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青の境界 ~世界に六人しか存在しない特級異能者の一人、実力を隠し暗躍する~  作者: 蒼アオイ
第一章 プロローグ「二つに分かたれた世界で」
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K

 

  *


 オレは目を(つむ)りながら廃ビルの天井を向いていた。


「取り逃がした………」


 オレはその時のことをよく覚えている。

 あいつの……取り逃がした奴の正体を絶対に(あば)けるなどと確信していた、いや。妄信していた数分前のオレのことも、よく覚えている。


 ゆっくりと目を開ける。


 廃ビルの割れた窓から雨の音が徐々に聞こえ始め、放心状態だった意識が戻ってくる。

 辺りは真っ暗でいつの間にか雨が降り、水浸しになっている。


 オレは何分間ここにいたかわからない。ただ、一つ分かることがある。

 それは奴を取り逃がした、ということ。


 完全に油断していたことを認めなければならない。

 相性が悪いどころではなかった。まさか、あれを破られるとは想定さえしていなかった。

 だが、いつまでも終わったことを気にしている訳にはいかない。気持ちを切り替えなくては。


 とはいえ疑問が依然残ったままであるのは事実。

 なぜ奴はこのタイミングでオレを襲い、なぜこんな場所でオリジン武装を持っていたのか。

 奴は誰で、一体何の目的でオレを殺そうとしたのか。

 そして何より「見えなかったこと」と、あれがいとも簡単に「破られたこと」。

 この二つはオレにかなりの衝撃を与えていた。


 そんな余韻を残しながら、静まり返った廃ビルを後にし、目的地へ向かうため傘がないオレは雨の中濡れながら青の境界とは反対側に、つまり北の方角に歩き出した。


 歩きながらオレは右肩を見た。

 右肩の負傷はおろか、服やコートにすら切り刻まれた傷一つなかった。


  *


 2021年3月21日(同日)午後7時。旧秋田県、旧大館(おおだて)市。

 

 はるばる歩いて、やっとの思いでこの場所に到達したオレは、目の前にある大きめの門――旧大館門(きゅうおおだてもん)を開錠し徐々に開く。

 鉄が引きずられるような音と共に少しずつ開かれる門からは光があふれ出ていた。

 門を完全に開き切ると門からあふれ出ていた光の正体があらわになる。


 外に出た目の前には街灯や窓から漏れたライト、車のランプなどの街の光が煌めいていた。

 オレが今まで歩いてきて通過していた廃墟の地から比較すると、目の前の景色はかなりの光量だと考えられた。


 オレが想像していたものとは随分違うがこれも立派な街並みの夜景なのだろう。

 がやがやとした(まち)独特のうるささが心地よく響く。


 戦闘したことに加え、長い道のりを歩いてきたため足に疲労がたまっているのがわかる。

 出来ればなるべく早く目的のマンションに行き、休息をとるべきなんだろう。

 それに加え、オレの髪は雨水をかぶりかなり濡れていて、まるでシャワーを浴びたばかりのようになっているだろう。

 だけど、そんなことは今どうでもいい。

 

 自分が生きてく過程で必要なものと不必要なものを明確に分ける癖があるが、あの選択は若く未熟な今のオレにとっては重すぎた。

 もしかしたら、オレは想像以上に憔悴(しょうすい)しきっているのかもしれない。

 

 すると。


『キーン………』


 オレのもとに一本の連絡が入る。

 このタイミングでの連絡は分かりきっていたことなのだが。

 正直なことを言えば今はあまり人と会話したい気分ではないけれど、数秒間の思考の末オレはその連絡に応答することにした。


 オレは自分のうなじにある機器のスイッチを押す。

 起動音と共にその機器が適度に反応したことを確認し喋りはじめる。


「はい。こちらアドバンサー第十一隊員の名瀬統也(なせとうや)少尉です」

『現着連絡ありがとうございます。こちらは第十一隊補佐指揮官(コンダクター)(あま)(ぎり)(あかね)中尉です』


 適度な音量で女性の声が聞こえる。

 何度も彼女と会話しているが、相変わらず落ち着いた声だなという印象を受ける。

 少しだけそっけない感じもするけれど透き通ったような澄んだ声で、とても透明感がある。


『雨の降る音が聞こえますが、今話しても大丈夫ですか?』

「問題ありません。話してもいいですよ」

『わかりました。まずお疲れ様でした。怪我(けが)などはありませんか?』


 ケガはないかと聞かれ、(かす)かに右肩のことが頭によぎったが、気にせずケガはないと伝えることにした。


「ええ。かなりの距離を歩いたので少し足が痛みますが、ケガはありません」

『それなら良かったです。……いつも通り、あまり余計な時間を使いたくないので本題に移ります』


 余計な時間―――まあ、その通りだろうな。

 これはスマホや携帯による単純な通話とは違う。長時間ずっと会話できる類のものではない。

 すぐに本題に入るべきと言った彼女は正しいだろう。


『今回の連絡は、目的地に到達したようだったのでその確認と体調などに異常がないかの身体調査の連絡です』

「えっーと、とりあえず体調の方は今のところ問題ありません。あと、オレが目的地に到着したというのにも誤報はありません」

『そうですか。名瀬(なせ)さんが何事もなく旧大館(おおだて)市にまで到着できて、一安心しました』


 Kさんが―――諸事情によりオレは天霧さんのことをコードネーム「K」さんと呼んでいるのだが―――これを本心で言っているのか、それとも建前で言っていることなのか、どちらなのかという判別は正直なところオレにはできなかった。

 元よりアドバンサーとコンダクターとの関係とはその程度のものだ。


 その後、他愛もないようなことを数分話した後、彼女との通信を切った。


「はあ……」

 

 Kさんとの会話はどれもシンプルな会話で問題もなかった。

 普通ならそう考えるだろうが、オレには少し違う視点と風景が見えていた。

 この一連の彼女の発言などからオレは一つのことを確信していた。


 予想した通り、オレが得体のしれない黒ずくめの敵と交戦したことについて彼女は何の情報も持っていない様子だった。

 GPSの様な機能でオレの位置情報を特定出来ているのにも関わらず、敵の存在については認知できなかったようだ。

 厳密にはGPSではなくレーダーの様なものを絶えず自分と交信するという操作を繰り返すことで位置情報を把握する方法をとっている。

 つまり、もちろんそこには敵などもレーダーに映る道理があるはず。

 だが実際はどうだろうか。

 それは彼女の反応からすべてを悟れる。

 レーダーにあいつは映らなかった、ということだ。


 小さなことのように感じるかもしれないが、これはかなり重大な問題だろう。

 ダークテリトリーの管理責任に問われることもそうだが、オリジン武装を所持していたことも看過できない要素の一つ。


「どちらにせよ、向こうに着いたらこのことを(きょう)(ねえ)さんに知らせるか……」


 いや……。


 オレはたくさんのことを頭の中で同時に処理していき、少しずつ脳内のキャパを軽くしていく。

 色々考えた後、危険性なども考慮して今日の戦闘のことなどは誰にも話さないことに決めた。


 オレは目の前にある夜景を一瞥した後、振り返り門に書いてある旧大館門という文字の下にある標識のような掲示板を見た。

 不気味に描かれているドクロマークやバイオハザードマークと共に「これより先はダークテリトリーの領地につき立ち入り禁止」の文字。

 門の周りにはびっしりと針が付いた有刺(ゆうし)鉄線が右左両サイドに張り巡らされていた。

 オレは門に鍵をかけ、街へと一歩を踏み出した。


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