理事長、白夜雹理とコンタクトを取る方が早い。
それとも何もしないか。
さて、どうするべきだろう。
「里緒、とりあえず怪我はないか?」
オレは支えられる里緒の顔を見る。
「うーんと、分かんないけど多分腹部やってるかも」
「また腹部か? ……見せろ」
「え?」
彼女の表情が静止画のように停止する。
「え、じゃない」
オレは躊躇せずに彼女の上衣を捲り上げ、腹部を確認する。
綺麗な白い肌とへそが見えるだけで目立った外傷はなさそうだ。
うっすらと腹筋が浮かび上がっている。
「はずいー!」
彼女は両手をめいっぱい広げて赤くなった顔を覆う。
その仕草に一体何の意味があるのか。
オレは浄眼を展開して腹部を透視し、内臓器官などの体内を確認していく。
肋骨は今回大丈夫そうだな。
なら胃と肝臓は問題ないか。
泌尿生殖系も出血なし。
消化器系……十二指腸、小腸も異常なし。
全体的に問題なさそうだ。
人体急所の局所的衝撃で身体が悲鳴を上げ、その反動で意識が朦朧としたか。
オレは彼女の捲った服を下ろしつつ浄眼の発動をやめ、通常視界に戻した。
すると里緒は恥じらいながらも少し不機嫌、そして微かに甘えたような、よく分からない表情をする。
さらに痛くない程度でオレの頬を叩く。
「はずいって言ったのに……」
叩くというより撫でるに近いほど威力は弱かった。
『ね、統也。私、同調切っていいかな?』
なぜか若干キレ気味に聞こえる辛辣な口調。
オレは数か月間彼女の口調や声の調子を聞くたびに大体の雰囲気を読み取れるようになっていた。
「いや、駄目だ」
「えっ? ……でも恥ずかしいものは恥ずかしいし」
里緒は自分に話しかけられたと思い、オレに返答する。
『どうして? もう戦闘は終わったし、私は用済みだと思うけど?』
何が原因でこんな塩対応になったのかしっかりとは理解できないが、言っていることが間違っているわけでもない。
「……そうか。そう思うならそれでもいい」
『うん』
そうしてオレと彼女は同調を切った。
里緒はいつものクールな表情に戻っていた。
そんな時、楓さんが全ての影人にとどめを刺したか、こちらの方に歩いてくる。
「二人で蜜月の仲を育んでいるところ悪いんだけど、統也、私をその女性型の影人の所まで連れてってくれる?」
オレは里緒から楓さんに視線を移す。
『くノ一』を知っているということは、里緒からある程度の話を聞いているということだ。
「分かりました。大輝の方は後回しでいいんですね?」
「ええ構わないわ。元々伏見が監督している存在よ。まぁ……にしては名瀬家のあなたが介入できるのも変な話よね。一体どんな理由があれば伏見とパイプを繋げるのか知りたいわ。しかも……あなた個人だけね。少なくとも私の元ギア、杏子にはそんなこと出来なかった」
少しばかり嫌味を含んだような言い方をされる。
「さあ」
ここで旬とオレの関係を言うわけにはいかない。
「まぁいいわ。早く例の影の所に行きましょ」
「はい。ですがその前に、この紫紺石はどうします?」
オレは言いながら、空き地の地面に転がる複数の紫紺石を指差す。
オレ、里緒、楓さんが討伐した影人の紫紺石だ。
「お金のために回収したい気持ちは山々なんだけど、人類の命運の方が大事よ」
「分かりました」
大輝を囲い、閉じ込める『封獄の檻』に構成されるマナを避役効果に変換し、光学迷彩として利用する。
これでこの空き地にいる大輝を探すことはかなり難しいだろう。
いや、そもそも見つけたところで封獄は破れない。『封獄の檻』を破るにはいくつかの手順がある。
そしてその手順に内包される手段は、この世ではもう一人しか持っていないものだ。
*
翠蘭が控える大型公園に、オレを含める三人が到着する。
出発した際とは違い、結界士の女性が目を覚ましていた。
亡くなった三人遺体は、どこから持ってきたか分からない灰色のシートに被せられていた。
結界士の女性に頼み、檻ごと閉印結界で閉じ込めてもらった。
その後オレが檻を解除することで、奴は結界に封じられることになる。
さらに細かい対処は急遽駆けつけた錚々たる顔ぶれの異能士達と楓さんに全て預け、口止めした翠蘭を家に帰らせた。
結果、CSSと考えられる『くノ一』は異能士協会本部に無事引き渡され、黒羽大輝の存在は安泰に秘匿することが叶った。
その代わり、半日間持続する『封獄の檻』に監禁した彼の身柄は責任を持ってオレと里緒が管理することになった。
それが理由でオレたちは彼を監禁した『檻』のある空き地をよく展望できる場所に位置するビジネスホテルに泊まることにした。
まるで嵐が過ぎ去っていったように容易に、そして異常なまでにスムーズにこの日の事件は幕を閉じた。
――――幾つもの謎を残したまま。
お読み頂きありがとうございます。
(***)また、何とは言いませんが、誤字ではありません。
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