舞と式夜【2】
*
立体体育館の入り口に立ち、内部の様子を見てみる。
体育館の中はとても広く、高さもある。演習場の周りにある柱に泡吸引型二式のマナ調整機が設置されているのが見える。もし何かしらの異能が暴走したとしても、そのマナを90%吸引することで異能を強制停止する科学装置だ。
この装置が作られたのは青の境界が設立される数年前のこと。影人なんかが現れるよりずっと前から存在していた異能という力。かつてその力は秘匿され、現在でも「隠されていた戦闘技術」として秘匿されている。
結局異能は一般世間では知られないままだが、その異能という技術は陰ながら世界を支えてきた。
第一次、第二次世界大戦でも、激戦となったのはどれも異能戦闘部隊がいる地域だった。
まあ、そんな話はどうでもいい。
オレは目の前の異能部の訓練場コートを見つつ、舞、式夜と階段を上がり二階の観戦席へ向かう。
観戦席も十分な広さだ。すでに何人かが、ちらほらとその観戦席に座っている。ホワイトの生徒もいれば、ブラックの生徒もいるのか。
なるほど、それぞれの白黒の領域に分かれていると式夜が言っていたが。
観戦席は中央の体育館コートを一周するように楕円形配列されているが、その半分には白桜バッジを付けた生徒が、反対側半分には黒蕾バッジを付けた生徒が座っていた。
世界もそうだが、差別意識とは随分と厄介な識別認識のようだな。
その集団が有する属性、所属だけで拒否、除外する。正当な理由がなくとも冷遇し、結果正体不明の不利益を生む。
4年前のかつて「影人と同じ赤い瞳」という理由だけで雷電一族が受けた人種・民族的迫害のように。
最後の一人である凛しか残らないほどの差別、迫害、虐殺を受けたように。
この世の人間はどこに来てもその本質は変わらないのかもしれないな。
*
オレと舞、式夜は観戦席に並んで座りながら体育館演習場コートのフィールド内を見る。
オレ個人はかなりしっかりとした演習場だなと思った。建築にも手を抜いていないのが分かる。
演習場のフィールドではそれぞれのホワイト生徒たちが異能の鍛錬をしていた。ひとりひとり区分けされ、その持ち場で色々な訓練をしている。
オレはそのままフィールド内を観察していく。
風圧を強化する異能に作用力調整の異能、摩擦力軽減の異能に水分を集め操る異能……どれも第二級異能ばかりだ。
異能には第三級から第一級までの異能階級というものが存在する
第三級異能は第六感的な感覚を持つ異能で超感覚ともいわれている。しかし攻撃には向かない。
第二級異能は自然界にある物理法則や化学法則にマナの異能法則を加えた、自然原理そのものを変更する異能。里緒が使用する「波動振」も物理学の「波動」現象を利用している第二級異能だ。
そして第一級異能はオレや玲奈、三宮といった御三家が使用する三種の神器と大それた名で呼ばれる「檻」「衣」「糸」。または亡人・純白の英雄エミリア・ホワイトやその子である現在の国際異能士協会会長セシリア・ホワイトといった王権一族「ホワイト」が使用する異能『王権の光』など。他にも何種類か存在する。
ちなみにホワイト一族が有能で最強な血統すぎた故にそれを称え、それを目指すという意味で異能部のバッジは白色となっている。
「おい、見ろよ! すっげえ威力の炎だ。さすが風間先輩!」
観戦席斜めの方向にいた反対側の白いバッジを付けた生徒が興奮した様子でそう発言する。
「さすがだな、風間家の長男である『風間蓮』先輩だ。異能『焔』で炎を自由自在に操る第二級異能力者。噂ではすでにB級異能士の実力があると言われている」
そう語る式夜の目線をたどり、オレもその人物を発見する。
あれが独立家「風間」の人間か。
手から凄まじいほどの烈火を放出しているその人物は、オッドカラーで赤みがかった黒髪にイケメン風の男だった。訓練服の上からでもわかる発達した筋肉。相当強いのだろうと思われた。
