決闘大会当日【4】
「オレは里緒とギアになると約束している」
「それは……私じゃ……駄目なんですか?」
そんなに悲しそうな顔しないでほしい。
「駄目とかいう話じゃない。約束してしまったと言っている。オレは彼女を裏切るつもりはないし、彼女もオレを信じてくれている」
「凄い絆ですね……」
「これもギア成立の祝いで里緒から貰った品だ」
オレは自分の首に巻いている白チェックの黒地マフラーに触れる。
「そうですか……でも私も諦めるつもりはありません。里緒ちゃんには私も名瀬くんのギアになりたいと言っていたと伝えておいてください」
あまり見ることはない憂いに沈んだ表情を見せる。
「まあ……伝えるだけは伝えるが」
「ええ、お願いします」
そんなとき、鈴音さんが展開した結界を叩く茶髪の男子生徒が右側の視界に映る。
その灰色スーツの左胸元には白桜バッジが白光りしていた。
右奥で結界を刺激するその彼のイケメン顔には見覚えがあった。
「進藤くん……?」
鈴音さんが彼を見ながら、その名を呼ぶ。
「あ、そろそろ決闘の準備時間のようです。夢中で話していたらもうこんな時間でしたか……。それではまた今度です!」
腕時計を見つつ急いで立ち上がり、そのまま進藤の元へ向かおうとした彼女をオレは呼び止める。
「鈴音さん」
「は、はい?」
ツインテールを風に乗せながら不思議そうな顔でこちらを向く。
「良ければオレのこの黒いパーカーを着てかないか? 代わりに君のパーカーは預かっておく」
オレは自身が着ている黒い上着を摘まみ、示唆する。
彼女は言われた直後、自分の白いパーカーに付着しているオレの血の跡を見る。紙飛行機を受けた際に付いたものだ。
その様子まるで返り血を浴びたよう。
おそらくはオレの意図も理解してくれただろう。
「いいんですか? 私が着ても」
「ああ、逆に鈴音さんが嫌じゃないならな」
「嫌ではありません。むしろ………いえ。……でも本当にいいんですか? なんか申し訳なくて」
諸々考えてか複雑そうな表情だな。
「気にするな。そんな血の付いたパーカーを着て決闘に出場される方が困る。オレのパーカーにも血は付いたようだが黒い布地のおかげで目立たない。こっちを着た方が色々な誤解も免れると思うけどな」
「……ではお言葉に甘えて」
彼女は再度オレの座っている鉄製ベンチに近寄りつつ白いパーカーを脱ぐ。
オレはチャックを下ろし脱いだ自分の黒いパーカーを彼女に手渡す。
彼女はオレの黒地パーカーを着ることでぶかぶかパーカーを着た女子と化す。
袖もかなり余っている。
「わぁ……想像以上に大きいですね」
やはりサイズは合わないか。
去年測ったオレの身長は172cm。彼女は大体150cm強といったところだろう。
パーカーのサイズが合うわけもない。
「それで戦えるか?」
「ぶかぶかですが……まあ、なんとかなるでしょう。どうせ私は一歩も動きませんし。……それではまた!」
彼女はそのまま白いパーカーをオレに預けて今度こそ進藤の元へ向かった。
同時に周囲に張っていた結界も解かれる。
その防音効果が切れることで周囲の雑音が耳に入ってくる。
「あいつは……秋田遠征のときに工事現場にいた異界術士か。……鈴音さん? どうしてあんな奴と一緒にいる? しかも奴の上着まで着て……」
進藤はオレに訝るような目線を向けると共に、不信そうに鈴音に問い詰める。
どうやら進藤は彼女に気があるようだ。
彼の目線や仕草。セリフからそう判断することができた。
「進藤くんには関係ありません」
「でも……ホワイトトップである鈴音さんが、あんなブラックと一緒にいるのは良くない。この学校に所属する生徒は白と黒それぞれ優等生と劣等生で区分けしている。しっかりとした区別は付けるべきだ」
「お言葉ですが、彼はあなたよりも強いですからね?」
心外とでもいうように、皮肉った言い方でそう述べる鈴音。
「は、なんだって?」
「ですから……彼はあなたよりも強い人です」
「何!? 無能集団。ブラックのあいつが俺よりも強いはずがない」
「無能と罵るのはいいですが、その無能より弱いのはどうかと思いますよ。……雷鳴に誓いましょう。彼は進藤くんが敵う相手ではありません」
発言する彼女は少々苛立ちを露わにしているようにも見えた。
鈴音さんは見かけやその外観からは想像できないほどの頭脳と技能を有している。
冷静な視点を持ちつつ、「雷」という汎用性が高い異能を持っているからこそ決闘順位第一位を保っているのだろう。
里緒と同等またはそれ以上だというのも頷ける。
