結集・校内三大美女
*
「どうかしたのか?」
オレは浮かない顔をした栞に問いかけてみる。
「え? あ、大丈夫」
彼女は少し体をビクリとさせた後、いつも通りの顔付きになる。
(もしかしたら、栞は異能に対して敏感な体質なのかもしれないな。オレが浄眼を使用していたことまでは気づいていないかもしれないが、何か違和感を察したか……。いや、そう言えば、オレの体から甘い匂いを発する謎の現象。トリガーは王子と呼ばれること。原因は栞に王子と呼ばれたことだった。まさかな……。だが、もしかしたら本当に彼女は異能に何かしらの作用があるのかもしれない)
オレがそんなことを考えていると、後方から聞いたことのある声が聞こえてくる。
「いやー、残念だよ。本当にガッカリだ。俺も森嶋とデートに行きたかったぜー」
陸斗だ。
いつもの嫌味な口調で話しかけてくる。
「あんた! いまさら何しに来たの! とーやに負けたくせに」
栞が食ってかかる。
「いやー、ほんとだよ。こんな雑魚に負けるとは思ってもいなかった。……まあ、関係ないけどな」
陸斗が何かを勿体ぶるかのような喋り方で話す。
「……関係ない? どういうことだよ」
その陸斗の言葉に反応したのは香だ。
「俺が本気で森嶋とのデートに行きたがるとでも思ったのか? アホどもが……」
そう吐き捨てるように言う。
「は? でも、あんたミコと一緒にデートしたいって……」
「したいなんか言ってねーよ。ただ、この体育のゲームで勝ったらデートする。そう言っただけだぜ」
「このゲス……」
陸斗に聞こえているような声で栞がそう言う。
女の子がゲスなんて言葉を発するもんじゃないぞ、と言ってやりたいが、そんなことを言える雰囲気でもない。
「確かに俺には本当に付き合いたい奴がいる。三大美女の中にな。だけどそれは栞でもなければ、森嶋でもねーんだよ」
そんなことを言い出す。
「三大美女のうち、栞でも命でもないとなれば、残りの人物しかいないんじゃないのか? オレはもう一人が誰なのか知らないけどな」
校内三大美女と吹聴されている三人は、命と栞、それにもう一人誰かなはずだ。
要はそのもう一人が陸斗の本命ということらしい。
香がオレに近寄ってきながら話しかけてくる。
「そういえば、まだ、統也には三大美女の三人目が誰なのか教えてなかったな」
「ああ。まあ、オレが名前を聞いたとしても分からないだろうけどな」
オレがこの学校に転校してきてまだそんなに長い期間が経過していない。
結果的に、AクラスからGクラスの人物すべてを把握できるわけもない。
「それもそうか」
「安心しろ名瀬、あの子はお前なんて相手にもしないだろうさ」
陸斗が見下すような目でオレを見る。
陸斗の言う「あの子」とはどうやら彼の本命のことらしい。
つまり、三大美女の最後の人物。
「そんなこと言ってるけどよ。お前だって相手にされてないんじゃないのか?」
香も陸斗を睨みつける。
(ん?)
「香、それはどういう意味だ?」
「霞の女王さんは、あまり他人に関心を持たない人物なんだ。だから、陸斗と特別仲がいいのはなんとなく釈然としない。あ、えっと、霞の女王ってのは、三大美女の三人目の事なんだけどよ」
(霞……?)
「関係ねえよ。俺は彼女と付き合うつもりだしな」
そんなオレたちの会話を遮り、陸斗が発言してくる。
「お前、霞の女王まで落とすつもりなのか……ゴミが」
香が珍しく怒りを露わにする。
さっきから話を聞いているが、あまり意味が分からない。
「その子、どんな人なんだ?」
オレはふと、その校内三大美女の最後の人物……その子について気になった。
どんな人間なのか、少しばかり興味が湧いた。
「っふん。どうしても知りたいって言うなら、そのコの名前を教えてやってもいいぞ。そのコの名前はな………」
陸斗がそこまで言ったところで、急にセリフを止める。
オレが陸斗の目を見ると、彼はオレの背後を凝視しているのが分かった。
(ん? どうかしたのか?)
