勝負【2】
「だよね~」
分かってました、とでも言いたそうだ。
「えっと、統也くんと栞は何の話してるの?」
キョトンとした顔で命が聞いてくる。
「みこと同じでとーやが鈍感だってこと」
そう栞が命に教えているときだった。
オレは背後に意識を向ける。
これは……敵意に近いか?
後ろに何か接近してきたて衝突しそうになったので、オレはそれを避けようとする。
単純に過失で衝突してしまう場合もあるが、これは違うな。
オレはそのまま後ろから衝撃を受ける。
「おっと、すまんすまん」
意地の悪いような笑みを浮かべながらそう言ってくる。
「あははは。おっかしい」
彼の周りにいる2人の男子生徒も同じく笑う。
「陸斗、うちらになんか用?」
栞が珍しく不機嫌そうにそう言い放つ。
そこから察するにオレに向かって「わざと」ぶつかってきた人物の名前は陸斗というらしい。
「なんもねーよ。用がなきゃ話しかけちゃいけないってのか?」
彼も少し機嫌が悪そうだ。
「そんなこと言ってない。ただ、みこには近寄んないで」
彼はガタイも良く、身長も170cm後半はありそうだ。
そんな彼に怯むことなくここまで言えるのだから、栞はかなりメンタルの強い女子と言える。
「栞、もういいよ。私は大丈夫だから……」
命のその発言から考えるにオレの知らない所で、おそらく人間関係上のアクシデントがあったのかもしれない。
オレが知らないということは、オレの転入前の事だと考えられる。
「ほらな、栞。前に俺が言った通りだろ? 勝手にお前が一人で盛り上がってただけなんだよ」
嫌味ったらしくそう言う。
それに対し栞は彼を睨みつける。
「みんなに何があったか知らないが、ぶつかってきて詫びの一言もないのか?」
オレは陸斗と言われた、その人の目を見ながら言う。
「は? お前誰だよ」
これは……まるで道路に落ちてるゴミを見る目だな。
「あんたがオレにぶつかってきたんだろ?」
「あーー、思い出した。マフラーしてないから分かんなかったぜ。お前あれだな、このあいだ来た転校生だな?」
オレの話を無視しそんなことを言ってくる。
「こんな人が転校して来てたのか?」
彼の取り巻きの内の一人がそう話す様子を見ると、オレの転校はかなり非公開なものだったらしい。
「しーおーりー。俺で遊べなくなったからって、こんな顔だけの男に騙されてんのか?」
流れから「顔だけの男」というのはどうやらオレのことか。
「うっさい! とーやはあんたとは違う。あんたみたいなキモイこと考えないし、女で遊んだりもしない」
そう言いながら栞は自分の右手を強く握りしめる。
今にも手が壊れそうな強さで握り込む。
相当苛立っているのだろう。
「おお、おお。お前まさかこの男に惚れてんのか? やめとけって栞、どこでもマフラー身に付けてるヤツとか頭イカれてんだろ。今は付けてないみたいだけど」
「あんた、さっきから何がしたいんだ? 栞を煽ったかと思えば、今度はオレを挑発。あんたのしたいことが分からない。何かオレに文句があるのなら栞や命を巻き込まず、オレ自身に直接言えばいい。もしそれが出来ないほど、あんたがビビりなら話は別だが」
オレはあえて陸斗を挑発する。
「なんだと……? お前、三大美女の二人に囲まれて、ハーレム気取りか、あ? この勘違い野郎が」
怒り心頭に発した様子でそう言ってくる。
彼の圧に負け、栞はもう何も言い返せないだろう。
今は恐怖のほうが大きいかもしれない。
「ハーレムを気取った覚えはないし、勘違いもしていない。あんたこそ、オレを勘違いしてるぞ」
それでもオレは表情一つ変えずに彼に言い返す。
当然のことだ。オレに勝てる一般人などいない。
恐怖の「きの字」さえ、今のオレにはない。
影というバケモノを怖いとすら感じたことがないようなオレが、今更人間一人を恐れるわけがない。
「ちっ。お前、めんどくさいな。もういい。今日の4クラス合同体育のとき、バスケの班対抗ミニゲームがあるらしい。それで俺がお前に勝ったら、俺は森嶋とデートに行く」
急にそんなことを言い始める。
どうやら初めからこれが言いたかったことらしい。
陸斗。彼の思考はなんとなく読めた。
彼が前から狙っていた命が、急に転校してきたオレと毎日登校しているのを見て苛立ち、その鬱憤をオレで晴らそうというわけだ。
要はオレのことが気に食わなかったのだろう。
