嵐の前の嵐【3】
「それにしても、よくオレの攻撃を避けて、さらには状況を理解したな」
オレは屋根の上、駆ける翠蘭に話しかける。
「木の陰に隠れていた影人のことですか?」
「ああ」
「統也さんがあの影人の殺気に気付いたように、私も少し敏感なのです。殺気を向けられるとどうも反応してしまいます。統也さんが向ける殺気も私ではなく、私より後ろでしたし……」
それで状況を理解し、判断したということか。
一体どれだけの経験をすればオレと同等かそれ以上の敏感になれるのか。不思議でならない。
だがまあ、それより今は……。
「話を戻すが、あの影の目的はなんだと思う? 女性型で、どうやら知性があるようにも感じたが……」
「ええ、動きも速かったですし、かなりの運動神経、反射神経も持っていますよ」
「そのようだな。……話に聞くCSSかもしれない」
「CSS……意思疎通可能と発表されたA級レベルレートの影人群の総称ですか。あり得ますね」
「ああ。そして仮に奴が通常の影よりも知識、理性を持っているのなら面倒だ」
「はい。加えて、他の能力も隠しているかもしれませんしね」
「そういうことだ。……いずれにせよ、奴を捕らえる必要がある」
意思疎通可能なら少しは影の情報を吐いてくれる……かもしれない。
女性型の通りそのまま女々しかったら尚やり易いが、そう上手くはいかないだろう。
「生け捕りにする気ですか? 流石に統也さんでも危険が伴いますよ?」
「分かっている。だが影のことについて詳しく知れなければ、いつまでたっても人類は世界の真実に近づけない。……それに安心しろ。もし翠蘭に危機が迫るようなら、オレが迷わず奴を殺す」
翠蘭はその言葉を聞き数秒沈黙、何も話さない。
どうやら選択肢の条件判定、状況整理。色々考えることがあるらしい。
おもむろに口を開く翠蘭。
「とは言っていますが第一、A級の影人を本当に殺せるんでしょうか? 説明するまでもない事ですが、A級のレベルレートはS級異能士にしか対処できないほどの別格……。先ほど見た女性型も相当に手強いと見えます。いくら統也さんでも無理があるのでは?」
「いや―――奴なら確実に殺せる。論点はそこじゃない」
「え?」
拍子抜けした口調の彼女。
「あの程度のA級なら間違いなく殺すことができる。それよりも論点は、奴を生かしつつ捕らえるのが難儀なことにある。正直そっちには自信がない」
瑠璃のとき同様、殺す方がよっぽど楽なんだが。
オレがそう述べると、
「まさか私、とんでもないような人と一緒にいます?」
そのセリフの具体的な意味は分からないが、おそらくはオレのことを指しているのだろう。
「さあな」
翠蘭はそれ以上口を開かなかった。
*
オレ達は数分間走り続け、やっと女性型の影に追いつく。
その広い公園の現場では他の異能士三組とその影が戦闘中だった。
オレは屋根上、山状の突起に身を隠し、翠蘭と共に様子を見る。
「三組……ギアは二人一組で合計六人……足りないな」
「……と言いますと?」
隣で屈む翠蘭。
「多分六人じゃ、あいつは倒せない」
「そんなこと分かるんですか?」
「いや、そういうわけじゃない……。仮にあの女性型の影を『くノ一』と呼称しよう。そしてその『くノ一』が戦闘力20だと仮定すると、左にいるギアが5と3。中央の牽制しているギアが2と3。右で結界を張ろうとしているギアが1と4………合計18で足りない」
「つまり、彼らでは敵わないということですか?」
「ああ」
「す、すごいですね……まるで話に聞く亡人、伏見旬の『超嗅覚』のようです。匂いを嗅いだだけで相手の強さを測れる能力とは違い、見ただけで分かるようですが」
「まあ、そのようなものと理解してくれて構わない」
オレは言いながら浄眼の発動を止める。
そうしてオレたちが会話している間にも『くノ一』と異能士は戦闘を続行している。
右の女性結界士が『くノ一』の周囲に結界を張ろうとした矢先、奴の疾風迅雷の蹴りを受ける。
