白と黒
*
6月6日(月)、16時03分。オレは札幌中央異能士学校という表札がマナ文字によって書かれた校舎の前に立っていた。
異能士学校―――――それは異能士養成のための育成学校で、放課後時間帯を利用して指導を行う4時限制の異能訓練校。その生徒は主に卒業後、異能士か異界術士(境界部隊戦闘員)になるため、日々異能や異界術の鍛錬に励んでいる。また、生徒のクラスはそれぞれ異能部と異界術部に分けられれおり、異能を所持、もしくはその才が確認された者は異能部へ。異能を持たず異界術でのみの戦闘を訓練したい者は異界術部へ配属される。これは基本的な決定事項であり変更することは叶わない。
例えば異能を持っているのにも関わらず異界術部に入ろうとしたり、異能を持っていないのに異能部に入ろうとしたりしても、学校側の厳格な精査と実技、筆記の入学試験により正確に配属される仕組みになっている。
オレのような例外を除いて――――。
「異能士学校か……」
オレはこの目の前にある、不可視化結界に包囲された異能士学校を見る。今日からここへ通うことになるのか。
元々は8月編入の予定だったが、異能士協会本部へのオレの階級詐称もそろそろ限界になると読んだ二ノ沢楓さんが、オレの姉、名瀬杏子に掛け合い、編入を許可してもらった。
だが本来、異能士学校という制度の最高権力者ないし管轄家は「白夜家」という異能独立家であり、名瀬家の息はほとんどかかっていないはず。それでもオレの姉が、オレを編入推薦できたのは偏に「御三家の名瀬」という絶対的権力あってのものだろう。
余談だが異能独立家(通称、独立家)とは、名瀬、三宮、伏見で有名な異能御三家に属さない独立的な異能家系のこと。通常、旧日本の異能家系は名門でなくとも御三家の配下家としてその代表の御三家に付き従うもの。
例えば、全く伏見の血を引いていない二ノ沢家の二ノ沢楓。彼女は「歪曲」という空間制御方式の異能の持ち主であり、それは伏見家に引き継がれる異能「衣」とは全く関係ない。それでも配下家として分家となり、伏見家を支えている。
しかし異能独立家という御三家に属さない名門の家系も存在し、その家系、血筋の異能も強力なものが多い。そういった強力な血統の例で言えば、独立家「雷電」「白夜」「風間」「功刀」など。しかも彼らが使用する異能はそれぞれ御三家に匹敵すると云われるほどのもの。
普通それほどの能力値と引率技術があれば、御三家同様の上流権力を持てるはず。それでも彼らが御三家ほどの大きな権力を持っていない最大の理由は、彼らの一族にはそれぞれ何かしらの欠陥が存在するから。
雷電家ならば鬼人化という不安定でとても扱えない禁能を持つ、というように――――。
(*禁能……異能士協会が公式に使用禁止と定めた能力や術)
オレは16時30分に始まる一時限目に間に合うよう校内の敷地に入り、校内を観察する。
外からは視認できないよう不可視調整を行った結界を張っている上、校舎周りは大きめの木々で遮られている。この学校の存在を世間に相当知られたくないのだろう。
まあ、当たり前のことではある。異能や異能士、IWに潜む影人の存在は一般世間には周知されていないこと。それが世界に知れ渡るのは今のところ問題となる。
(それにしても………この学校、かなり大きいな)
一般高校と同様くらいのサイズがある。
加えて、オレが思ったよりも生徒数が多い。異能士指導や異界術指導、その他、影人やマナ、異能の知識を教える先生と思われる大人の姿もある程度数見受けられる。
何より校内の生徒、そのほとんどが女子という事実。異能の開花率は女性が7割なのだから仕方のないことでもある。おそらく校内女子も7割を超えているだろう。
異能の才能は主に幼少期に発現し、自分の家である程度の指導を受ける。その後、異能士学校・中等部から四年か、もしくはオレが今いる異能士学校・高等部で二年の特別指導を受けることで異能レベルの整合を取る。良くも悪くも思春期が異能力にとって一番影響を受けやすい時期とされているため、その時期に本格的な指導や訓練を行うのは的確な仕組みと言える。
オレは校内玄関に入り靴箱一体を見るが。自分の出席番号が書かれた札のついている靴箱が見当たらない。
(オレの靴箱はどこだ……?)
