因縁の姉妹
「貴君……なぜ動ける? 脳震盪と合わせて内臓も潰した。出血多量にダメージが蓄積した体。そんな体でなぜ立てる? なぜ動ける?」
そう言いながら、オレから少し離れた位置ですでに戦闘態勢を取っている。
(構えるのが早いな。直前でオレの蹴りに反応し威力を少しだけ殺したのか)
「さあ、どうしてだろうな」
オレは口角を上げながら、挑発的に言いかける。
「まさか……演技していたというのか?」
「まあ途中までは本当に痛かったけどな」
実はオレの体は数秒前から完全回復、完治していた。
というより、いつでも完全に回復することが出来たのだ。
あえてそうしなかったのは、奴から情報を引き出すため。それ以上でもそれ以下でもない。それだけの理由だ。
痛みに叫び、弱っているオレの姿を見せれば勝ちを確信し色々なことを喋ってくれると思っていたが。思ったよりも何も話してくれなかった。
案外彼女は冷静な性格なのかもしれない。
「貴君まさか、異能を二つ持っているのか?」
そんなことを聞いてくる。
やはりこいつは違うな。鋭いとかいう次元じゃない。
異能を二つ持つ―――――。
それは、まるで唯一の二限異能力者、純白の英雄「エミリア・ホワイト」のように二つの異能を扱えるということ。
だが普通異能は、単限異能力と言って一人一つが原則。これはほぼ絶対的な理。
つまり一般的な人ならばオレを二限異能力者などと考えもしない。
しかし目の前にいる伏見の女。この女はそれを想定した。
普通の異能士が持てる視点じゃない。
多分こいつ相手では誤魔化しても意味がない。本当のことを言うか。
「どうしてオレが二限異能力者だと分かった?」
オレも奴を睨みつける。
「貴君が今そうやってまるでノーダメージであるかのように振舞うには、破損した内臓を完治させ脳震盪をも治す必要がある。だがそのためには貴君が檻以外の異能……例えば体を一瞬で再生する影人のような異能力を持っている必要がある」
「そうか? この世には生体の自己治癒力を限界まで高める特殊な異界術も存在する。オレが使用したものが必ずしも異能とは断定できないと思うが」
「それはない。私もその異界術のことは話に聞いたことがあるが、人間の自己回復能力を限界まで高め、飛躍的に上昇させたとしても、そんな速度で内臓の傷や他の損傷が治ることはない。さっきの貴君の反応を見る限り直前までは本当に痛みに悶えているように見えた。つまり私に蹴りを入れる前、瞬間的に治癒したとみていいだろう」
この女、やはり視点が違うな。恐らくどの程度オレを傷付けたのか、自分でしっかり把握してやがった。適当に体重を乗せていただけだと思ったが……。
手前から順番に内臓が損傷していったのも偶然じゃなかった。わざとやっていたのか。
里緒は誤魔化せたが、どうやらこの女を騙すのは無理らしい。
以前オレが里緒に「特殊な異界術で回復させた」と言ったことがあった。
里緒がCSSと呼称されるA級レベルの影や、三宮一族の糸操術に支配された影と戦闘した際、あばらが何本か折れ、出血多量状態になっていた。
彼女の内臓もほとんど駄目になっていたが、オレが特殊な異界術を使用したことでその数分後には何故か完治していたというものだ。
だが、あれは真実ではない。
まあ、里緒は優秀な異能「波動振」を持っているとは言え、戦闘経験は浅く実践慣れしているとはとても思えないからな。おそらくあの場面で自分のあばらが骨折していることや内臓がひどく損傷していたことにすら気付いていないだろう。
あのとき。オレが彼女にしたことは特殊な異界術などではない。
その話は真実とは異なる。
なぜなら。
この女が言う通り、オレが持っているもう一つの異能―――――――。
「再構築」―――――というオレの第二の異能を使ったからだ。
物体変換式を解析しマナと物質を等価交換することで物体を現実世界へ構築。ただし構築できるものはこの世に存在していた物だけ、またはそのマナ情報をオレの「浄眼」が記憶した物だけ。つまり形式上「再」構築となる。
