一人目
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札幌中央異能士学校の懲罰委員長を務める翠蘭という美人の中国人女子に連れられて来た異界術部、通称ブラック専用の別棟……目の前の校舎を見る。
その校舎はまるで田舎の学校のような雰囲気。新設備を複数取り入れている綺麗な内装のホワイト本棟とはまるで別の学校のようだ。これは、オレたち異界術部への差別をさらに後押ししてしまう原因になるかもしれないな。
オレはマフラーを整えた後、今度こそは自分の靴箱を見つけ、指定の教室まで行けた。
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オレが自分の教室に入って思ったことは「人数が少ない」だった。
本来ならばこの教室には20人ほどの生徒がいるはずだが。
一番後ろの端の席に男女が二人と、前の席に男が三人いるだけだった。これではクラス全体生徒数の四分の一しか集まっていない。
ちなみにブラックと呼称される異界術部は、異能の才に関係なくマナを使用する技、通称異界術のみ扱えればいい。よって異能開花率が高いとされる女子だが、このブラックにはほとんど女子がいない。異能を扱えるすべての女子はホワイトにいるのだから、仕方のないことでもある。
合わせて、異界術部は将来境界部隊員になる者ばかり。境界部隊の人は、異界術という体を強化するだけの技で影人との戦闘を強いられる。異能を使用しないそんな危険な戦闘を望む女性はそんなに多くない。
簡単に言えば異界術部は一般人よりマナの多いだけの普通の人の集まりということでもある。
結果的に女子ばかりのハーレムクラスであるホワイトと、ほとんど男子で構成されたブラック。この様態もブラックとホワイトの差別意識をさらに助長しているかもしれない。
オレは最後尾の席に適当に座ると、隣側にいる窓側の男女二人組が話しかけてきた。
言うまでもなく二人の胸元には黒いバッジ。
「そこのマフラー君、あなたの顔初めて見たー。一体今までどこにいた人? こんな早くから登校する物好きなのに私が一度も顔を見たことがないなんて。君まさか編入生的な?」
ピンクの棒付き飴を舐めている女子生徒。黒髪だがその雰囲気は陽キャだと一目で分かる女子だった。
「おい、なんでもかんでも知らない人に話しかけるなっ。変人だと思われるだろーが」
隣に座る細目の男子が注意する。
「えーいいじゃーん。この子かっこいいし」
この子とはオレのことらしい。
「関係ないだろうが……」
呆れたようにそう言いながらこちらを向いてくる。
「まあいいや。えー俺は神多羅木式夜だ。式夜でいい。おまえ、こいつの言う通り見たことない顔だな」
少し堅物っぽい雰囲気を見せる彼。
「ああ、よろしく。あんたらの言う通り編入生だ。名前は成瀬統也という」
「やっぱり編入生か~。あたし、功刀舞でーす。まいまいって呼んでもいいよ~」
いかにも陽キャらしい自己紹介。
「ちなみに言っとくけどなー、マイマイってカタツムリのことだぞ?」
「げぇ……それまじ?」
何故かオレの方を見て言ってくる。
「え、ああ。確かに、みんなが知っているような丸形のカタツムリにはマイマイという別称があるが」
オレは答えてあげる。
それにしても。
「カタツムリとは関係ないが……功刀? 君功刀なのか?」
「ん? あーうん。一応ねー。異能の才能がほとんどない落ちこぼれですけどー!」
笑いながら言うが、少し無理をして笑っているようにも見える。
「お前……ちゃんと説明しろよ」
式夜が隣にいた舞さんの頭にチョップを入れる。「痛っ!」と舞さんが声を漏らす。
そのまま彼が再び口を開く。
「彼女は異能部にいる功刀舞花という人の妹、功刀舞だ。彼女は異能特別性一卵性双生児の下の子ってことになる」
(異能特別性一卵性だと? 珍しいな……)
異能特別性一卵性双生児。本来の一卵性双生児いわつる双子とは少し異なり、脳の異能的な演算処理能力が双子間で分配されるという変わった仕組み。
簡単に言うならば、双子で異能力の全力を分け合ってしまう。そのため、生まれてくる双子の子供たちは異能が使えても半人前や一般人に近い者までいるほど。
だが、疑問がいくつかある。
まず彼女……功刀舞は、数分前に会った功刀舞花とあまり顔が似ていないということ。
二つ目は異能特別性一卵性の子は基本的に異能力が低く、とても決闘ランクで第二位を取るなんてことは出来ないはず。しかし姉、舞花のほうは次席を取っていると話していた。
「だがそれならなんで君の姉は強いんだ?」
オレは舞に視線を移し聞いてみる。
「う~ん。私の分の異能演算も全部取ったからじゃない? あたし、異界術に配属されるほどほとんど異能使えないしさー」
なるほど。異能演算能力が分配されると言っても、「舞花9割、舞1割」という可能性もあるというわけだ。必ずしも半々に分配されるわけじゃないからな。
「それよりそれより~。あなたのことが聞きた~い」
オレの胸元を人差し指でツンツンと突く。
