不穏
*
「オレもここの館内すべての地図を記憶出来てるわけじゃないから、本当に合ってるかは分からないがこの先が映画館らしい」
オレは命とのデートプランその2、映画を満喫するためにデパート館内の映画館があるでろう方を指差す。
「ふーん、この先かー。でも珍しいよね、映画館が店内にあるなんて」
隣を歩く命がそう話しかけてくる。
「まあ、確かにな」
オレがそう言ったとき命が歩くのをやめ、大きな店内の吹き抜けの柵に両手を置く。
「ちょっと休憩しない?」
「ん、いいな。オレも少し休みたい」
オレも歩みを止める。
オレがそれ以降口を開かないでいると。
「私さ、今すごい楽しい。こうして統也くんとお話したり、お食事したり、ただ隣を歩くだけでも。統也くんとこんな風にデートできるの、ほんとに嬉しいな」
急にそんなことを言い始める命。
そんな風に言ってくれるのはオレ自身も嬉しい。
しかし彼女は無意識で言っているだろうな。
オレは隣を見てみる。
当然のように隣には命がいるが彼女が上部……ガラス張りの天井の奥、夜空を見つめていた。
なにか遠くの物を見るような目をしている。
彼女の可憐な目元が店の照明に照り付けられる。
そんな中、オレは彼女のうなじにある呪印を見る。
これはかつてのオレが夏祭りのとき命に刻印したものだ。
あの頃のオレは当時13歳。可能なことや選択肢が少なかった。
だからこそ、こうするしかできなかった。
逐一彼女の位置情報を呪印を通し確認することで彼女の安否を確かめるという方法。これで彼女を守っているつもりだった。だが……。
オレはどうしてこんなに彼女に肩入れしたのだろう。よく分からない。
自分でも彼女に入れ込む理由が分からなかった。
三年前の夏、杏姉に聞かれたときは「自分に似ているから」なんて答えたが、本当にそうだろうか。
この建物はデパート三階建て造りで構築されていた。
ここは二階だが一階から三階まで吹き抜け構造になっているため、ここ二階から下を見れば一階、上を見れば三階の様子を見ることが出来る。
オレも命の目線の先、ガラスの奥側にある夜空を見ていた時だった。
ふと三階の方を見る。
(……ん?)
オレは嫌な予感と違和感を同時に感じ取る。
隣の命を横目にオレは静かに浄眼を展開する。
丁度死角になるような位置、右斜め背面側に怪しい二人組を透視で視認する。
(は? どういうことだ、これは)
そのとき。
―――――ッドン!
凄まじい轟音が店内に鳴り響く。
「きゃっ」
命がビクッと体を動かす。
無理もない。物凄い爆音だ。と同時に爆風が吹きつける。
ビューン。
命の黒いスカートが激しく揺れたため、彼女はスカートを抑える。
「統也くん、今のは……」
オレは爆風が来た先を見てみるが、遠くて全貌を把握できない。
すると店内の警報が鳴り始める。
「リリリリリリリ」
周りにいた客も騒ぎ始める。
「えっ! なに、今の!」
「一体どうなってる! 何の音だ?」
そして。
――――――ッドン!!
少し手前側でさらに追加で爆発する。煙まで立ち込め始める始末。
今度はここからでもよく見える。
「きゃ!」
命がオレの腕に抱きつく。
同様に爆風がやって来る。
ビュン。
高密度の風が命に当たらないようオレは彼女を自分の体でガードする。
「な、なんなんだ! なにが起こった?」
「おい! あっち見ろ、火が出てるぞ! 爆発が起こったんだ。逃げろ!!」
「きゃああぁぁぁーーー」
一般客がパニック状態になる。
一斉に辺りが騒がしくなると、みんなエレベーターやエスカレーターのある方へ走りだす。
オレも素早く命の手を掴み、走り出す。
「……!」
「ついて来て! 急いで」
オレは彼女の手を引き走り続ける。
「え、え、なに? どういうこと?」
まずいな、命もパニック状態だ。仕方がないか。
だがもっと問題もある。
オレは大量の行列で埋まったエスカレーターを見る。
駄目だ。あれでは間に合わない。
「オレにも分からない。けど命、とりあえずこの店から出るぞ!」
「え、う、うん」
前を向きながら走るオレに泣きそうな声で返事する命。
彼女によってオレの手が強く握られる。
命の体が力み、必要以上に体に力が入っている。
極度の緊迫状態か。
(まずいな。色々やばい)
「大丈夫だ命。オレの手をしっかり掴んでろ。離すなよ」
「……うぅ……」
オレは大勢の客をかき分け、前へ進む。
『こちら係員です。只今、二階の書店付近で火災が発生しました。エレベーターは大変危険ですので使用しないでください。お客様は体を低くし、ハンカチやタオルを口に当て、速やかに建物の外へ逃げてください』
館内放送。
当たり前だが、爆発想定の放送ではなくあくまで火事想定。しかし、これでは意味がない。
それに……。
オレは再び浄眼を使用し後ろ側を透視する。
右や左にそれぞれ並列されている服屋や靴屋、雑貨店といった百貨店それぞれの内部にプラスチック爆弾のような形状の物体を確認する。
(クソッ……気づけなかった。他にも爆弾が複数仕掛けれれている。いや待て……なんだこの数は……? これはかなりまずいな)
―――――――――ドンッ!!
