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翡翠の瞳を持つ少女【3】

 


 ビーーーー!


 その組手開始の合図と同時にオレは翠蘭(スイラン)の背後に回りこむ。

 それは……電光石火そのもの。

 刹那。瞬間。コンマ。なんでもいい。

 ただ残像すら残るほどにオレの速度が速いというだけのこと。

 何の手加減も、躊躇(ちゅうちょ)もしない。

 オレは真の実力で瞬速を使用する。


 彼女には手加減をしないと、全力で戦うと、たった今約束したばかりからな。

 異能はもちろん使用しないが体術で全力を出そう。


「っ……なんて速さ……!」

 翠蘭がギリギリでオレの速度に反応しつつ振り向くが、すでに遅い。

 オレは彼女の背に異界術「波動砲」通称「空撃(くうげき)(しょう)」をぶつける。

 空撃掌とはその名の通り空気を打撃しその空気衝撃をヒットさせる異界術の技。


 直後彼女は高速で飛ばされ、演習場反対側へ追いやられる。壁面に背を付ける。

 彼女はその場で急ぎ体勢を立て直す―――――――が、それも遅い。

 彼女が正面を見た瞬間、オレは彼女の顔面を蹴り上げようとする。すでにオレは彼女の目の前にまで来ていた。


「はっ……!」


 偶然か、狙ったのかは知らないが、彼女はオレの蹴り上げをかわす。


(ん……? かわした?)


 機転の利いたいい動きでそのまま、オレに力強い掌底(しょうてい)()きを当てようとしてくる。

 オレは、先程蹴り上げた脚の足裏で彼女の左肩を蹴りつつ、その反動で後退する。

 オレが蹴った際に彼女の肩に異界術強化が施されていたのを感じた。よって肌に傷が付くことはないだろう。

 さらにその後退に追いつくかのように、オレに高速接近する彼女。


(初めに見せた高速の間合い()りか……)


「やはり速いな」


「ありがとうございます」

 彼女は言いながらオレに数度の突きや打撃を繰り出す。

 全て手による技だが、オレはそれを全て丁寧に受ける。

 正直受けるので精一杯で反撃できない。

 

 ひとつひとつの攻撃は一般の格闘家でも出来るような単純な打撃技だが、その威力は決して真似できないだろう。

 オレは何でもないかのようにその攻撃を綺麗に受けているがその攻撃威力は凄まじく、マナを手元に大量に溜めることでやっと受けれるもの。

 加えて彼女は生体(せいたい)異界術による筋力強化を行っているのだろう。とんでもないほどの(ちから)と打撃感。その攻撃の都度、軽い衝撃波が伝播するほどだ。

 とても女子高校生が作り出せる攻撃力じゃない。


 オレはその隙を見計らい、素早いカウンター攻撃……腹部を狙った(よこ)()りを仕掛けるが、彼女はその攻撃を一般異界術で強化した右手でガードする。

 受けた際、衝撃波による爆風が発生する。


「くっ……」


 早い判断と、的確な受け。

 凄いな……。彼女と戦闘していると純粋に称賛の言葉しか出てこない。

 異能部(ホワイト)所属にも関わらず完璧な異界術の使い分け。

 マナを体内で上手く固定する骨格硬化、肉体強化の【一般異界術】と、マナ作用を利用する筋力増強などの【生体異界術】。これらをしっかりと瞬時に使い分けている。

 ブラックでここまでのレベルの異界術を使用できる生徒はいないだろうし、ホワイトでもこんなに異能、異界術共に使用できる者はいないだろう。

 おそらくホワイトだとかブラックだとかそういう次元じゃない。単純に彼女が有能すぎる。

 一体どこでこんな実力を身につけたのか。


 オレはさらにマナを溜めた左の猿臂(えんぴ)……エルボーを前へ出す。(*猿臂(えんぴ)……細長い(ひじ)や腕。転じて空手(からて)で行う肘による攻撃)


 彼女は右、つまりオレの左側へ移動し攻撃を回避する。そのまま強烈な右拳(みぎけん)をオレの横腹部に食らわせてくる。その攻撃速度は(しゅん)さん以来に体感した異次元な領域。