「珍しく高校二年から入学した人で、今年卒業かな? だから歳は私たちよりは上だけど異能士学校的にはあまり先輩じゃないんだよね」
舞が教えてくれた。
高等部の異能士学校は留年さえしなければ二年間で卒業できる。高二であるオレ達からすれば風間蓮は、年齢的には先輩だが異能士学校内では共に一年目であり、舞や式夜と変わらないということだ。
「先輩とオレらの代のホワイトは決闘できないのか?」
オレは不意に興味を持ったことを聞いてみる。
「えーっと、それって……先輩のホワイトと同年代のホワイトが決闘できるかできないかってことー?」
「ああ、そういう意味だな」
「うーん、できないねー。『高等部二年の部』みたいな年代の区分けだからさ」
つまりそれぞれの年代で区分けされており、同年代の人としか決闘組手は出来ないらしい。
ということは、あの功刀舞花とかいう女、オレを一目見ただけで同年代と判断したことになる。決闘を申請してきたということはそういうことだろう。
オレが三年もしくは一年生である可能性もあったはずなのにな。
「高等部一年と二年、三年じゃ、異能や格闘に実力差があると考えたのかもしれんがな」
式夜も教えてくれる。
「なるほど、じゃあ決闘ランクとかいう順位はそれぞれの年生で分かれているのか?」
「一年、二年、三年みたいに年代別の順位かって意味なら、そうだよー。それぞれに一位が存在するねー」
「確か一年生の部の第一位は灯頭万白とかいう名前の子だった気がする」
うろ覚えなのか、少し自信がなさそうに語る式夜。
(それにしても、あの女か。功刀舞花の付き人をやっていたショートヘアの生意気なホワイト女子生徒。まさか年下だったとは……)
「あたしの家のメイドなんだから、そんくらい覚えてよねー」
舞がそんなことを言い始める。
「メイド?」
オレは無意識に聞き返していた。
「あーうん。万白は、うちのメイドをやっている子で灯っていう異能を使用する遠距離サポーターかな。あんまり単体では影人討伐に向かないけどねー。決闘では遠隔攻撃で倒せちゃうから一位なんだと思うけどー」
マシロンとは万白のことらしい。本当にあだ名をつけるのが好きだな、この子は。
加えて万白という生徒。メイド服を着ていなかったため、ただの付き人だと思っていたが、どうやら功刀家のメイドをやってたらしい。功刀家で暮らす功刀舞はそのことを知っていたようだ。
「そういえばそうだったか……」
式夜が顎に手を当てながら思い出すように言う。
性格の違いもあるが似てないという理由からも功刀舞花と功刀舞が双子であったことをついつい忘れてしまう。
舞花の髪色は灰色で瞳は紫。オッドカラーの影響のない妹の舞は黒髪ハーフアップで若干紫の瞳。
口調も外見もあまり似ていない。あえて離しているようにも見えるほど。類似していると言えば二人とも「つり目」であることくらいだ。
ちなみにその功刀舞花は演習場にはいなかった。彼女の性格上、居残り練習なんてする質じゃないのは知っていたが。
オレは舞の声で思考から現実へ引き戻される。
「ちなみに三年生の一位は見ての通りよー」
舞が風間蓮という先輩を見ながらそう発言する。どうやら三年の部の決闘順位第一位は風間蓮のようだ。
まあ、あれだけ高火力の炎を出せれば影人はおろか対人戦闘にも苦労しないだろう。炎という熱源でもあるので汎用性も高いと予想できる。
さすが御三家と肩を並べるだけの異能家ではある。ただ……独立家である以上、何かしら重大な欠点はあるだろうがな。
「相変わらず凄い火だ。あんな炎で燃やされれば影人もあの世行きだな」
式夜はそう言いつつ首を横に振る。
「うちのメイドの灯頭さんも、灯っていう灯篭に似た炎を操る能力だけど、あれほどの火力は出ないからねー」
「まあ、それはそうだろう。火や炎といったものを使用する異能力者は世界中に数多く存在するが、彼らは必ず遠縁でも『劫火一族』の血を引いてる。だが混血していけばいくほど一族の能力段階は落ちていく。その灯頭って一年生もおそらくは劫火一族の遠縁だろう。劫火本家と近縁の一族である風間より火力は落ちるだろうが火を扱える」
