共鳴
『戦闘中に悪いんだけど、マナの波動から音波を解析してその敵が使用する異能を特定するのに成功した。それは、マナエネルギー第三代変換の一つで、外部出力を変化させ、その爆発的なパワーを調整する異能――――――』
『―――衣よ』
「―――衣だろ?」
『なんだ、気づいていたの?』
「なんとなくはな。途中からそんな気がしてた」
(それにしても茜のやつ、敵の異能が放つ微弱な音だけで音波を析出、波動を解析したのか。……さらっと凄いことしたな)
「第三代変換ってことは三の出力、炎霊か?」
『そうなるね』
「はぁ……なるほど。厄介な能力者だな」
あれが衣の第三定格出力「炎霊」か。その名の通り燃え上がる炎のようだな。とは言え、あれほど鮮やかな紺青の炎が自然界に発生することはない。コバルトブルーや瑠璃色に近い色合いで発光している。
そもそも青い衣なんて聞いたことがない。
「さっきから何をぶつぶつと言っている? 独り言か? 少々気持ち悪い」
正面の白いフードの女が話しかけてくる。
当然だが、コードネーム「K」こと天霧茜の声はオレの脳内にチューニングし内耳神経に直接送られものであり、他人がその声を聞くことはない。チューニレイダーの性能的に不可能と言っていい。
結果的に、正面にいる奴からすればオレは一人で喋っているだけに見える。
『統也、三つ巴の原理……』
「分かってる。今回は情報を引き出したら退くつもりだ」
茜が言いたいのは「御三家の三つ巴の原理」というもの。「檻には衣を、衣には糸を、糸には檻を」という言葉が有名で、旬さんやオレの父が発見した異能原理。それぞれ御三家の異能が持つ弱点となる相性を示しており、その原理によれば檻に対しては衣が優勢。逆に檻からすれば衣が最大の天敵、弱点の異能となる。
つまりオレがこの女と戦っても勝てるかは分からない、と茜は言いたいのだ。
「はっ!」
彼女が炎霊を纏う掌底で攻撃してくる。
オレは檻で施した強化マフラーを盾にその攻撃をいなす。
「貴君の檻、その歳にしては極めて純度が高い」
攻撃しながら話しかけてくる。
「そうか? そう言うあんたこそ、衣のエネルギーが随分と安定しているじゃないか」
異能力「衣」は常時不安定で乱れたマナの波動を生じやすいためマナのエネルギー出力を安定化させるのがとても難しく、会得が最難関の異能と言われている。
「やはり私の異能に気付いていたか。尚更貴君はここで殺さねば」
「あんた伏見一族だろ? なんでこんな怪しいことしてる? なぜ命を狙う?」
「貴君に答える義理はない」
言いながらジャンプした彼女が上からオレに掌底の攻撃を当てようとする。
オレはそんな滞空中の奴に手の平を向け、周りに檻を展開。
冷静で感情ひとつ見せない彼女が、はっと驚いたような表情をするがすでに遅い。
「もうどこへも逃げられない」
オレは空中の彼女を檻で囲い込み、完全に閉じ込める。
「……なるほど。檻は足場にもなるのか」
奴がつま先で二度、檻の下面を突く。
空中に浮かぶ立方体の檻の内部で場違いな発言をする彼女。檻の中に入れられたことにまるで動じていない様子。先ほどの一瞬焦った表情が嘘のようだ。
「ああ、オレの異能『檻』は空間を固定できるからな。あんたをこうやって空中で捕らえることもできる」
「檻か……。この異能を最後に目にしたのは数年前だ。随分久しいな」
何か昔のことを思い出しているかのような口振りだ。
異能「檻」を展開、操作できる人間はオレを含め三人しかいないため、それを見たことがあるということは年齢的に考えて杏姉の檻だろう。
妹の白愛とオレは除外。死んだ父もあり得ないだろう。となると消去法で年齢が近い杏子になるか。
「青い檻を見るのは初めてか?」
オレは聞いてみる。
「ああ、初めてだが、それがどうかしたか?」
