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蒼い蝶


  *


 花壇に座らせた(みこと)から離れた後、警官や消防隊の目を盗み、オレは全速力で走って店の裏側にまわる。周囲に野次馬がいないことを確認してその場で高くジャンプし、3メートルほどの(へい)を越え、非常口の扉の前へ来る。

 オレは右手の指先、人差(ひとさし)(ゆび)(なか)(ゆび)(ほこ)の形にして、異能力「(おり)」を付与。扉の施錠部分を切り裂いて内部へ侵入する。

 扉を開いた瞬間、異常なほどの熱気が放出される。


「うっ……」


 消防隊が全力で鎮火に取りかかっているが、消火にはまだ時間がかかるだろう。

 正面から行けば消防隊員がいるため、気づかれないようデパートに侵入するには複数ある中でもこの裏口しかない。

 

 デパート店内の薄い酸素と高温の空気に耐えながら廊下を走る。

 走りながらオレは首後ろのチューニレイダーに電源を入れる。

 お馴染(なじ)み。痛みのような音が聴覚神経を刺激する。


『はいもしもし、こちら「K」……緊急? それとも何か問題でもあった?』

 しばらくすると、凍るように落ち着いた(あかね)の声が脳内に聞こえてくる。


「異常事態だが話している暇はない。使わないかもしれないが、一応、旧式の対人用麻酔銃の射程距離と、森嶋(もりしま)(みこと)って少女について調べてくれないか?」


『いきなりね。しかも、また女の子?』


「そんな冗談言ってる場合じゃない」


 オレは両眼にマナを溜め、浄眼(じょうがん)を発動する。視界がすべての物体をすり抜け、広範囲に視野が拡大される。そのまましばらく店内などを透視し中を確認する。


「あいつら……逃げる気かっ」

 透過した建物に目を通していく途中、怪しげな二人が店内から立体駐車場の方へと逃亡する様子を発見する。

 立体駐車場の付近は火の手が上がっていないので、おそらく無事なエリアなのだろう。


 オレは廊下右手にあった階段を駆け上がるが、めんどくさくなり踊り場から高く飛び上がることで一気に段数を省略する。


『誰かを追っているの?』


「ああ、だがそんな無駄口より急いで調べてほしい。いつもいつも、いきなりですまないが頼む」


『それが年上に、しかも目上(めうえ)にものを頼む態度?』


「すまん」


『謝らないで。ジョークよ』


「おい」


 おそらく真顔で言っているんだろうな、と想像できる感情の含まれていない喋り方。こんな状況でもジョークを言える精神力と勇気は称えるがな。


『ちなみにもう調べ終わってるけど』


(それに関してはさすがだな……とんでもなく速い。尋常でない検索力とタイピング能力。通常の補佐官(コンダクター)の能力がどれほどかは知らないが、少なくとも彼女が優秀なのは明らか、疑いようがない。(あかね)、彼女は一体何者なんだ?)

 

 国の最高機密情報であるセキュリティ保護をかいくぐり、機関のアーカイブ検索と照合。この間のトップシークレット4・雷電一族の内容は流石にかなりの調査時間を要していたが、それでも常時検索が速い。

 これは相当凄いこと。


『誰かを追跡しているようだし、私が一方的に調査内容を話していくね。まず旧式麻酔銃の射程距離、これは現式と変わらない。銃の型や標準器スコープなどにもよるけど一般的には最大で15メートル程度』


「10メートルそこらだと思っていたが、やはりそのくらいか……」


 だから(みこと)を身柄を狙う奴らのうちの一人…あの男は何度も背後を取り接近しつつ麻酔銃が撃てる射程距離にまで近寄ってきていたのか。


『それと森嶋(もりしま)(みこと)……この子、何者なの?』


「やっぱり何か重大な秘密があるのか」


『重大も何もあまりにも平凡(へいぼん)すぎる』


「そっちかよ」


『特殊な能力の血筋でもなく一般的な家系で普通の女子高生ね。マナ性質にも異常はない。特に優れている点や変わった点もないし、どこにでもいる尋常な女子。()いて特別なことを挙げるなら、彼女がスタースタイルという事務所所属の駆け出しアイドルであることや、第ニ次絶影災害の時、彼女の母親が影人(かげびと)の被害に()っていることぐらい』


「影の被害……?」 


『うん、彼女の母親は影人(かげびと)によって殺害されている』


「なに? ……そうか、母が……。そうだったのか」


 だが――――――やはり分からない。なぜ連中は(みこと)を狙う必要がある?


