過去
*
「うーん! このホタテおいしい!」
なにこれ、おいしすぎる!
あー幸せー。
私は自分のほっぺたに手を当てる。
彼が連れて来てくれたこの店はお寿司屋だった。お寿司屋と言っても高級料理店のようだけれど。
寿司の値段が結構高いものまであるが、統也くんが全部払ってくれると言う。
私自身かなり稼いでいる方だけれど、せっかく統也くんが奢ってくれるというのだから、その言葉に甘えようと思う。
彼と一緒にこんなにおいしいものが食べられるなんて、ここは天国か何かなのだろうか。
「ああ、うまいな。命も気に入ってくれてるみたいだし良かった」
そう言う彼は、すでに十貫を食べ終えていた。
彼は想像以上に食べる様子。
正直彼の体格からは予想もできない。こんなにスラッとした体格でこんなに食べてしまうなんて。
とは言っても。陸斗と彼がバスケの勝負をするより前から、統也くんがすごい筋力を持っていることは知っていたけれどね。
*
「あーおいしかったね。ごちそうさまでした。なんか払ってもらっちゃってごめんね?」
「いや、いいんだ。気にするな」
それより次どこへ行くかだが。
オレは色々な思考を脳で処理する。
「気にするなって……統也くんの口癖なの? 毎回それ言ってる」
「ん? ああ、もしかしたらそうかもな。無意識だけど」
そんなことより。
デートプランを考えた栞によれば、お互いお腹いっぱいになってるから少し休憩するべし、と言っていた。
というか今気づいたが、食事は最後の方が良かったのでは?
まあいいいか、過ぎたことだ。今考えても仕方ないか。
「そう言えば、何か観たい映画があるそうだな。最近上映されているだとか」
オレは話を振ってみる。
「っえ? 何で知ってるの?」
驚いたようにそう聞いてくる。
どうやら、命は自分の見たい映画を栞にしか話していなかったらしい。
これでは誤魔化せないな。正直に話すか。
「栞から聞いた」
「へ、へーそうなんだ」
どことなく他人行儀な風にそう言う。
なんだか命の様子が変なことを感じ取る。
若干元気がなくなったような、活力を失ったような、そんな表情をしていた。
「どうかしたのか?」
「うん? どうもしないよ。ただ……やっぱり栞とも仲いいんだなって」
「それは……仲いい方だとは思うが。いつも香とかと一緒につるんでるしな」
「そうじゃなくってさ……個人的に……みたいな?」
「個人的に? いや、普通に友達だが?」
「そうなの……。じゃあ霞流さんは?」
「里緒?」
随分と急に里緒が出てきたな。
「しかも……名前で呼んでるし」
しかもというセリフの先に何を言ったのか聞こえなかった。
彼女の声が急速に小さくなったためだ。
「里緒がどうかしたのか?」
「霞流里緒さんと統也くん……体育のとき、二人ともめっちゃ仲良さそうだった。マフラー巻いてもらってたし。今日だってそのマフラーつけてるでしょ?」
オレはそう言われ、自分の首元に巻かれている黒に白チェックのマフラーに手で触れる。
「……ああ、まあな」
これはプレゼントだしな。
だが、次の瞬間、命はとんでもないことを聞いてくる。
「もしかして付き合ってるの?」
(ん?)
「……は? えっと……誰と誰が?」
「統也くんと霞流さんが……だよ」
とんでもないことを言い始めたな。
「付き合ってると思ってるのか?」
「体育のとき、なんかいい雰囲気だったし。可能性が無くはないのかなって……」
おいおい冗談だろ。
そんな風に見られてたのか。
「いや、そんな可能性は無いよ。付き合ってない」
オレははっきりと言い切る。
付き合っていないものは付き合っていない。
「ほ、ほんと?」
なぜか命の雰囲気が、花が咲いたようにパアァっと明るくなる。
それに、太陽のような笑顔だ。
「ほ、ほんとに、ほんと?」
繰り返しそう聞いてくる。
随分と嬉しそうだ。
「ああ、付き合ってないよ」
「ふ、ふふん」
なぜかずっと顔が笑っている。
いや、二ヤけていると言った方がいいか。
というより、幸せが顔から漏れ出ているといった様子だ。
我慢しきれないというように顔をクシャっとさせ二ヤける。
彼女は両頬に両手を当て、何かを抑え込むような仕草をする。
「んんーー」
「命……どうかしたのか?」
「え、え? いや……な、なんでもないよ!」
とは言っているが、その顔からは喜びが滲み出ている。
すごく嬉しそう。
そして可愛い。
「そ、そうか……」
まあ、よく分からないが幸せそうならいいか。
「それより私を映画に連れてってくれるんでしょう?」
少し前を歩いた命がモデルのような所作で振り返る。
「ん…ああ。この店の二階に映画館があるからな。そこに行くつもりだ」
オレらが今いるこの大型デパートでは二階に映画館が配置されている。
「うん、わかった。連れてって」
*
私の隣で歩く統也くんを見る。
私の思考の中では彼はモテモテ。
だって栞も好きだって言ってたし。
このことは、香くんと栞、統也くんでセイゼリヤに行ったとき、トイレで聞きだしたことだった。
本当は統也くんのことどう思っているのか、と。私は彼女に問いただした。
彼女は気まずそうに俯き「少しだけ気になる」そう言った。
びっくりした。
BLにしか興味を持たなかった栞がそんなことを言うなんて。
正直焦った。
けど、栞のことは友達として信用してたし、素直に統也くんに対する自分の気持ちを話した。どうしてそう思うようになったのかも。
そんな統也くんと食堂の前で初めて再会したとき、私の心はめちゃくちゃになったのを覚えている。
当然とでも言うように、私の両目からは涙が溢れた。
やっと、会えた。……やっと。
その気持ちだけが私の心を支配していった。
彼の目の前で恥ずかしいところは見せられない。そう思っていたのに。
泣いてしまい、いきなり失敗してしまった。
だって、仕方ないよね。
ずっと、ずっと会いたかった人なんだから。
この三年間、ずっと彼を探して生きてきたんだから。
彼と会うために、頑張ってきたんだから。
彼と会った時のために短かった髪だって伸ばした。
アイドルにだってなった。
スタイルだって良くなった。
勉強だって頑張った。
統也くんと会えるその日だけを信じて。
完璧を目指した。




