決闘大会当日【2】
*
僕を裏切った鈴音さんを……彼女を……絶対に許さない!
絶対に。絶対に。絶対に。絶対に許さない!
努力すれば才能に勝てるだって?
大ウソつきめ! このあばずれ女が! 売女が!
イケメンで優秀、トップの実力を持つ進藤樹とすぐにくっついたくせに!
彼女は僕だけのものだ! 樹になんか渡さない!
彼女は僕だけに優しくしてくれたんだ。
彼女は僕だけを救ってくれたんだ。
なのに。なのになのになのになのになのになのにぃ!
努力は報われる? 才能に勝てる強い人になってほしい? 何を言っているんだ。
異能は―――――才能がすべてだったよ。
君が入学する前のランク一位「霞流里緒」さん。彼女だって「波動振」という才能のある異能を持ってして生まれたからこそ強かったんだ。
まあ。
それを超える才能を持った君相手には、その彼女でさえ敵わなかったようだけど?
結局は天才が勝つんだ。才能が勝つんだ。
分かりやすかったよ。
僕は何を勘違いしていたんだ。努力が才能に勝てるはずがない。
僕が頑張ったって意味なんかなかった。
何よりそれを証明したのは他でもない―――――君じゃないか。
無敵の才能である「雷の加護」を持つ君は、学内決闘順位第一位の天才だった。
やっぱり勝てないんだ。「才能」には。
才能に屈するなと言ってくれた君が、何よりその才能を持っていた!
嘘つきだ。僕は君が大好きだったのに!
折角努力して最下位から11位まで上り詰めたのに!! 結果は様がない。
だから……今から君を変えるよ。……変えてみせるよ。
僕好みの君へと! さらに美しい君へと!!
ほら見ろ。今トイレの前にいる美しい君に……鈴音さんに近づいて来ている男子生徒を。
こんな時期にマフラーをしている謎の男ではあるけど、決して顔は悪くない……むしろかっこいい部類に入る男子生徒なのに、黒いバッジを付けているというだけで通りすがりのホワイト女子生徒にバカにされる。
これが現実だ。これが才能ある人間と凡人の差だ。
結局、どんなに足掻こうが才能を持つ者には勝てない。
僕は折った紙飛行機に自分の異能「空気抵抗調整」を付与し、それを彼女の頬目掛けて飛ばす。
この紙飛行機は空気抵抗を調整してある。
僕がこの手で加える少しの運動エネルギーだけで新幹線のような速度を実現する傑作の紙飛行機だ。
紙で構成される紙飛行機とはいえ、新幹線並みの速度を出せば強烈な威力になる。
これは僕の努力の結果だ。僕はこんな緻密な空気抵抗制御まで可能になったんだよ、鈴音さん!
その紙の端に触れれば彼女の頬は切れる。血も出るさ。
まあ心配いらないよ。ほんの少し痛い目に遭わせるだけさ。
その後、僕が優しく彼女の助けに入る。あたかもヒーローのように彼女を救い出す。不安がっている君を守ったヒーローになる。
彼女を助けに行く際に紙飛行機も回収する。
―――完璧なプランだ。
自作自演だけど、完璧な計画だ!
僕は彼女を助けた最高にカッコいい男になる。
きっと進藤なんて相手にされなくなる。
我ながらに完璧だ。
あとは軽くギャラリーが欲しいところだ。僕が鈴音さんを救ったという場面を誰かに見てもらい、学校中にその事実を広めるために。
そのために能力の低いギャラリーが必要だと思っていたけど、まさかブラックが来てくれるとはね。
僕は最高についてる。とても運がいい。
やっぱり世界も、君と僕が結ばれることを望んでいるんだ。
彼女の「雷の加護」という電流パッシブスキルは一見すると非の打ち所がない、完全無比な防御に思える。
しかしそんなはずはないんだ。
入学当初、彼女の両腕は白い包帯で巻かれていた。女子生徒間の噂によると無数の切傷を包帯で覆っていた様子。
つまり、彼女に傷をつけることは可能なんだ。
僕は、油断しているその隙こそが加護を発動していないタイミングだと読んでいる。
そう、今のような、油断している時がね!!