「いや、お互い様だなと思っただけだ。オレも青い衣を見るのは初めてだからな」
「貴君のその発言だと、他の衣ならば見たことがあると言っているように聞こえる。一体誰の衣を見た?」
「さあな。あんた風に言うなら、答える義理はないというやつだ。それよりも、あんたは今オレの檻によって監禁されている。この意味が分かるな? オレの質問に答えてもらう」
オレがそう言うと檻の中の彼女がオッドカラーの紺の瞳でオレを睨みつける。殺気を隠す気は毛頭なさそうだ。
「まず聞きたい。あんたはなんで命を狙う?」
「さあな」
フードを被っていても分かる。まるで答える気がない様子。
オレの眉間に力が入る。
「答えろ」
「さあ…」
「答えろ」
オレは奴が入った檻を収縮させ、そのサイズを一回り小さくする。
このまま潰すぞ、という脅しだ。
「貴君、あの女に惚れこんでいるのか?」
『っ……!』
オレは奴の言葉と茜の反応を無視して続ける。
「いいから答えろ」
「もしそうならやめておいた方がいい」
白いフードで隠され表情は読めないが相変わらずの鋭い口調でそんなことを言ってくる。
「どういうことだ」
「そのままの意味だ。彼女は貴君と同じ次元にいていい者ではない」
「なに?」
「彼女が持っている概念は異能やマナといった取るに足らない存在とは違う。彼女と貴君とでは有している価値が違う。神と人間では有している概念が異なるだろ? 同じことだ」
「……あんた何を言ってるんだ?」
でたらめで適当なことを言っているようにも聞こえるが、本質的な何かを捉えているような彼女の口調と達観した眼。こいつ、多分本当のことを言っている。
「貴君、影人の正体を知っているか?」
オレの言葉を無視し他の話を始める。
「影の……正体だと? 奴らに正体もクソもないだろ。影は影だ」
「それは貴君の解釈に過ぎない。2017年2月、突如奴らは世界中に出現し世界を滅亡に追い込んだ。青の境界というバリアのおかげで人類は絶滅せずに済んだかもしれないが、その被害は甚大で未だその影響が残っている」
「何が言いたい?」
「その影人の発生原因には様々な説がある。天変地異の一種。世界の陰謀。アメリカが作った実験体。他国を侵略するための生物兵器。宇宙から訪れた未確認生物。突然変異した人間。ゾンビ、妖怪説。しまいには、自然破壊をやめない人類への罰。人類文明終焉への神のお告げ。人間の間引きという説まである。だがどれも曖昧で明確な説ではない。ならば影人とは何者だ? 何故人間を襲う? 何故夜にしか活動しない?」
「あんた、本当に何者なんだ? どうしてあんたがそんなことを知ってる?」
「私か? 私は九神が集う時を待っている者だ。何故そんなことを知っているかと聞かれれば、九神の『光』で影人という『影』を消す。それが私の目的だからだ」
(九神? 九神塔の九神か?)
九神塔とは異能士協会本部の建物のことだ。
しかも……。
「光で影を消す? 何の話だ?」
「貴君が影人についてどこまで知っているかは分からないが、奴らは自然発生などではない。その発生地点は南極だと言われているが、それならば何故青の境界を設立した後もIWに影人が存在する? 何故強い能力を持つS級異能士達は南どころか北極に近いシベリアに遠征させられる?」
認めたくはないが確かにこいつの言っていることは正しい。南極大陸で発生し、南側から侵略してきたという影人の進行を北緯40度で青の境界が塞き止めた。このとき国連政府は自分たちの保身のためも兼ねて、影人の大群から数千キロメートル離れた位置に青の境界を設立している。よってIWに影が侵入しているのは一般的に考えれば不可解な事実なのだ。
「貴君に問おう。そもそも青の境界とはなんだ? 一体何を構成して作られた?」
「青の、境界……」




