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決闘大会当日【1】


  *


 僕には嫌いな人種がいる―――。



 それは……。



 ―――才能のある奴らだ。


 


 僕は小さい時から。自分の異能を発現させたときから、才能のある人間……「天才」が大嫌いだった。


 僕のような人間にとって彼らはこの世の害虫に違いない。


 それでも。やはり天才が優位な世界だった。

 例えばここ異能士学校。ホワイト生徒でも「天才」と「落ちこぼれ」という二者がいた。


「おいおい嘘だろ。この点数じゃ異界術部(ブラック)と何ら変わりねえぞ、お前」

 

 うるさい。

 

「なあ、点数低いなら俺と変わってくれ。水晶の数は限られている。三位の俺に譲るのが常識だろ?」


 うるさい。


「この人、ホワイトのくせにブラックみたいな点数じゃん!」


 うるさい。


雑魚(ざこ)はブラック行けよ」


 うるさい。うるさい。


「そんな陰キャだから、駄目なんだよ」


 うるさい。


「ホワイト劣等生のくせにしゃしゃり出ないでくれる?」


 うるさい。


「あんたさー。異能の才能ないのよ。諦めな」


 うるさい。うるさい。うるさい。うるさい!!


 僕のことを馬鹿にするな!

 才能があるだけのクズどもめ!


 全員黙ればいい。


 でも。そんな僕にも光を与えてくれた人がいた。



 第二十六個別演習室。


「君。才能なんて言葉に屈しちゃダメですよ――――」


 澄んだ少女の声。

 綺麗で、透き通っていて、耳をくすぐるような声質。


 僕にとってその声は『女神』のそれに聞こえた。


 身長が低く、黒髪ツインテールの女子生徒。幼さが残るような体躯なのにもかかわらず、その裏に隠されている謎の「強い雰囲気」を持っていた。


 彼女の両目の瞳は(おぞ)ましい色をしていたけれど、僕にとってそれは些細なことだった。 


 彼女は僕の持つ不快なビジョンや不安要素を断ち切ってくれる存在に見えた。


「君は……誰?」

 僕は自信のない自分の声でそう聞く。


「私は小坂(こさか)鈴音(りんね)と言います。今日から君と同じクラスで異能を学ぶことになりました。よろしくお願いします。えっと、君はどんな異能を?」


 これは何かの夢だ。僕がこんなに可愛い子と話せるわけがない。

 筋肉が無く痩せ型で、異能もろくに使えない僕が。


「え、えーっと……僕は空気抵抗を極限まで少なくできる……『空気抵抗調整(エア・ドラガー)』って第二級異能を……使用するんだ」


「へぇー空気抵抗を? 凄いですね」

 僕を包むような優しい笑顔を向けてくる。


「そ、そ、そうかな……」


「はい、もちろん。しかもこのクラスにはそんな方が沢山いると聞きました」


「まあ……そうだね。でも……僕よりずっと凄い人達だよ。僕は最下位だけど、そんな僕と違って才能もあって……」


「ん? そんなことはありませんよ。君だって努力をすれば確実に高みに到達することができます。才能を超えることができます」


「そ、そうかな。でも僕には無理だよ……。僕の異能は戦闘の役に立たないんだ。自身の身体にかかる空気抵抗を減らして速く走ったりすることしかできない」


「本当にそうでしょうか?」


「そうだよ……僕には……」


「では試しに異能を利用した何かを一つ、私に見せてください。小さな技でも特技でもなんでもいいですよ」

 彼女は急にそんなことを述べるが今の僕の心を支配している感情は、彼女にいい所を見せたい、というものだけ。

 僕は配布されたプリントで紙飛行機を作り、それに自分の異能『空気抵抗調整(エア・ドラガー)』を付与する。


「わっ! 凄いじゃないですか!」


 オレの作った、空気抵抗が極小状態の高速移動する紙飛行機を見て彼女はそう言ってくれた。


「そんなことないよ」


「いえ、十分すごい異能だと思いますよ。例えば、投げナイフや手裏剣(しゅりけん)苦無(クナイ)といった投げる武具を交えて戦闘すれば、君の戦闘力は格段にアップさせることができます。もちろんその武器一式は投げる際、君の異能を使って空気抵抗を減少、速度を上げます。そうすれば必然的に威力が高まるので。だから敵と適切な距離を取っての戦闘などをお勧めします」


