嵐の前の嵐【1】
*
オレはマフラーに『檻』を付与し、翠蘭に向けられた複数の火炎の塊を急いで防ぐ。
7月6日(水) 19時42分。夜の暗さをくっきりと醸す川沿いの空き地。その暗闇の中で敵の火とオレの青いマフラーが灯る。
「あっ……」
翠蘭もはっとしたように、身構える。
「翠蘭……隠しているのか、なんなのか知らないが、百歩譲って異能を使わないのはいい。だが自分の身くらいは守ってほしい」
素早く敵の火炎放射をかわしつつ声をかける。
「あっ……ごめんなさい」
この状況では呆気に取られてしまうのも分からなくはないがな。
「いや、いいが」
オレは言いながら眼前にいる男子を見る。
……いや、男子といより影。
瞳は赤く、肌も若干黒い。
なぜここにいる……黒羽大輝―――。
「名瀬!」
里緒はオレの名を呼びつつ、手に握る黒刃のナイフを振りかぶり、敵の男子に背後から仕掛ける。
ナイフには『高周波ブレード』が組み込まれ、切れ味の増大化に成功している。
波動振の振動増幅も可能になっている。
(里緒、いつの間に会得を……)
しかし男子は恐ろしく速い身のこなしでそのナイフを避け、里緒目掛けて爆発的な火炎をぶつける。
「あ、あの子……」
翠蘭が炎に衝突しそうな里緒を見て声を出す。
もう隠してはいられない。
―――――仕方ない。
オレは迅速な『檻』の障壁展開で里緒から炎を防ぐ。
当然里緒と敵の間には青く光る異能体の壁……オレの『檻』が展開される。
「はっ……!? まさか……檻!」
翠蘭の困惑の混じる声を聞きつつ、オレは奴との距離を詰める。
その場で高く飛び、上部からマフラーで高速に刻む。そのまま男子の両腕を切り落とす。
おそらく、こいつの火炎は手から直接発生する。なら手を切り落とせばいい。
「……マフラーの動きが速すぎて、見えませんでした……」
翠蘭が独り言のように口にする。
華麗に回転しながら、長めの黒髪をなびかせる里緒もオレの『檻』を超え、後ろから奴の膝裏を切りつける。
里緒が手に握る、高周波に包まれたナイフに切られ、男子はそのまま倒れ込む。
脚を切り落とされたからだ。
「よくやった里緒………蒼煉監禁・封獄」
オレは言いながら後退し、奴の周りに立方体型の『檻』を展開、監禁する。
異能『檻』で閉じ込めることを俗的に監禁という。
今しがた発動した『檻』は通常のものよりも強固で頑丈。その代わり一度展開すると半日は稼働をやめない。
「ひとまずはこれで逃げられない」
「流石名瀬ってところだね。あと、ごめん……さっきは助けてくれてありがとう」
里緒はオレの『檻』を中央に旋回するように奴の背後側から正面のこちら側に向かってくる。
「問題ない」
そんなことより。
「面倒だな。正直もう帰りたい」
翠蘭の前で異能を見せたストレスなど、今のオレはかなりの精神的負荷を強いられている。
「ちょっ……名瀬? 変なこと言わないでよ」
「悪い……冗談だ」
「うん……それは分かってるけど……。どうするの? ……これ」
言いながら里緒は『檻』を見る。いや厳密には檻の内部に監禁され、手足を切り落とされた大輝を見る。
彼の腕と脚の切断面からは光る蒸気が上がる。いわゆるプラチナダストというもの。
「これって……一応生徒だぞ」
黒羽大輝。
オレや里緒、命などが通う秀成高校のCクラス……つまりオレや香と同じクラスに所属する男子生徒で、オレが秀成高校に通う真の目的でもあった。
そして何より標的だった。
「それはもちろん知ってるけど、こうなった以上、もう普通の生徒として接することはできない」
「確かに、里緒の言っていることは正しい。オレも決して楽観視していたわけじゃなかったが、ここまで危険な存在だとは想定していなかった。……普段はごく普通の生徒なんだけどな」
「けど、どうしてこんな急に? 確かに夜だから覚醒する可能性があったのは分かる。だけど、名瀬の呪詛である程度は抑え込んでいたんじゃ?」
