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青の境界 ~世界に六人しか存在しない特級異能者の一人、実力を隠し暗躍する~  作者: 蒼アオイ
第一章 プロローグ「二つに分かたれた世界で」
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休息【1】


  *


 3月22日(次の日)午前7時30分頃。

 鳥のさえずりが聞こえてきたので、自然と目が覚めてしまった。

 夜あまり寝付けないかもしれないと考えていたので、早く起きるのは難しいと心配していたが杞憂(きゆう)に終わったようだ。


 昨日、鈴音(すずね)と自称する少女と雷電(らいでん)さんなる人を探すために今日の午前10時に会う約束をしたオレは鈴音(すずね)さんと別れた後、仙台(せんだい)(だい)市一体でコスパとサービスに不自由ないホテルの一室を獲得していた。

 このホテルはというと一種のビジネスホテルのようなものだ。

 ビジネスホテルとはビジネスマンなどが出張する際に、一名のみで宿泊することを目的として作られたホテルで交通の便(べん)がいい場所に建てられていることや、部屋の作りが簡易(かんい)(せま)めであること、安価(あんか)な値段に設定されていることなどの特徴がある。



 昨日の午後11時頃。回想。

 オレはぎりぎりの時間で確保したホテルの一室に完備されているシャワールームで夜のシャワーを浴びた後、浴場部分から上がり洗面台へと向き直る。


 目の前の鏡には、濡れた黒髪と共に窮屈な顔をしている自分が写る。鏡内の自分と目が合う。

 オレの闇の(よう)に黒い瞳が一瞬だけ(あお)く光るのが見えた。


「またこれか……」


 その鏡に映る自分の表情には明らかに疲れが(にじ)み出ていた。

 まずはこのびしょ濡れの髪をどうにかしないとな。

(マフラーではなく、きちんとドライヤーで)髪を乾かしながら先程(さきほど)……鈴音(すずね)さんとのやり取り、主に会話などを振り返っていた。


 実を言うと彼女について思うことが複数あった。

 例えば、単純にどこで「雷電(らいでん)」という名前を知ったのか、ということもそうだが、なぜあんな暗い場所をうろついていたのか、なども含めて複数の謎がある気がする。


 正直言えば、傘を二つ持ち歩いているのもかなり不自然だろう。

 はじめから誰かに差し出すために二つもの傘を用意していたとしか考えられない。

 オレは自分のベッドの右側にある備えられた小型のテーブルの上に置いてある折り畳み傘を見る。

 これは数時間前に彼女がオレに貸してくれた折り畳み傘だ。


 まさかただ鈴音さんが出会い系サイトで出会った相手の男性が、偽名で雷電と名乗っているだけというオチも十分考えられるが、その可能性はゼロに近いだろうな。

 これは断言できることだ。ちゃんと理由もある。


 なぜなら、彼女は―――――――「マナ」を持っていた。


 通常では考えられないほどのオーラ(外観(がいかん)魔素(まそ)ともいう)を有していたことから、かなりの異能実力者なのだろうと思われる。

 彼女がどんな異能を使うのかは知らないが、身体(からだ)を軽く一瞥(いちべつ)した程度では筋肉も(ほど)よくついていたように感じられたため、体術系統の格闘も想定して訓練しているのは伝わってきた。


 そんな異能使いの彼女が出会い系サイトか何か知らないが、そのサイトで偶然「雷電」という偽名の苗字である男性と出会うのは何が何でも確率が低すぎる。天文学的確率だろうな。