 僕は彼女のセリフを聞きながら感動した。


「……き、君、凄いね。今まで僕は自分の身体にこの異能を使うことで速く移動することだけを考えていた。けど違った。武器に付与するのは確かに賢いね。もっと応用する方法があるかもしれないんだ」


「そういうことですね。……どうです? こんな風に工夫したり、自分の道を再認識して努力していけば、必ずどんな異能をも超える存在になることが出来ますよ」

 彼女は言いながら微笑んだ。


「僕にも……できるかな……」


「はい、きっと。才能なんかに負けない強い人になってくださいね」

 僕は、力強く語る彼女と恐る恐る目を合わせる。赤みがかった瞳を見る。


 僕はこの時、もうとっくに彼女を……小坂(こさか)鈴音(りんね)さんを好きになっていた。



  *


 6月18日(土)。決闘大会当日。


 午前9時に開始にしては少し早めの時間。オレは午前8時40分頃に功刀(くとう)(まい)神多羅木(かたらぎ)式夜(しきや)と集合し、全国のエリート異能士学生が通う札幌中央異能士学校の異能演習用立体体育館に訪れていた。今日の決闘大会を観戦するためだ。

 この体育館は一言で表すならば、内部はとても広くて高い、といったところだ。

 一階の戦闘用フィールドコートと二階の観戦席エリアに分離されており、さらにその観戦席では当り前のようにブラックとホワイト生徒の席が分断されていた。

 コート外部には安全装置が配備されていて、どんな異能が発動しようと、暴走しようと周りの柱に取り付けられている泡吸引型(ほうきゅういんがた)二式のマナ調整機により強制停止できる状態。

 

 なるほど、死ぬ気で戦闘しても強制的にその決闘を終了させることが出来るわけか。

 体育館入口に置いてあった決闘説明のパンフレットを見たときに気付いたことだが、異能決闘には武器の使用が認められているらしい。

 状況によっては殺人一歩手前なんてことも頻繁に起こるらしい。

 正直少し驚いた。

 これだけシビアな状況で一位を取り続けた里緒はやはり相当の実力者だ。

 

 オレは今まで、S級異能士が討伐するはずのレベルレートであるA級……変形手(へんけいしゅ)持ちの(かげびと)や、基準を大幅に超える戦闘能力を有する伏見(ふしみ)(しゅん)の娘……伏見(ふしみ)瑠璃(るり)と戦ってきた。

 どちらもこの世でトップを冠するほどの実力だろう。

 それらを基準に、純粋な「強さ」を比較するのは間違いだった。

 つまり里緒は同年代では、かなりの実力を有するといえる。そのことを強く認識しておく必要がありそうだ。


「ちょっと早く()すぎたかな~?」

 緑の棒付き飴を舐める功刀舞がオレと式夜のどちらともなく聞いてきた。

 確かに20分前に来る必要はなかった。だが問題は、この時間を指定したのが舞だということにある。

 

