遭遇
*
オレは次の現場に到着する。
正面には二体の影。
先程からオレと里緒がやっている任務は自由依頼と言って、特定地域でのみ特別にE級の影を複数同時に討伐することが許されているもの。
オレの異能士経歴は相変わらず「階級なし」のため、詐称していることは言うまでもない。
オレは目の前にいる二体の影に対して、檻で囲い込む。
蒼く光る立方体に閉じ込められた奴らはその場でオレの檻を壊そうと爪を立て、必死に引っかいていた。
まあ、基本的に檻は内側からは破れない。
3月、オレを襲ってきた謎の黒服マントの奴は、何故か「唯一の檻の弱点」を知っていたようだったが……。
そんなことを考えていると、背後から人が近づいてくる気配がする。
おそらく里緒だろう。
「はやっ……! 毎回毎回どうしてそんなに次の影人を見つけるのが早いのよ。透視でも使えるわけ? しかも、もう檻に監禁してるし。仕事早すぎでしょ」
透視というのは冗談で言った言葉なのだろうが、悪いな。それが正解だ。
オレの透視能力を可能とする浄眼。茜にはあまり使うなと言われているが、便利なその能力からつい使ってしまう。
「まあ、とにかく閉じ込めてある。部分的に檻に隙間を作るから、そこから波動撃をぶつけてくれるか?」
オレの持つ封印系統術式・蒼玉を使えばそのまま押しつぶすこともできるが、極力三体以上の影を檻に入れたときだけにしたい。
理由は至ってシンプル。マナの消費量が多いからだ。
「檻」という異能力は他の御三家の異能とは異なり、マナ消費量が比較的多い。
「衣」や「糸」といった異能は少量のマナ消費に対し、多くの技や異能変化を可能とする。「檻」はその真逆と言っていい。
「はいはい、わかった。任せて」
オレとのコンビネーションにも慣れてきたのだろうか。
オレが檻に60cm平方の隙間を空けると、里緒が間髪入れずに球形波動の攻撃をぶつける。
檻の中は、空気弾の波動を受け乱回転することで、回転中の洗濯機のような状態になる。
(すごいな。あんな波動攻撃を受けてみろ、体が粉々になるぞ)
現に、檻の中にいたはずの影は核ごと破壊されたのか、姿一つ見えない状態で回転し続けている。
里緒はオレが檻に空けた隙間から漏れだす乱回転空気圧を止めるため、波動異能を展開した両手で蓋をしてくれる。
あの隙間を放っておくと、爆風と高圧力が周辺一帯にお見舞いされることになる。
オレが檻を操作して隙間を閉じることは風圧から考えれば不可能だろうから、里緒の判断は正しい。
「ふっ…! 自分の攻撃だからあんまり言いたくないけど、これ威力高すぎ……」
そう言いながら、懸命に隙間を抑え込む。
彼女の両手にある波動振でギリギリ塞がれていた隙間だが、内側の圧力に耐えられず、空気爆破を起こす。
「無理っ!」
その言葉と同時に、物凄い爆風で里緒が後方に吹き飛ばされる。
その吹き飛ばされる速度は猛烈に速く、さらに加速していくが、そんなことはオレには関係ない。
オレは瞬速を使って、さらにその上の速度をいく。
里緒の背後に回りこみ、右手で彼女の肩を抱くようにして受け止める。
「な、名瀬……」
影が入っていた洗濯機……ではなく檻を素早く解除し、風圧が分散されるが、念のため空いている左手で正面に盾として檻の障壁を展開する。
その後、突風が過ぎ去る。
「大丈夫か、里緒」
オレは正面の檻も解除しながらそう話しかける。
「え、あ、うん……。ありがと」
オレは里緒の肩を抱いたまま彼女の顔を覗き込む。
オレから見て左側の髪がヘアピンで留められている。以前にオレがギアの成立祝いとしてプレゼントしたものだ。
「ちょ……名瀬、ち、ちかい……」
「ん?」
何故か里緒の顔が赤っぽい気がしたが、辺りは真っ暗なので真実は分からない。
よく理解できないが、オレは里緒を手放し、奥に落ちている紫紺石二つを拾う。
「んっうん……。今日はこれで終わり?」
謎の咳払いをした後に後ろからそう言われ、オレは自分の腕時計を確認し時間を見る。
22時23分か――――――。
「そうだな。今日はもう終了しよう――――」
オレがそこまで言ったとき。
里緒の背後で何かが赤く光る。
「………!? 里緒、伏せろ!」
オレはそう言いながら、檻を付与したマフラーを手に取り、それを里緒目掛けて……正確には、里緒の背後にいる影に目掛けて回し投げる。
里緒はオレの指示通りに屈んだ体勢になる。
オレの回転したマフラーは里緒を越え、背後にいる影のもとへたどり着くが、その影は変形手を用いてそれを弾く。
「変形手!?」
里緒が慌てたように言いながら素早くこちらに体を寄せる。
「どういうことだ。ここはE級影人特別指定区域だぞ」
オレも当然目の前の状況に驚く――――――。
指定区域に変形手持ちの影がいたこともそうだが、オレはもっと別の部分に驚愕する。
