結集・校内三大美女【２】
「うん、陸斗って人なんだけどさ……。毎回SNSで告白してきたり、駅で待ち伏せされてたりしてさ。正直不快なんだよね」
里緒がそう言い始める。
「え？」
命が驚く声を上げるのも無理はない。
そうか、そういうことか。これで理解した。
オレの元に近寄ってきて香がオレに耳打ちする。
「なあ統也、お前……。三大美女の最後の一人、霞流里緒さんと知り合いだったのかよ。お前も隅に置けない奴だなー。いつの間にあんなに仲良くなったんだよ。マフラーまで巻いてもらっちゃってよ」
やはりそういうことか。
霞の女王と聞いた時から、なんとなくそんな気がしていたが。
まさか、三大美女の最後の人物、陸斗の本命が……里緒だったなんてな。
「陸斗、里緒からはそう言われてるが？ お前のストーカー紛いの行為を受け、嫌悪感を感じている……とな。どういうことだ？ お前は確か……里緒と付き合う予定だとか言ってなかったか？」
オレは少し遠くに離れた陸斗に向かって声を出す。
「くっ！ ……てっめえ……」
「えっ、ん、いや……それはちょっとないかな。彼と付き合うのはちょっと……。そもそもあたし、好きな人いるし……」
里緒がしどろもどろにもそう言い切る。
「だそうだぞ陸斗？ お前の妄想の中での愛しの里緒は、現実ではこう言ってるが？」
オレは敵意を向けて少し離れた陸斗に歩み寄っていく。
徐々に近づいていく。
追い詰めていく漁業のように。
オレが彼の目の前に立つ。
「っく。てめえ！ よくもおおぉ！」
彼はオレに拳を向けてくる。
大きく振りかぶりオレに殴りかかってくる。
お粗末なものだ。こんな攻撃、7歳のときのオレですらかわせる。
「統也くん！ 危ない！」
命がそう心配してくれる。
オレはその攻撃を見ずにかわし、強く彼の腕を掴む。
ガシッ！
「っん！ おい、放せっ！ てめえ！」
そう言う彼の顔にオレの顔を近づけ、誰にも聞かれないよう彼に耳打ちする。
「暴れるな。いいか。よく聞け。これから香、命、栞、里緒の誰かに近づいてみろ。オレがお前を完全に潰す」
オレは殺意のこもった目で眼前にいる陸斗を睨みつける。
「……っっ！？」
こいつでも感じ取っただろう。
オレとお前の生物学上の圧倒的差を。
遠く及ばない力差を。
お前ではオレに勝つことは出来ない。
一生な。
オレは始めから気付ていた。
こいつは異能を持っていた。
種類は加速。
大方これでバスケ中の自分の動きを速くしていた。
だから、他の人よりも動きに関してはアドバンテージがあった。
認めよう。こいつの異能の精度だけは素晴らしいものだった。
だがそれは、他人に異能を使用しているのが暴かれないように上手く使っていた、という意味だがな。
「お前からこれは没収する」
オレは奴の胸元に特殊な呪詛を埋め込む。
ギュイィィィーーーーーーーーーン。
小さな作動音が鳴る。
陸斗の腕の陰で行っているので、他人から見られることはないだろう。
「お前！ 俺に何をしたっ！！ おいっ！ てめえ！」
「加速を使えなくしといた」
「は？ なんだとっ！ ……おい、ふざけるな！」
「ふざけてるのはお前だろ」
オレはもう一度殺気を込めた目で彼を見る。
「…………!? ……お前………一体何者だ……」
「名瀬統也だが？」
オレは彼に背を向け歩き出す。
すると。
「おい待て。俺の能力を返せ。あれがないと俺は……」
「異能に頼ってバスケをし続けたお前の罰だ」
「い、異能……？」
オレはそのまま振り返り、香や栞、命のいる場所へと向かう。
確かに、オレもバスケのとき、異能を使用した。だがあれは厳密には異能とはことなるもの。
そう。普通の人間が知ることはないものだ。
どうやら雰囲気から、陸斗は「加速」を異能だと知らずに使用している風だった。
あれは加速と呼ばれている異能。自分の位置情報に加速ベクトルを加えることが出来る簡易的な異能で、その使用者も数多くいる。
もちろん異能力は一人につき一つが原則。これは絶対の理。
この理を破棄したという例は、全世界を見ても前国際異能士協会会長エミリア・ホワイトただ一人。
γ線が青白く発光するほどのプラズマを利用する異能「King」と最高のマナ武装異能「王権の光」を同時に使用したとされる。伝説の異能士。
オレの師、旬さんと唯一渡り合うことが出来た異能士とされている。
まあ、話は逸れたが、陸斗は加速が何なのかすら知らない状態であれを使用していた。
いや、そもそも「異能」のことについて何も知らない様子だった。
どうやら、自分が使える能力が何かも分からずに使用していたらしい。
オレは離れていた、命たちのいる場所に戻る。
里緒の姿が見当たらないことから察するに、どうやら里緒は教室に戻ったようだ。
「もう心配ない。陸斗に、命と栞に近づかないようにと約束させた」
「……え？ どうやってそんなこと約束させたの？」
命が不思議そうに聞いてくる。
「まあ、それは気にしなくていい」
オレはそう言って誤魔化す。
誤魔化すしかない。
「本当にすごいね、とーやは……。そうやって何でもやっちゃう。色々頼りきりでごめん」
「いや」
「……でも本当にありがとう」
「おおげさだな。オレは大したことはしてない」
「そんなことないよ。少なくとも私たちは統也くんのおかげで手にできた自由がある」
守りたくなるような可愛らしい笑顔で命が言う。
