決闘大会当日【8】
*
「で、オレのせいだと言いたいのか?」
オレは自分の内にある感情一つ荒げずに尋ねる。
大きめのコート、第三集団演習室という場所の中央。
翠蘭と組手している個別演習室よりも何倍も広い。
オレはそのコート内の正面にいる、若干痩せた160cmくらいの身長の男子生徒を見る。
その胸元には桜の形を模した白いバッジ。つまりはホワイト生徒だろう。
加えてあの顔……間違いない。鈴音に紙飛行機を飛ばした、石橋翼とかいうやつだ。
オレは浄眼の透視能力で奴の顔を視認していた。
こいつにはいつか接触しようと考えていたが、向こうから来てくれるとはな。いやおびき出してくれるとは。
これで誘ってるつもりなんだろうな。
まあ、こんなに早くに会うことになるとは思っていなかったが、折角なら利用させてもらう。
「ああ! そうだ! 全部、全部全部全部………!! お前のせいだ!」
オレとは相反し、感情を荒げ、自分が何を喋っているのかも分かっていなさそうだ。
「オレが何をした? オレは鈴音を守っただけだ」
「それが……いけないんだ! 無能の、雑魚のブラックごときが! お前のせいで僕の計画すべて台無しだ!」
計画? 鈴音を殺すことか?
いや、まだ分からないな。
それにしてもこいつ……随分と脳が参ってるな。
「あんたの目的はなんだったんだ?」
「ふっ……そんなのお前に教えるか!」
「まあいい、オレをここへ呼んだ理由はなんだ?」
数分前。。。
*
同日、12時30分。異能演習用立体体育館にて。
校内に放送が流れる。
「これより45分間の昼休憩に入ります。開け一番の決闘をする生徒のみ、13時正時までに体育館内の事務室までお越し下さい。また……追加報知ですが、本来五戦目に予定していた第六位『李翠蘭』対、第四位『白夜雪華』の決闘試合、李さんの欠場により中止しました」
「え、五戦目……本当はランランとせっちゃんの決闘だったの~! あたし、見たかった~」
残念そうにしつつ不平を口にする舞。さっきまでの緊張感、牽制、探り合いが嘘のよう。
ランランとはおそらくこの学校の懲罰委員長を務める生徒、オレもよく知る翠蘭のことだろう。
せっちゃんとは……面白い偶然もある、としか言いようがない。
いや、因果なことともいえるか。必然なことともいえるか。
とにかく複雑な気分だ。
白夜家直轄の異学内には合計二人の白夜生徒がいると聞いていたが、一人目はこの雪華という女子生徒に違いないだろう。
「とはいえ委員長さんは実際に決闘しても、いつもと同じように体術オンリーだろうけどな」
体術オンリー?
オレは式夜のその発言に耳を疑う。
「もしかしてその翠蘭って人は異能を使わずに、体術だけで異能決闘をしてるのか?」
他の人はオレと翠蘭が知り合いで異学の放課後に会って組手を行っているなど知りもしないため、翠蘭を他人のように呼びつつ、オレは舞に聞いてみる。
「ん? あー……ランランはそーだよー。それで六位とか凄いよね」
「ああ……」
つまり翠蘭は体術のみの異能決闘で六位という順位を常にキープしているのか。
オレと張り合うだけの体術実力なのは知っていたが、異能を使用せずに決闘上位を取るなど普通じゃないな。
もちろん体術だけでそれ程の実力があるとは思っていたが、実際に実行するのと、ただの仮定では話が異なる。
「誰も彼女が異能を使用した様子を見たことがないから一時期は異能を使えない、ブラックと同じなんじゃないかーって騒がれてたけどね~」
舞がそんなことを言い始める。
「なに? 一度も彼女の異能を見たことがない?」
「あー、俺も知る限りでは一度も見たことがない。どんな異能なのかすら知る者はいない。それはホワイトでも同じだ」
式夜も賛同する。
そんなことがあるのか。
ブラックならともかく、ホワイトだぞ。異能を学ぶ学校で異能を一度も使用しないなんてのはあり得ない。異常だ。
「のちに麒麟剡っていう彼女の異能名称だけは広まってるから、確かに異能は持ってるって認められたけど、結局それすら見たことある人はいないみたいだしねー。そもそもそんなこと忘れられるくらい彼女の体術が強すぎるんだもーん」
彼女の体術に対するその評価は決して誤りではないだろう。
彼女とは既に何日も組手し、矛を交えているが、その感想は「とんでもなく強い」というような低能な感想のみしか出せないほど。
「そうか……」
それにしても体術のみで異能決闘第六位はやはり異様だと言わざる負えない。
問題は、実行し実現しているということ。
ここへ来れば、決闘の際、彼女の異能を見ることで異能系統を確認できると思っていたが、その翠蘭は欠場した。
それに彼女が欠場しなくとも異能を見ることは出来なかったとういことだ。
*
オレは昼ごはんを購買まで買いに行くと二人に伝え、そのまま立体体育館を後にする。
オレが廊下を歩く途中、異様な視線を感じる。
(ん……?)
