白と黒【2】
「そうですわよね………って、へ? 今、あなた私の提案を断ったですの?」
彼女のつり目が見開かれる。
「ああ、断る。オレはブラックで功刀さん、あんたはホワイトだ。オレのようなブラックとホワイトが話すことなんて何もないだろ」
「お前っ……黙って見ていれば……! 舞花様に無礼ばかり!」
功刀の隣にいた付き人のような女子生徒がオレの胸倉を掴みに来る。
オレは素早い動きでそれを避けてしまう。
(あ、ミスった。間違って反射で避けてしまった……)
勢いよく掴みにきていた彼女の体勢が崩れそのまま地面に転びそうになる。デジャブだな。以前にも木下栞でこんなことがあった。
オレはひょいと手を伸ばし、彼女の手を掴む。彼女はギリギリ地面にぶつからずにすんだようだ。
「お前……!」
「すまん。避けちまった」
「くっ……」
すると功刀が近寄って来て口を開く。
「やっぱり私の眼に狂いはないですわ。あなた、私と決闘するのですわ」
そんなわけのわからないことを言い始める。
「なに……? 決闘だと? あんた正気か?」
正気の沙汰じゃない。
「ええ、正気ですわ。……わたくし功刀舞花はあなたに決闘を申し込む!」
扇子をバッと開きながら豪快に言い切る。
(この人、本気か……? オレはブラックだぞ?)
「冗談じゃない。ブラックのオレがあんたみたいなホワイトに勝てるとでも?」
「あなたからは只ならぬ外観マナを感じるのですわ。きっと私を退屈させないに違いないのですわ!」
異能力者の中には勘や第六感が優れていて、とんでもない感覚を身につける者もいる。第三級異能などの超感覚まではいかないが、異能副作用でこのような感覚を持つ者もいると聞く。
サイドエフェクトは普通人体に害をもたらすことが多いが、必ずしもそうだとは限らないそうだ。
例えば目の前の功刀舞花。彼女がいる功刀家の異能家系は、妖精眼という異能副作用でマナを見ることが出来る。透視やマナの詳細情報まで読み取れればオレの浄眼の能力とさほど変わらない。
どうやらその眼でオレの外観魔素を見たらしい。透視されていない分、体内の保有マナを見られなかったのは不幸中の幸いだ。
「いや、誤解だ。オレは異界術の技術も素人で戦闘なんて出来ない」
オレはそう言って誤魔化すが。
「私が信じるのは私の妖精眼だけ。そんな発言は信じないのですわ」
参ったな。これは、いよいよ決闘するしかないか。
そんなときだった。
「皆さん何をしているのですか?」
オレの後ろから渋い女子の声が聞こえてくる。今日初めて聞いた声だった。
「やべ、学内の懲罰委員長だ!」
「ほんとだ。行くぞ!」
その女子の声を聞くと、オレの周りにいたホワイト生徒それぞれがそそくさと校舎の方へと向かう。
オレは振り返り後ろを向くと、深い紺のチャイナドレスを着た黒髪ツインお団子の女子生徒が歩いてこちらに来ていた。ツインお団子とは髪型の一種で、お団子部分を左右で2つ持っているシニヨンのこと。
「どうかされましたか?」
彼女がその場に残っていた功刀舞花と万白と呼ばれた付き人を横目に見ながらオレに尋ねてくる。
さっきのホワイト生徒の発言から察するに、この人はどうやら懲罰委員長らしい。懲罰委員とは風紀委員みたいなものだろうか。
「あ、いや……」
オレがそこまで言うと。
「いきなりなんですの? 今私が彼と話しているのですわ。ちょっと強いからって私の邪魔をしないでもらえますの」
功刀がその彼女に食ってっかかり、その委員長を睨みつける。
強い、というのはどうやら委員長のことのようだ。
「ですが、風紀を乱す言動は違反行為。特にホワイトとブラックの決闘はルールに反します。完全なる規則違反ですよ」
彼女も言葉のトーンを強めて、鋭利な目付きで睨み返す。
委員長である彼女がオレの近くまで来たので分かったことだが、彼女は想像の何倍もの美人だった。とにかく可憐で美しいという言葉が似合う。腰部分にまで深く切り込みが入ったチャイナドレスからは真珠のような綺麗な太ももをのぞかせる。
身体の曲線が露わになるチャイナ服だが、無論彼女の身体のそれも露わになっている。高校生とは思えないほど妖艶な曲線美。滑らかですべすべな肌。
そんなチャイナドレスを着た委員長はさらに口を開く。
「功刀舞花さんに灯頭万白さん。懲罰を受けたくなければ、二人とも今すぐ退散してください」
さすがに懲罰はまずいと感じたのか、功刀がそのセリフを受け、校舎の方へ歩きはじめる。
「……万白、行きますわよ」
「あ、はい。舞花様……」
「興が醒めてしまったのですわ」
そのまま校舎の方へ立ち去る。
その場にはオレと、懲罰委員長と呼ばれていた女子だけになった。
オレは彼女の方に向き直る。彼女はオレとほとんど同じ身長で少し低いくらい。おそらく170cmくらいだろうか。