 今の(あかね)の話だと、(みこと)を狙う理由が余計不鮮明になる。

 しかも、奴らの目的は必ず()()り。前回の夏祭りのときも、(みこと)のようなスタイルが整った少女を誘拐した割には強姦(レイプ)などもせず、丁寧な扱いだった。

 今回もそうだ。わざわざ爆発時間を遅らせたり、対人用麻酔銃での捕獲を試みたり、まるで彼女を傷付けず持ち帰ることを徹底しているようにも見える。


 彼女が生きたままの状態だと何かいいことでもあるのか。

 無傷で天然状態の彼女に何か利益が……。

 いや、あり得ないな。


 少なくともオレには、奴らが彼女を連れ去ろうとする理由が分からなかった。



  *



 奴らを追うオレはデパートと立体駐車場を繋ぐ橋に差し掛かる。


「K、この後もしばらく同調(チューニング)を切らないでもらえるか?」


『それはどうして?』


「Kの分析力を借りたいからだ」


『わかった。同調の接続時間が持続する限りは』


「ありがとう」


 一を聞いて十を知るか。その賢さ、聡明さはさすがだな。

 オレは分析力を借りたいとしか言っていない。なのに詳細を理解してくれたようだ。

 分析力を借りると一口に言っても何をどう借りるのかの説明をしていないため、彼女からすれば意味が分からず理解が困難だったはず。それを想定するのも容易ではない。だが彼女はその指示の意図を一瞬で見抜き理解した。


 考えているうちにオレは立体駐車場に到着した。辺りには複数台の車がまばらに並んでおり駐車されているが人気(ひとけ)は一切ない。


(奴らもここへ来ていたはずだが、どこに行った?)


 あちらこちらを観察していくが見える所に奴らがいる気配はない。


(仕方ない)


 ()にマナを溜めこみ、再び浄眼(じょうがん)を発動しようと展開。

 だが―――――。

 突然オレの両目に凄まじい激痛が走る。


 ズキン。


「……うぐぅ……がぁー!」

 その場で両膝をつき、左右の()を両手で強く抑える。オレはその激しい痛みに(もだ)え、不意に声を漏らす。


『統也っ。どうしたの』

 冷静な彼女でも少しだけ心配してくれたような声が聞こえるが、両眼の激痛で耳に入らない。

 まるで目がきしむようだ。ぐらぐらする。眼の奥がとんでもなく痛い。無数の針で刺されている様な感覚だ。

 これが浄眼(じょうがん)のリスクか。なんの代償もなく物体透視やマナを視認する()が手に入るわけがない。


「なんでも……ない…」

 オレは痩せ我慢する。


『そんな風には聞こえないけど』



――――――ボワッ!


 突然のことだった。オレの背後から炎が燃えあがるような音が聞こえる。


 オレは咄嗟(とっさ)に身の危険を感じ取り、自分の周りに立方体状の(おり)を素早く展開する。青く光る透明な立方体の中で閉じこもる形を取る。


 直後、背面で何かが強く打ち付けるような音。


「あっ……青い檻だと?」

 (いさ)ましい風な若い女性の声が耳に届く。


 ()の強烈な痛みに耐えながら振り返ると、青色透明の檻の奥には白いフードを被った女性が立っていた。

 初めに浄眼(じょうがん)で透視した際に見えた二人の陰の片方だろう。麻酔銃を持つ男とこの女が二人組の正体らしい。


 三メートルほどの距離なので女の顔はかろうじて見える。年齢は20代前半ほどか。

 彼女の両手からは綺麗な群青色(ぐんじょういろ)のマナエネルギーが炎のように溢れ出ている。その様子は液体とも炎とも取れるような外観をしていた。


 どうやらあれで攻撃してきたようだ。オレはそれを檻の壁で防いだ結果、打ち付けたような音が鳴ったらしい。


 しかしどこから現れた?