結界士はそのまま遠くへ吹き飛ぶ。
気絶したまま倒れている。
見た感じ、あばらが折れた程度か。
「何!? 紗菜! 大丈夫か! ……よくも俺のギアを!!」
怒り心頭に発したその男性異能士が声を上げる。
結界士の女性は紗菜という名前で彼のギアらしい。
男女のギアで、この年齢。もしかしたら交際しているのかもしれない。
「待って! 取り乱さないで!」
他のギアである女性異能士が抑止しようとするが、声を上げた異能士は止まらず立ち向かっていく。
上部に飛びつつ、マナを含んだ特殊な日本刀を『くノ一』目掛けて斬り下す。
しかし、彼のその滞空中に『くノ一の影』が右の触手を伸ばし、心臓を一突きで貫通させる。
直後、赤い液体が消火スプリンクラーのように飛び散る。
「はっ……!」
その一瞬の出来事は他の異能士を緊張させると同時に、集中させる。
だがその「集中」は判断を鈍らせるだけの「迷い」に似ていたのかもしれない。
その後、一秒も満たないうちに反対側の一組のギア……異能士二人の首が同時にはねられる。
触手による攻撃が速すぎて、頸動脈から噴出する血の様子がスローに見えるほど。
どうやら『くノ一』が触手で首を切り落としたようだった。
「統也さん……そろそろ助けないと全員死にますよ!」
そんな様子を見ていたオレに声をかけてくる翠蘭は、いつもより焦っているように感じた。
「ああ」
確かに、さっきは速すぎて止めれなかったが今からならまだ間に合う命もあるだろう。
残っている三人を救出しに行くという翠蘭の判断は正しい。
オレは屋根上から下の様子を観察していく。
生存者。結界士の女性、念動を扱う男性、あとは第六感を持つ女性……か。
うち結界士は気絶。念動の男性は重症の怪我で、第六感の方は恐怖に負けている。
「駄目よ……恐怖で、体が、動かない……」
「愛梨、そんなこと言わず戦わないと! 俺だって怪我してるんだ。もう逃げたい!」
「そもそも……こんな強い影に、太刀打ちできるわけがない……」
残った女性と男性の異能士がそんな会話をする中、一歩また一歩と『くノ一』が近づいていく。
両手の触手を目にも留まらぬ速さで、うねらせながら。
「駄目よ! 私たち、もう助からない! こんなことなら来なきゃよかった……」
涙ながらに叫ぶ女性。
暗闇でその表情は読めないが、絶望を浮かせているのだけは伝わってきた。
「ま、待て……影人! な、なんでもする! だから……だから許してくれぇぇーー!」
男性も大人とは思えないような脆さで許しを請う。
しかし『くノ一』がその説得に耳を傾けることも、応じることもなかった。
奴は通常の影ではあり得ないような速度で風を切りながら彼ら二人に接近、触手を刺そうとする―――――。
それはマッハの接近。
防御どころか反応すらできない人がほとんどだと思われる。
本来なら零コンマ数秒後に全員串刺しにされ、殺されていただろう。
そう――――。
本来なら――――。
オレは屋根から飛び降り、自由落下を遥かに超えた速度で落下しつつ、異能『檻』を帯びるマフラーで『くノ一』の両腕を切り落とす。
「はぁぁっ!」
激しく光る青い異能光波。
瞬間オレは着地し、そのまま奴の胴体に切りかかる。
が、マフラーの刃が通らなかった。
(ちっ……そう簡単には斬れないか)
直後奴はオレに回し蹴りを仕掛けてきたので、素早く一歩下がり着実にその攻撃をかわす。
そのタイミングに合わせオレは再びマフラーを振り下ろす。
今度は奴の顔面にくれてやる。
オレのマフラーに、ある人のマナを結合させ、術式を組む。
β空間磁場からのマナ出力を調整。
中性子、無電荷粒子を融合。
量子プラズマ加速、解放。
全行程完了。
オレが有している檻の空間エネルギーを電気エネルギーに。
この瞬刻に繰り出す一斬りは、秒速数十万キロの落雷として照覧される、雷撃の如き一撃。
重粒子・電離気体切断―――――!!