オレは周りに他の生徒がいないことを確認し浄眼を展開すると、透視した視界の先に見覚えのある顔を発見する。
視線の正体はあいつか。
*
。。。現在
「あんたはオレをおびき寄せた気でいるかもしれないが、オレはあんたに……」
「知るか! お前さえいなければ……僕は成功するはずだったんだ!」
石橋はオレの言葉を遮り大声を上げる。
まだこの話をするか。
「お前、さっきからそればかりだな。オレさえいなければ全て上手くいった、と。最初からそればかり言ってるが」
「事実……全部お前のせいだ。僕が鈴音さんを助けるはずだった。そして僕が鈴音さんに好かれて、付き合って、幸せになるはずだった。それを全部全部全部! お前が壊した!」
それが……計画?
だとするとこいつは自作自演で鈴音さんの心を掌握し、自分をヒーローに見立てようとした、ということになる。
「じゃあ、何か……。あの紙飛行機はあんたがわざと飛ばしたと?」
「………そうだ……」
睨みつけつつ答えてくる。
「鈴音さんを傷付けるためにか?」
「……そうだ」
それを聞き、オレの中にある何かが切れた。
よく分からない。
オレは鈴音を信用していないし、仲間だとも思っていない。
だが彼女を傷つけるというそのセリフには強い拒絶を感じる。
オレの心がその言葉を許さない。
オレの中にある何かがオレを呼ぶ。
それは本能といった感覚に近い何かかもしれない。
「それで、あんたはただで済むと思っているのか?」
「いやぁ………僕は退学処分になるだろう。だけどその前にお前を殺すことにした……自分の意思で……決めた!!」
こいつの脳内はどんな構造なんだ。全く以って理解できない。
論理、ロジックという物がまるで含まれていない。
オレを殺すに至る結論も解釈不能だ。
ただ感情を発散し、本能に任せて自分の欲求不満をオレにぶつけてくるだけ。
彼がオレ相手に不服、不満を垂れているうちに自分の矛盾、行いの誤りとその大きさに気付く。だが石橋の中にあるプライドという枷が強く邪魔をし、引き返せなくなる。
そんなところか。
まるで昔のオレだな。
何もない頃のオレと同じだ。
「いいのか?」
オレは目つきを意識的に鋭くすると同時に首に巻かれるマフラーを緩める。
「何がだ……!」
さらに深くオレを睨む石橋。
「戻れなくなるぞ?」
「どこへ……? 僕は……もう、戻りたくないんだ!」
「生殺の領域に入ってきていいのか? あんたはまだ引き返せるところにいる。もしあんたがオレの想像より賢いなら、今すぐ諦めたほうがいい」
「ふざけるな、ブラックが! 少し速いからって調子に乗るなよ……僕は本気だ!」
なぜそこで意固地になる。なぜ男の意地を張る。
今は大人しく引き下がることがあんたにとって一番賢い選択だ。
少し考えれば分かるはずだろ。
あんたのその発言から、オレが速いことはきちんと理解しているようだ。
ならば余計に意味が分からない。
「本気……というが、殺すという言葉は殺される覚悟がある者だけに許される発言だ。それを理解しているのか?」
「し、知るか!」
「そうか……なら、お前のその脳でも分かるように言ってやる。あんたがオレを殺すというなら、あんたはオレに殺される覚悟が出来てるとオレは取る、そう言ってるんだ」
「はっ……はは、バカにするなよ。僕はホワイトだ! ブラックのお前ごときに負けるはずがないだろ!」
なぜ皆、こんなにくだらないんだ。
そんなこと、どうでもいいと思うのはオレだけなのか。
理解できない。
別にそれは内とか外とか、白とか黒とか、赤い瞳かそうでないかとか。そんな低級なことを言っているのではない。
オレは間違っているのか?