だが今しがた彼女が見せた言動からは微かな立腹が伝わってきた。
加えて彼女の雷鳴に誓う、という言葉。
一見意味のない言葉にも思えるが雷電一族内では最高神に誓うも同義の言い回し。
「ちっ……」
嫉妬感情でも混ざっているのかオレに怒りの視線を向けてきた。
オレを睨みつけた進藤は鈴音と共に反対側へ去っていった。
厄介な種にならなければいいが。
「オレもそろそろ戻るか」
オレは言いながら手元にある彼女の白いパーカーを再構築することで元通りの状態……血が滲んでいない過去の状態へ戻す。
結果的に血が付着する前のパーカーへと戻った。
洗濯しておいたとでも言えば誤魔化せるだろう。
情報が複雑な人体や生命的な有機物体でなければ再構築にそれほど大量のマナを消費することはないため一日でも数度の構築が可能だ。
*
オレは決闘一回戦が既に始まって盛り上がっている立体体育館会場に戻り、自分の観戦席に到着する。
「とうち~ん……何してたの! もうとっくに一回戦目始まってるんだけど!」
舞が片手を上げ、こちらに手招きしてくる。
「すまない。知り合いに会って長話していた」
「もー!」
拗ねた様子の舞。
「すまん」
「こいつに二度も謝んなくていい。それより見てみろ。いきなり決闘順位第5位の名波サユリが出てきた」
集中した空気感の式夜に言われオレも中央のコートの様子を見てみる。
水状の蛇を操るショートヘアの女子生徒が相手の女子を襲っていた。
その水の蛇は何匹かに分岐している。
様子から攻撃と防御の両用が可能なようだ。
「あれはなんて異能なんだ? 液体操作のようにも見えるが」
「ん~と、水蛇だったかな?」
「水蛇だ。お前、わざとだろ」
「あれ、そだっけ? てへぺろー」
その口調は棒読みで、まるで感情が無かった。
ヒュドラか。
ギリシャ神話を代表する、蛇を模した怪物。ヘラクレスに退治されたとして有名。
「あの水はどうやって発生させているんだ? 操作の方は念動系統の異能だと即時理解できるが、あれだけの体積の水量をどこから持ってきた?」
「さっすが! とうちんは着眼点が違いますな~」
舞は芝居がかった渋い声で言いながら、満足そうに二度頷く。
「バケツの水だ」
舞を無視し式夜が教えてくれる。
「バケツ?」
「ここからは見えないんだが、コートの近くにバケツ何杯か分の水を貯めておいてるんだ」
決闘は相手を戦闘不能にするか、行動不能状態にした者の勝利。
武器は特別仕様がない刃物などのみ利用可。
拳銃や弓などの遠距離武具は禁止。投げ仕様なら可。
事前申告さえすれば異界術の制限もなし。
「なるほど、それならルールの範囲内か。別に違反はしてないしな」
「そーゆーこと」
ヒュドラなんて大きな名前を付けてはいるが、その正体はただの念動。
バケツから汲んだ水を念動で浮かせ、蛇状にして戦闘している。
水を利用しているのは、彼女の念動力が粘性的もしくは流動的かつ可変的な物体のみを操作できるような微弱な操作能力だからだろう。
蛇のように細長くして分岐させているのは念動効果範囲を誤魔化すためか。
なるほど確かにいくつかの工夫が見られるが。
五位でこの程度、というのが率直なオレの感想だった。
異能力の強弱などではなく異能の応用法によっぽど問題がある。
異能を使用しない李翠蘭の敵にすらならないだろう。
だが彼女は名波さんよりも下の第六位をキープしていると言っていたからな。
「あー、相手の熱源感知をする第三級異能の子、負けちゃうね~」
「お前が言うならそうなんだろうなぁ……」
その会話を聞いているオレには正直まだ勝負はついていないように見えた。
名波という人物も中々の液体念動操作だが、それを熱源感知で素早く察知し異界術で戦闘している相手。
どちらもあからさまな優劣のない決闘に見える。
そう思っていた数秒後。
水で形成した蛇に捕まれた相手。直後名波は相手の首元に水の刃を突き付ける。
「ビーー!」
聞いたことがあるブザー音。
「只今の決闘……勝者、名波サユリ!!」
そんな館内放送が流れてくる。
「ワァーーーー!!」
観戦席全体から、拍手と喝采が轟く。
オレはその歓呼と拍手喝采が収まった頃合いで口を開く。
「凄いな舞。よく名波さんが勝つって分かったな。オレにはさっぱりだった」
「ただの勘よ、勘」
さあ、どうだかな。
「俺たちには決闘する人物やその組み合わせを知らされていないからなぁ。次の試合は誰が出るんだぁ」
次か。
次は鈴音さんが出場すると言っていたな。
「次は鈴音さんが出るね~」
は?