「まあ、大丈夫だろう」

 オレがそう言った直後、後方から声が聞こえてくる。


「おい見ろよ。ブラックは戦わねえ雑魚の分際で、こんな時間から来てやがる」


「ほんとだ、やば! 張り切りすぎでしょ」


 そんな軽蔑、嘲笑を含んだ男女の声。


 オレは、またかと思いつつも無視する。こんなくだらない言葉を気にするだけ時間の無駄だ。


「ちっ……」

 険しい顔つきに変化した式夜が珍しく舌打ちしたかと思うと、後方に振り返ろうとする。

 嫌な予感を感じたオレは急いで右手でそれを制し、口を開く。


「気にするな。あいつらは構ってほしいだけの子供だ。式夜が相手にする価値もない」


 ゆっくりと手を放し、オレは気にせずそのまま二階にある観戦席へと続く階段を(のぼ)り始める。


「うんうん、気にしない気にしない! すでに何人かは観戦席に座っているようだしね~」

 式夜と舞もそれについて来た。


 オレを含めた三人が並んで手前の観戦席に座ると、その数秒後に舞が発言する。

「それにしても式夜(シッキー)さー。あんな愚者の言葉で怒るなんて珍しいね。あんな愚かな人を相手にすることさえ滅多にないのにー」


「すまん、なんとなく俺以外が(けな)されるのは我慢ならんかった」


「シッキー、やっさしー!」

 舞は式夜の肩を二度優しく(てのひら)で叩く。


「今茶化すところかよ?」

 

(いや、恐らく舞はわざと茶化したんだ)


「ごめんごめん。けどさ~、軽蔑の言葉は今までだって何百回も受けてきたでしょ?」


「ああ、そうだよな」


「そーそー。今更だよ、今更」


「すまん」

 オレの隣にいる舞のさらに隣にいるため表情は確認できないが、式夜からは感情を押し殺したような、そんな声が聞こえてきた。


 今の会話や発言で、オレは舞に関する一つのことを確信していた。



  * 



 オレは自分の観戦席番号を黒蕾(こくらい)バッジの電子システムで登録した後、トイレに行くと言って式夜と舞の二人から離れた。


 やはり早めの時間帯あってか、今オレが歩く一階の廊下を通る生徒のほとんどが白桜(はくおう)バッジを胸に付けているホワイト生徒だった。


 通り過ぎるたびに聞くことになる。

「ねえねえ、あの子ブラックじゃない?」


「ええ? ほんとに? こんな早くから何よ。張りきっちゃって。うちらと違って準備もないくせに」


 白桜(ホワイト)バッジをした女子生徒二人組がオレに聞こえるような声量でそんな会話をする。

 廊下を歩いているだけだが、今日はこれで三度目だ。


 一見、ブラックをここまで差別する理由はないようにも思えるが、必然ではあるだろう。

 異界術士は異能という、言ってしまえば一つの「戦闘の才能」を有していない人材たちでもある。

 簡単に言えば、学力の(とぼ)しい人間が旧東京大学や旧京都大学へ入学することはできないということは当たり前。誰でも知る事実だ。

 同様に戦闘能力が乏しい人間が異能を学ぶエリート学校に入学することは、本来ならば不可能だ。

 それを金と異界術という抜け道で入学してくるのだ。あまり良く思わない者がいても不思議ではない。

 コネや資格で旧東京大学に入学してくるのと何ら変わりはない。


 つまりはそういうことだ。


 そんな差別語句を受けつつオレはそのまま一階の廊下を進んでいき、女子トイレを表す赤い札と、男子トイレを表す青い札がかかっているトイレ場にたどり着く。


 この(あた)りは何故(なぜ)か異常に人気(ひとけ)が少ないが、ホワイト校舎内でかなり端に位置するトイレ場だからな。仕方ないか。

 廊下左手にそのトイレ場があり右側には花壇などがある中庭へ続くベランダ構造となっている。


 中庭側から何か視線を感じるが、害意自体がオレへ向けられているわけではないので気にする必要はないと結論付ける。


 トイレの前にある水飲み場では白いパーカーを着た、背の低い女子生徒が一人いるだけだった。

 その生徒は現在進行形で髪をツインテール状に結んでいる。その最中だった。


 なんとなく彼女のその後ろ姿は見覚えがある気がした。




  



*諸事情により投稿が遅れました。申し訳ありません。



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