決闘大会当日【10】
*
オレはそのまま、石橋、鈴音がいた第三集団演習場を去り、廊下を歩いていく。
あとは頼んだぞ、鈴音。
あとはお前達が自分でなんとかすればいい。
自分達で乗り越えればいい。
そこにオレは必要ない。
オレは仲裁だけでいい。
「統也さん、合格です。許可しましょう」
横から赤のチャイナドレスを着た李翠蘭がオレに話しかけてくる。
オレは横目に彼女を見つつ口を開く。
「それは良かった。だがいいのか? たった一人のホワイト生徒を更生させたくらいで、ブラックのオレを懲罰委員に入れて」
「ええ構いませんよ。私が仕切る委員会です。大部分の権限は私が保持していますしね。命令権も私にあります。それに統也さんは………空気干渉系異能の不正利用を突き止め、その使用者を石橋翼くんだと暴くだけでなく、彼の更生まで成し遂げました。偉業です」
「そんなことはない。真面目な翠蘭が決闘に欠場するのは妙だと思ってな。調べてみただけだ」
……ということにしている。
「有言実行してくださったので、数分前の約束通り、彼の退学取り消しと統也さんの委員所属を認めます」
数分前、翠蘭がその二つの条件をのむならオレがすべてを解決すると頼み、実際にそれらを許可してもらった。
この条件内容……オレの懲罰委員入りを認めるというもの……それの最大の目的はオレの指針変更によるものだった。
方針自体はとっくに変更していたが、その向きさえも変えることにした。
この異学に来たのも異能士階級を手に入れるためなんかじゃない。
可及的速やかに影人の発生原因を調べ、対処しなければならない。
影がこの閉ざされた境界の中に、どうして生息しているのか。
世界中の異能士がそう疑問に思っているはずだ。
だからこそ、オレの所属は異能士協会・影人調査官の矛と称される境界影人調査部隊の組織、通称『矛星』でなくてはならない。
そのための一番の捷路がこの懲罰委員に所属し卒業することだとも分かった。
どうやらこの懲罰委員という異学内機関は所属するだけで卒業後の好待遇がほぼ確約されるらしい。
あとはギアの里緒だが、率直に言えば影人調査部の異能士で満足してくれるかは怪しい。
おそらくは通常の異能士になりたがるだろう。
里緒が強い殺意を向ける影人と存分に戦闘できる部隊とは言え、通常の異能士ほど自由に討伐して回れるわけじゃない。
オレが考えに耽っていたからか不思議そうにこちらを向く翠蘭。その表情を確認し、急いで話しかける。
「でもやはり、良かったのか? こんなに簡単にオレの懲罰委員所属を決定しても。本来委員会とは先に委員になったあと、それら委員が集まって初めて委員会という機関を組織する。オレのような無能が途中で入ってくるのは良くないんじゃないか?」
オレは翠蘭と並んで廊下を歩きつつ、決闘が行われるであろう演習用立体体育館へ向かう。
「良いか良くないかは私が決めました。そしてその私が良いと言っているのです」
「校内での君の支持も落としかねないが、それは分かっているのか?」
「私は支持という不確かな根によって自分の責務を全うしているわけではありませんので、ご安心を」
「とはいっても一定数の支持が無ければ君にとっての人望はなくなる。違うか?」
「いえ違いませんよ。しかしあなたが優秀であるということもまた事実です。違いますか?」
優秀かどうかは自分で判断する事柄ではなく、他人が判断するものだ。
オレが自分をどう評価するかは関係ない。
だがさっきオレは異能の不正利用を行った石橋を更生させ、校内の一つの不穏分子を排除した。
それは翠蘭という他人からすれば優秀と判定されるに値した。ただそれだけのこと。
「さあな……。ちなみに聞くがオレ以外にブラックの懲罰委員は……」
「はい、いません」
物凄い笑顔でオレを見る。
まあ、だよな。
「それじゃあ、この話の正式な取り決めや詳しい内容に関しては後日に頼む」
「はい、承知しました」
オレは彼女と別れた矢先、ある考えから外へ出ることにした。
*
オレは学校裏の人気のない場所へ向かった。
たどり着くとそのまま、立方体状の『避役の檻』を周囲に展開し、光学迷彩、防音を実現する。
このキューブ型の『檻』の外部からオレを視認することはおろか、オレが今から始める会話さえも聞くことは叶わない。
オレはマフラー、襟の下にあるチューニレイダーの電源を入れ、彼女からの応答を待つ。
暫時待った後、オレの脳に響く感覚で痛みのような音が流れる。
これはいつものことだ。
『はい……というか珍しいね。今日はすでに二度目』
「そうだな。だがそうしなきゃいけない理由があるということでもある」
『うん……』
オレは数秒後に口を開く。
「一つ、オレの指針変更を話しておこうと思ってな」
『指針変更? なんでしょう』
なぜか敬語だったが特に大きな意味はないだろうと思われる。
「今日決めたことで、もう変える気はないんだが……」
『うん』
「オレは矛星に所属することにした」
『ステラ……?』
この反応を考えるに彼女は知らなかったか。
知らないなら説明するだけだが。
「ああ、異能士協会には全部で四つの役割……部隊というべきか……が存在する。姉が提示した情報で全てだと思うが、一応大まかに解説しておく。
一つ目は<異能士>と呼ばれるギア活動方式で編制される大型独立組織で、境界内の影人を殲滅する目的の部隊。
二つ目は一般の異界術士といわれる人たちで<境界部隊>と呼称されることが多く、現場異能士の指示に従い、一般庶民を誘導したりその補佐をしたりする役柄の部隊。
