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青の境界 ~世界に六人しか存在しない特級異能者の一人、実力を隠し暗躍する~  作者: 蒼アオイ
第一章 プロローグ「二つに分かたれた世界で」
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休息【2】



『いえ、それでは失礼します』


 彼女は今にもチューニング通信を切りそうな勢いだったのでオレは慌ててそれを止める。


「あ、待ってください。少し関係ない話をしもいいですか?」

『え………関係ない、ですか? いいですけど』

「まあ、頼みごとのようなものです」

『頼み事? 私に? さっき言っていた調査とは別件で?』

「そうですね。全く関係ないですし、完全なるオレの私的な頼みです」

『なるほど。ではなんなりと』


 そう。これだ。オレが言いたいことの一つでもある。

 本来であれば、Kのようなコンダクターはアドバンサーより身分が上。補佐関係があるにしろ、軍隊で言うところの少尉、中尉くらいの地位の差はある。

 というかオレはある組織の少尉で、彼女は同じ組織での中尉なのだからそのままだろう。


 おそらく権限暴走未然に防ぐためだと考えられる。少尉と中尉で、そこまで(くらい)に差はない。

 だがそのせいで階級は一切上がらないし、あまりいい職業とは言えないこの仕事を何故(なぜ)彼女のような優秀な人間が行っているのかは理解さえできない。


 そもそもどうして彼女はオレより階級が高いのにもかかわらず、このようにオレに尽くすような態度をとるのか。

 彼女のこのような――――一種の癖のようなものは一体どこから来るのだろう。

 

「あの、今度からオレに敬語を使うのは止めてもらえませんか」

『……不思議なことを言う人ですね。そんなことでいいんですか?』

「ええ構いません」

『分かりました』

「まだ敬語になってますよ」

『あ……でもまだ始めていないので!』

「っはは」


 オレは()で笑ってしまった。


『……?』


 彼女にもこんな一面……可愛い部分があったなんてオレには想像もできなかった。

 彼女への印象を変更する必要があるかもしれない。

 オレが初めて彼女と会話したときから、彼女には何か打算的な意味や(くわだ)てがあってオレに優しく接しているのだと思っていた。

 もちろん今もその考えをまるっきり捨てる気はさらさらない。

 それでも優秀で頭のいい彼女には、冷静でクールな人柄だけでなく可憐で助けたくなるような性格もあると。そういう事実を知れた。今はそれだけでいいのかもしれない。


『笑わなくても……いいじゃないですか…』

「ええ、ですがまた敬語ですよ」


 ここまでくると、わざとなんじゃないかと勘繰(かんぐ)ってしまうくらい彼女は敬語で話続ける。


『……わかった。今から敬語で話すのを止める。これでいいの?』

「ええ。それでいいかと思います。オレより年上なことに加え、目上(めうえ)の立場ですから」

『じゃあさ、私からの頼みも聞いてくれる?』

「はい、構いませんよ。なんでしょうか」


 それこそ「なんなりと」というやつだ。


『名瀬さんも敬語止めてよ』

「え?」


 おお、そう来るか。

 だがそれは無理があるな。

 オレは彼女より年下であり、それだけでも敬語を使う理由は十分存在するというのに、それに追加してオレは少尉の立場だ。

 この状況で中尉に敬語を使うなというのはかなり無理がある内容だ。


『名瀬さんが今考えていることは分かるよ』


 ほう?


『私は目上で、目上の人には敬語を使わなくちゃいけない。そう言いたいんでしょう?』


 さすが。


「わかっているならなんでそんな………」

『無理なことを頼もうとするのか、って?』


 オレの言いたいことが分かるとでもいう(よう)に彼女はオレのセリフを(さえぎ)り、その続きを言う。


『わかった。そんなに私個人の頼み事を聞いてくれないなら命令するだけ』

「命令?」

『だって私、名瀬さんより目上らしいし』


 なるほどな。正式には中尉に、少尉への命令権や服従させる権利などは存在しないが一定の指示は聞かなければならない。それは正しい規律内のことだろう。


『名瀬さん今、公式上コンダクターには命令権ではなく指揮権しかない、とか考えてそうだけど目上は目上だからね?』


(おいおい、この女はエスパーかよ)