「助けてくれてありがとう。ホワイトにもあんたみたいな優しい人がいるんだな」
オレは彼女のチャイナドレスの胸元に付けられている白光りする白桜バッジを見ながら、言いかける。
「お気になさらず。これが私の仕事ですから」
そう言いながら微かに微笑む。
綺麗な顔立ちだ。加えて透き通るような声。ツインのお団子も似合っている。彼女は相当モテるだろうなと想像した。
「それにしても、この学校には懲罰委員会なんてものがあるのか?」
オレはその話にちょっとした興味を持ったため聞いてみる。
「はい。私たち懲罰委員会は異能の不正利用や悪質な使用を未然に防ぐために、さっきのような取り締まり活動をしています」
「なるほど」
「でも無償でやっているわけではありませんよ」
確かにそんな面倒な警備員のような仕事をやらされて、なんの得も得られないはずはない。
「異能士階級昇格に何か良い影響でもあるのか?」
「おっしゃる通り。卒業後の異能士階級がC級からになります」
本来はD級からだが、懲罰委員会に入ればC級スタートに出来るということか。それはかなりの利点だろう。
「ほう。でもそれなら逆に懲罰委員会って役柄は引っ張りだこになるんじゃないのか?」
「そうですね。でも懲罰委員に入るには厳格な精神審査と実力試験の合格が必須条件なので、任命されるのは一部の生徒だけです」
「なるほどな、それなら上手くいくか。だけど凄いな、君はその試験とかに合格したんだろ?」
「ええ、まあ」
合格したことを自慢げにする様子もない。謙虚で素敵な人だな。
「ホワイトの生徒らが、さっき君のことを委員長って言ってたが……」
「はい。間違っていませんよ。私は懲罰委員長を任されている李・翠蘭という者です。以後お見知りおきを」
流暢に日本語を話してはいるが、やはり中国人か。チャイナ服を着ているのに日本人であるはずがないと思っていたが。
それにしても日本語が上手いな。全く訛っていない。まるで日本人のような話し方だ。
「オレは成瀬統也だ。このバッジを見ての通りブラックに所属することになった。さっきは本当に助かった。ありがとな。君が来てくれなければ大変なことになっていたはずだ」
あいつが、な。
「ふっ……」
握った手を口元に当てながら目を細める。笑うだけなのに上品な動作だなと純粋に思った。
「何が面白いんだ?」
「いいえ、ごめんなさい。そこまでの深謝を受けたのは、約一年間風紀を取り締まっていてもあなたが初めてです。随分と感謝深い方だなと思いまして」
「そんなことはないさ。ただ君のしてくれた行動に感謝してるだけだ。……だから、良ければ何かお礼をしたい」
オレの性格上、何かを必ず等価交換したがる。何か恩を受ければ必ず返したくなるというオレの性だ。
「お礼? 私に……?」
「ああ」
「あなたは本当に変わった方ですね。ですが風紀を正すのが私の仕事。別に特別なことはしてませんよ。なのでお礼もいりません。その気持ちだけは受け取らせてもらいますが」
「そうか。どうしてもお礼を受けたくないなら、まあ、それでもいいが」
オレは「どうしても」という部分を強調する。
「いえ、そういうわけでは……」
「じゃあ何かお礼をさせてくれるのか?」
オレは間髪入れずに問いかける。
少し驚いたような表情の後。
「ふふっ……。そんなにお礼がしたいのですか? どうしてもというなら受けてあげますけど」
冗談を言いながら優しく笑った後、右手で右側の方のお団子に触れる。彼女の癖だろうか。
その彼女の表情は少しだけ嬉しそうに見えた。
オレはその後、彼女と異能士学校放課後に会う約束をした。「お礼」のために会うことになったからだ。
さらに異界術部専用の別棟校舎の近くまで連れて行ってもらった。加えて彼女はこの学校の施設の簡易説明と、仕組みや制度、風潮などの状態についても教えてくれた。
何から何までしてもらい、本当に彼女には感謝している。
どうやらホワイト全員がブラックを蔑んでいるわけではないらしい。彼女のような優しいホワイトもいるようだ。
オレはこの先、何か月間か高校の放課後にこの異能士学校へ通うことになる。
里緒のライバルであるビリビリ破ける少女もこの学校内にいるらしい。その彼女は現在は決闘順位第一位で無敗だそうだ。
とんでもなく強いんだろうな。その人物がどんな人物なのかも楽しみだ。
李 翠蘭 (リー・スイラン)
……チャイナドレスを着たツインお団子の美少女で、ホワイトの生徒。異能士学校の懲罰委員長を務めている。使用異能力は不明。
功刀 舞歌 (くとう まいか)
……独立家「功刀家」のお嬢で校内の女王。ホワイトの生徒。灯頭万白という付き人を付けてる。決闘順位は第二位の実力者。両名使用異能力は不明。