三つ目は異能士を含めた大部分の異能力者を管理し、異能犯罪やその不正利用、乱用。これらを徹底的に取り締まり、境界内の秩序を守るための執行部隊、通称<代行者>。
四つ目は青の境界内に潜む影人を解明、もしくは発生原因を探り当てるために影人と戦闘する部隊。それが……<影人調査部隊>。これもギア活動方式だが、独立ではなく隊の指示がある。
とまあ、こんな感じだ。かなりの情報量を一気に話したが、内容は理解できたか?」
『……うん、内容は把握した』
「えっ……ほんとか?」
『え、うん』
オレがたった一度話しただけで今のを聞き取り、その明確な内容を暗記した、か。
『んと……その中のどれに所属するの?』
「ああ、それは一番最後のだ」
『影人調査部隊っていう?』
「そういうことだ」
『でも待って……今の内容を聞く限り、組織した隊って感じがする。それなら組織名は?』
当然の疑問だな。
部隊とは一つの作戦行動における基本的な単位に過ぎない。
オレが先程語った内容はどれも部隊の俗名。
それとは別に機関の組織名称というものは必ず存在する。
「異能士が日輪という協会組織に、同じく境界部隊が月魄。代行者が命星。影人調査部隊が矛星だ」
『え、何その名称……』
別に不思議な反応でもない。
オレも初め聞いた時は何故こんな派手な名称なのかと驚いたりもした。
「だが、組織自体は想像以上にしっかりと機能しているらしい」
『そのようね。それはあなたの姉から受けた報告でも予測できる』
「ああ」
『取りあえず了解。多分統也の目的、意図は分かったと思う。けど、そのためには特別実績が必要なのでは? 例を挙げるなら、影人を倒した功績とか、異学での業績とか………』
自分で言っていて気づいたようだな。
さすが。
『異学内で何かの足掛かりでも見つけた、と?』
「察しが良くて助かる。実は異学の懲罰委員に所属できることになった。おそらく卒業後の実績として加味されるだろう」
『確かにそうすれば、うん……それは分かるけど。ブラックが懲罰委員とかに入っても大丈夫なの? 話を聞く限り、あの学校と何ら差異はないように思えるのだけれど』
「ああ、茜の言う通りだ。だがもう形振り構っていられなくなった」
オレが言うと、彼女が黙り込むのが分かる。
しばらく待っても返答はない。
「茜……?」
よく分からず、名を呼んでみる。
『ごめん。関係ない話だけど、今は任務中……。思慮深い統也のことだから、この状態で私の名を躊躇もなく口にするということは、おそらく異能「檻」の避役変化で防音しているのでしょうけど……』
まるでこちらの様子が見えているかのような発言だ。
相変わらずの、隙のない思考回路と並外れた客観視能力。
「ああ、その通りだ」
『防音中は隠す必要がないのは納得できるけど、けじめというか……そこの区切りは付けた方がいいかなって。別に本名で呼んでくれてもいいんだけどさ』
要は、茜は『K』という補佐指揮官コードネームを使用する方がいいのでは、と助言しているのだ。
正直、オレにとってはどちらでもいい。
通信型感覚同調機……チューニレイダーは外部からの盗聴、傍受、録音が不可能。それが性能の利点のひとつともいえる。
瑠璃との戦闘の際にも証明されたことだが、当然、他から会話音声を聞かれることはない。
つまりオレがこの完全閉鎖空間である檻の中で彼女の本名を語ろうと、何ら問題はない。
茜もそのことを認知しているし理解している。
「特に意識したわけじゃなかった。単純にオレの素で出た言葉だ。それに……軍からコードネームで呼ぶように指示されているのは、指揮官であるコンダクターの本名を明かさないためだ。その可能性がないならそもそもコードネームなど使う必要はない」
『うん……統也がそう判断したなら別に構わないよ』
「……そうか」
またこの違和感か。
以前からオレが思っていた違和感が再び襲ってくる。
通常、中尉に位置する補佐指揮官とはオレのような少尉のエージェントに対し陰ながら命令するのが役目。
名の通り、オレの活動を補佐しつつ指揮するということ。
だが彼女はどちらかというと補佐しかしていないように感じる。
他の人間と感覚を同調したことがないため分からないが、これは普通のことなのだろうか。
もちろんオレにとってはこちらの方が色々動きやすいので、むしろありがたいことなのだが。
*
その後、オレは午後に行われた三位の進藤樹、八位の白夜雪葵などの決闘と異能内容を無事確認し、長かった決闘大会という日を終えた。
進藤はオレが想像していたよりも非凡な異能力者だった。
異能家系でもないのに、高性能な異能の展開、精度。正直、これといった弱みはないように思えるほどだった。
学内三位であるのも頷ける。
茶髪のイケメンであることも総合すれば、女子が多いこの学校でモテるのも想像に難くない。
そして白夜一族。
オレはコート内に顕現した光る結晶を思い出す。
予想通りの化け物だった。相変わらずの強さとしか言いようがない。
白夜雪葵と白夜雪華か。
白夜学園理事長、白夜雹理。
自分の子の名には雪という字を付けたようだな。
ここでの生活は幸せか、理事長。
異能士協会と国軍組織。
……異能士協会は軍と密接な関係を築き、それを影人対策への第一歩としている。
異能士⇒日輪……所属すればギア独立で影人討伐が許されている。
境界部隊⇒月魄……異界術士とされる人達で異能士の後始末などを担当。
代行者⇒命星……異能力者を管理し秩序、平穏を保つ。
影人調査部隊⇒矛星……青の境界に潜む影人の原因を掴むため活動。
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