決闘大会当日【6】
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(ん? 二人とも動かないのか)
さっきから鈴音と舞花の二人は決闘が開始したその場から一ミリも動かない。
一度鈴音さんの頭上で例の加護が発動したか紫に発光した様子で電流が火花音と共に発生したが、それだけだった。
その後はまるで時が静止したかのように二人とも動く様子が無い。
牽制し合っているのか、それとも何か話し合っているのか。
どうやら何かしらの会話をしているようだが、読唇術は会得していないからな。
彼女らが何を話しているのか見当もつかない状況だ。
オレ達のいる二階の観戦席から一階にあるコート内の声を拾うのは至難だろうし、そもそも観戦生徒の声が干渉してそんなことは不可能だ。
「やっぱりこうなったかー」
緊迫した観戦席で舞が口を開く。
「やっぱりってことは予想通りの展開なのか?」
オレは彼女に尋ねる。
「えーっとねー。鈴音ちゃんはいつもあのスタイルなんだよね~」
「あのスタイル?」
特別なことは何もせず、その場で立っているだけに見えるが。
密かに何らかの戦術を巡らせているのか。
いや、そうは見えないな。
「うんうん。あの、その場で一歩も動かないっていう『不動スタイル』をね」
「不動スタイル? 不動って不動産の不動か?」
「そうだよー」
つまり鈴音さんは決闘中に文字通り不動ということなのか。
そう言えば中庭で去り際に彼女が言っていた。どうせ私は一歩も動きませんし、と。
「でも何故そんなことをする? そもそもそれでは決闘どころか戦闘にすらならない。そんな状況でどうやって彼女は一位を取った? 現在は彼女が校内決闘順位第一位だろ?」
「うんうん。意外かもしれないけど不動だから一位なの~」
「ん……?」
「今の鈴音ちゃんみたいに動かないでその場で立ってるだけだったら、決闘の相手はどうするかな」
オレは舞のその一言で全てを理解した。
そういうことか。
「鈴音さんは相手が降参するまで待っている、ということか?」
「そういうこと。どうせ相手がどんな攻撃をしようとも鈴音ちゃんは棒立ちで防御できるからね~。決闘には基本的に時間制限がない……ブラック同士の組手と違ってね。だから相手は降参するしかないの。無敵の防御相手じゃ、いくら時間を浪費しようと勝てっこないからね~。簡単に言えば鈴音ちゃんは勝負に参加せず試合に勝ってる。入学以来彼女はこんなことをずっと続けてる」
突っ立っている鈴音を相手にした場合、いかなる攻撃も加護を持つ彼女には有効打にならないということか。
そのうちに相手は勝てない、時間の無駄と悟り、自然に降参する流れになる。
つまり彼女は勝っているというより相手に負けさせているという感じか。
絶対的な防御を有する彼女だからこそできる戦術。
鈴音がそんな方法で決闘一位を取っていることは知らなかった。
基本的には申請式の異能決闘だが、月に一度この決闘大会があるからか。
おそらく彼女に自分から決闘を申請するような物好きはいないだろう。
「それは……何か理由でもあるのか?」
「理由? そんなもの無いんじゃない? 単純に人を傷付けるのが苦手とかさ、そんなことじゃないの~? 知らないけど」
「そうか」
「でも、まー、何か大切な信条があるみたいにも見えるけどね~」
「それはどういう意味だ?」
「頑なに戦闘を避けているって感じかな。特に、相手にしたいのは人じゃないって雰囲気だね」
「なるほど」
凛の父が残したあの条約か。
それを守るため白夜直轄の異学に? いや分からないな。
「それにさー。鈴音ちゃんが動いて戦闘したとしても一位の強さだって言われてるし」
「動いて決闘したことがあると?」
「うん、一回だけね。里緒を相手にしたときだけ」
やはりそうだったか。
確かに里緒の言い方だと戦闘を交えたようだった。
棒立ちしている鈴音相手に降参したというより、戦って勝てなかったという口振りだったからな。
そんな時。
『只今の決闘……功刀舞花の降参自己申告により、勝者、小坂鈴音』
そんな放送が体育館に響くと、生徒たちが騒めく。
「また?」
「いつもこれだもんね。まあ強いからいっか」
「うん、あの加護最強だよねー。私も憧れちゃうなー」
「あの進藤君をそばにつけてるだけはあるよね」
「そういえば……進藤君と付き合ってるってホントなの? いっつも一緒にいるけど」
そんな女子生徒たちの声。
「姉ちゃん負けちゃったかー。それにしても……マナの標準も弾いちゃうんだ、あのチート加護」
舞がオレというより式夜に向けて声を発する。
「みたいだな」
静かに言う式夜だが何やら訳知り顔だ。
マナ標準。
名瀬の「檻」もそうだが、遠距離もしくは間接的作用の異能には目に見えないマナ標準という座標を定める必要がある。
あの鈴音の電気の加護はそれをも弾くということだ。
発言から察するに舞はしっかり見ていたようだな。
おそらくその辺にいるホワイト生徒ですら、起こったことを正しく理解しているか怪しいだろうに。