オレがその辺をうろうろしていると、白い桜マークのバッジ……いわゆる白桜バッジを胸元に付けた先輩らしき女子生徒二人組が近づいてくる。
「あの……? 君、どうかした?」
一人がオレに声をかけてくる。辺りをうろついていたからだろう。
「あ、えっと、オレの靴箱がどこか分からなくて」
「今の時期に編入生? 珍しいね」
オレが首に巻いていた季節外れのマフラーを不思議そうに凝視しながら、隣にいたもう一人の女子が言う。
「君何年生?」
「高校二年です」
オレは素直に答える。
「高二は……あっちの奥の棚の方かな……」
あっちと、奥の方へ指を差す。
(なるほど、あっちの方か)
「ありがとうござい……」
オレは彼女らに感謝の礼を言い、そのまま立ち去ろうとすると、片方の女子が口を開く。
「あ、待って……この子、ブラックバッジ付けてる」
そんなことを言い始める。
「え……? マジじゃん」
馬鹿にしたようにニヤけながら、オレの胸元に付けられている黒い蕾マークのバッジ……別名を黒蕾バッジを見る。
「ご、ごめん本棟にいたから、ついホワイトの人かと思った」
彼女も、語尾にwwwを付けたような喋り方へ早変わりする。目線もオレを蔑むものへと変化する。
「はぁ……」
オレは何も言えることがなかった。興味もない。
「ブラックは校舎裏にある別棟だよ」
「そうだったんですか。教えてくれてありがとうございます」
オレは礼を言い、そのままその場に背を向け、ここから退散する。
オレが離れた瞬間その先輩たちのひそひそ声が背後から聞こえてくる。
「あの子、顔はかっこいいのにもったいない。ブラックじゃね……」
「うん、ていうかブラックがホワイト校舎に来るなよって話」
「それな~」
オレはそのまま本棟の玄関を出て校舎裏の別棟へ向かう。
そう。この学校には明確な区分け、差別がある。
異能部に所属する「ホワイト」と異界術部に所属する「ブラック」。白桜バッジを付けた者と黒蕾バッジを付けた者。
この二つのクラスには明確な差別意識があり、異能を持たず異界術しか使用できない異界術部を無能力者、無能集団、黒蕾と呼び蔑視する。異能も異界術も使用することができる異能部の生徒は白桜と呼ばれ優等生として扱われる。
話には聞いていたがここまであからさまなものだとは思っていなかった。
数か月前までこの学校で訓練を受けていていた里緒が、オレがブラックに配属されるのはおかしいと軽く抗議していた理由も分からなくはない。ここまで深刻な差別意識があるとは想定していなかった。
オレは異能を学ぶ必要はないので、ある程度使用できる異界術と影人の知識を学べということでブラックに配属されたらしいが。
というか形式上でも異能士学校を卒業していなければ異能士になれないからな。「卒業した」という事実さえあればそれでいいのだ。
「おい見ろよ、あいつ……黒いバッジ付けてるぞ。ブラックだ。なんでホワイト校舎の近くにいるんだ?」
オレが外へ出るとすぐにそんな声を受ける。オレに言ってきたというより、友達に話しかけたようだ。
「ほんとそれな。なんでホワイトの領地にいるんだよ。穢れるだろうが」
「私たちまで異能が使えなくなったらどうするのよ」
「そもそもどうしてブラックがここにいるんだよ」
「しかもなんだよ、あのマフラー。きめえな」
「早くどっか行けよな……ブラックが!」
オレを見て複数のホワイト生徒の男女が悪口を言う。罵声というほどの物じゃないが、多くの生徒が蔑んだような視線でオレのことを軽蔑する発言を口にする。
オレは周りを無視してそのまま異界術部の別棟に向かおうとすると、どこからともなく女子の声が聞こえてくる。
「これは一体何の騒ぎですの?」
お嬢様のような声色に口調。もうすでに嫌な予感がする。
「あ、あれは高等異能部二年生の決闘順位第二位!! 功刀舞花さんだ!!」
一人の男子がそんなことを言い出す。
(功刀……? 異能独立家の功刀か? 確かこの学校に莫大な投資をしているだとか)
「功刀様が通るぞ。道を開けろ!」
更に他の男子。