 先ほどからオレの考えていることを的確に当てすぎだ。

 オレは彼女にこんなにも分析されていたのか。

 オレの行動や発言はオレの意思や思考が分からなければ当てることは(おろ)か、見当(けんとう)もつかないだろう。

 オレのことをよく分析、理解していなければとてもできないことだ。

 それにしても極端に的確な気はする。まるで昔からオレと知り合いであるかのようなノリでオレの思考を読んでくる。


「はあ……わかった。オレが敬語を止めるのは承諾する。聴覚チューニングの利点は外部から録音が出来ないこと、電波傍受される心配がないこと、の二つ。だからそれはいい。だけどそうするなら、オレのことは統也(とうや)と呼んでくれないか。いきなり下の名前で呼べというのも変かもしれないが、オレは自分の苗字があまり好きではないからな」

『そう……逆にいいの……? 私はそれでもいいよ。というかそう呼びたかった』

「呼びたかった?」

『ううん、なんでもない』


 ちょうどその時、チューニレイダーからの忠告アラームである黄色が点灯しはじめた。


「どうやら時間切れのようだな。雷電一族の調査の件、頼んだ」

『わかってま…る』


 今、明らかに敬語で話そうとしたよな。なんなら「わかってます」まで言いそうになっていたし。


「それじゃあ、おやすみ」

『はい、おやすみなさい』


 軽い電子音と共に音声が途切れ、それと同時に赤と黄色の点灯も消える。


 はあ。疲れた。


 彼女とため口で話す日が来るとは想像もしてなかった。


 オレはチューニレイダーを首からゆっくり外しベッドの横にあるテーブルにそれを置いた。

 そのテーブルにはこの装置とは別に鈴音(すずね)さんから借りた()(たたみ)み傘が置いてあった。

 改めてこの折り畳み傘を見ると、黒い外見で綺麗に扱っていることは分かるが多少の年季(ねんき)が入っている状態だった。

 綺麗であり手入れが行き届いているのは、その触りの外観だけで理解できることだが、逆に新品ではないこともすぐにわかる。別に新しい傘という風貌(ふうぼう)でもないからだ。

 さらに傘の黒色に似合わず、赤より少し濃い色――――洋紅色(ようこうしょく)またはカーマイン色、(あかね)色といった色に近いだろうか、とにかく普通の赤とは違う色―――――の花のストラップが持ち手部分の末端に付いていた。

 そのような様子から、この()(たたみ)(しき)傘は鈴音さんのお気に入りの(しな)であることが想像できる。


 この傘のことについて考えたついでに、オレは鈴音さんのことについて一瞬考えた。

 彼女は一般的に見て可愛いといわれるような存在であるだろうこと。優しい目と容姿を持っていること。あまり元気なタイプではないが明るい性格であること。

 彼女の視線。彼女の仕草。彼女との会話。


 同時にたくさんの情報を振り返る。

 オレはあることが気にかかり、そこで思考をいったん止める。

 自分の記憶をさかのぼり、その部分を再現することにした。


 その瞬間―――――――体中に鳥肌が立つのを感じ始める。


(どういうことだ……)


 脳内が処理(しょり)()まりし始める。ゆっくり冷静になっていくのが分かるがそれでも謎の(あせ)りは消えない。

 オレは記憶力がいい(ほう)だと自負している。

 だからこそ言えることもある。気づくこともある。

 そう考えていた。


 オレの記憶が間違っていなければ、彼女……鈴音さんは最後にこう言った。

「それじゃあ、『また』明日ここで待ってます」と。


 ―――――――「また?」――――――― 


 ……どういう意味だろうか。

 当然、あの時点でのオレは彼女とは正真正銘の初対面。

 「また待っている」はおろか、あそこの高架下に行ったのもオレは初めてだ。

 「また明日」待っている? いや、それだと文脈がおかしい。

 「それじゃあまた」明日ここで待っている? いや、息きりは「それじゃあ」で一呼吸おいていた。

 つまりどう考えても「また待っている」という意味の文章になる。


 いや、オレの聞き間違いということもあり得る。

 つい数時間前のこととは言え、オレも人間だ。勘違いや聞き間違いが起こらなかったとは限らないし「ここで」を「また」で修飾し「またここで待っている」の意味だったのかもしれない。

 だが、もし「また待っている」すなわち「以前にも待っていた」という意味なら、オレには全く内容が理解できない。



 ベッドのフカフカな感触を背中に受けながらそう考えていたが自分が想定していたより疲れていたこともあり、そのあと案外すぐに眠りに付けた。



 これ以降、オレは鈴音さんの最後のセリフについては考えないようにした。

 それからもずっと、オレはこの件について考えず生きていくことになる。




 だがそれが、オレの最大の失態となる。

 

 そのことが分かるのは今より数年先のことだ。








 

お読み頂きありがとうございます。


興味を持ってくれた方、続きが見たいと感じてくださった方がいれば、高評価、ブックマークなど是非お願いします。


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