意向【2】
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「………えー、以上が私たち伏見の総意となります。また資料(2-A)に記してあります通り、私たちの張る結界の領域は西と南を内在的に、かつ複雑に閉ざすものです。より多くの結界士が必要になると考えられます。そのため適時結界士の補充と、異界術士の増援型式を編成し総合増減人数を見直しておいてください。お願いします」
異能士協会議会。
ここで伏見家幹部を統率する伏見玲奈が落ち着いた様子でそう発言する。
「そんな防衛対策でCSSからの被害は防げると思っているんですか? しかもですよ。資料(3-B)をご覧ください。これは本当に実質的な損害を生まないと呼べますか?」
語気を強めてそう語る彼は、三宮家分家・神内家の当主。
他家の幹部らが、最上権力を持つ御三家のうち、北日本国の首都である札幌を管轄している伏見家。彼らを潰そうと……失墜させようと躍起になるのは当然。
しかもその当主はまだ18歳の女子高校生ときた。
いくら、あの伝説級の異能士「伏見旬」の血を直に引く者とはいえ、本当にあんな若造に伏見一族の当主が務まるのか、と。
チャンスだと、玲奈に甘い罠を仕掛けて来る者。
好機だと考え彼女の歌手人生を壊そうと企てる者。
今まで、そういった多種多様な目的を持つ人物が玲奈に近づいてきた。
「ですから、一般人の保護を最優先に考え、州の端に寄せるように人隊を……」
玲奈はかなり強気を持って語るが、無礼にもそれを無視し会話を続ける神内家。
「それだと州境の異能士と異界術士に多大なる負担を与えるだけですっ。それが分からないんですか?」
そう激論争が繰り広げられている中、広い異会(異能士協会議会)では玲奈の噂話が飛び交っていた。
「本当に伏見家の当主があんなに若い娘だったなんてな……」
「旧当主だった旬様の忘れ形見ですよ」
「でもな。あの年でも、この間の国内の異能士階級判定でS級をとったらしいぞ」
「S級……だと? それは、国際異能士協会で再度判定結果が同じ『S』ならば、新たなるS級異界士の爆誕だぞ。さすが旬さんの子だな」
「ええ。碧い閃光のとき以来ですね。日本で二人目となります」
「まだ気が早いですぞ。イギリス本部の国異(*)が総合判定Sと見なさなければ、S級異能士になることはない。日本で一度取得したくらいじゃ、なれないんですよ……碧い閃光のレベルには」(*国異……国際異能士協会)
「そんなことより……彼女の姉『伏見瑠璃』の話だ。奴は伏見家内で反逆したらしい」
「その話はタブーだと言っているだろ」
彼らが噂を飛びかわすその背後。議会の端にある陰。
誰からも注目されることはないような場所に一人の若い男性とフードを被った二人の女性がひっそりと立っていた。
男の両左右にそれぞれ女性が配置しているという形だった。
「あれから、『電撃を扱う少女』の情報に何か進展はあったかい?」
男は、その少女が雷電一族であると知っていながら、あえてそんな言い方をする。
「申し訳ありません、拓真様。まだ少しも掴めていないというのが現状です。……どうやら伏見家が裏で、その情報を随分と硬くガードをしているようです」
左にいた20代くらいのフード女性が三宮家当主・三宮拓真に言う。
「ほう? そうか……。伏見家が雷電を……ね。10割、よく分からないな。旬がやったのか……」
「は、えっと……それはどういう意味でしょうか……? 三年ほど前、伏見旬は亡くなったのでは?」
「まぁ。それはそうなんだけどね」
誤魔化したようにそう語る口調も、彼女が彼を心から愛おしいと思う要素の一つだった。
「……まぁいい。それじゃあ、名瀬の隠し子については?」
「……そのことなんですが………本当にそんな人がいるのですか? 無礼を承知で言わせてもらいますが、弟の拓海様が本当のことを言っている保証はありません」
「うん。確かに10割そうとは言えないね。けれど、5割可能性はある。実際に拓海は重症を負っていた。見習いギアの依頼任務で自分に恥をかかせた霞流家の長女に復讐すると息巻いていたけどね。結局名瀬の隠し子に返り討ちにあったと発言していたよ。事実、僕の弟は弱いわけではない。拓海をあそこまで傷付けられる異能士がいることだけは確かだ。違うかな?」
拓真の弟、拓海はそれほど特別優秀な異能士というわけではない。だが、一般的に見れば彼は強い部類とされていた。
かつての異能士学校の成績でも次席を取るなど、かなりの実績を持っていたのも事実。
「おっしゃる通りです。再調査にあたります」
「うん。よろしく頼むよ」
満足したように微笑みながら頷く。