「全くその通りだ。奴はCクラスで一番後ろの席に配置されていて、私生活でも問題はなかった」
転入時、楓さんから伝えられたことだが、オレと里緒の任務は黒羽大輝という男子生徒の監視。
里緒もその任務と役割を理解し、オレと共に何度か調査活動もした。
実際彼の調査のため数度、後までつけたりしたが、その結果、通常生活ならば特に異常はないとの結論を得ていたはずだった。
そもそもオレと里緒、楓さんという異能士が秀成で彼を抑え込むのには理由があった。
彼は数年前に影の身体の一部を偶発的に飲み込み、取り入れてしまった。
本来ならば影人の身体は即時プラチナダストと共に再生する。
同じく彼が体内に取り入れた影の身体もプラチナダストとして蒸発するはずだった。
しかしどういうわけか、その後の大輝は正体不明の影人化という現象を引き起こす体質となった。
原因は不明だが、引き金となるのは夜の感情起伏、精神状態だということも分かってきたところだった。
「けど今はその原因を探っている時間はない。里緒、楓さんに電話を」
「分かった」
里緒は翠蘭をチラ見しつつ白いスマホケースのケータイをポケットから取り出し、オレらから距離を取り電話しに行く。
「翠蘭……分かっていると思うが今ここで起きたことは全て内緒だ。もし他言するようならオレの家も黙ってはいないだろう」
「名瀬家……ですか?」
まだ信じられないといった様子の翠蘭。
ただの脅しだが無いよりましだろう。
「ああ、そうだ。名瀬家だ」
もう隠したって意味はない。
彼女はオレの異能を視認した際に『檻』だと口にしていた。
信じられないと言いそうな雰囲気ではあったが、そんな中でオレの青い異能を『檻』と判断したのなら、今更オレがどんな言い訳を捏ねようが意味なんかない。
「まだ信じられません。異界術部で異能を使用できるというだけでも驚いていたのに……統也さんが名瀬の人だったなど。しかも、これほどの純度で『檻』を展開できる……つまりは名瀬家の次期当主ですか?」
なぜ異能体の純度について御三家でもない翠蘭が知っているのか。
オレは頭の中、奥深くで泡のように沸き上がったその違和感を払拭し、口を開いた。
「失望したか?」
「え? 失望……ですか?」
「いや……なんでもない」
「むしろ途方もなく凄い方と知り合ってしまったな、と感じていました」
「そんなことはない」
オレは翠蘭から視点ずらし、黒羽大輝を監禁する『檻』の方を見る。
地面にうつ伏せ倒れている奴は相変わらず切断された腕と脚からプラチナダストを発生させていた。
「傷口が、上がる光と共にゆっくりと再生しています……」
「ああ、人間なのに不思議だな」
彼女の言う通り、大輝の身体は影人のように再生している。だがその再生速度は影本来の四分の一もない。
「これだけ影人の特徴を持していながら、その本体は人間であると? ……信じられません」
「見れば分かると思うが、彼の顔にはまだ肌が黒くない部分がある。人間と同じ肌色の部分がな。……それが何よりの証拠だろう」
翠蘭に言いながら考える。
大輝を殺すわけにはいかない。許可が出ていないからな。
それに今話したように、こいつの内のいくつかは人間部分。コアなどの仕様を探るために身体に穴を開けたいが、人間として死なれたら困る。
かといって今のこいつは対話どころか人間的思考があるかすら怪しい。
さっきだって面識のあるオレと里緒を殺す気で攻撃してきた。
おそらく正気ではないだろう。
加えて大輝の手から放射されていたあの火炎……異能『焔』に見えた。
しかも、なぜこんな異学の近辺に来ていた?
浄眼で体内マナを確認したときに分かっていたことだが、黒羽大輝は異能の才もない。
そもそも学校生活では何の変哲もない普通の男子生徒。
どんな経緯があれば影を体内に摂取するのかさっぱり分からないが、それでもこいつを野放しにするのは危険だった。
もうじき大輝の秘密も隠し通せなくなる日が来るだろう。
そのときこいつはどこに引き取られる?
