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決闘大会当日【9】



   *



 私……雷電鈴音(すずね)は第三集団演習室の準備室から繋がる閉じられた扉に背を付け、その背、その扉の奥から聞こえてくる二人……石橋くんと名瀬くんの会話を聞き、視界が滲む。

 どうしようもなくこみ上げてくる……感情。

 安心。感謝。不思議。幸福。緊張。尊敬。期待。煩悶。親近感。切なさ。愛しさ。希望。

 そのすべてが私に襲い掛かる。



 「鈴音さんにもある、最強の防御が! 僕の空気抵抗を扱うような何の役にも立たない、ちっぽけな異能とは違う!!」

 扉の奥。石橋くんの声。


「あんた、オレの話聞いてたか? 鈴音さんが何の努力もせずあんな強力な加護を有しているとでも思ったのか?」

 背の奥。名瀬くんの声。


 聞き耳を立てている途中、もう一度目頭(めがしら)が熱くなるのを感じる。

 私は意味もなく後頭部より上にあるツインテの結び目を両手で触る。


 その後。

 自分の心から、体から溢れる何か重要な気持ちを抑えるために、彼から……名瀬くんから借りた黒いパーカーを抱きかかえる仕草をする。

 着ているパーカーを大事に包むように。彼の大きな身体のサイズを確かめるように。


 彼の匂いがする。

 ぶかぶかだからこそ彼のパーカーだとより確かに認知できる。

 この安心感と切なさ。


「ど、どいうことだ……」

 石橋くんの声。


「お前と鈴音(りんね)さんがどんな関係かは知らないが、鈴音さんは言ってなかったか? 才能という言葉が嫌いか、もしくはそれに近いことを」

 と名瀬くん。


「才能が嫌い……才能に屈するなって……なぜそれを! それは……僕と鈴音さんだけの思い出だ! 出会いの思い出だ! あれは誰にも渡さない。僕だけのものなんだ!」


 名瀬くんの考え通り、言いました。私は石橋くんに言いました。

 才能に屈しない強い人になってほしいと。石橋くんにならそれができると。

 私は本気で信じていた。本気で。


「そうか。まあなんでもいいが、お前は鈴音さんを何も分かっていないということだけは分かった」


「なっ……なんだとぉ!」


「あんたが順位を11位に上げたのは鈴音さんのためなんだろ? そこまで出来たなら、なんで分かってやれないんだ?」


 今日まで、さっきまで知らなかった。

 石橋くんとはしばらく話していなかったこともあったし進藤くんの身辺調査に精を出して取りかかっていましたし。

 私の知らないところで11位を取っていたなんて、そんなに頑張っていたなんて、かっこいいじゃないですか。


 でも……今となっては私を蔑んだ『彼ら』と何ら変わりないんです。



「ならぁ! ……お前になら鈴音さんの気持ちが分かるっていうのか!」


「ああ、そうだ……少なくともあんたよりはな。鈴音さんはお前が思っているよりも単純で普通の子だ。これはオレの予想だが石橋、お前を初めて見た鈴音(りんね)さんはかつての自分を見たんだろう。才能だとか、天才だとか、そういった言葉に侵され、心も体も侵食されていくその頃の自分をな」


 どうしてでしょうか、名瀬くん。

 そんなことを的確に理解してしまうなんて、少し怖いくらいです。


「そんなわけがない! 彼女は雷の加護という最強の才能を持っていて……」

「違う」

 名瀬くんが鋭利な口調で言い切る。


「同じような闇を持つ人間を知っているからか、オレには分かった。初めて加護の話を聞いた時に何となく抽象的で、はっきりしなかったが想像はできた。幼少期の彼女は初め、才能というより悪霊か何かが()いていると思われただろうな」


 それを耳に通した瞬間、私は感動や喜びを超えて笑いました。

 静かに、彼らに気付かれないよう、口角を上げた。


 背に聞こえる彼の声を私の中へ吸収しつつ、口元の(じょう)へ移す。

 なぜか今は全てが動作的で機械的。まるで作業のよう。

 今の自分の体はそのほとんどが消化しきれない深い感情に巻かれているはず。

 でも私の見える視点、感じる世界はまるでそれとは逆で、方程式を組んでいくだけの作業のよう。


「あの加護の電流……あれを生まれた頃から使いこなせたなら、確かにそれはすごい天才だったかもしれないな。けどきっとそうじゃなかったはずだ。床や靴、服、何なら母親の子宮までをも電流による乖離作用で傷付けたかもしれない。……彼女に触れる他人も傷付き。彼女という己も心に傷を付けたはずだ。それは彼女を守る最強の電流どころかただの悪霊の電流と見なされていたかもしれない」


 だめだ――――――。


 落ちる。


 ここではだめなのに。


 でも。全部彼の言う通りです。

 悪魔の電気。悪霊の電流と呼称された時期まであった加護なんです。

 