「それにしても……まさかCSS対策のこの議会にまで権力争いを持ち込むとはね……。これでは10割、議論に埒が明かないよ。……玲奈さんが他家の不満を抑えつつ要点をずらさない。これは素晴らしいことだけれど、他家の人間に関しては幼稚な論争に油を注いでいくだけ。これでは僕の興も醒めるというものだよ。他家の上流階級者たちがくだらないことを弁論し合っているうちに、僕はここからお暇させてもらおうかな」
女性二人の真ん中にいた拓真が、気品と高貴さを表しているような喋り方で語る。
「拓真様。よろしいのですか」
今度は拓真の右側にいる、白いフードで顔を隠している女性がそう訊く。
「うーん、いや。本当は退去の許可を取ってないから、ダメなんだけどね」
少し柔らかい表情を浮かべる彼。
「では、このままこの会議が終わるのをお待ちになっては?」
「いや、それは………。珍しいね、君がそいうことを言うのは」
彼が不思議そうに白フードの女性……瑠璃を見る。
「そうでしょうか。いつも通りのつもりなのですが」
フードで覆われているため彼女の表情などは読み取れないが、襟元から華やかな金髪が微かに姿を見せていた。
「瑠璃。君は……本当は、3割ほど………」
拓真は答弁中の玲奈を見つつ彼女にそう言いかけたが。
「違います。……それだけは違います。私は、もう『全て』と決別しましたから」
何と発言したわけではないが、瑠璃が重たい口調で言い切る。
何か大切なものを断ち切るように。
多少の沈黙の後、三宮一族の当主である拓真がその沈黙を破る。
「……そうかい。まぁでも、玲奈さんは父の旬に関係なく相当な逸材だよ。それだけは保証できる。なんたって彼女は、この僕も認めた―――――――君の妹だからね」
「――――はい……。ただし、もしそう仰りたいなら、現在形ではなく『だった』と言ってほしかった」
内心嬉しような安堵したような、それでいて不安そうな、複雑な声がフードの奥から聞こえてきた。
拓真はそのセリフを聞き、静かに口元を綻ばせた。
後、女性二人と一緒に速やかにその場から退散した。
*
「つまり、協会本部ではCSSの対策を本格的に始めたと?」
オレは対話室で楓さんに悠々と語られた長い状況説明を聞いた後、そう聞く。
「ええ、そういうことになるわね。なんなら今頃、本部では統治権力者たちが異会(*)を開いているところよ」(*異会……異能士協会議会)
「今、ですか?」
里緒が若干困惑した様子だ。
朝早くから会議をしていることに驚いているのかもしれないが、通常の政府でも緊急の招集ならばあり得ることだった。
「ええ、ちょうど今頃よ。立案代表を玲奈に任せているらしいけど、どうなっていることやら」
玲奈……?
オレの師匠である旬さんの娘……伏見玲奈か。
マナのエネルギー保存量変換を主とする、御三家最難関の異能「衣」を七歳児にして会得。
九歳のときには、「衣」の形態変化「第三定格出力・炎霊」をも可能にしたとされる。いわゆる炎霊化というやつだ。
まあ、かなりの才気煥発だと聞いている。
「それはいいとして、オレたちにどうしろと言うんですか? まさか、本部が会議しているという状況報告のためだけに授業時間を潰したわけではないですよね?」
言っていることは厳しめだが、喋り方はなるべく柔らかくなるように聞く。
あまりこういうきつめの言い方はしたくなかったが、余計な話はなるべく控えなければならないからな。
この先生は話がすぐに逸れる。
関係ないような余計な話は彼女の十八番と言っていい。
本題を話せ、というオレの示唆を受け、彼女は顔を引き締める。
「でも、話したかったことの一つ目はそのことよ。本部の意向を全異能士関係者に伝達するよう言われていたから」
「なるほど。とにかく、そのくらいCSSの出現は異例の事態ということですか」
「ええ。そうなるわね。私もこれから大変かもしれないわ」
その後何故か里緒の方を向く。
「そろそろ二つ目の内容を話すわ。……まず里緒。あなたの異能士階級は今、C級ということになっているわ。その事に間違いはないわね?」
いきなり里緒の方を向いたかと思えば、楓さんはそんなことを里緒に聞く。
「はい……間違っていません……が、それがどうかしたんでしょうか?」
里緒は表情一つ変えずに答える。
「いえ、ただの確認よ。そして統也くん、あなたは階級なし。そうよね?」
内容の最後の方はオレの方を向きながら訊いてきた。
「ええ、そうですよ。階級はありません」
「この状況で影人討伐依頼を受ける続けるには、もうそろそろ限界なのよ」
それはそうだろうな。オレの階級をD級異能士と詐称するにも限度があるだろう。
「そこで統也くんには、本来8月に編入予定だった異学(*)に、来月行ってもらうわ」(*異学……異能士学校の略称)
「え、来月……?」
里緒が驚くのも無理はない。