 だが、鈴音さんが本当のことを話しているのだとすれば矛盾が生じる。

 この世に雷電一族である人間はもう(りん)しかいない―――――。

 本当に他に雷電がいるのだとすれば、あいつの他にまだ雷電一族が生き残っていることになるが……。


 オレの髪は、主に前髪が少し長くなっていたので髪を乾かし終わるのに時間を要したが、シャワールームから出た後、オレはチューニレイダーを首に付けてベッドに腰を掛ける。

 その装置を装着し電源を付けると、駆動音と共に赤く点灯するのが分かる。

 少し風変わりな電子系のピーという音の直後に雑音が少し耳に入り始めた。


『……*#%&$?+$……あ、こちら(あま)(ぎり)です。もしかして緊急事態ですか?』


 いつも通りの単調で落ち着いている感情の抜けたような声が聞こえてくる。


「いえ、そういうわけではないんですが、少し聞きたいことがあって。夜分遅くにすみません」

『……え』


 Kはあからさまに驚いているような声を上げる。

 まあ無理もないだろう。


『数時間前にもインフォを交換したばかりだったので、驚きました。しかも名瀬さんからの通信要求なんて珍しいですね』

「まあ、少し気になることがあったので一番頼れる人に聞こうかなと思っただけです」

『頼れる……ですか。嬉しいこと言ってくれます』

 と、言ってはいるがKが本当のところはどう思っているのか知れたものではない。このセリフだってほぼ棒読みだ。

 彼女は静かで落ち着いている喋り方の通り、あまり感情は表に出さないタイプなのだろう。

 実際にKに会ったことがあるわけではないので彼女の顔を見たことはないが、だいたいは想像がつく。表情はほぼ一定で、たまに笑う程度の人だろうと想定される。


『それで……聞きたいことっていうのはなんですか? 私が調べられる範囲なら何でも調べますが』

「ああ。今回調べてほしいモノってのは、雷電一族についてなんです」


 少しの間がある。ほんの数秒、されど数秒だ。

『え』

「……え?」

『え』


 どうかしたのだろうか。正直なことを白状するとさっぱり意味が分からない。

 オレはおかしなことを言った覚えはないが、彼女はしばらく沈黙していた。


 オレが雷電(らいでん)(りん)と知り合いであり、仲のいいことはすでにKには話したはずだ。

 

「オレなんか変なこと言いましたか?」

『いえ……そうではなくて……』

「凛自体のことはよく知っているつもりなので、今回知りたいのは彼女個人のことではなく『雷電家(らいでんけ)』に今も生き残りがいるのか、という一族単位の話ですが……」

『……』

「Kさん……。あれ……? K?」

『……あ、ごめんなさい。えっと……。どうしてそんなことを知りたがるんですか? 雷電一族は凛さん…の父である雷電(らいでん)晴馬さんが経済スキャンダルにより逮捕された後、(おに)()りにより一族は衰退し、その晴馬さんまで虐殺された今や凛さん一人が唯一の生き残りであるはず……』