 用心深く(あた)りを観察したつもりだったが。突然、まるで(ちょう)のように舞い降りてきやがった。


「あんた……誰だ」


「初めて出会った女性に()()()とは失礼だと思わないのか?」

 冷酷そうな目付きと感情がない声。女性独特の響くような声を持っている。

 しかしかなり男っぽい雰囲気の喋り方をする女性だ。


「あんたこそ、初めて出会ったオレに不意打ちの攻撃でご挨拶か? 随分しつけが悪い家で育ったんだな。親の顔が見てみたいくらいだ」


「しつけが悪い家、か。確かにそうかもしれない。名瀬の(もの)……貴君(きくん)、存外面白いことを言う」


「そうか? そりゃどうも」


 オレを名瀬(なせ)だと断定しているということは、オレが使用した異能を檻だと確実に知っているということ。先ほども青い檻がどうとか言ってたしな。

 つまり見ただけでこの異能が檻だと判断できる人物。

 こいつ、何者だ。


貴君(きくん)が扱う青い檻に加え、(にお)わない……。めずらしいな。だが我々の計画に気付き邪魔をしてきたのは見過ごせない。貴君(きくん)にはここで永遠の眠りについてもらう」


(殺す気満々かよ)


(みこと)が確保できなくて残念か? せっかく大量の爆弾まで用意したのにな。あれで一体いくらかかったんだ?」


「それで私を刺激しているつもりなら、そんな安い挑発に乗るほど私は愚かじゃないと言っておく」


()の痛みが完全に引いたか)


 痛みが消えた瞬間オレは周りの檻を解き、奴の左側に素早く間合いを詰めたかと思うとそのままマフラーで横一線に切りつける。殺す気で。


貴君(きくん)、速いな」

 オレの動きが速いと言っている割には落ち着いているし、その速度にもついてきている。

 結果こいつの(あお)いマナエネルギーでいとも簡単に防がれてしまう。


「どうも」


 オレは言いながら、瞬速で反対側にまわり込み、マフラーで()りかかる。

 ―――――――が。


(なに……? オレの最大速度を見切(みき)っただと? いや、これは……)


 オレの攻撃を見切ったのではなく、(あお)いエネルギー体を(よろい)として運用。体中で纏い、それで防いだのか。オレのマフラーがクッションのようなその纏いに止められ彼女の腹部で弾かれた。

 どうやらこのエネルギー体は(おり)を弾くようだ。


 オレは近くの柱を陰に奴から離れる。


(やはり、(あお)く燃えるこれをどうにかしなければ駄目か。形状的に火炎(かえん)のようにも見えるが、全くの別物。おそらくあの異能の元素はマナエネルギーそのものだ。つまり青色に燃えるエネルギーの正体はマナ……。マナそのものを顕現させるなんて、伏見(ふしみ)一族の(ころも)くらいしか聞いたことがないが………いや、待てよ。まさか……)


 そんなことを考える暇もなく、奴が蒼いエネルギーを(まと)掌底(しょうてい)で数度の攻撃を仕掛けてくる。後退しつつ、オレの方もマフラーでいなしていくが次々とエネルギー体をぶつけてくる。


(若干押され気味か……)


 オレは奴に蹴りをいれ、一度距離をとる。

 

『戦闘中に悪いんだけど、マナの波動から音波を解析してその敵が使用する異能を特定するのに成功した』


 (あかね)が脳内に話しかけてくる。 


『それは、マナエネルギー第三代(だいさんだい)変換の一つで、外部出力を変化させ、その爆発的なパワーを調整する異能――――――』



 ああ、知ってるとも。あれは(しゅん)さんと同じ―――――。

 色は違うが間違いない。


 伏見(ふしみ)一族に引き継がれるという最強の異能力。



(ころも)よ』

 





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