刃と化した青い電体マフラーで奴を縦に両断する。
激しく光を発する青い電気とエネルギー音。
術式構築の間、少し溜めがあったせいか奴はその隙に若干顔をずらす。
結果オレが斬ったのは右肩から右足にかけての半身だった。
だが十分だろう。
オレはすぐさま周囲に立方体の『檻』を展開し、『くノ一』を監禁する準備をする。
檻の収束が「蒼玉」なのに対し、発散がこの―――。
「『青玉』――――」
しかし数秒待っても、何も起こらない。
―――ああ、駄目だ。完全に失敗。
この発散の演算式は未熟で、こんな風によく失敗するのだ。
仕方ない。普通に閉じ込めるか……。
電気の火花音と共に青い檻が奴を囲み、完全に閉じ込める。
背後では翠蘭が屋根から降り立つ。
「統也さん……凄いです……。本当に生け捕りしてしまうなんて」
信じられないといった口振り。
「いや、どうだろうな。これだけで終わりじゃない気がする」
オレは右で縮こまっている異能士二人を横目に見た後、正面にいる『くノ一』に目を向ける。
「傷口の再生速度が普通の影の比じゃない。一体どうなってる」
「そうですね。通常の2倍……いや2.5倍はありそうです」
オレはある思いつきから口を開くことにした。
「オレは訳あって『檻』を二つより多くこの世に展開できない。さっき持続展開を強制する封獄を使用した時点でオレはもうこれ以上『檻』を出せない」
大輝を閉じ込めた『封獄』と眼前にある「くノ一」を閉じる『檻』、計二つを既に展開している。
「加えてこっちの『檻』はそれほど頑丈じゃない」
「檻にも強度などがあるんですね」
「ああ。空間を固定するといってもそんなに都合のいい代物ではない。三次元を固定するには系のエネルギー曲率を無視して無限を切り離す必要がある。だがエネルギー保存則の観点から継続的な檻の展開は難しい。例外があるとすれば『封獄』という特殊な檻だがオレの異能演算能力では一つの構成が限界だ」
「それは向こうで展開していたものですね?」
向こうとは、里緒と大輝のいる所という意味だろう。
「そうだ」
「ではどうするのです? 要は統也さんでさえ『くノ一』を永続的に押さえるのは不可能ということですよね?」
そんな会話をしていると。
「あ、蒼い閃光……? この速さと封印力、異能『檻』……あの蒼い閃光なのか?」
右の異能士のうちの成人男性が声をかけてくる。
なまじ噂だけ取り入れると、こんな勘違いも発生するのか。
「碧い閃光の字は碧の方でしょ……。しかも彼女は女性よ。今、目の前にいるのは男性……というより男子?」
その隣の成人女性が、憔悴しきった顔で説明してくれる。
「あの……助けてくれて、ありがとう」
女性が続けざまに口を開き、感謝してくる。
その顔を見ると、目に涙が浮かんでいた。
何かが切れたという雰囲気を醸し出していた。それは緊張かもしれないし絶望かもしれない。
「ああ……本当に死ぬかと思った。助かったよ」
男性の方もオレに感謝の意を述べる。
「いえ、それより他の異能士の弔いを」
オレは冷静な口調で指示を出す。
「ああ、そうだな」
「ええ……」
気が乗らないという様子だが、所詮ガキのオレでも命の恩人として認識しているのか、思いの外オレの助言を素直に聞いてくれた。
だが。
もう一人の異能士……吹き飛ばされた結界士の女性は依然気絶したまま倒れていた。
この結界士のギアは滞空中に心臓を突かれ即死。
結果『くノ一』に復讐心を抱いても何ら不思議はない。
厄介の種になるかもしれないが、さしずめ問題はないだろう。
復讐心と言っても、さっき完全敗北したばかりの相手だ。
この女性も成人している。『くノ一』に勝てると妄信するほど愚かでもないだろう。
「それにしても、あなた……どうしてそんなに毅然としていられるの? まだ高校生くらいに見えるけど……」
女性がオレに尋ねてくる。
オレの方を見て言っているのだからオレに向けられた言葉なのだろう。
「それは、オレが最悪だからでしょう」
「え?」
しばらくは意味不明という顔をしたままだったが、その後しばらくして処理に取りかかった。
嵐が去った束の間の休息。
亡くなった彼らにとっては不運なことだが、異能士としての人生を全うしたとも取れる。
「統也さん……ひとまずはこれでいいんですか?」
オレの背に声をかけてくる翠蘭。
「ああ、差し当たって問題はないだろう。……『くノ一』を押さえるのは後にする」
「何か考えがあるようですね」
「ああ」
しかし、これで快刀乱麻を断てたなどとは考えていない。
解決すべき問題は山積みだ。状況も複雑化している。
「翠蘭……頼みがる」
「はい、なんでしょうか?」
「オレは向こうに行って様子を見てくる。その間この場で『くノ一』の見張りをしてくれないか? もうじき代行者を含めた異能士関係者がここへ来るだろう。その前までには帰ってくる。もし他の原因で問題が発生した場合は地面に英槍拳・破を打ち込んでオレに知らせてくれ。だがそれは最終手段で頼む」
「はい、承知しました。……確かに頼まれました。善処します」
頼まれました、という言い方はよく分からないが、承った的な解釈でいいだろうか。
「ああ、よろしく」
オレは方向転換し、大輝と里緒のいる方へ走って戻る。
おそらく楓さんが到着している頃か。
それにしても……久しぶりに『蒼電』を解放した。
三月、廃墟地で黒ずくめフードの奴と戦闘したとき以来だ。
オレは先程マフラーを鬼の速度で振り下ろした右手を見る。
ジリジリと音を立てる青電が取り巻いていた。
やはりあまり適合していないようだ。
名瀬一族のオレでは扱いきれないか。
だが、またお前の世話になった。
ありがとう凛。
蒼電
……名瀬統也が使用する、まるで雷電の異能『雷』にも類似した謎の技術。
檻と複合させて使用した様子。
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