影人調査隊か。いや……恐らくはそうはならない。
影か人間かすら分からない正体不明の黒羽大輝を、臆病な国内政府が放っておくわけがない。
大体、なぜこんなことになった。
*
約30分前。
オレと式夜、舞は実践演習の代わりに実施されることになった座学の授業を、ブラック教室内後列席で受けていた。
今日はなぜか、自習分のはずの一時限目からこの授業が行われている。
一時限目が「影人行動論」。
二時限目が「マナエネルギー基礎科学」。
三時限目が「マナエネルギー基礎科学・応用」。
そして現在の四時限目は「異能現代史・上」。
異能の歴史を振り返りつつ今の異能世間を語る歴史を学ぶ授業だ。
オレはその、退屈な教官の授業を聞く。
本来この教官は、異界術士の専門でその技能、技術を教える教官だが、異能座学の免許も取っているらしい。
「………つまり、『隠されていた戦闘技術』として『異能』という技術を隠蔽しつつも世間を影人から守った。これが第一次防衛線」
テストに出るから覚えておけ、という顔をした教官が黄色チョークで下線を引く。
続ける教官。
「その防衛線を保った、過去栄光のある異能力者『伏見旬』はその後も伝説と語られるほどの精神力と行動力、何より戦闘力を持っていた。皆が知る伏見一族の中でも類い稀なる強力な『衣』を有していた。最後まで影人の大群と戦い、その死闘の中で命を賭して我々境界内の人類を守った。故に彼は『漆黒の英雄』と名付けられている」
オレはその言葉を黙って聞く。
授業なのだから黙って聞くのは当たり前だが。
まさかオレの師がその「漆黒の英雄」であるなどと考える人はいないだろうな。
瑠璃が自分の父である旬さんを尊敬し、愛していたのなら、奴の気持ちも少しは分かる。
残りの世界四割弱の人類のために命を懸けて戦ったにもかかわらず、当の旬さんは助からなかった、と。
それにしても、三年前の事をこれだけ大げさに後世に伝えるのだから凄い。
「彼らや異能世間統率の前任者であるエミリア・ホワイト、その勇士たちのおかげで時間稼ぎに成功し、以後、世界には『青の境界』または『EDBS』という境が設立されることとなった。その後、約三年間は境界外……すなわちOWからの影人の侵略もない」
六割の人類が影に殺られた後、生き残った四割弱の人類は青の境界を築き、北にIWという安寧の領域を作った。
「しかし、影人が境界内……すなわちIWにも潜伏していることも三年前から判明していた。『震撼の日』と名付けられている」
教官がそこまで言ったところで、隣の席の舞がオレに体を寄せ、小声でオレに耳打ちしてくる。
「ね……とーちん。ちょっと分かんないんだけどさー」
「ん? ああ」
オレも小声で返す。
「伏見一族伝説の旬さんが命を落としたのって、青の境界が作られてから? それとも作られる前? どっちだと思う?」
「それは多分、作られる前だろ」
「ふーん」
なぜか変な笑みを浮かべる舞。
そんな中。オレのスマホがバイブしているのが分かった。
通話の着信だろう。
オレは教官と舞にバレないよう机の下で、スマホの着信してきた相手を確認する。
そこには、霞流里緒の文字。
この時間帯が異学の授業中であることは、元異学生の彼女にとって百も承知のこと。
それでもオレに連絡してきたということはつまり緊急事態か、急な任務といったところだろう。
オレは電話に出るため、トイレに行くふりをすることにした。
立ち上がり、先生にトイレに行きたいと伝える。
黒羽大輝 (くろばね だいき)
……影人を体内に取り入れて以来、影人化という謎の現象を引き起こす身体となった。
また、その正体不明の影人の力は札幌秀成高校にて、伏見家分家の二ノ沢楓と霞流里緒、名瀬家の名瀬統也が密かに監視、監督することで管理していた。
*この作品をお読み頂きありがとうございます。本日18時頃にも投稿する予定です。
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