近寄ってくるその影の顔付きに見覚えがあった。
影とはいえ、図体や顔、骨格の作りや男性型か女性型かなど、見た目の容姿は様々な種類が存在する。
それは奴らの個性と言っていい。
「ねえ、名瀬。あいつって……」
さすがに殺されかけた相手の顔を忘れることはないのだろう。
どうやら里緒もオレと同じことを考えているらしい。
「ああ、間違いない。あれは―――――」
オレがその後のセリフを語る前に、数メートル先の影がオレに襲い掛かる。
(こいつ、相変わらず速いな……)
変形手の剣でオレの首目掛けて斬りかかってくる。
オレは体の上半身をのけ反らせてそれを上手くかわす。
オレの前髪が大きく揺れる。
里緒が背後から影に波動球をぶつけようとしているのが見えた。
オレは素早くバク転し、そのまま後方に大きく距離をとる。
「死ねっ」
そう言いながら影のうなじ付近に大きめの波動球を衝突させる。
だが、何故かその攻撃が貫通することはない。
まずい……。
波動球を固定している彼女の手腕ごと強く弾かれる。
「きゃっ」
奴が里緒に強烈な蹴りを入れることで、彼女が後方に激しく吹き飛ぶ。
里緒の異能「波動振」は、基本的には物理現象の「波」を利用する第二級異能。
波は、何らかの物理量における周期的な空間分布パターンが伝播する現象そのものを指す。
彼女が使用しているところを確認したことはないが、音波や干渉波も異能攻撃として利用できるらしい。
今彼女が開発中の異能技術「高周波ブレード」もその一部。
同じく、空間に伝わる波を何重にも重ね合わせることで強力な波動球を作り出すことが可能となる。物理学ではこれを「波の重ね合わせの原理」という。
要は、この強振動・波動球の攻撃を受けて貫通しないのは、影の中では圧巻の防御力だということを言いたい。
影はそのまま吹き飛ばされた里緒に向かって変形手で斬りかかる。
「おいそれと斬らせると思うか?」
オレは正確に里緒の位置座標で檻を展開し防御する。
奴の攻撃を防いだ立方体の檻の中にいる里緒がゆっくり立ち上がる。
「いった……」
そう言いながら服に付いた土煙を手で払い落す。
里緒が完全に立ち上がり、構え直すのをこの目で確認すると、彼女の周りの檻を解除する。
(マフラーだ……。こいつを殺るにはマフラーがいる)
さらに数メートル先に落ちているマフラーを取りに行こうと走り出すと、影がそれに気づきオレに攻撃を仕掛けてくる。
簡単には拾わせてくれないか。
やはり先ほど戦っていた知性レベルが低い影と違って、頭がいいな。
オレは檻を盾として使用しながら、複数の蹴りや斬りつけを防ぐ。
(駄目だ。マフラーがないと攻撃手段がない。結果的に受け身になるのは道理か……)
「はっ!」
里緒が影の背後から再び波動球をぶつけにかかる。
そのタイミングに合わせオレも檻で強化した拳を使い、殴りつける。
(よし、挟み込める)
そう思ったが――――しかし。
オレの拳を左手で、里緒の波動球を右手で。影はそれぞれ片手でオレたちの攻撃を封じる。
「嘘でしょ……」
「これでは駄目だ。火力が足りない……。里緒、離れろ」
「うん……」
檻の障壁と里緒の波動一転集中系の攻撃で押し潰すか…………いや、こいつは再生速度も早い……それでは攻撃が核を外した際、純粋な賭け勝負になってしまう。
(マフラーさえあれば……)
奴を見るからに、オレらの攻撃を封じることは出来たが、威力自体を完全に殺せたわけではないらしい。
影の潰れた両腕はプラチナダスト蒸気と共に回復……いや、再生している。
こいつの今の戦い方を見る限り、自己再生を前提として攻守することもあると分かった。
簡単に言えば、影自身の体に傷が付くことを前提に攻撃や防御をすることもあるということ。
奴らはオレら人間と違って、傷やケガしても直ちに回復する。それを利用しての攻防は正直厄介だ。
今の影みたいに腕ごと潰れる覚悟で戦うのと、オレらみたいに致命傷を受けるとアウトの状況で戦うのとでは天と地ほどの差がある。雲泥の差だ。
「行くぞ、里緒っ」
オレは彼女に呼びかける。
攻撃するぞ、という意味だ。
「うん!」
オレたちはそれぞれ異能や体術による攻撃をぶつけていく。
それに対し影はオレらの攻撃を受けたりかわしたりしつつ、蹴りやパンチを決めてくる。
オレは檻の拳を使って奴に素早く殴りかかったが、それをカウンターに取られ、後方に飛ばされる。
「んぐっ」
クソ。しくじったか。
奴の強烈な裏拳を食らう。
「名瀬!」
里緒が、遠くに飛ばされたオレに声をかけてくる。
(この状況で里緒と分離されるのはまずい……。檻が……)
名瀬一族の「檻」は発動距離が長ければ長いほど、その異能展開速度を小さくする。
檻の展開座標とオレとの距離。これが離れていれば離れているほど、展開に時間を要する。