 だから私は――――――。


「だから彼女は――――――血の滲むような努力をしてきたはずだ」



 その言葉の優しさ、温かさに堪えきれず、私の目から涙がこぼれ落ちる。


 名瀬くんは続ける。


「加護を制御するために、使いこなすために……。それはお前なんかが想定している何倍もの努力だ。壮大で、お前程度の人間じゃ(はか)りきれないほどの努力だ。彼女の赤い目の奥にある闇が、それを証明していた。その闇は以前にも見たことがあった」


「くっ……!」


「だからこそ彼女は知っていたんだ。才能なんかよりも努力の方が大切だとな」


 彼の声を聞いた私は急いで口を押さえる。こみ上げてくる感情と感動。(まぶた)を焼くような熱い涙。

 私の目から出る水はもう止まらなかった。次々と床に零れ落ちていく。


「だから彼女は才能に屈するあんたを見ていられなかったんだろう」


「う、ううぅ……」

 石橋くんの泣き声が聞こえてくる。


「あんただって本当は分かっていたんだろ? 彼女は君を見捨ててなんかいない」


「……彼女は僕を裏切ってなんかいなかった? でもそれじゃ……進藤と付き合ったのはなぜなんだ……」


「そんなことオレが知るわないだろ。もしあんたがそれを知りたければ、彼女に直接聞きに行けばいい。その時に自分が何をしたのかを全部正直に話して、謝ることだ。彼女なら許してくれる」


 私が進藤くんと付き合っていないことも、なぜ普段一緒に過ごすようになったのかも、名瀬くんには全部話したので知っているはず。


「でも……きっともう嫌われた。僕はもうじき停学処分になる……」


「何言ってる? あんたは停学になんかならない」

 名瀬くんのその言葉を聞き私は再び口角を上げる。


「そんなはずはない……鈴音さんは僕に傷付けられそうになったんだよ! もうとっくに僕の悪事が鈴音さんから学校側に知れ渡っているはずさ……!」


「はぁ……油断していようと鈴音さんに物理的な実撃はない。たとえあんたがどんな速度の紙飛行機を飛ばそうと、彼女には当たらない。それこそが彼女を今まで苦しめてきた加護なんだからな」


「なぜ紙飛行機のことを……!」

 

 私もびっくりです。

 名瀬くんは全てを把握しているんですね。何もかもお見通しというわけです。

 あの紙飛行機がどうしてあんなに速かったのかも。


「そんなことはどうでもいい。そんなことより……鈴音さんはあんたを告発していない」


「そ、そんなはずは……一歩間違えれば大怪我するかもしれなかったのに……。彼女にとっては……」


「お前、本当に鈴音さんのことを何も理解していなんだな。彼女はそんなことしない優しい人だ。あんたを最後まで信じていた。……いいから謝りに行け」


「ぼ、僕は……! 最低だぁ!」


「ああ、そうだ。そしてそんな最低を彼女は最後まで信じていた」


「う……う……う、うわぁぁーーん!」


 彼の赤ん坊のような泣き声が広い演習場に響き渡る。

 まるで何かが切れたように泣き続ける。激しく(むせ)つつ泣き続ける。


 私の涙も、それに誘われ流れ続ける。



 名瀬くんのものだろうと思われる足音が近づいてくる。

 おそらく私の隠れている準備室の扉の近くに位置する、出入口へ向かっているのだろう。

 呪詛「隠密(おんみつ)(ひょう)」で隠れている私のことは感知できないはず。


 名瀬くんの気配が通り過ぎた直後。


「あとは頼んだ」


 そう一言を言い残し、演習場を去っていった。

 気配を消した私に気づくはずがないのに、まるで私に言い残したような言動です。



 やはり気付かれてましたか。

 なんとなく、そんな気がしてました。

 隠密漂で隠した私の気配をも察知したということ……かな。


 私はもう一度(ほお)を緩ませる。


 何が無能(ブラック)ですか。

 初めから認識していない隠密漂を破る人など聞いたことがない。


 あなたは誰よりも優秀で、誰よりも強い。

 誰よりも賢くて、誰よりも素敵。



「ありがとう……ございます」


 距離の離れた石橋くんにも、出ていった名瀬くんにも届くはずのない言葉を、私は真心を込めて言い放った。


 

 



呪詛「隠密漂」

……他人から視覚的認識、確定認識を受けにくくなる作用を持つ。マナを認識阻害用に特殊化し、それを纏う古式の異界術。

 伏見家が開発した呪詛と言われている。



ここまでお読み頂きありがとうございます。午後二時前にも投稿する予定です。良かったらぜひ、そちらもお願いします。


興味を持ってくれた方、続きが見たいと感じてくださった方がいれば、高評価、ブックマーク、感想など是非お願いします。


大変励みになります。


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