オレは意識を別のところにやっていたが、そのセリフで我に返る。
「決闘者の組み合わせなどは開示されていないんだろ?」
「うんうん、されてないよー。でもとうちん、どうしてそんなに驚いてるの~? まるで次に鈴音さんが出場することを知ってたみたい?」
「いや……」
相変わらず少しの油断もできないな。
ちょっとした言動でも気を抜けば一瞬でその奥にある本質を見抜かれる。
「次の試合は、ホワイトBクラス、現在序列第一位『小坂鈴音』。ホワイトCクラス、現在序列第二位『功刀舞花』」
その放送と共に観戦生徒が沸き上がる。
「一位と二位……トップランカー同士の勝負だぜ!」
興奮したようにはしゃぐ男子生徒の声がどこからともなく聞こえてきた。
「おい本気かよ。今回の決闘大会内容……荒れてるぞ」
式夜も少々引いた様子でコート内に入っていく鈴音と功刀舞花を見る。
「まー、そーいうこともあるっしょー」
「こういうことは前例がないのか?」
「あんまりないかもしれん。俺の知る限りだが……一位と二位がやり合うなんてのは滅多にない」
「まー、やるもんはやるんでしょ」
「それはそうかもしれんが……」
「姉ちゃんガンバー」
舞がだるそうに声を出す。
棒読みだが、無理して応援の声を発しているようにも見えない。
その様子を見ていると。
「意外だろ?」
式夜が舞を挟み、こちらを向いて聞いてくる。
「ああ、少しな」
なんとなく無意識の理解、感受の末、勝手に舞花と舞は仲が悪いと思い込んでいたが、実際はそうでもないらしい。
逆に仲が良さそうな姉妹や兄弟ほど思いの外上手くいっていないことが多かったりする。
オレたちや玲奈と瑠璃のようにな。
「仲悪そうな双子に見えるが、別にそうでもないらしいぞ?」
「そのようだな。オレも勝手に不仲だと想定していた」
「なんでさー。あたしら結構仲いい方よー」
「舞花と話したことがない統也からすれば意外かもしれん」
「なるほど」
本当は編入時に会話したことがあるが。なんなら決闘を申請されたが。
無論そのことは黙っておくことにした。
まあ黙っておいても舞花自身が舞に伝える可能性もあるのでそこまで秘匿優先度は高くないだろうが。
それにしても仲のいい姉……か。
羨ましいな、と静かに思った。
*
なぜだ、なぜだ、なぜだぁ!
僕の計画は完璧だった……はず……なのにぃ。
あのブラックめ……どうしてあんなに速い!?
全部あいつのせいだ。
あいつが僕の紙飛行機を防ぐことさえしなければ……。
そもそもあれはとんでもない撃力の紙飛行機。生身でとめられるはずがないのに……。
というか、あれが本当にブラックの動きなのか?
速すぎてもはや瞬間移動にも見えた……。
話に聞く名瀬杏子『碧い閃光』の瞬速といわれる瞬間的な移動そのものではないか。
なぜ一科でもない、ブラックの落ちこぼれにそんなことが出来るんだ!
ふざけやがって。
もう僕は後戻りできない。
鈴音さんにだって嫌われたに違いない。
紙飛行機が回収できず、君に見られてしまった以上、僕の犯行なのは火を見るより明らか。
逃れようがない。
また逆戻りか。僕は……また。
――――いや!!!
最後に。この異学を退学になる前に絶対復讐してやる。
僕はこのままおめおめと退学処分になるわけにはいかない。
僕は勝ち組だぞぉ!
全部あいつのせいなんだ!
あいつさえいなければ全て、全て、全てぇぇ! 上手くいっていたはずなのに!!
必ずあの無能に。全てを崩したあいつに。必ずしかるべき報いを!
絶対に復讐してやる!!
名波サユリ
……異能決闘順位第五位。水蛇という液体念動操作で戦闘する女子生徒。外観は不明。
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