大昔、「劫火一族」は唯一「燃焼」という化学反応を扱えた異能一族。
オレがそう解説すると、なぜか固まる舞。式夜も感心するような表情をしている。
「え、う、うん……それは、そうなんだけど……」
「どうかしたか?」
「いいや統也、お前すごいな。かなり詳しいじゃないか。俺が風間先輩を紹介、解説する必要なんてなかった」
そう言って褒めてくれる。
「うん! なんでそんなこと知ってるの!」
右にいた舞が急にこちらに身を乗り出す。少々興奮気味だ。
「いや、家にあった文献にたまたま載ってたことだ」
そう言って誤魔化すが。
「へ~……他にはないの?」
舞が興味津々な目線でオレを見てくる。
「他に? 他の一族ってことか?」
「うんうん! 他の一族のこととか詳しく知らないの? 例えば北日本国内で史上最強の異能力家系、御三家とかさ!」
と、言われてしまう。
「いや……」
「ほら、御三家だよ! 空間を制御するクールな異能を扱う名瀬一族! マナエネルギーそのものを輝くまでの異能体として顕現させる異能、伏見一族! マナ体で作り上げた光を反射、吸収する巧妙な糸を扱う三宮一族! ……それぞれ異能世界での行政、司法、立法の権力を有する最高権力家系! それにそれに……」
そのまま御三家のことを長々と語り始める舞。
やれやれといった表情で式夜がオレに話しかけてくる。
「すまんなぁ。こいつ御三家のファンなんだよ。分かるだろ……異能御三家。舞はその御三家が関わる事になると、こうやって熱くなってしまうんだ」
まあ、オレがその御三家の名瀬だがな。
「……しかもしかも! 名瀬一族の『碧い閃光』名瀬杏子さんは北日本国で唯一S級異能士に指定された天下無敵の美人異能士! 伏見一族の伝説級異能士「伏見旬」の娘、伏見玲奈さんは歌手と異能士業を同時にこなしながら最年少で当主も務めちゃう麒麟児! 三宮一族の三宮拓真さんは………」
まだ語っている。どんだけ御三家が好きなんだよ。
「おい、舞!」
式夜が舞の頭にチョップを入れる。痛っと言いつつ舞がやっと話すのを止める。
「シッキ―何すんのー! 痛いでしょーが」
「お前が御三家の話に夢中になってるからだろう。御三家が凄いのは誰でも知ってることだ。今更お前が解説する必要はない」
「むー」
ふくれっ面をする舞。
「御三家が圧倒的強さを誇っていることも、伝説級の人ばかり輩出しているなんてこともな、この国にいる異能力者全員が認めていることだ」
「まー確かに……そうだけどさー」
いじけているている口調の舞。
オレは隣からその会話の様子を見ていた。
まさか舞と式夜に並列して座っているオレの正体が御三家の名瀬だとは夢にも思っていないだろうな。
オレは里緒から貰ったマフラーに触れながら体育館の備え付けられた時計を見る。そろそろ翠蘭さんとの約束の時間になるな。
オレは最後に聞きたいことだけ聞いて帰ろうと思い、口を開く。
「オレはこの後用事があるからそろそろ帰るが、その前に一つ聞きたいことがある」
「あ、うん。なになに~?」
「なんでも言ってくれ、俺らに答えられることは全て答えるぞ」
「ありがとう。じゃあ聞くが、オレらの代の一位って誰なんだ?」
オレは同年代、つまり二年生の決闘順位第一位の人物を聞いてみる。その人物が里緒の言う宿敵。話によればその人は女子で今年の春に入学してきたらしい。ビリビリ少女と称されていたことから破けるような異能なのだろうとオレは推測した。
「俺らの代の一位は霞流里緒、『波動振』という暗殺型の攻撃型異能で、波動を巧みに操る女子だ。相当強かった。……あれ…でも最近、彼女の姿を見てないな」
オレは一瞬文章の意味が分からなかったが、すぐにその言葉を理解する。
「はー……式夜バカじゃないの?」
呆れた様子の舞。