君は永遠に僕だけのものだ!!!
*
オレはそのまま、白いパーカーを着た、ツインテールの女子生徒を横目に男子トイレへ入ろうとする。
―――――――――ヒュン。
(ん?)
オレは軽く目を見開く。
オレは高速移動する白い物体を視認したその瞬間、瞬速の最大速度でその女子生徒の前に立つ。
そのまま彼女の顔面へ向かっていく紙飛行機のような形状の物体を、前に出した右手で押さえる。
直後、赤い液体が飛び散る。
すべてが一瞬の出来事だった。
「えっ?」
その女子は驚くような声を上げる。
オレの右手には貫通した紙飛行機が刺さっていた。まるで白いナイフでも刺さっているように見える。
辺りにオレの鮮血が巻き散ると同時に紙飛行機の白い紙に血の赤が滲んでゆく。
「だ、大丈夫ですか? というか、え、一体何が?」
オレの背後に立っている彼女は混乱したようなあたふたした様子でオレに声をかけてくる。
「ああ、大丈夫だ」
言いながらオレは両眼にマナを溜め、浄眼を展開することで紙飛行機が飛んできた方を透視する。
さらに中庭を越えた奥側の一階廊下を慌てた様子で走って逃げていく男子生徒の顔を確認した。彼のバッジの色から、どうやらホワイト生徒らしい。
(これで顔は覚えた)
オレは浄眼の発動をやめて振り返り、女子生徒が無事か確かめようする。
この時のオレは、もしこの女子がホワイト生徒なら面倒なことになるなと考えていた。
この紙飛行機が飛んできたことなどを含め、ブラックであるオレのせいにされたなら、例えいわれもない事だったとしても不利になる。
差別とはそういうものだからだ。
だが――――――――――。
振り返った瞬間オレの目に映ったのは、見覚えのある綺麗な顔立ちと黒髪のツインテール。赤みがかった瞳。
間違いない―――――。
この子は。
―――――雷電鈴音だ。
「えっ! 成瀬くん?」
彼女はオレの顔を見て目を見張る。
「君は……鈴音か?」
「えと、ごめんなさい。少しびっくりしすぎて……」
オレも驚いているし、この子と話したいことも山ほどあるが。
「でもそんなことより今は、早くその傷をどうにかしないと」
言いながら彼女は大量出血した、紙飛行機が貫通しているオレの右手を優しく掴み、応急処置を施そうとする。自分のハンカチを出したところ見ると、それでオレの手を包もうとしてくれたらしい。
「いや、一応自分の異界術で治せる。気持ちだけは貰っておく」
オレは彼女の手を左手で外し、そのまま紙飛行機を引き抜く。
血が余計に床に飛び散る。
まあ、異界術じゃないがな。
オレは異能「再構築」を使用し、自分の身体を文字通り再構築していく。
数分前の自身の身体の物体情報をもとにマナと細胞を等価で変換し、構築していく。
彼女には、右手の出血部分が治癒していくように見えるだろう。
「す、すごい……。傷が一瞬で……」
オレの二限異能力「再構築」を見て感心した眼差しを向けてくる。
「そうでもない」
そんなことより。
紙飛行機が掌を貫通した?
一般異界術による強化をしなかった生身とはいえ、紙だけで貫通したとは思えない。何か強化作用が施されていたか?
いやそれなら特殊なマナの気配を感じるはず。
それが無いということはつまり、単に速度が大きかっただけということか。
速度が大きければ物体の持つ運動量は大きくなる。そうすれば、いくらただの紙とは言えオレの手を貫通させるほどの撃力を生むことも可能だろう。
紙飛行機の速度を上げるということは、気流操作の異能と考えられるか?