ダークテリトリーという青の境界と再開発地の間にある廃墟地域を歩いていた時。オレを襲撃してきた黒フードの謎の人物がいた。奴はこの世に存在しないはずのオリジン武装の槍を所持しており、それでオレの肩を軽く切ってきた。そのとき出血もしたが結局オレのこの異能「再構築」により修復した。だからあのとき肩の傷はおろか切り裂かれた服も再構築され、服を含めたオレ自身丸ごと元通りになっていた。
「貴君」
敵である奴の声で我に返り、オレは意識を彼女に向ける。
「貴君が使うその回復のような再生の異能、恐らく相当のマナを消費するはずだ。でなければあんなに瞬間的に回復するはずがない」
「だったらなんだ?」
「次に致命傷を受ければ治らない。いや治せない……。違うか?」
ご名答。
確かに再構築は一度自分の体に使用するだけでも半分ほどのマナを消費する。
つまり二度身体を再構築すれば脱死(*)するということ。
(*脱死……マナが体内から無くなることで生命力が低下し死に至ること)
「参ったな。あんた、かなりの実力者だろ? 尚更、命を狙う理由が分からない。あんたほどの人間がなぜこんなことをする? さっきの共鳴とかいう現象が関係しているのか?」
オレはポッケに両手を突っ込む。
「言ったはずだ。貴君に答える義理はないと」
この世の真理を悟っているような達観した視点。並々ならぬ思考能力。冷静さ。強さ。
純粋にどれも他の異能士や異能力者達と一線を画する何か。
この女―――――危険だ。
オレの本能が告げる。幾度の戦闘やその経験、修羅場で磨かれたオレの勘がそう告げている。
オレの姉、名瀬杏子であれば、「碧い閃光」の由来である超速度攻撃、他を寄せ付けない異能規模。トップに立つ者としての不変的なカリスマ性。
オレの師、伏見旬であれば、絶対的な強さや巧みな異能力、絶大なマナに卓越した戦闘能力。
だが、それらどれとも異なる何か。それらとも一致しない何か。それをこの伏見の女は持っている。
オレを飲み込みそうなほどのこの殺気。この圧倒的なオーラ。
レベルが違うな、こいつ。
オレは目の前で立っている彼女を見る。
旬さん、あんたの一族にこんな面倒な女がいたなら教えといてくれよ。
オレは脳内で旬さんに文句を言いつつ口を開く。
「そろそろ決着を付けないとな」
オレが言うと、奴は再び「衣」を発動し、炎霊を両手に纏う。その手からは溢れるようにマナエネルギーが放出している。
炎霊のエネルギーは鮮やかなターコイズブルーで輝いていた。
「この立体駐車場……スコーピオンが警察を上手く足止めをしているから安全だとは言え、そろそろ私は撤退したい………が、その前に貴君をここで殺せと、たった今そう命令が出た」
スコーピオンというのはもう一人の麻酔銃を持った男のことだろうか。どうやら警察や消防関係者を立体駐車場内に入れないために動いていたらしい。
爆発、火事の際なぜか店内の消火スプリンクラーが作動しなかったが、もしかしたらこの男が一枚噛んでいるかもしれないな。
それにしても……殺せと命令がきたか。一体どんな人物がこいつらの頭だ。この伏見の女を動かせるだけの奴なのか。
「オレを殺してもいいのか? 共鳴がどうとか言ってたろ」
「その点では私も殺すべきではないとは思うが。貴君のせいで色々予定が狂ってしまったのも事実」
「そもそも、オレを殺せると思うのか?」
「どうだろう。確かに貴君が相当強いことはすでに認めている。今まで何故貴君の名前が異能士世間で挙がってこなかったのかも理解できないくらいだ。共鳴の件など色々腑に落ちないこともある。そういった意味では殺すべきではないと思うし、実際殺すのも容易ではないだろうな」
「オレも、もう少しあんたと会話していたかった。あんたとは意外に気が合いそうだ」
「ふざけるな」
そう言いながら異常なまでのハイスピードでオレに接近し、そのまま炎霊を纏う掌底を振りかぶる。オレは奴との間に正方形状の檻を展開し、その打撃を防御する。
檻と衣が強く衝突することでマナの火花が激しく飛び散る。
そのときの「オレの檻による防御」と「彼女の衣による打撃」はそれぞれ一定圧力で、互角に見えたが。
「檻の壁一枚だけで私の炎霊掌を防いだつもりか? もしそうなら衣も随分となめられたものだな」