生徒は兵隊か何かのようにぞろぞろと道を開け、オレまで直線的な道を作りあげる。
オレも歩みを止める。
横目に左を見ると功刀と呼ばれた扇子を持った少女がいた。華やかな私服に太ももまでのドレス。身長は160cmほど。小顔でその顔付きはいかにもお嬢様といった感じ。加えて印象的なつり目。オッドカラーで変色した髪は灰色、瞳は紫色。カールしたロングヘアはお尻付近まで伸びている。おそらく雷電凛と同じくらいの長さか。
その少女の横にさらにもう一人の女子がいる。ショートヘアに鋭い目つき。その服装などの様子からどうやら付き人や護衛の類の人間らしい。
「お前、誰だ?」
付き人らしきその人が不愛想にそう聞いてくる。
「誰だっていいだろ」
「は? いいから名乗れ」
「なぜオレがあんたに名乗る必要がある?」
オレがそう言った瞬間周りの生徒が騒めき始める。
「お前……」
付き人がそこまで言ったとき、その隣にいた功刀が口を開きそのまま発言する。功刀の目線はオレの黒いバッジ、黒蕾を捉えていた。
「待って万白。……あなた、何ゆえここにいるのですの?」
オレに不信そうな目線を向けつつ、そう言う。どうやら隣の付き人は万白というらしい。
それにしても功刀に「ブラックが! どけ!」くらい言われると思っていたが……どういうことだ。
「すいません、間違ってホワイトの校舎に来てしまいました。すぐ戻りますんで」
オレは事を大きくしないためにも、下手に話しながらその場を去ろうとする。
どうも御三家の名瀬です、といえば話は早いが、ここでは「成瀬統也」という偽名を使って編入しているためそんなことは出来ないのに加えて、オレの名瀬という正体が暴かれるわけにはいかない。異能を使えない、異界術を学びに来た見習い異界術士のふりをしなければならない。
名瀬家の人間が今頃階級を取りに来ているなんて知られたら大問題だからな。仕方がないことだ。
「待って。そう急がないでほしいですわ」
見た目とは裏腹に優しめの声質だが口調はやはり偉そうな雰囲気だ。
「はい? それはどうして?」
オレが言うと。
「あなたと話したいことがあるのですわ」
その発言の瞬間、辺りが再び騒めく。周囲の生徒は「ブラックと功刀さんが話す……?」とでも言いそうな雰囲気だ。
「いや、ホワイトの領域にオレのようなブラックがいたら邪魔でしょう? オレは行きます」
「そうだ! ぞうだ!」
「ブラックはどっか行け! 功刀様に近づくな!」
周りの生徒の声。
すると。
「私がいつ卿らに発言の許可をしたのですわ!」
強めの口調と物言いで周りの生徒を一瞬で黙らせる。一度シーンとした静寂が訪れる。
これは簡単なことに見えてそうでもない。かなり周りから尊敬され、畏敬されていなければならない。つまりこの人は、異能士学校へ投資しているお嬢様だからこのような女王紛いの扱いを受けているのではなく、本物の実力を持っているからこのような扱いを受けている。横柄な態度でも許される。
決闘ランクが第二位と言われていたことからも彼女の強さがうかがえる。もしこれで大した異能実力もなければただの自己中お嬢様だったかもしれない。
「話が逸れたのですわ。私はあなたと二人きりで話がしたい、そう言っているのですわ」
灰色の長い髪をかき上げながら、オレの目を見つめてくる。
もう一度周りが騒がしくなる。
(オレと話? どうして邪険にするようなブラックであるオレにこんなことを言ってくる?)
ブラックのオレとホワイトの功刀が二人きりで会話すれば功刀自身の品位すら失いかけない。そんなことあんたほどの人間なら分かっているはずだが。
「もしオレが断ったら?」
「ブラックごときが私の提案を断れるとでも思っているのですの?」
「そう言っても、もうすぐ4時半になる。授業の時間が始まってしまう」
「知らないのですの? ブラックは最後の一時限目以外自習ですのよ? つまりあなたが時間通り登校しようがしまいが関係ないのですわ」
周りを取り巻く生徒たちがそのセリフと同時に笑い始める。
「そうか。まあ、それでも断るけどな」
この女と会話なんてきっとろくなことにならない。