「……実はさ、うちら、陸斗の嫌がらせで学校に登校しずらくなってたんだ。結構悩んでてさ。うちが彼と仲良かった時期があって、その時の事とかしつこく引っ掻き回してくるし……。ミコも結構執拗に変な好意もたれててさ。すっごい色々大変だったんだ。でも、とーやのお陰でなんとかなる気がする。……ありがとね」
「それはいいが、そんなことになってたなら、そうと言ってくれれば良かった」
「言ったってしょうがないことでしょ。それにとーやに迷惑かけたくなかったしさ」
「栞らしくないな。そんなこと気にしなくていいんだよ」
「…っふ。とーやは優しいね」
「そんなことはないさ」
オレは最低な人間だ。
小さく笑う栞の顔を見ながら、オレは里緒から貰ったマフラーに軽く触れた。
＊
放課後。
オレは香と一緒に帰っていた。
栞は部活、命はアイドル活動の練習があるため最速で帰宅。
結果的に香とオレで帰宅しているというわけだ。
「なあ香、本当に行っていいのか？ 命とのデート」
オレは隣で歩いている香を横目に見ながら聞いてみる。
「あ？ お前そんなこと気にしてたのか？」
相変わらず彼は明るい表情だ。
「まあな。だって香、命のこと好きだろ？」
「……ああ、好きだよ。どうしようもないくらい好きだ」
「ならどうして？」
「どうしても、なにもねーよ。俺はお前と命がデートに行こうが気にしねえ。そういうことだ」
笑いながらオレの肩をポンとたたく。
「……本当に、いいのか？」
オレがそう聞くと、香の表情は真顔へと変わり、あからさまに俯き地面を見つめだす。
「ああ。だって気づいちまったんだ。命の統也を応援する視線でよ」
何かを思い出すように語るその香の姿は少し寂しい気がした。
「視線……？ 何の話だ？」
「統也が陸斗とバスケで勝負してたときの話だよ。命は多分、お前のことが好きなんだ」
「は？ 何言ってる。そんなわけないだろ」
オレは強めに否定する。
「そんなわけあるんだよ。それがな」
「あり得ないな。何を根拠に言ってるんだ？」
「根拠ならいっぱいあるよ。例えば命はいつもお前のことばかり見ている。俺といる時だってずっとお前の話ばかりだ。髪の長さをお前好みに合わせたって話も栞から聞いた」
「いや待て。それはおかしい」
「おかしくねーよ。とりあえずお前は自分に自信持てよ。クラス内でもそれなりにモテてるんだ。命にモテたって特段不思議じゃねーよ。それじゃあ俺の家こっちだから、また明日な！」
そう言った彼はオレに手を振り、帰っていく。
「はあ……」
オレは大きくため息をつく。
命がオレを好きでいてくれてるのは素直に嬉しい。
だが、オレが雷電凛に初恋したときから、オレ自身にとって恋愛が苦手だということはよく理解しているつもりだ。
それに、もう一度女性を好きになることが出来るかすら分からない。
そんなオレに命を愛す資格はないし、彼女の恋人になる価値すらない。
オレはかつての凛に惹かれていく過去の自分を思い出す。
彼女の長く艶やかな黒髪。甘い曲線を描く美しいスタイル。聡明でくっきりとした顔立ち。柔らかい物腰。透明感のある声音。優しい笑顔。
そして……。
芯の強そうな深紅の瞳。
オレは彼女の全てに惹かれた。
オレが長い髪、すなわちストレートロングを好きになったのは偏に彼女の影響があるかもしれない。
オレはふと、先ほど香が言った言葉を思い出す。
命の髪の長さはオレの好みに変えられているというセリフだ。
だが、これはどう考えてもおかしい。
確かにオレはロングの髪型が好きだ。
それは間違いない。
けれど、それを知っているのは、長い髪を綺麗だと直接オレから褒めたことのある二人の人物のみ。
杏姉と雷電凛の二人だけだ。
しかし、それを他の人間が知っているのはおかしい。
要はオレの好みを知る人物は杏姉と凛だけなはず。
それを何故栞が知っている。
いや、それだけじゃない。
そもそもオレが食堂前で命と再会したときにはすでに、カールした彼女の髪は長かった。
つまりオレの好みに合わせたという話はおかしい。
確かに、オレと命が初めて出会ったとき、彼女の髪型はボブだった。
だが、あの三年前の時のオレを覚えているはずがないし、あれから髪を長くしたのであり、オレの好みに合わせ長くしたということにはならない。
意味が分からない。どういうことだ。
オレは頭がおかしくなりそうだったので、その場で首を振った。
「……はあ……」
もう一度大きなため息を吐く。
さらに周りに人がいないことを確認し、マフラーの下、制服の襟の下。そこにある機器に触れる。
風変わりな駆動音と共に痛みのような音がオレの脳内に響く。
キーーーーン。
『もしもし、こちら補佐官「K」……。何か異常でも？』
茜の落ち着いたような声が脳に直接聞こえてくる。
「いや、異常ってほどじゃない。ただ調べてほしい人がいる」
『……そうなの？』
「ああ。いきなりで悪いな」
『いえ、それはいいのだけど、その調べてほしい人というのは？』
「木下栞という人物だ」
『きのした……しおり……。わかった。調べておくわ』
異能の不正利用
……この世の異能力者は、異能を必ずしも影人の討伐のためだけに使うとは限らない。悪事やくだらない計画に使おうとする者も存在する。その規模は小から大まである。バスケのときに常に異能「加速」を使用する者から、テロのために何かしらの異能を使用する者まで多岐にわたる。このように数多の異能犯罪が存在する。そんな犯罪を取り締まる役割が、代行者と呼ばれている者達である。