いや。それなら、紙飛行機のような空気滑空を利用する必要はない。揚力と推力を操作すればいい。鉛筆でもなんでも飛ばせたはずだ。
わざわざ紙飛行機を利用したということは滑空でなければいけなかった。
つまり滑空でなければ都合が悪い何か。
……空気抵抗か。
紙飛行機は摩擦抵抗や翼型表面の圧力分布による特殊抵抗、誘導抵抗など、滑空するための多くの空気抵抗が関わっている。
むしろ滑空によって飛んでいると言っても過言ではない。
それを調整できる異能があるとすれば、こんなことも可能か。
つまり逃げ去ったあの男の異能は空気抵抗を調整する第二級異能だと考えられる。
オレは空気抵抗と深く関わっている異能について心当たりがあるか、と鈴音さんに聞こうとすると。
「これは……」
鈴音さんが紙飛行機を見つめながら何か複雑な表情を見せる。
「石橋くんの……」
「石橋?」
「ええ。石橋翼くんです。私とよく会話していたホワイトの男子生徒で、数日前までは仲が良かったんですが、私と決闘して負けて以来、口すら聞いてくれなくなってしまって……」
「そうか」
「その子は紙飛行機を作るのが得意だったんです。多種多様な紙飛行機も見せてもらいました。折り目が独特なので見ただけでも彼の紙飛行機だと分かりました」
おそらくその人物で間違いないだろう。
だがもしそうなら、どうしてあからさまな証拠となる紙飛行機を残した?
これだと、その石橋が「犯人は自分」だと主張しているも同義。
本来は何かしらの方法で回収するつもりだったのか。あるいは鈴音さんを殺すつもりだったのか。
「でもなぜこんなことを……」
鈴音さんが当惑に近い、困惑した表情を見せる。
「この紙飛行機の射角から見て、まず間違いなく君の顔に向けられていた」
オレは言いながら左手に掴んでいる、血で赤く滲んだ紙飛行機を握り潰し、近くに設置されているゴミ箱に捨てる。
「え? でも私は特殊な異能体質で攻撃が当たりませんよ? おそらくそのことは学校中に周知されているので、石橋くんも理解していたと思うんですが……」
秋田県北部に位置する旧大館市の廃病院でみせたあの電気のバリアのような技か。
彼女の言い方から察するに、技というより体質らしい。
「その異能体質に何か隙のあるタイミングはないのか?」
オレは躊躇せず彼女の弱点部分について触れる。
本来異能やその技の弱点は公けにしないものであり、他人に教えるなど言語道断ではある。
だが以前に樹海公園のサッカーボールを受け止めた際、オレの異能を確認している彼女には多少なりともその負い目があるはずだ。
優しい彼女は、仮に自分の弱点が関わっていてもその内容を教えてくれるだろう。
自分でも少々抵抗感があるやり方だが、この事件解決のためだ。
「弱点が無いと言ったら噓になるかもしれませんが、『隙』という概念は無いかと思います」
「それはどういうことだ?」
「正確に言えば自分でも分かっていないんです。けど経験則上、私の加護に隙はありません。いわゆるパッシブスキルのようなものなので、私がベッドで安眠していようが気絶していようが、私が許可した物以外が私に触れることはできません。例で言うならさっき。成瀬くんは私を守ってくれましたが、そうしなくとも電気が私を守ってくれました。あっ……でも、成瀬くんのお陰で安全に防ぐことができました。ありがとうございます」
「いや、それはいいんだが……」
なるほど。つまりは彼女の意思に関係なく、電流が彼女を守るという体質なのか。
今こそ「その加護」とやらを上手に制御できているようだが、幼少期はそうはいかなかっただろうな。
どうしてそんな体質で生まれてきたかは知らないが。彼女が触れる「全て」ということは、服や靴、床などあらゆる物。遍く物体という物体を電気で弾いたのだろう。
「つまり油断していたとしても、意識がなかったとしても、その加護は効力を失わないんだな?」