「あ? 何がだよ?」
若干きれ気味で聞く彼。
「里緒はもう卒業したってば! この学校にはもういないの!」
冗談抜きにあだ名をつけるのが好きなんだな。リオリンとはおそらく里緒のことだろう。
「卒業?? だってまだ一年だぞ?」
「飛び級したのー! シッキー知らないの? 校内で噂になってたじゃん。リオリンは筆記成績、実技成績共に優秀で決闘順位も常に一位だったから、白夜学園理事長が特別に卒業許可を出したの!」
「いや……初耳だが……」
式夜は困惑した表情を見せる。
「はぁ……バカすぎるな、この人」
「一応聞くが、その里緒って子はどのくらい強かったんだ?」
当然ギアである里緒のことは知っているし、強さや程度、技の種類なども全て把握しているが、周りとの比較が知りたい。
「リオリン? 一言で表すならめーっちゃ強かったよ。他を寄せつけないって感じの強さだったね。それこそ『あの子』が編入してくるまではずっと無敗だったんだけどね~」
なるほど。その「あの子」とやらが、里緒のライバルか。それなら話が一致しているな。
里緒はその子に唯一負けたと言っていた。
「ちなみに、その子は今ここの演習場にいるのか?」
「ん? リオリン? 里緒ちゃんはもういないよ。卒業しちゃったからー」
「そうじゃなくて、ある人が編入して里緒の無敗伝説が崩されたんだろ?」
「ああ、そっち? リンネちゃんね~」
そう言いつつ演習場フィールドを見ていく。その子を探しているようだ。
舞の発言から察するに里緒のライバルは「リンネ」という名前の子らしい。
「いやーいないな。いつもは割といるんだけどね~。今日に限っていないみたい」
(そうか。いないんじゃ仕方ないな。里緒に勝った人がどんな人物か見てみたかったのだが)
だが次の瞬間、オレは懐かしい名前を聞くことになる。
「いつもは進藤くんと一緒にいるはずなんだけどー」
「進藤?」
オレは反射的に聞き返してしまう。
「え、うん? 進藤樹くん。彼と知り合いなのー?」
「いや、一度だけ会ったことがあるくらいだ」
鈴音さんを救済した際に現れた駆け出しの茶髪異能士で確か名前は進藤樹だった。同一人物でまず間違いないだろう。
そうか臨時異能士制度か。異能士学校側から特別推薦を受けたものだけ特例で影人の討伐許可が下りる制度。
それを使って活動中の進藤の前にいきなり影人のマナ反応が現れた。昼間に。
いざその場に行くとオレと倒れた鈴音さん、紫紺石九つが落ちていたという話か。
オレは彼に、六体もの影人討伐数を譲ったため、彼は相当な名声を持っているだろう。一人で影人六体を倒し少女を救った英雄として。
「へー会ったことあるんだ。進藤くんね。少しもったいない人ではあるよねー」
「もったいない?」
「リンネちゃんのボディガード気取ってなければ、イケメンでカッコいいんだけどねー。女の子のために、たった一人で影人を六体も討伐するなんて、なんか惚れちゃう!」
やはりそういうことになっているのか。ありがたいことだ。
あの事件の後、進藤は上手くオレの存在を誤魔化してくれたようだ。オレの隠れ蓑となってくれたことに感謝しないとな。
その後。オレは舞と式夜に別れる挨拶を済ませ、そのまま翠蘭さんとの約束の場所へ向かった。
劫火一族
……人類最初の火を操った異能一族。のちに子孫が莫大に増え、全国にその遺伝子を持つ者が拡大した結果、火の異能は珍しくないものとなってしまった。
異能原理は化学反応である「燃焼」の熱光現象、火を操作する。また特殊マナ「アドラヌスコンケスティング」を持つ一族。
雷電一族
……上記劫火一族とは異なり、その子孫は雷電の純血のみが生き残った希少一族。結果的に電気異能を操れる能力者は拡大せず、雷電遺伝子唯一無二の能力となった。しかし「唯一」に拘り子孫人数が少なったのが裏目に出たか、鬼狩り事変という大規模迫害により生存者は雷電凛ただ一人となってしまった。