 理由は分からないが、オレが雷電家の話をしたあたりから彼女は少し焦っているような気がする。


「そうでしょうね。オレもそのことはもちろん知ってます」

『じゃあどうして?』


 どうして……か。

 それは雷電一族の生き残りがこの世界にいるかもしれないと、そう思ったからだ。

 これは推測に過ぎないが、鈴音さんが探していた人物は男性だった。それは男であるオレと人違いをしたことからもわかることだ。

 だが実際、(おに)()りから生還したのは雷電凛ただ一人だったと聞いている。当たり前のことだが彼女は女性だ。

 つまり簡単に言うなら、鈴音さん視点では人違いのしようがないはずであり、性別まで間違えるということは普通に考えればありえない。

 もし鈴音さんが嘘をついているなら、この話は全く別のベクトルに向くだろうがそういうわけでもないだろう。

 彼女が嘘をつくとは思えないし、そもそもそんなことをする利点がない。


 雷電一族の生き残りが生存しているならば、それは大きな事件になる。

 一般的に人が存命(ぞんめい)していれば喜ばしいことだと思われがちだが、必ずしもいいことだけではない。雷電家が良い例だろう。

 雷電という一族は、強力すぎるその異能や特殊な血脈、瞳の色などから()み嫌われ迫害されてきた。


「こっちで一つの『仮定』が考えられるかもしれないからです」

『……仮定というと?』

「雷電一族の生き残りがいるかもしれません」


 聴覚のチューニングでは音以外の要素が五感などの感覚器官に情報として伝達されることはないはずだが、それでもこのセリフを言った瞬間、彼女が息を飲むのが伝わってきた。


『………………』


 彼女とオレの間にはしばらくの沈黙が流れ、その沈黙を破るためにオレが(しゃべ)りだそうとすると彼女の方から口を開いた。


『凛さんの他に……ということですか?』

「ええ。そうです」


 オレは迷わず即答する。

 気のせいかもしれないが彼女の焦燥感のような何かが常に伝わってくる。

 彼女は冷静なタイプなので焦りなどは表面情報からは読み取りづらいが、それでも今はかなりわかりやすいといえるだろう。

 というか何故(なぜ)彼女がこんな対応をしているのか皆目(かいもく)見当もつかない。

 オレは何か彼女が焦るようなことを言っただろうか。

 ただ調べてほしいことがあると説明し、それについての調査をお願いしているだけだ。


 オレは自分が持っているアドバンサーとしての権限を最大限に利用しているに過ぎない。

 確かに、凛の他に雷電一族がまだ生き残っているとなると大きな問題になるだろう。それはオレにも理解はできるが、Kがここまで焦る理由にはならないはずだ。

 やはり上手く()せない。


 そういえば彼女……Kのことは詳しくは知らないし、知る機会もなかった。

 彼女とは結構色々なことを話したが、彼女の境遇を知ることなどは出来なかった。

 オレが認知できたことといえば、彼女がオレと同じティーンエイジャーであり、現在16才であるオレよりいくつか年上であること。女性であること。日本人であること。など。

 その中でも彼女の外見などの情報は知り得ないものだ。直接知り得るとしたら、それは唯一「声」だけだろう。

 自分語り(じぶんがたり)をしない彼女から彼女の情報を抜き取るのは困難を(きわ)めることだ、と単純にそう思う。


 そもそもオレはアドバンサーであり、Kと呼ばれる彼女はコンダクターだ。

 この二つは簡略的に解釈すると派遣(はけん)隊員と指揮(しき)隊員で、互いに補佐関係にあることがほとんどだ。

 互いのことを知ることは大切だが、節度というものがあるだろう。

 これは遊びではなく仕事。給料もきちんと出るのだから。


『どうして凛さん以外にも生き残りがいるって考えてるんですか?』

 

 オレはいつも通りの静かな彼女の声で我に返る。


「それは……知りたいなら教えますが、教えなきゃダメですか? できればオレは説明したくないんですが」


 鈴音さんとのすべての経緯、過程などを説明すると長時間を要することになる。

 このチューニレイダーによる聴覚チューニングにおいて、長時間の装置の接続は聴覚系へと繋がる神経回路への圧迫や経脈(けいみゃく)への傾圧(けいあつ)により、その部分に障害を負う可能性がある。なので、できれば避けたいと考えている。


『っ……すいません。私、何言ってるんだろ……』

「いえ、気にすることではないですが。ただ、何か問題があるなら相談には乗りますよ。いつもKさんに多分野でお世話になってますから」

『いいえ、大丈夫です。単純に驚いただけです。雷電一族の生き残りがいるなんて思いもしなかったから……』


(まあ、オレは雷電に生き残りがいたなんて一言(ひとこと)も言ってないけどな)


 早とちり、というより単純に脳の処理が間に合っていないような感じか。

 彼女はかなり頭がいいと(きょう)(ねえ)から聞いているし、実際地形の知識やほかの軍事的背景も理解している場面があった。

 そんな彼女でもこうなるのか。

 彼女のそういう苦悩する姿が少しだけ可愛らしいと思った。


 オレは脳内で謎の妄想を繰り広げていたが、彼女の発言で現実に引き戻された。


『あ、それで……雷電家に生き残りがいないか。もっと言えば「(かみなり)式部(しきぶ)(おに)()り事変」で凛さん以外の生存者がいないかどうかを調査すればいいんですか?』

「そうですね。それでお願いします」

『わかりました。調べておきます。ただ、本部情報局からの全ての検索中から抽出、選別するには、時短して検索過程を省略、ショートカットしても精々7時間はかかるでしょうね』


 なるほど、そういうこともあるか。それだと今日中に調査の結果を聞くことは出来なさそうだな。もうすぐ日付をまたぐ頃だろう。


『なので、結果の連絡は明日の朝8時頃でいいですか?』

「もちろん構いません。ありがとうございます」

『いえ、それでは失礼します』


「――あ、待ってください。少し関係ない話をしもいいですか?」

『え……』

 

お読み頂きありがとうございます。


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