「この無能がぁぁぁーーーー!!!」
体に空気抵抗を操作する異能を付与し、それなりに速い速度で突撃してくる。攻撃してくる。
何も工夫しない猛突。ただ直線状に進んでくるだけ。
なるほど、鈴音がこいつに肩入れした理由がなんとなくだが分かった気がする。
「はぁ……馬鹿が」
ため息と共にそれだけ言いつつ、奴の背後に素早く回りこみ背中に異界術の空撃掌を繰り出す。
可能な限り力が逃げないよう下側に向け、打ち込む。
強い衝撃波と爆風がそこを中心に発生する。
「ぐぅあ!」
直後石橋はその場で力なく崩れる。
だらしなく横たわり、そのまま気絶したようだった。
意識が刈り取られている彼にオレは見下げつつ、そのまま語り掛ける。
「あんたが受けたその攻撃を、同じく背中に受けたことがあるやつがいる。決闘順位第六位の緑の瞳を持つ女子だ。いつもチャイナアドレスを着ていて上品な女子生徒。懲罰委員長なんかもやってる。その子はこの攻撃を受けてもお前みたいにみっともなく倒れたりなんかしなかったぞ」
オレは言いながら屈みこみ、奴の背中に辺獄器を埋め込む。
駆動音のような回転音と共に虹色に光る炎が背中に刻印され、封印される。
「これで異能は使えない」
もうこいつに用はない。
この先オレに何をしてこようが関係ない。
オレは振り返ることもなくそのまま立ち去ろうとする。
だが――――――。
「ぜ……ぶ……。おま…の……だ」
(ん……?)
オレは彼の声を聞き振り返る。
意識が復活するのが早いな。
いや、というよりオレのマナ操作ではこの程度が限界領域か。
まあまあな速度、そうだな。自転車くらいには速いかもしれない……そんな速度でオレに殴りかかってくる。
オレはその拳を難なく右手で受け止める。
すると彼がオレに拳を掴まれたまま口を開いた。
「才能がすべてんなんだ……。お前にだって分かるときがくるさ……この世は天才が勝つんだって。僕だって頑張ったんだ。ホワイトで最下位だった僕は11位まで上り詰めた! でも……意味なんかなかった……」
「残念だが、オレがそれを理解するときは訪れない」
「……そうだろうな! お前は天才の方だもんな! ブラックでこれだけ強ければ威張れるだろ? 楽しいだろ? 僕なんかよりもずっと………」
こいつは一体、何を言っているんだ。
「そんなことはしないし、興味もない。それにオレは天才ではない。才能もない」
今のオレを見てどれだけの人がオレの過去を想像できるだろうか。
オレが鈴音の過去を勝手に想像したように。
幼少の彼女が加護の制御とその電流操作の鍛錬に明け暮れる日々を勝手に想像したように。
今のオレを見てオレを深く理解できる人などいないだろう。
オレが最近まで異能を使えなかったなど、どれだけの人が想像できるだろうか。
「ブラック……お前は……勘違いしているよ。僕は努力したけど才能には勝てなかった。天才には勝てなかった。僕が勝てないということは即ち天才なんだ。僕は努力の最大値を導き出した。それは……自分自身だ! 今の自分こそが最大の努力の値だ。現実値だ。限界の結果だ!」
その言葉を聞き、オレの中の「静」がオレ全体を包んでゆく。
果てしないほどに冷静な、もう一人の自分がオレ自身を見る。そんな感覚。
勘違いしているのはあんたの方。
