繋がれたもの
「……もう一度、繋いだら……だめ?」
なんだそれ。可愛すぎないか。
里緒……一体どうしたんだ。
君はこんなキャラじゃないはず……。
人は見かけによらないというが、このことか?
廃墟の現場で出会った当初はオレを強く毛嫌いしていた節があった。
でもオレが彼女をギアとして強く認めたことで、初めて自分を隣においてくれるオレという存在を感じた。
足手まといな人とギアを組まされていた彼女にとっては、それはあまりに大きな変化だったのだろう。
結果、自分を隣に置いてくれる。自分を助けてくれる。自分をギアとして認めてくれる。自分と共に歩もうと言ってくれる。
そんな風に承認欲求を次々と満たしてくれるオレに、少しでも依存してしまったのかもしれない。
それほどまでに里緒は、自分の置かれていた状況に多大なるストレスを感じ、不安定な精神状態だったのだろう。
間違っても彼女はオレに好印象なんて持っていなかった。
でも、いざ打ち解けてみると関係は変化し、今まで抱いていたその人物に対する偏見や認識そのものが改変されることもある。
「えっと……」
ほぼ反射的に彼女の左手をそっと優しく掴み、手を繋ぐ。
オレは本能的に彼女を守らなければと思った。
これは愛や性欲に近い感情の起伏。
するとすぐ近くの結界の向こう側からオレたちの良く知る人物が現れる。
「あら……あなたたち随分と仲良くなったのね。もしかして付き合ってる?」
二ノ沢楓が手を繋いでいるオレたちに向かってそう言ってくる。
里緒とオレは慌てて手を離し隠すが、もう遅いだろう。
「いや、これは……」
オレは慌てて弁明しようとするが、楓さんが手を出してそれを止めさせる。
「分かってるわ。それは、開印を初めて通過すると起こる副作用よ。初通というらしいわ」
「……副作用? どういうことだ」
オレが聞くと楓さんは何でもないことのように発言する。
「性的興奮よ」
性的興奮?
そうか。初通の副作用か………。
(七瀬家め……。余計なことをしてくれたな)
確か開印の結界には、その結界を初通したときに儀式的副作用が働く仕組みがあった。
必ずしもすべての初通副作用が性的な興奮状態をもたらすというわけではないが、ここの結界はそういう独特な副作用だったらしい。
だが、だとするならば納得がいく。素の里緒があんなことするはずはないし、オレが反射的に手を繋ぐのもおかしい。
「ばかばかばかばかばか……」
里緒が小声でそう繰り返し言っていた。
恥ずかしくて死にたい気分なのだろう。
………それはオレも同じだが。
「そういうことか。道理で気分がおかしかったわけだ。だけど、楓さんがオレたちにこのことを教えてくれていれば、こうはならなかった」
オレは強めに言う。
「ん……統也くんが欲情する姿を見てみたかったのよ」
彼女がそう言いながら、悪戯っぽく笑う。
「はあ……あんたホントいい加減だな。おかげで昨日里緒は死にかけた」
昨日楓さんは、依頼の影がすべてD級であると嘘をついていた。
おかげで問題が大きくなった。
「でも今はピンピンしてるじゃない。ケガもまるで消えてる。統也くん、あなた里緒に何をしたの?」
そんな問いに答えるわけないだろ。
「さあな。派閥の違う二ノ沢家に名瀬の秘密を教えると思いますか?」
「まあいいわ。それより影と意思疎通をとったって聞いたけど、それは本当なの?」
オレはそれについて説明しようと口を開きかけたが、すぐに里緒が証人になってくれた。
「本当ですよ。あたしもそれについては目撃しました」
さっきまでのおどおど気味だった彼女とは一変して真剣な表情をしている。
「……里緒が言うなら本当に……。でもありえないわ……」
楓さんがすぐに信じられないのも当然だろう。