今日は5月23日。つまり来月とは言っているが、数日後のことだ。
「そうよ。6月6日から編入予定よ。変更は出来ないからよろしく」
(オレの意思は尊重されないのかよ)
オレは心の中で愚痴をこぼす。
「まじかよ」
いや、実際にも口に出す。
「マジよ。しょうがないでしょう」
「統也、ガンバっ。応援してるよ」
優しく微笑んで、静かめに言ってくる里緒に抱きつきたくなる衝動に駆られる。
いやらしい意味ではなく、げんなりしているオレを励ましてくれた喜びで、という意だ。
「それと……統也くんの異学での位は、異能部ではなく異界術部。通称ブラック。さすがに知ってるわよね?」
「ええ、知っていますよ」
まあ、そうなるわな。
オレは別に異能を学びたいわけじゃない。
結果。無能集団、無能力者、ブラックと蔑まれる異界術士のコースに配属されるのは正しい。
そこでは影人との戦闘方法、奴らの弱点、マナの性質について学ぶことは言うまでもない。
オレは心の中で一人納得していたが、どうやら里緒はそうではないようだ。
「え……ブラック?……名瀬が!? 何かの間違いじゃ……」
随分とオレを買ってくれているようだ。
こうして里緒から遠回しにでも褒められるのは素直に嬉しい。
「……間違いじゃないのよ。これは名瀬家の当主であり、かつての私のギアであり、そして今は旧日本の異能士界隈を束ねる碧い閃光、杏子が決めたことよ。統也くんはもうすでに異能を学ぶ必要はない。だから形式状でも異能士学校を卒業するだけでいい。……彼に異能の知識や練習をする必要がないことは、戦闘をまじかに見た里緒なら分かるんじゃないかしら」
「いや、え、いや、それは分かりますよ。確かに名瀬の強さは普通じゃありません。それは影人との戦いを目の前で見ていたのでよく分かります。けど、だからってあそこに入るんですか?」
彼女の言う「あそこ」とは、どうやら異界術部のことのようだ。
この話や里緒の反応などを見ると、本当に異界術部が侮られ、見下されているのが分かる。
「そうよ。仕方がないことなの。里緒はあの制度の闇を知っているから心配しているのかもしれないけど、大丈夫よ。彼は碧い閃光の弟よ」
「それは、そうですけど……」
「大丈夫だ里緒。心配いらない。オレはそこでひっそりと出席して、階級だけ取って帰ってくるさ」
おそらく異能士学校卒業資格、すなわち異能士階級を手に入れるためには、少なくとも一年を消費するはず。
飛び級の里緒がそうだったように。
基本的に異能士は二年間の訓練や学習をして、晴れてD級の異能士になる。
だが例外もある。
例えば、名瀬の息がかかっていると先ほど話を聞いた時点で、オレは一年未満でその学校を卒業できるだろう。
「でも本当に階級なかったんだね。名瀬」
今まで、嘘だと思ってたのか。
「無理もないわ。私も初めはかなり耳を疑ったから……。杏子がなんども真面目な声でそう言ってるのを聞いて初めて事実なんだと思ったくらいよ」
声、ということはどうやら杏姉とは通話の類をしていたらしい。
「私も思い出しました。出会ってすぐに階級がないと言われて、この人何言ってるんだろうって思ってました」
二人はオレの階級がないという事実について話を盛り上がらせていた。
もうすぐ一時限目の時間も終わる頃だろう。
オレ自身の話をワイワイとしている彼女たちの横で、オレはたった一人浮遊感のような奇妙な感覚に襲われていた。
異能士階級を持っていない、というこの言葉。このフレーズがオレの頭の中で引っかかり続け、今もなお、オレの脳内に霧のようなモヤをかけていた。
そう――――――――。オレは階級を持っていない。
だがそれは異能士階級のことに関してだけだ。
本当はオレがどんな人間なのか、この人たちは知らない。
それでいい。
それが一番堅実なことだ。
オレがあの機関の諜報部エージェント、通称アドバンサーであることも。
オレがあの機関の少尉を務めていることも。
オレの補佐官、天霧茜のことも。
通信型感覚同調機のことも。
EDBS、青の境界のことも。
すべて知らなくていい。
いや………知る必要もないし、知る意味もない。
そもそもそれを知ってしまえば最後。世界のことを正しく理解してしまったとき。
そう。それは世界が終わったときということだ。
衣の第三定格出力「炎霊」……「衣」をマナのエネルギー体として炎のような形態で顕現させる技。両手で展開することが基本。また、その火の玉のような様子から、炎霊と名付けられた。 この能力の最大の長所は、体中にこの炎のような異能体を纏うことで、その名の通り衣(衣服)のように装備し、防御に使用できる。これを炎霊化と呼ぶ。 とりわけ「第三」ということは第二、第一の出力も存在する可能性がある。