「ええ、そういうことですね」
「それは他の生徒も知る事実なのか?」
「いえ。詳細は今、成瀬くんに初めて教えました」
そういうことか。
つまり犯人であるあいつは、彼女の油断しているタイミングなら「その加護」の異能効力が作用していないと考えた可能性もある。
「そもそも彼は、なぜ君を狙った? 鈴音さん、何か狙われるようなことをしたのか?」
その言葉を聞くと彼女はオレから目を逸らし、沈黙する。
数秒間、静寂が訪れる。
「いえ、何も。ただ……恨まれるようなことはしたかもしれません」
口を開いたかと思うと俯き、近くにあった雑巾を濡らして床を拭き始める。
彼女が俯いた際、灰色の床にオレの血が散乱していることを認識したようだ。
色々な事象によりパニックになっていた彼女だが、徐々に冷静さを取り戻しているように見える。
「すまない……。オレが拭く。オレの血だからな」
「いえ。私にも拭かせてください」
床を拭く彼女の表情は視認できない。
だがその口調は、何か強い意志のような、そんな「想い」のようなものが象徴されている気がした。
「守ってもらいましたから…………三度も……」
最後に何と言ったか聞こえなかったが、オレも雑巾を濡らし、散らばった自分の血を拭く。
オレの血はすでに固まり始めていた。
*
オレと鈴音は一切の会話を交えず、ただ静かに床を拭いていた。
床を拭きながら、オレはあらゆることを想定していた。
同時に……余計なことも思考していた。
彼女の胸元に付けられているバッジの色は白。つまりはホワイト生徒として異能を学んでいるということ。
だが彼女ほどの実力なら里緒と同様に飛び級昇格、僅か一年で卒業してもおかしくはないだろう。
近い将来、雷電という電気異能力者がこの世界に知れ渡る。
異能の中でもあらゆる技、用途、戦闘方法を内包している汎用性が高い最強の属性「電気」。その起源は古来より「雷」とされている。
雷電という異能一族が使用する特殊能力「靁」。漢字を簡略化して雷とも書く。
彼女もオレと同じく沢山の事を考えているだろう。
こちらに何も話しかけてこないということは彼女自身がそれだけ、ブラックであるオレの存在に困惑しているということでもある。
だが、混乱しているのはオレも同じ。おそらく彼女よりも混乱している自信がある。
彼女がこの学校にいるかいないか。オレはそんな小さなことで錯乱しているのではない。
実を言うと彼女がこの学校にいようがいまいが、そんなことはオレにとって大きな問題ではないのだ。
オレを錯乱させる最大の問題は―――――。
オレは何故こんなことをしたか。なぜ見ず知らず状態の人を守ったか、ということ。
高速移動する白い物体がオレの目に入ったとき……。オレの身体はまるで勝手に動いた。
熱い薬缶に触れたときに手を引っ込める無条件反射のように。
月が地球の周りを周るように。
物体が床に落ちるように。
まるでそれが絶対の理。摂理であるように。
義務であるように。
当然のように、彼女を守った。
一体なぜ。
たとえ彼女が知り合いの鈴音だと初めから分かっていても、今より遅い反射速度で守っていたはず。なんなら素手ではなくマフラーで防いでいたはず。
けれど、なぜか自分の知る最大速度を遥かに上回った瞬速を使用してまで、生身で彼女を守った。
まるで彼女のためならその速度が出せる、とでもいうように。
その速度で守ることを本能的に強制されたような、少し気持ちの悪い感覚だった。
雷の加護
……別名、雷電乖離。所有者:雷電鈴音。
その名通り、電撃作用により物体を強制乖離する加護。
彼女が許可した物体だけ彼女に触れることができる。彼女が服を着たり、椅子に座ったりする際は、自分の加護電流を制御しその物体に触れているという。
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