「ちょっと、は? 何言ってんの? そんなの許すわけないでしょ」
栞が我慢しきれず、陸斗に食って掛かる。
「もし、オレが勝ったら?」
オレは聞いてみる。
「ちょっ……とーや?」
オレのセリフを聞き栞が心配そうな表情をする
「お前が勝ったら、当然お前が森嶋とデートに行く。ただそれだけだ」
ぶっきらぼうだが彼がそう言い切る。
「とーやがみことデートに行ってくれるならいいけど、陸斗と行くのはダメ。……バスケの勝敗で決めるって? そんなのバスケ部エースのあんたが勝つに決まってる。そしたらみこがデートするのはあんたになる……。そんなの絶対許さない。そもそも、そんなこと、みこがOKすると思うの?」
栞が言っていることはもっともだ。
この話は命がどうするかで決まるし、嫌なら拒否することもできる。
そう思っていたが。
「分かった。その勝負に勝った方とデートするよ」
命が予想外のことをきっぱりと言い切る。
「うん。やっぱりそうだよね……って、えー!? みこ、本気?」
栞がそう驚くのも無理はない。
オレも拒否するとばかり思っていたが、命はなぜかこの勝負の件を受諾した。
「うん、本気だよ。どっちが勝ったとしても、その人とデートする」
命にしては滅多に見せない強気な目付きに若干の違和感を覚えたが、彼女がそう言うなら仕方がない。
(勝ったら香にデート権を渡すか……)
「ふん。どうだ、名瀬くんよ。やるのか? やらないのか? 森嶋はやる気満々みたいだぞ?」
陸斗がオレにそう言ってくる。
どうやらオレの名瀬という名前は予め知られていたらしい。
オレのマフラーがないからどうとか言ってたが、全部演技だったな。
「オレは構わない。そのバスケの勝負に勝てばいいんだな?」
「えっ……とーや!? 本気で言ってる? とーやは知らないと思うから教えておくけど、陸斗は一年生のときバスケでインターハイに出てる」
部活経験のないオレにとって、それがどれだけすごいことかは知らないが、部員が少なければ出れるものなんじゃないのか?
「まあ決まりだ。栞は余計な口を挟まなくていい。っふん。5、6時間目が楽しみだな」
そう嫌味ったらしく言いながら、校門の方へと行く。
しばらく歩いているうちに、オレたちは学校の前まで来ていたらしい。
発言や態度などから、陸斗は全校生徒に嫌われてるかと思ったが、校門の近くに来ると、複数の女子生徒が彼に寄っていくのがわかる。
どうやら彼のイケメン風な容姿に惹かれ、恋してしまった女子達らしい。
「ハーレム気取りはどっちよ。このクズ」
栞がカンカンになって、吐き捨てるように言う。
「栞、気にしないで。私が決めたことだから」
栞とは対照的に、命は落ち着いた様子で優しく言いかける。
「みこ! なんでOKしたの? とーやには悪いけど、あいつに勝つことは出来ない。うちもバスケ部で同じ体育館を使ってるから分かる。あの圧力。あの絶対的エース性……。あいつ、他のことは口だけのクズだけど、バスケに関しては本物の実力を持ってる。みこも知ってるよね? なのに……どうしてよりによってバスケで……」
よりによってバスケ、という表現から、バスケだと何か不都合なことでもあるのか。
言い方から考えれば、過去に何かあったようだが。
「大丈夫だよ、栞。統也くんなら勝ってくれる」
そう期待してくれるのはありがたいが……。
しかも、オレ「なら」ということは、以前は誰か他の人物が負けたのか?
「とーや。バスケの経験はあったりする?」
栞がオレを横目に見ながら聞いてくる。
「いや……ないな」
正直オレはどのスポーツもまともにやったことがない。
オレの生い立ち上、体操や水泳、陸上。空手や柔道といった格闘術全般なら可能かもしれない。
だが、バスケとなるとな。
「終わった……」
栞がガックリと落ち込む。
そう明らかに落胆しないでくれ。オレでもさすがに傷付く。
「大丈夫。統也くんは勝てるよ」
命はさっきからオレを余程信頼してくれているようだが、絶対に勝てるとは言えない。
オレ自身勝てる保証がない。
なのになぜ、彼女はオレを無条件で信用できるのだろうか。
「香の二の舞になると思うけど」
もうどうでもいいというように栞が学校の玄関へ入っていく。
香……?
なぜ今、彼の名前が出てくる。
オレは嫌な予感と共に玄関へと向かった。