異能士や世界の討伐隊である境界部隊が何度も何度も影人に対話を持ちかけたきた。
それこそ絶影災害が起こり「影人」がこの世に現れた三年前からずっとだ。
だが、影人が一体でも会話や意思表示をすることはなく、ただただ殺戮され続けた。
「現にあり得たんですから……諦めてその事実を分析するしかありませんよ。それと、上への報告は楓さん、あなたにお願いしてもいいですか?」
「……オッケー、わかった。そのことに関しては私に任せておいてちょうだい」
「ありがとうございます」
よし。これで旬さんの娘・伏見玲奈に会わなくて済む。
一度も会ったことはないが、師匠としてお世話になった人の娘と会話をするのはなんだか気が引ける。
「……あと一つ聞きたいんだけど」
楓さんがそう言いながら腰に手を当てる。
「聞きたいこと? なんですか?」
「意思疎通で取引した影人は引いて、逃げていったのよね? それなのにどうして紫紺石が二つもあるの? 今日の紫紺石鑑定は二つだと聞いているのだけど」
楓さんがそう疑問を口にする。
「それってどういう意味ですか? 彼が二体の影を討伐してくれたおかげであたしは助かりました。そのときの二体の紫紺石です」
「討伐してくれた」や「助かった」という表現が必要かは知らないが、里緒が言っていることは正しい。
討伐できた二体の影の紫紺石なのは間違いない。全くその通りだ。
「いえ、だからどうして依頼の影二体とも倒してるのに、一体逃亡したって報告書を書いたの?」
そう楓さんが訊いてくる。
オレと里緒は顔を見合わせ、互いに首を傾げる。
「オレたちがいたあの場には影が三体いました。二体はB級より少し弱いくらいな感じでしたが、もう一体はA級レベルで強かったですよ」
影以外の勢力として三宮のことを頭にかすめたが、はじめから彼の話はしないと決めていたので、奴については何一つ話さなかった。
これは我々御三家の問題であり、楓さんとは直接関係のないことだ。
「三体? ……そんなはずはないわ」
驚きを隠しきれていない楓さんは、顎に手を当てて何かを考えている様子だった。
しばらくそのまま時が流れる。
20秒くらい経過したとき、彼女が再び口を開く。
「まあいいわ……。とりあえず二人とも生きて帰ってくれたし、思いの外仲が良さそうだし安心したわ」
「っ……!」
里緒が体をビクッとさせる。
「仲が良さそう」という言葉に反応したのだろう。
恥ずかしくなったのか、里緒が帽子のつばを掴み、顔を隠す。
「気にするな里緒。楓さんはからかっているだけだ」
「わかってるよ……」
*
「紫紺石の鑑定に来ました。成瀬、霞流です」
オレは優しそうな面持ちの若い男性に自分と隣にいる里緒を名乗る。
「名瀬」ではなく「成瀬」と名乗ったことに、里緒が反応するかと思ったが一切気にしている様子はなかった。
こういうところは彼女の堅実さを感じる。
オレが偽名を使っていることに気付いたのだろう。
「はい、二ノ沢さんから聞いてます。こっちに来てください」
彼は奥の部屋にオレたちを誘導する。
「鑑定するのは私ではなく、妻の詩歩です」
彼は手のひらを返し、若く綺麗な女性の方に向ける。
(日本人にしては鼻が少し高めだな)
オレは目の前の女性を見てそう感じる。
さらにこの女性はオッドカラーなのだろう。
瞳は緑色に近い色で、黒い髪はその先端が少し紫色になっている。
「こんにちは。早速だけど紫紺石を見せてもらってもいいかしら?」
詩歩と呼ばれたその人がそう言ってくる。
オレと里緒は軽く礼をした後、二つの紫紺石を見せる。
「どれどれー。鑑定するから待っててくれる?」
気のせいかもしれないが、オレは彼女の顔をどこかで見たことがある気がした。
会ったことがあるというより、どこかの資料で写真を見かけたというような、そんな感覚だった。