オレも背後を確認するために振り返ろうとすると、後ろからよく知る人物の気配が近寄ってくることに気付く。
何故か、陸斗が数歩だけ後ずさりするのが横目に見える。
オレはどうするべきだろうか。
そう考えているとき。
「うわっ!」
オレの肩に華奢だがしっかりとした手が当たる感覚がある。
どうやら背後から忍び込みオレを驚かそうと考えていたらしい。
「里緒、何してるんだ?」
オレは振り返りながら後ろにいる里緒を見る。
彼女はオレたちのジャージ姿とは異なり、制服姿をしていた。
当然と言える。彼女のクラスはF組。合同体育には参加していない通常授業のクラスだ。
「え、なんでびっくりしないのー?」
そんな不貞腐れたような表情で言われてもな。
「いや、びっくりしたぞ」
「嘘だ―。全然驚いてなかったもん」
そう言いながら、上目遣いをしてくる。
なんだその上目遣いは……。
「いや、だから、その里緒のわけの分からなさにびっくりしたってことだ」
「は?……なにそれ」
そう言いながら、いじけたような表情を作る里緒。
「というか、お前何してるんだ? 今は体育が終わったところで片付けの途中なんだ。そんな制服姿だと目立つぞ?」
「大丈夫、これ渡しに来ただけだから」
そう言いながら里緒は片手に持たれた白い紙袋を軽く上にあげる。
彼女の言う「これ」とはどうやらその紙袋のことらしい。
「なんだそれ?」
オレが聞くと、彼女は焦らすかのようにニヤける。
「祝いのプレゼント」
彼女はそれだけ言う。
なるほど、ギア成立祝いのプレゼントか。
オレはヘアピンを彼女にあげたが、彼女からは貰っていない。
通常、ギアは成立し、互いに組み合うと決めたときに相互にプレゼントを贈り合う慣習がある。
それをオレに渡したかったというわけだ。
「統也、放課後すぐに帰っちゃうでしょ? だから今のうちに渡そうかなと思って。ほんとは今朝に渡そうかとも思ったんだけど、楓先生がいたから……。何言われるかわかんないし」
「まあ確かにな」
「うん」
「でもわざわざ良かったのに……」
オレがそう言うと、里緒がムスッとした顔になる。
「じゃあ、いらない?」
ムスッとした表情のままそんなこと言ってくる。
(オレなんか変なこと言ったか?)
「いや、貰うよ、貰う」
オレは慌てて前に出された紙袋を受け取ろうとする。
すると彼女は急にその紙袋を引っこめる。
「ん?」
「もういいもん。あたしがつける」
そのままムスッとした表情でオレの方に近づいてくる。
(つける……? 何をだ?)
彼女はそのままオレの目の前まで来たかと思うと、背中の方にまで手を伸ばす。
これではまるで抱き着いているかのようだ。
「おい里緒……近すぎないか?」
「え、だって、じゃないとつけれないし」
そう言いながら器用な手つきでオレの首にマフラーを巻いていく。
(マフラー? プレゼントとはマフラーの事だったか)
オレの首に黒い生地に白いチェック柄が入ったマフラーが巻かれていく。
「あれー、意外と巻くの難しいな……ちょっと名瀬、少し顔を前に倒してくれない?」
「……ああ、分かった……」
そうは言ったが。
近い………。
近い、近い。
里緒、近いぞ……。
香や栞、命だって見てるんだぞ。
相当の至近距離に彼女がいる。
彼女から脳に直接作用するかのようないい香りが鼻腔をくすぐる。
いや、それだけじゃない。
今オレが手を少しでも動かしてみろ。
制服スカートから覗かせている白く滑らかな里緒の脚にオレの手が触れるぞ。
しかも、彼女が背伸びをすることで前に倒されたオレの顔に彼女の胸がぶつかりそうだ。
里緒の胸は決して大きいというわけではない。
だが、スラッとした里緒のイメージスタイルによく合う大きさといえる。
いや、そんなことはどうでもいい。
オレがそんなことを考えていると。
「よし、できた! 終わったよ」
彼女はそう言いながらオレから距離をとり、オレの全体を俯瞰する。
「うんうん、似合ってるよ」
彼女は満足そうに二度頷く。
「ありがとう。ちょうどマフラーが欲しかったところだ。なんなら今日買いに行こうと思っていた」
「うん、知ってるよ。だから今日中に渡さなきゃって焦ってたの。今日渡しそびれたら、名瀬が買いに行くのは分かってたからね」
「なるほど、そうだったのか」
「うん。それじゃあ、あたしもう行くから。あんまり長居出来ないし……苦手な人もいるし」
「苦手な人?」
オレは素朴な疑問を感じる。
里緒はそもそも他人とそんな長く関わることがない。
それは他人に興味がないからかもしれないし、そもそも異能以外のことに興味がないからかもしれない。
それ以前の話かもしれない。
他の異能士と比較しても、彼女が「影」に対し高い殺意を持っていたことは初めから知っていた。
その過程に異能士が、異能が、ギアがあるのだと。そう考えていることも。
そういう彼女だからこそ、「苦手な人」なんて言い方をすること自体が珍しい。
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