つまり瞬間的には、里緒を庇えなくなるということ。
まるでそう考えているオレの心を読むかのように、影は里緒に攻撃を畳みかける。
里緒が側転しながら影の攻撃を避けていたとき、奴が彼女の腹部目掛けて強烈な横蹴りを入れようとする。
(あれをまともに食らえば彼女の内臓は潰れる……)
オレは急いで彼女と影の間に檻を展開する準備をする。
が――――――。
(駄目だ! 間に合わない)
そのとき。
側転中、地面に手を付けて逆立ち状態だった里緒が両手から床に衝撃波動を打ち込み、その反動力を利用して自分の体を浮かせ、自身の空間位置を全体的に上へずらすことによって、奴の横蹴りをかわす。
さらには、逆さのまま空中上で、奴の顔面に回転蹴りをお見舞いする。
オレが彼女を守らなければいけない、なんて考え方は奢りだったな。
柔軟な動作に挙措、的確な異能の使い方と機転の利いた素早い動き。
彼女のショートパンツにタイツという身柄な恰好も効果を表した。
「同じ手にそう何度も引っかかると思う?」
彼女はそう言いながら影から距離をとる。
前回里緒が、脇腹に近い腹部を損傷していたことを思い出す。
どうやら似たような攻撃を一度受けたことがあるらしい。
こういうのを見ていると異能士学校で主席だったんだな、と改めて認識させられる。
正確な情報処理や戦闘でのメンタル面などはともかく、体術や異能、体の使い方といった戦術スタイル自体には彼女の戦闘センスが見て取れる。
オレはその隙に奴を檻で囲んでみるが、やはりすぐにその場を離脱され、檻の囲いから逃げられる。
だが………。
(おかしいな……。こいつは間違いなくこの間遭遇した奴と同じCSSだ。だが、速度と力の両方の面で何かしらのセーブがかかっている感じがする)
「名瀬っ! 耳塞いで!」
少し唐突過ぎたが、オレは急いで耳を塞ぐ。
里緒が床に右手を打ち付けた瞬間、そこを中心としてあたりに黒板を引っかいたような音が響き渡る。
キィィィィ―――――――――――ン。
この音は、猿が使用する警戒音の音域に近いとされている説があるもので、周波数、約2000ヘルツから4000ヘルツの音だと謂われている。
この音波を重ね合わせて増大させることで、行動抑制音として活用するつもりらしい。
これを可能にするためには緻密な音波振動コントロールと、正確な音域確定能力がいる。
里緒が優秀であり、そして努力家であると再認識させられた。
A級の影とはいえ、音に耐性はなかったらしい。
奴はその不快音をまじかで聞くことで、悶えていた。
その隙を利用してオレと里緒は迅速に撤退した。
*
「里緒、あんなこと出来たのか。まだ耳が痛い……。てか、頭もくらくらする」
「ん? 爆鳴波のこと?」
耳栓を外しながら訊いてくる。
あんなことも想定して耳栓を用意していたのか。
「酸水素ガスみたいな名前だな」
「それ、爆鳴気でしょ」
そんなツッコミを入れてくる。
「まあ冗談みたいなこと言ってるが、真面目な話、楓さんに連絡しないとな」
オレはマフラーを落としてきてしまっているため、いつもは暖かい首元が冷える。
「ん、そうだね。それもそうなんだけどさ……。……ね、あたし詳しく分かんないんだけど、こんなに同じ影と遭遇するものなの?」
怪訝そうにしながら、どこか心配しているような表情でそう言う。
「いや、そんなはずはない」
「だよね。気持ち悪い……。そもそもなんでE級区画にいるわけ?」
里緒の言う通りだ。
オレも馬鹿じゃない。ここまでくればなんとなく想像は出来る。
奴は何かしらの目的を持って行動している。
ちなみに言うなら実は奴を殺せたが、オレには枷があった。
「すまない。正直あいつを相手にするときだけは、里緒は………」
足手まといになる。そう言おうとしたが、里緒がそれを止めるかのように言葉を遮る。
「わかってるよ。だからさっきだって自主防衛主体で戦ってた」
それは知ってる。
里緒の戦闘スタイルは基本的に「疾風のごとく仕掛けて、風のように戻ってくる」といったところだろう。
だがさっきの戦闘では、自分の守備を固めながら、オレのサポートをしているという色が強かった。
「まあ、大丈夫だ。あいつを討伐するのはオレらの職務じゃない。オレの姉さんの仕事だ」
「姉さんって、碧い閃光のこと……?」
「ああ。日本最強の異能士に任せておけばいい」
そんなことを言っておきながら、オレは頭の中で一人「この先、荒れるかもな」と考えていた。
夜以外の影人
……夜のうちに発信機を取り付けておいても、影の跡をつけても、熱源探知をしても、全て無意味で、調査結果が正確に析出されることはなかった。
結局、太陽が出ている間(夜以外の時間)どこに潜伏しているのかは今現在でも解明されていないという。