「オレ? オレはなんの変哲もない普通の人だが」
「いや多分それはないだろ? 普通の人が途中編入できるほどこの学校のシステムは甘くない」
(鋭いな……)
「自分でもなんでこんな名門の異能士学校に入れたか不思議でしょうがないくらいなんだ。オレは特技もないしな」
「そんなはずは……」
「へ~マフラー君、あなた面白いこというねー。気に入っちゃったかも」
舞さんがそんなことを言いだす。
「お前は何を言っている? 統也が困ってるだろ。あ、勝手に呼び捨てにしてしまったが……」
「構わないさ。オレのことは統也でいい。オレもあんたのことは式夜と呼ぶ」
「ああ、分かった。よろしくだ。統也はちなみに何か得意異界術の専攻はあるのか? 俺は回復術士専門。使える異界術もちょっとしたマナ回復と傷の修復くらいなんだが」
「あたしは、本部の影人分析官を目指してるー」
舞さんが横から会話に入り込んでくる。
そうか。異界術士といってもこんなに幅があるのか。
オレがここへくるまでに使用したことのある異界術は速度を高める瞬速や跳躍、強化のみ。種類があることは認知していたが、それに関わる仕事がそこまで色々あるとは知らなかった。
「オレはどうだろう。よく分からない。まだ決まっていないと言った方がいいか。本当はどうするべきなんだろうな」
本当にどうするべきなのだろうか。オレはここで出来るだけ多くの知識と経験を身に付けたい。そう考えている。そのためにオレは目立つわけにはいかない。
「でも、マフラー君戦闘員でしょー?」
唐突に舞さんがそんなことを聞いてくる。
「え?」
「どうして分かった?…みたいな顔しないでよ~。なんとなくそう思っただけ。でもきっと、あなたは戦闘が似合っているよ。……特にアタッカー」
「おい、今日会ったばかりの人に何言ってるんだ」
式夜にまたもや注意されてしまう舞。
「は~い、ごめんなさーい」
この二人。オレが普通の異界術士志望じゃないことにとっくに気付いている。
とくにこの功刀舞。彼女の眼は危険だ。なんとなく嫌な予感がする。
オレの筋肉や体の動かし方を観察されていたのは彼女の目の動きを見ていて分かっていたが、まさかそれだけの情報でオレが戦闘型アタッカーだと見破られるとは思わなかった。
異界術部で一番優秀なクラスに配属されているとは言え、とてつもない優秀さの片鱗を見せてくる。油断できないな。
オレはトイレに行くと伝え、廊下を出た。
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統也がトイレに向かった後、功刀舞が口を開く。
「ねえシッキー、彼の事どう思うー?」
式夜はシッキーと呼ばれていた。
「どう思うってなんだ。別になんも? 普通にすごい奴じゃないのか? 異界術部は劣等生の集まりと見なされている。おかげであまり教育資金が下りないほどだ。そんなクラスに今頃編入できるなんで異常だと思う。舞もそういうことがいいたいのだろ?」
「そうじゃなくって、彼……少し異質じゃない?」
「異質? 何がだ?」
「うーん。彼さー……異能持ってる感じしない?」
「異能……? そんな馬鹿な。編入試験の際のマナ審査やマナ水晶との親和性で異能の有無は即知られる。ブラックに配属されている時点で彼は異能を持っていない。あり得ないだろう」
「でも彼の筋肉のつき方、あれは戦闘員のそれだった。ちがうー?」
「俺もそれは認めるが、それでも異能持ちではないと思う。それに、異界術戦闘員でもあり得る」
「じゃさじゃさ、彼のマフラーは?」
「マフラー……? それに異能と何の関係がある」
「彼、こんなに暑い室内でマフラーを巻いているのに、数分経過しても汗一つ垂らす様子がなかったよ」
「だから、それがどうしたという?」
「だーかーらー、異能副作用だって言ってるの」
「サイドエフェクト? 異能性の人体副作用か?」
「そーそー、それ」
「……どうしてそう思った?」
「さっきから言ってるじゃんかー。……今六月だよ? 北海道が本州より気温低いからといってマフラー巻いてても汗を流さないのはおかしいでしょ~って」
「あーまあ、確かに言われてみればな」
「だから異能の副作用で体が冷えるか、そもそも温度感覚が狂ってて寒く感じるか、のどちらかでしょ?」
相変わらずの推察力に洞察。ふざけているようでよく見ていると式夜は思った。
実は功刀舞は、ずば抜けた考察能力と推察力、推理力を持っている女子生徒だった。
「そうかもしれん。けれど、なんでもかんでも異能に結び付けるな。一般的なそういう体質かもしれんぞ」
「ふ~ん。つまんない考え。少しくらい期待したっていいじゃん。……ま、あたしが信じるのはこの眼……ラプラスだけなんだけどねー」
そういって彼女…舞はトイレに向かった成瀬統也の方を見つめながら、不気味に笑った。
功刀 舞 (くとう まい)
……ブラックの生徒で陽気な女子生徒。功刀舞花の妹。
神多羅木 式夜 (かたらぎ しきや)
……ブラックの生徒で細目の男子生徒。回復系異界術士。