「きゃあ!」
爆発に怯えた命が叫ぶ。
(三回目の爆発か……。しかも随分位置が近くなってきてる)
デパート店内の左側にあるブランドショップの手前、そこにある大きな柱の影にオレは迅速に滑り込んで座り、さらに命に覆いかぶさり抱える体勢を取る。
――――――ビュン!
高速で炎の爆風が通り過ぎる。
(熱っ……! とんでもなく熱い火炎の圧縮波だ)
ある程度巨大な柱を盾にしたためオレと命に怪我はないが……周囲一帯が一瞬のうちに炎の海へと変わる。
燃え続ける沢山の瓦礫や破損物が周囲に広がっていた。
オレたちは柱の影にいたため助かったが、やっぱりこの人達は間に合わないよな……。
オレは周りに倒れる数十人の燃える死体を見ながら右手を強く握り込む。
中には小さな子供や幼児もいた。だが、今のオレは命を守るので精一杯だ。正直他の人物のことを考えている余裕はない。
「……っ。統也くん……」
オレの体に包まれ腕の中で囲われていた状態の命が身動きする。
彼女の目には涙が浮かんでいた。無理もないな。
「と、統也くん……。私、怖いよ……」
彼女の涙がこぼれる落ちる。さらにオレの胸に顔をうずめてくる。
初めて君と出会ったときもこうやって泣いてたっけか。
「大丈夫。命は絶対にオレが守り抜く。約束する。……だが、もう少し頑張ってくれないか」
オレは急いで立ち上がり、命にも立つよう催促するが。
「……ごめん。……私、もう立てないよ。さっき足を挫いちゃった……ほんとにごめんっ……ごめんっ……」
何度も謝り、大粒の涙を流しながら床にペタリと座り込む。
やはりか。彼女は体に必要のない力が入りすぎていた。いつものように上手く体を動かせなかったのは仕方がない。結果、足を挫いたか。
「そうか」
オレは彼女の体を横にした後、すぐさまお姫様抱っこし、立ち上がる。
「きゃっ……って、えっ……統也くん?」
言いながら彼女はオレの首に両手をまわし、くっついてくる。
「少し熱いかもしれないが、我慢してほしい」
オレは走り出し、そのまま炎の中を駆け抜ける。
(見た感じ爆発してるのは二階だけか)
ただ二階にも火事になっていない領域があるようだ。どうやら階段、エレベーターの方か。
オレのいる炎の中のさらに奥には複数の人がいる声が聞こえてくる。
「俺が先だ!」だとか「私を先に行かせて!」とかそんな声ばかり聞こえてくる。
相変わらず集団的錯乱状態のようだ。
人は集団、個人に関わらず強烈で突発的な不安や恐怖、ストレスを受けると、このような恐慌状態に陥る。
(ただし階段は間に合わないな。プラスチック爆弾の数が多すぎる。どこのどいつが仕掛けたかは知らないが、残りもすべて爆発させる気なら、階段の行列に悠長に並んでいる暇はない)
そのとき、背後から何か小さな物が高速で接近してくる。
(こんなときになんだっ?)
オレは素早い動作と柔軟な動きで、命を抱えたままそれを避けることに成功するが。
グサッというような音と共に床に注射器が一本刺さる。大きさは10cmほどのものだ。
(上からか?)