二人とも当たり前のように何が起こったか大体理解しているような会話を交わす。
一見すると鈴音さんの頭上に突然紫電が発生したように見えたが、おそらく何の影響もなしにあの加護電流が発現することはない。
つまり考えられることは二つ。
鈴音の相手である舞花が目に見えない何かを頭上に作用させたということと、それが彼女の異能『重力制御』である可能性が高いということ。
とどのつまり、鈴音の持つ加護は舞花の制御下にある重力負荷でさえも弾いた。
もしこの仮説が正しいならばあの加護は恐ろしく強力で完全的な防御ということになる。
話を出すならば、御三家の盾、最強防御と比喩される『檻』とよく似ている形容のされ方だが、その性質や根源はやはり電気の異能『雷』だろう。
あんな異能体質で生まれてくる雷電一族など聞いたことが無い。
一体どうしてああなったのだろうか。
「瞬間的に現れる電気バリアってだけでも十分ぶっ壊れなのにさ。マナ標準も防げるとか、しかもそれが絶対的な防御とか無敵すぎでしょー。もうチート。ただでさえ電気の異能なんて聞いた事がないのにさー」
姉の舞花が降参し負けたからか、少し不機嫌そうに不満を漏らす。
「確かに強力だな……だけど、あれにも弱点はあると思うんだ」
式夜のその発言でオレは驚く。
「弱点? そんなのないでしょ。今までだって鈴音ちゃんの防御壊せたことある人いるー?」
「それは……」
式夜が口ごもる。
だが彼が言っていることは正しい。
今までオレは、式夜のことを思考が堅くあまり柔軟思想には向かない性格だと思っていたが、こんなところにも面白い考えを持つ者がいたのだな。
「いや、式夜の言う通りだ。弱点は確実に存在する。オレの師も、どんなに完全のように見える異能でも弱点が存在すると言っていた」
それが名瀬の『檻』だろうと、伏見の『衣』だろうと、三宮の『糸』だろうと。雷電の『雷』、風間の『焔』だろうと。
「さすがとうちん。イケてること言うじゃん」
「統也も俺と同じ意見ってことなのか? 俺も小坂さんの『雷の加護』通称、Sparkとかいう防御技。あれには弱点やリスクがあると考えているのだが」
「その考えは私にもわかるけどさー、ほんとに弱点なんてあるかな~」
「ああ、あるにはある。まず一つ、彼女の持ってる体内のマナは無限ではないということ。二つ、彼女を最強たらしめる防御はあくまで電気によるものだということ」
オレがスパークの二つの弱点を提示する。
厳密にはこれが全てではないと思われるが、ここでそれを言う必要はないだろう。鈴音さんにとっても利益が無い。
「なるほどな、彼女の保有しているマナを枯渇させればいいってことだな。確かにあの電気の素はマナだろうからな。そのマナがなければ発生させられない、という事か。……経験上の話だが、俺の知る特殊な一族が持つ異能作用もマナが無いと働かなかった。実行は無理だろうが弱点のヒントにはなるだろうな」
「ああ、まさにそういう事だ」
秋田県の大館市廃病院でのことだが、事実彼女の中の仮想電源という雷電一族特有の器官が消耗していた時に加護の電流は発生していなかった。
オレも彼女に直接触れたが、加護電流は流れなかった。
仮想電源に溜められる電力は発電細胞に送られるマナによるもの。
電流が流れなかったということはそのマナが枯渇に近い状態にあったということ。
「でもとうちん、二つ目のはよく分かんない。あの加護が電気で構成された防御なのは周知の事実だよー。それがどうして弱点になるの~?」
「誰もそれが直接弱点だとは言ってない。要は電気を排斥する方法が鍵なんだ。例えば強力な電磁パルスで彼女の周りの電場をいじくるとかな。まあ結局、電場を消せるわけじゃないから、彼女の加護の決定的な弱体化や電流のナーフには繋がらないだろう。あくまで隙を作るとかその程度の話だが」
オレは言いながら、途中から、加護の弱点内容ではなく弱体化の概要を説明した。
それはオレの咄嗟の判断に過ぎないが、なんとなく嫌な予感がしたから、というのが最大の理由だった。
「とうちん凄くない? めっちゃ頭いいじゃん」
「いや」
やはりよく分からないな。
舞ほどの並外れた思考力と推察力。論理的思考力があればオレが先に述べた内容にはとっくに勘づいていたはずだが……どういう意図だ。
この違和感こそが、オレが鈴音の加護の弱点内容ではなく弱体化概要を説明した理由でもある。
舞はオレなら弱点を見抜くと予想し、それを解説するようオレに促したとも考えられる。
「お前が言うか……」
式夜も舞に目線を移しながら呟く。
「加えてこれはオレの予想だが、元一位の里緒…さんはおそらく鈴音さんをその場から動かせるだけの切り札を持っていたと思われる」
「え、何それ」
「何かは分からない。だが何かしらの弱点を知ったか、あるいは……」
「動かないとあの加護でも防御できない技を持っていた?」
オレの言いたかったことをそのまま繋げて述べてくれる舞。
「……ああ、そういうことだ」
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