舞と式夜
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オレは最後の4時限目の実技授業である異界術の訓練を受けてみたが、正直感想は「こんなものか」というものだった。
今オレが所属するブラックのクラスも一応は上級者クラス。だがあまりレベルが高くないというのが正直なところだった。
実際、マナの空間保持、身体強化、速度強化、硬化の実技演習を受けてみたが、どれも朝飯前な内容だった。
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数分前。
「最後は身体強化。身体の筋力や運動能力を飛躍的に上昇させる異界術ですが、マナを効率的に循環させなければマナ回路でマナ詰まりを起こし最悪死に至る可能性もあります」
グラウンドで異界術指導の教官が身体強化の説明をする。
オレが7歳のときに学んだ内容を、まさか約十年後にもう一度おさらいさせられるとはな。夢にも思わなかった。
「異界術は一見、地味な技に見えますが極めればかなり強力です。最大で通常アスリートのおよそ五倍の運動能力が身につくとされています」
教官は続ける。
「ただしそんな異界術にもいくつか弱点があります。まず、三つ以上の同時使用は脳に負荷がかかりすぎるため不可能であることや、異界術にマナを使用する際……」
オレは途中でその話を聞くのを止める。
正直どれも知っていることだ。既知の内容に興味はない。
そんなことよりも。
オレは功刀舞と神多羅木式夜の異界術訓練の様子を見る。
オレ達の他にも12人ほどの生徒が訓練をしている。
オレと舞、式夜を合わせて15人か。どうやら学生塾のような感覚でここへ来る者もいるらしい。実際、オレ達以外の生徒のほとんどは八時半スタートである実技の四時限目が開始する直前に登校してきた。実技訓練だけ受けに来る者も多いようだな。
「あーも~上手くいかない!」
功刀舞が投げやりになりながらもマナを右手に溜め込む。あんな雑にマナを送り込んでも体がそれに親和することはないがな、とオレは心の中で教えてあげる。
どうやら観察や分析は得意だが、その他はからっきしダメらしい。決闘順位第二位「功刀舞花」の双子でも異能が使えないというのは本当のようだ。
そう言えば、彼女が影人分析官になりたいと言っていたのを思い出した。影人の分析官とは影人の弱点や生態を調査したりする。いわゆる異界術士の影人調査官のことだ。
その役職に就くのに必要な技能は、戦闘技能ではなく影人やマナといった不確定情報の詳細知識、それから解析技術と分析能力といった戦闘技術そのものとは関係ない能力。
彼女ほどの分析能力、観察眼があれば、就職自体はそんなに苦労しないだろう。
「舞……お前は雑すぎるんだよ。もっと丁寧に、華麗に、そして美しくマナを使えないのか? 美を感じるほどの和を尊べ」
式夜が舞にそう語る。彼にしては珍しく饒舌だ。
「なんでマナを扱うのに『綺麗さ』なんて重視してんのよ! そっちの方がバカでしょー。シッキー、アホなの?」
ちなみにシッキーとは式夜の愛称らしい。
「和風の美だ。異界術はそれに通ずる。いいか? 日本は古来より……」
「あーもー、まーた始まった! その話飽きた~」
舞が耳を塞ぐ仕草をする。どうやら式夜はいつもその話をしているらしい。
一方で神多羅木式夜。彼も隅には置けない。
彼が使用する異界術、あれはこの世界では異界術と判断されるかもしれないが、もはや異能力。
霊体術式の一種。古式異能力や古式異界術と呼称されているもの。
そう、あれは――――――れっきとした和式「魔術」。
異界術にはいくつか種類がある。
体内の保有マナさえ多ければ使用できる「一般異界術」。骨格硬化や人体強化はまさにこれに当たる。
通常の人間が受ければ致命傷の攻撃でも軽傷で済んだりする。
身体の性能や仕組みを一時的に調整したりする「生体異界術」。筋力を増強したり、自己治癒能力を上げたりといった能力。
オレと杏姉が得意とする「瞬速」という人体的な限界すれすれの速度を扱う術も筋力調整やマナを特別に変更することで行っているもの。
中でも古式異能力、古式異界術といわれるもの。これは昔からある日本の和風技術で、空手の型や忍の忍術、呪いや占いなど、今でもそれの影響を受けている概念は数多く存在する。かつての卑弥呼や聖徳太子もその異能力で人民を統治したとされているほど。
その「古式異能」「古式異界術」の広く知られている例えで言えば「呪詛」などがある。
陸斗の異能「加速」を強制停止した辺獄器や、命のうなじにマーキングした呪印、里緒のヘアピンに刻印した命綱の冥護などもその一種。
つまり、オレも古式異界術を使用できる術者の一人。……伏見旬に教えてもらった技術ではあるが。
式夜の場合は治癒に特化している古式異能「水魔術」。学校側はおそらく生体異界術の自己治癒上昇能力と勘違いしている。
いや……彼が勘違いさせていると言った方が正確か。式夜本人は自分が扱っている異界術の正体が古式の異能「魔術」であると理解しているような感じだったからな。
実技授業の終了後。
「とうちん、すごーい! 訓練得点が全部半分以下なんて!」
舞がオレに向かって言ってくる。式夜もオレの方へ向かってくる。
半分以下の点数の何が凄いのか分からんが。
オレは実力を表に出さないように、自分の異界術訓練得点を全て半分以下にしていた。
「とうちん?」
オレはその謎の呼称に驚く。おそらく「とうちん」とはオレの事だろう。オレの方を見て言っているのだから間違いない。この呼称はかつて杏姉が呼んでいた「とうくん」という呼び名を思い出させる。
「うんうん、とうちん。『とうやちん』で『とうちん』。可愛い呼び名でしょ?」
「本気で言ってるのか?」
「え~……ダメ?」
あざとい目付きでオレを見てくる。
これは男をどうすれば落とせるのかをよく理解している人間の動きだ。
「舞はすぐ人の名前にあだ名を付けたがるんだ。許してやってくれ」
式夜も会話に参加してくる。
「ああ、まあ別に呼び名などなんでもいいが」
「式夜、なにあんたお父さんみたいなこと言ってんのー?」
「はあ、弁護してやったのにそれはないだろう?」
なんだかんだで仲いい二人のようだ。
オレがそのまま教室に戻ろうとすると。
「ねーねーとうちん。ホワイトの居残り練習見ていかない?」
「ホワイトの、居残り練習? そんなのあるのか?」
そんなオレの疑問に式夜が答えてくれる。
「あるかないかで言えばある。異能は外でむやみに使用すれば代行者に捕まる。現実世界での懲罰委員会のような組織だな。奴らがいる限り、外で異能を使用する際は影人討伐の許可が必要になる。だから優秀な生徒は異能の無制限使用許可が下りてるここで練習していくのさ」
「なるほど」
まあ、知っていたことだが仕方がない。知らないふりをするしかないからな。
「だから、とうちんも見に行かなーい?」
「いや、それは全然いいんだが……」
翠蘭さんと会う約束をした時間までまだ余裕あるし大丈夫か。
「ホワイトの近くに行っても大丈夫なのか?」
随分と差別を受けているため、近寄っただけで文句を言われるはずだが。
「ん? ああ、近くといっても異能演習用立体体育館の観戦席がホワイト領域とブラック領域で分かれているから問題ない」
「まー行けば分かるって!」
舞が「早く行こうよ」とでも言いたそうな顔をしている。
オレは静かに頷く。
オレは二人の言われるままに、異能演習用の立体体育館に向かった。
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