 オレの腹に火傷感覚に似た激痛が走る。 


(異界術による肉体硬化をしていてもこの痛みか……)


 その痛みに耐えつつ、オレは彼女の顔面へ目掛けて右パンチを繰り出す。

 彼女はその攻撃を左手で受けつつ、マナの溜めているであろう右手で再び(こぶし)による打撃。


 急いでいたのと連続攻撃だったこともあり、オレは慌てて異能「(おり)」の空間を隔てる障壁を、彼女とオレの間で展開しそうになる。


(っ……! 危ない……誤って檻を展開してしまうところだった)


 つまりオレが檻を使用しなければ対応できないと判断するほどの超速。


 だが、オレは彼女のその拳による打撃を防御する術がなかったため、もろに食らい、足を床に引きずりながら数メートル後退する。一応、空いていた左手でその打撃を外へ流すようには促したが、強力なその垂直的威力には対抗できなかった。


 翠蘭は(わず)かに後退したオレに素早く近づき、同様の手技を主体とした攻撃スタイルを続けてくる。


(彼女は手技が得意なのか? いや、それなら腕にもう少し筋肉が付いていないとおかしいと思うが)

 

 彼女は女性らしく綺麗な腕でありつつ、適切量な筋肉を保持していた。

 だが手技(てわざ)主体の攻撃スタイルならもう少し腕や肩部に筋肉が付いてもいい気がするが。


 オレは多方向に移動しつつ継続して彼女の連続手技攻撃を受けていく。その(たび)に強い振動と衝撃が生じる。

 防音仕様の演習場でも外へ響いていないか心配だが。

 そんなことを考えている暇はなかった。


(反撃の隙が無い。この連続体術……はまると抜けられない。まるで反撃が叶わない。防御で手一杯になってしまう。……まさか……彼女はわざとオレがこの沼にはまるように誘導していたのか)


 その途中、翠蘭が(こぶし)を突き出した攻撃をしてくる。オレはそれをマナで強化した手首部分下部で受けるが――――。

 

 彼女の(こぶし)とオレのガードした手首付近から一際(ひときわ)激しい衝撃波が発生する。

 直後オレが後方に飛ばされる。彼女も少なからず爆風に押される。


(なに……!?)


 まるで彼女のその(こぶし)の攻撃は打撃ではなく爆破のようだった。



 ビーーーーー!


 ブザー音が室内に鳴り響き、組手(くみて)終了を知らせる。


 オレは吹き飛ばされた位置から演習場中央に歩いて近づく。

「ありがとう翠蘭」


 彼女もオレの正面に立ち、抱拳礼(ほうけんれい)をする。

「ええ、こちらこそ。ありがとうございました」

 その声は物凄く嬉しそうで、笑顔であるその表情もとても可愛い。


「私、久しぶりにここまでの力を出しました」


「ああ、オレもだ」


 正直なことを言うと、オレ()は途中から「真の実力」を出すのは止めていた。

 これ以上やると壊れてしまう。

 ―――――この演習場が、な。


 驚くべきことにオレと彼女の体術における能力値はほぼ互角。さらに言えばオレも彼女もまだまだ本気を出せた。しかしその分の施設が整っていないという事実が壁となった。

 要はこの演習場が持たないという結論を得た。

 おそらく彼女も同様の考えに至ったのだろうと推測できる。

 オレたちの全力ではこの施設を破壊しかねない。


 オレはこの時、翠蘭に対し(わず)かに仲間意識に似た何かを感じた。

 二人で共に全力を出し切ればこの演習場を壊してしまう、そんな一体感のようなものだ。



「もう一度……いえ一度と言わず、あと何回かお相手をお願いできませんか?」

 翠蘭がオレの目を見つめつつ聞いてくる。

 

 夜は遅いが、この後に何か用事があるわけでもない。


 第一こんなに強く、美人な人相手に断れるはずもなかった。

 どうでもいいことだが、オレの(この)み女性タイプは「オレと渡り合える、もしくはオレを超えるような強い子」。

 まあその条件にそぐう人は少なくともオレの知る限り数人しかいないがな。

 例えば雷電(らいでん)(りん)や眼前にいる(リー)翠蘭(スイラン)