「確かに努力は必ずしも実るというものでは無い。その実現性に才能が大きく関わってくるというのも分かる。だが、お前は一つ大きな勘違いをしているようだな」
「か、勘違い?」
「努力とは上手くいった、もしくは上手くいく結果のことを示す言葉では無い。その結果までの過程の頑張りを示す言葉だ。その道にいくつもの困難があってもそれを乗り越え、己を乗り越え、痛みや苦しみに耐える。それが努力をするということだ」
「かもしれない……けど才能があるやつは楽を出来るんだよ! すぐに結果が手に入るんだ! 鈴音さんのように! 才能だけで強くなれる!」
「才能がある奴は楽? それは何かの冗談か? 才能があるやつは無いやつの何倍も努力している……才能を発揮するためにだ。才能がないと嘆いているやつは努力を知らない者のことだ。だから才能がないんだ」
「な、なんだと!?」
「いいか? よく聞け。確かにこの世には才能があれば楽に解決する簡単な事柄もあるのかもしれない。だがな、才能を持っている人間は他の人間とは比べられないほどの努力をしている。茨の道をあゆむ。それが―――才能というものだ」
お前の言う鈴音も、おそらくはその一人だと思う。
「あんたはさっき、鈴音のことを才能で強いと言ったな? あの無敵の加護のおかげで、その才能のおかげで彼女は強いんだと。まあ、別に鈴音じゃなくてもいい。その人たちが才能だけで強いと、本気で思っているのか? もしそう考えているのなら、お前は今までに努力なんかしてない」
「なにぃ……うるさい……! 僕は頑張ったんだ。お前……知らないだろ……僕がどれだけ頑張ったのかを!」
「ああ知らない。知りたくもない。だが全て自分に才能がないせいにするのか? あんたは、人の努力という過程を才能という簡単な言葉で一括りにしているんだ」
「うるさい!」
言いながらオレに回し蹴りを仕掛けてくる。
オレは軽く顔を下げてそれをかわし、奴の肩を突き飛ばす。
石橋はその場で尻もちをつく。
オレは見下ろしつつ言いかける。
「お前にだってあるだろ。異能という立派な才能がな」
「……鈴音さんにもある……最強の防御が! 僕の空気抵抗を扱うような何の役にもたたないちっぽけな異能とは違う!! 本物の才能が!」
「あんた、オレの話を聞いてたか? 鈴音さんが何の努力もせずあんな強力な加護を扱えているとでも思ったのか?」
確かに才能がある人間は有利な時があるかもしれない。
だが才能のある者はそれを己のものにするために努力しなければならない。
才能は時にその人を傷つける。誰よりも。何よりも。
才能のない者の何倍もの苦しみを味わうこともある。
世界で忌まれた無双の一族と、世界で祝われた無二の一族。
それぞれ天下最強の才能。天性の異能。
『雷』と『光』。
雷電凛やディアナ・ホワイトのようにな。
白夜雪葵 (びゃくや せつき)
……白夜一族の男子生徒。翠蘭からの視点によると、薄水色髪、水色の瞳をオッドカラーに持つ。現在、異能決闘順位第八位。
白夜雪華 (びゃくや せつか)
……白夜一族の女子生徒。外観は不明。しかしながら功刀舞より『せっちゃん』と呼称される。現在、異能決闘順位第四位。
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