そう言いながら檻を押す掌底の力を上げてくる。
「なに!?」
その瞬間、檻に触れていた彼女の掌が檻を弾き砕き、貫通してくる。
オレはその掌底打ちを食らい、数メートル後方に飛ばされた。
その吹き飛ばされた勢いを相殺するため、後ろにあるだろう……立体駐車場天井を支える柱に、ノールックで後ろ蹴りをする。ポッケに手を入れたまま。
右足による後ろ蹴りを受け、後ろにあった柱が多少破損する。ノールックなため背後の様子は見えないが音で分かる。
(さすが衣だ。空間ごと固定しているというのに……それを砕くか。なんて破壊力だ)
さらに彼女は休む暇を与えないかのようにオレとの間合いを詰め、そのまま打撃を繰り返してくる。
オレは急いで柱付近から離れ、その複数の攻撃を檻を展開することで一つ一つ防御する。
今オレの檻はマナ密度を高めて強度を上げているため、奴の高出力の衣でもそう簡単には壊せないだろう。
実際オレの檻と彼女の衣が何度も衝突するが、檻が貫かれることはない。
今度は大丈夫なはずだ。
オレがそうやって防御用の檻を展開していると、オレが展開したその檻をまるで踏み台のようにして上からオレに接近してくる。
(なんだと!? こいつ、オレの檻を足場に!?)
オレは咄嗟に距離を縮めてきた奴の炎霊掌をマフラーで弾いた後、左足の横蹴りをこめかみ目掛けて仕掛けるが、彼女は上半身を大きく後ろへのけ反らせることで、それをかわす。
「当たらないか……」
(なんて柔軟な動きだ。冷静な動作分析と素早い判断能力……)
だがその際、のけ反った勢いで彼女の頭に被っていたフードが下りる。
フードが下りた瞬間、ふわっと風に乗った金髪が姿を見せる。
これで彼女の顔全体を見ることが出来た。
目付きの悪い三白眼に切れ長の目。睫毛は長く、全体的に整った顔。クリーム色に近い金髪がその華やかさを強調しながら、サイドテール状に結ばれている。
まるで戦闘の邪魔になるとでも言うように髪が綺麗に纏まっており、しっかりと整っていた。オレから見て右側結ばれたサイドテールがその毛量の均整を保っているようだ。
右耳には小型通信機がはめられている。これで命令などを受信していたらしい。
「貴君……」
顔を見たな? とでも言うように紺色の瞳でこちらを睨みつける。
彼女はオレが思っていたよりも女性らしい顔つきで美人だった。加えてサイドテールという女性らしい髪型。男っぽい口調とのギャップに少々驚かされた。
「……綺麗な金髪だな。染めたのか?」
オレはあの金髪が伏見一族のオッドカラーであることを知っていながら、冗談を言ってみる。
「黙れ」
怒りがこもった鋭い口調。物凄い形相でオレを睨む。
美人がそんなに睨むなよ。
今にも殺しにかかってきそうなほどの殺気だ。
「そんなに怒……」
「黙れと言ったはずだが、聞こえなかったか?」
こんなに怒っていなければ結構オレ好みの美人さんなんだけどな。
「名瀬の人間である貴君が伏見のオッドカラーシンドロームである金髪を知らないはずがない」
なんだ、ばれてたか。まあ確かに「異能性色素特異症候群、通称オッドカラーシンドローム」。伏見一族のそれが「金髪」であることは有名。そんなこと、例え御三家の人間でなくても知っていることだ。
「まあな」
オレがそう言った瞬間、数メートル離れていたはずの彼女が見えないような速度でオレの上部に移動する。
見えたのは青い衣が引いた光の尾だけだった。
(なに!? 今、ジャンプしたのか? この短時間で? いやあり得ない)
オレは上部に檻を張りつつ不安定な体勢で距離を取り、急いでその場から回避する。だがその回避後、まるでインターバルが無いかのように掌底の打撃を繰り出してくる。
オレは奴との間に大きめの檻の壁を展開し、それで一旦仕切り直そうとする―――――が。
「二度目だぞ? 檻の強度を高めたくらいで私の衣は防御できない」
そう言い、オレの高密度の檻を難なく破壊する。
そのまま蝶のように上に舞い上がりオレの元に攻撃を仕掛けて来る。とんでもない速度。神速とでも言おうか。
(こいつ……まただ。一体どうやってあんな速度で空中に上がった? ……それよりまずい、防御が間に合わない!)