 


「ああ、別に構わない」


「本当ですか?」


「ああ」


「ありがとうございます」


 その場で軽く礼をした後、彼女は後ろにあるタイマーをセットしに行く。


「ちなみに聞くが、最後の技はなんだ? 威力……というより爆破力といった感じだったが」

 オレはさっきから抱いていた疑問に耐えられず聞いてみる。

 

「え? 最後の技?」

 彼女が振り返りながら聞いてくる。


「組手の最後に翠蘭がしていた技のことだ」


「ええと、()ですか?」


「ハ?」


「ええ。爆破の『()』です。マナの性質を変化させる異界術で、いくつか種類があるうちの一つが『破』」


「そんなものがあるのか?」


「はい。特にさっきのは『英槍拳(えいそうけん)()』という正拳(せいけん)()きを利用した爆破型の異界術技です。中国古来から存在する異界術混合の武術『英槍(えいそう)』という流派に伝えられる秘技です。仕組みやマナの応用法についてはさすがに統也さん相手でもお教えできませんが」 


「いや、別に教えてもらわなくてもいいが、少し驚いた。そんなものがあるのは知らなかった」

 本当に初見だった。食らったことも見たこともない技だ。

 なんなら英槍という名前すら聞いたことが無い。


「異界術にも私たちが知らない領域や分野がまだまだありますから」


「そのようだな」


「ええ」


 ついでにもう一つの疑問を訪ねておくか。


「足技を使用しなったのは何か理由でもあるのか? ほとんど手技による攻撃だったが」


「いいえ、深い意味や理由はありません。単純に私の粗末なものが見えてしまうかなと思いまして」

 そう言い始める。


「ん?」


(粗末なもの? 何のことだ)


「私の服装上、統也さんが不快に思うかなと」


(服装……?)


「ああ、そう言う意味か」


 彼女の「服装上」という語句でやっと理解した。

 つまり翠蘭はチャイナドレスという恰好上、脚を振り上げると自分の下着が見えてしまうと言っているのか。蹴り技では脚を上げる動作が必須の動きも存在するからな。


 オレは目の前にいる彼女のドレスを改めて見てみる。

 袖が無くノースリーブ上になっている肩からは腕全体が露わになっている。なお、ロングなドレスにある腰サイド左右の深めスリットからその脚が姿を見せる。

 またスリットの切り込みが深く、腰部分まで白い肌が露出しているので、まるで下着を穿()いていないようにも見える。

 今思えば、こんな格好でよく戦闘ができたものだ。


「不快にはならないが、確かに問題だな」


「え……?」

 よく分からないといった表情をする翠蘭。


「え?」

 オレもその返しによく分からなくなる。


「不愉快ではありませんか?」


 おそらく下着が見えることに対し言っているだろう。


「いや、多分男なら全員不愉快にはならないと思うぞ? というか逆に翠蘭が不快だろ?」

 おそらく女子の下着は男子からすればむしろ見たい対象であり、見ると不快になるということはないはずだ。

 

「別にそうでもありません。どうせ私に興味を持つ者などいませんし。……では次の組手の際は足技(あしわざ)も使わせていただきますね」


 下着を見せることに何の躊躇もしない彼女の発言を不自然に感じつつ承諾することにした。

 

「分かった。できるだけ見ないように気を付ける」


「ふっ……できるだけですか?」

 笑いながらそう聞いてくる。


「いや、完全に見ないように……」


「ふふ……面白い(かた)……。冗談ですよ、統也さん。ごめんなさい、揶揄(やゆ)です」

 そう言われる。どうやら揶揄(からか)われていたらしい。


「おい」


 彼女と会話していると何故(なぜ)か年上と会話しているように錯覚するときがある。なんとなく人への対応や会話、言葉選び、そういった要素が精神年齢の高さをうかがわせる。彼女の気品の高さ、礼儀正しさなども相乗しているかもしれない。


「ごめんなさい。でも統也さんみたいに少し変わっている、面白い(かた)は嫌いではありませんよ」


「そう言う翠蘭さんも変わってると思うがな」


「そうでしょうか?」


「ああ、かなりな」




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