オレはそれが刺さった向きと射線を真っ直ぐに追い、この注射が発砲された三階付近に視線を送る。
「な、何!? こいつ……対人用麻酔銃をかわしただと!?」
手にスコープ付きのライフル型麻酔銃を持った男が三階の吹き抜けの柵に登って座っていた。
(対人用麻酔銃? いや、そんなことはどうでもいい。問題はこの麻酔針の射線軌道……明らかにオレではなく命に向けられたものだ)
オレが強く睨みつけると、吹き抜けの手すり柵から俊敏な動きで下り反対側へと走り去っていく。
「統也くん……?」
急にオレが走るのをやめたために心配になったのだろう。
お姫様抱っこされた彼女の顔を見たが目を瞑ったまま、オレの胸にうずめていた。おそらく恐怖で目を開けていられなかったのだろう。
「大丈夫だ。そのまま目を瞑っててくれ」
オレは助走をつけ、高い瞬発力で炎の中を走り抜ける。
(間に合うか……)
―――――ドンッ!!
オレのすぐ後ろで爆発が起こる。本当に真後ろ。背後近距離。
「きゃあぁーーーーー!」
彼女の叫びと同時に轟音と炎の爆風。
オレは助走でつけた勢いで高くジャンプし吹き抜けの柵さえも通り越し、二階から一階へと落下していく。背中には熱風の感覚。
ダンッ。
着地。足裏に適量のマナを溜めることで異界術を使用。落下時の衝撃を抑えることに成功する。
かなりの高さからの落下だったが異界術を使用していたため何の問題もない。
「えっ……今何が……なんか、落ちてた、ような……」
恐怖に声を震わせる彼女がそう言う。
「命、まだ終わってない。しっかり掴まれ」
オレは彼女をお姫様抱っこしたまま、出口側に向かって走る。
次々と店内のあちこちが爆発していく。
(一階にも仕掛けてやがったのか)
―――――――――ドンッ!
「っや!」
命は力強くオレの首にしがみつく。
ドンッ!
オレは飛んでくる瓦礫を避け、右に急激に曲線を描くようにして進路を変更する。
走るルートを変えた理由は大きく分けて二つ。
一つはあのまま真っ直ぐの進路を使っていれば、完全に袋のネズミだった。
向こうの出口はすでに瓦礫で塞がれているし、後に後方も爆破される。そうなれば逃げ道がなくなる。
まあ、異能を使えば何とでもなるが、その場合オレは命や里緒のいる秀成高校には通えなくなる。
命に「異能」という存在を知られた時点で一般の国立高校に通うなんてことは国の政府や異能士協会が許さないだろう。
そして二つ目は、さっきからオレの様子を伺う二人。奴らを上手く振り切るため。
奴ら二人はおそらくオレらのいる位置にタイミング良く合わせて爆弾を爆発させている。
だが少し……ほんの少しタイミングが遅れている。
これはオレの予想、推測だが、奴らはオレらを殺せない。いや、もっと詳しく言えば命を殺せない。
わざわざ対人用麻酔銃を使っていることからもそれはほぼ確実だろう。
彼女は以前もそうだった。生きたまま渡せば、なぜか大金になると言われていたらしい。
一体どういうことなんだ。
彼女に何かあるのか? 何か特別なものでも。
とりわけ一番謎なのは、彼女が異能やマナと関わる組織に狙われているということだ。
今回の奴らがどうかは知らないが、少なくとも前回の夏祭りのときの男達。奴らは異能士や異能犯罪を取り締まる役の代行者の「闇取引」に関わる人物達だったことが後の調査で分かっていた。
でもなぜだ。正直、理解に苦しむ。
命は異能の適性もないし、マナ保有量も大したことはない。要は根っからの一般人。そんな彼女を捕らえてなんの利益がある?
一体なぜだ。
――――――ドンッ!
「……っ!」
命が再び強くしがみついてくる。
オレは一瞬足を止めた後、前方に高速で飛び、近くに配備されていた店内ベンチのもとへ行く。
オレはその細長いベンチを片足で強く蹴り上げ倒すと、それを背後に向けその場に座り込むことで盾代わりにする。
数秒後ベンチにとてつもない爆風がぶつかる。
「んんんーーー」
オレの胸に顔を隠し彼女が叫ぶ。
再度、辺り一帯は炎に包まれることになった。
オレが無駄のない動きで立ち上がり、周囲に広がる炎の海を越えようと歩き出そうとしたとき。
シュパッ。
何かが発射されるような音。
(……またか)
その後、床に注射器が鋭く刺さる。
「なんだと!? こいつ……二度も麻酔銃を……!」
そう驚く男の声が聞こえてくる。
オレが麻酔針をかわした先、すぐ近くの後ろ、吹き抜けの上。同様に黒い服装の男がライフル型の麻酔銃を持って、こちらの方を向いていた。
「あんたら一体何者なんだ……」