「炎霊掌・青鱗!!」
前に出された彼女の掌。その手を覆う青い衣が一回り大きくなった。
彼女は大きく振りかぶり、渾身の力でオレに掌底を繰り出す。
青いエネルギーを放つ衣はその出力を高め、青火のように燃える炎霊は威力を増している。
空気中にはその技名通り、蝶の青い鱗粉に似た光の粒が舞う。
(この衣……空気中の僅かなマナをも燃料にしているのか。この青鱗とかいう打撃技……これを食らうのはまずい!)
だがオレはひどく体勢をくずし、体重のバランスが保てていなかった。
このままでは防御が間に合わない。
せめてあと一回、オレの二限異能力「再構築」が使えれば……。そうすればこの体が負傷してもその後すぐに再生できる……。だが残り半分程度の体内マナを全て消費して脱死するようなら、負傷して死ぬのも変わらない。
万事休すか。
いや、一応残しておいた奥の手はあるが……。
そんなときだった。
―――――ビュン!
オレと奴の間を通り抜けるように左側から青鱗の打撃を弾き飛ばす形で、火の玉のような形状の物体が飛んでくる。
「魂霊掌・橙鱗!!」
知らない女子の声。
同時に、オレンジ色に発光した魂のようなその物体は、目の前の炎霊の掌を強く弾くと、そのまま右側に流れていく。
「あれは……」
オレは思わず声を上げる。
「邪魔が入ったか……。しかもよりによって……」
右手を強く打ち付けられた伏見の女は素早く後退し、オレと距離を取る。
直後オレの真横に一人の女子が舞い降りる――――――まるで鳳蝶のように華麗に。そして絢爛な金の鱗粉をまき散らすかのように。
オレと同い年くらいのその女子は、先ほどから戦闘していた奴とは別の女性だが……。
肩出しの白トップスに黒のタイトパンツを穿いたその女子を見て、オレは軽く目を見開く。何より驚いたのは彼女の髪。
肩につくかつかないかほどの長めのボブヘアで、髪型こそ違うがその女子もクリーム色のブロンド。つまり金髪だった。
オレはその事実に驚きつつも右手に掴んでいたマフラーを横に切るようにして振り回し、隣のその少女に斬撃を試みる。
こいつがオレの味方だとは限らないからだ。
だがその女子は目にも留まらぬ速さでそれを防ぎ、オレのマフラーを握り掴む。
(オレのマフラーを掴んだだと……? これは檻で強化した、空間をも切り裂くマフラーだぞ!?)
彼女は橙色のエネルギーを帯びた手でオレのマフラーを掴むのをやめる。
どうやらこのオレンジのエネルギー体のおかげでマフラーの檻を防げたらしい。
オレの檻をこんなに安々と……。
こんなことが出来るということは……。
この少女……まさか――――――。
「私の名は伏見玲奈―――――。現在、伏見家の当主を務める者です。つまりあなたの味方。なので攻撃しないでくれますか?」
無表情のままそう語った彼女は、正面にいる女……オレが今まで戦っていた敵へ向き直り、さらに口を開く。
「―――――――姉さん……」
二限異能力者(⇔単限異能力者)
……異能を二つ使用できる異能力者の名称で、世界にはエミリア・ホワイトただ一人しか存在しないとされていた。
エミリアは一限異能「王権光」と二限異能「King」を併せ持ち、二つの異能を同時に使用したり合成したりといった戦術をみせたらしい。
主人公も同様に一限異能「檻」と二限異能「再構築」が使える二限異能力者。




