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御三家の闇【2】



 ドアを開けすぐに、(なん)の抵抗もなく異能の使用者を確認できた。


(こんな堂々と陣取っているなら、隠れる必要はないな)


 倉庫内の中央にモニターが複数あり、その後方に一人、灰色のコートを着た男性が座っていた。

 

 彼は素早くこちらを向く。

「おうおう、30%くらいは面白いお客が来たじゃないか」

 口元こそ口角が上がっているが、彼の目はまるで笑っていなかった。

 

 おそらく彼の年齢は20代前半といったところだろうか。

 暗闇ではっきりと見える訳じゃないが、モニターから溢れる光が反射しているおかげで彼の雰囲気を確認できた。

 顔は明瞭に見えないため何とも言えない。


 だが―――――。


「あんた、三宮(さんぐう)家の誰だ」

 オレは強めの口調でそう言い放つ。


「………ほう? ……僕が三宮(さんぐう)の人間だと? ……なぜわかった」

 彼は椅子から立ち上がりながら、オレの方を向いてくる。


 やっぱりそうだったか。

 正直、確証を()ていたわけじゃなかった。

 だが、仮にもオレは御三家(ごさんけ)名瀬(なせ)。同じ異能御三家である三宮家についてはある程度知っていた。

 かまをかけたつもりだったが、案外うまくいったな。


「三体の影のうち、二体の動きが妙だった。話に聞く、三宮一族特有の異能『糸』を利用した糸操術(しそうじゅつ)。通称――――マリオネット」


 マリオネットとは元々、人形劇などでよく使われる操り人形の一つであり、特に糸で操るものを指す。

 その名の通り、人や影人、動物を自由自在に糸で操る。三宮一族で継承される強力な異能だ。


(きみ)……そこまで知っていながらここまで来たのかい? 死にたくないなら僕の前から消えることをお勧めするよ。彼女のようになる前にね……」

 そう言いながら、彼は何かを哀れむような目でモニターを見る。

 彼はモニターを半回転させ、オレにその画面を見せる。


 オレはゆっくりと目の前の男からモニターの画面へと視線を移す―――――ー。


 そのモニターには血塗(まみ)れで道路に横たわる里緒が映っていた。


 どうやらあの道路周辺には監視カメラが複数仕掛けてあったらしい。その映像だろう。

 オレも全知全能じゃない。カメラがある事には気付かなかった。


(それにしても……周りのコンクリート。あんなに傷だらけだったか……)

 

 里緒の周辺の路地や建物などがやけに傷を付けていることに気付く。


 オレは再び目の前の男に視線を戻す。


「お気遣い感謝する。だが、オレがあんたの正体を暴いている時点で、あんたがオレのことを無事で帰すはずがない」


 ここまで言うと、彼の目つきが変わった――――。

 より鋭く、そして気味悪いものへと。


「調子に乗るなよ、ガキ。1%くらいは生かしておいてやろうかと思っていたけどな……。考えが変わった。(きみ)もここで100%殺す」


 御三家(ごさんけ)の三宮ともあろう異能士が、高校生のオレを殺そうとするなんてな。冗談じゃない。

 あんたらはIWの影を殲滅(せんめつ)しなくちゃならないんだよ。こんな程度の低いことのために高等異能である「糸」まで使って。


 里緒の家系・霞流家(かするけ)は、伏見家(ふしみけ)の分家であり、本家の補佐を担当する。つまり現在首都・札幌を含む西南海州の統治を担う伏見の重要な「かたわら」になる。

 将来的には、里緒も現在の伏見当主である伏見玲奈の右腕になることだろう。

 もしその右腕の芽である里緒を(あらかじ)め潰しておければ、この先伏見家の失墜につながる可能性がある。

 そして、そうなって得をするのは、()(どもえ)の御三家のうち………三宮家と名瀬家だけだ。

 里緒を襲った大方(おおかた)の理由はそんなところだろう。

 異能を使う価値すらない、下劣(げれつ)な権力争い。


「くだらないな……三宮家は。こんなことでしか強い権力を獲得できないんだろ」

 オレは彼に言い放つ。


「……なんだって? (きみ)、さっきから言ってくれるじゃないか。そんなに早く里緒のいるところに行きたいのかい」

 彼はもう一度、モニターの中の里緒を見る。


 横たわり、うずくまる里緒に二体の影が複数の蹴りを入れる。

 右から。左から。右から。左から。交互に左右から影が蹴りを入れていく。

 その蹴りを受けるたびに里緒の身体(からだ)が力なく揺れる。


 本来、影の基本的な行動原理は、人間という種の殺戮(さつりく)そのもの。

 モニターに映っているように、横たわる人に蹴りを入れるなんて行動はしない。

 つまり目の前の三宮が糸で操作しているんだろう。


「里緒のいるところ? どういう意味だ」


「100%そのままの意味だよ。(きみ)もあの世に行かせてあげる」

 彼は両手を強く握る。

 その際にプチンと何かが切れる音がする。

 どうやら、里緒のところにいる影に繋いでいた「糸」を切ったらしい。

 里緒を好き放題蹴っていたモニター内の影が唐突に動きを止める。


「オレを殺すってことか。面白いこと言うんだな。だが……あんたにオレは殺せない」


(きみ)……いや……おまえは、一体何を言っている? 僕が三宮一族の人間であると知っていながら、僕に勝てるとでも? (きみ)には5%もの勝率すらないよ」


「それは、戦えば分かる」


 その瞬間、オレの周りに見えるか見えないかギリギリの細さの白い糸のような物が何重にも体を取り巻きそうになる。


(なにっ……)


 オレはその糸が体に巻き付く前に、瞬時にマフラーを首から(はず)す。

 結果的にマフラーの端を掴んでいる状態で、オレの体の周りに無数の白い糸が巻き付く。

 感触からしてワイヤーに近い物だろう。異能「糸」によるワイヤーといったところか。


 オレの両腕ごと巻き込まれたため、体をうまく動かせなくなった。


「それは白蜘糸(はくちし)といって、三宮の中でもトップレベルの硬さをもつ僕の糸。それに巻き付かれたら最後……。(きみ)は99%、その糸からは逃げられない。僕は始めからこの罠を入口に仕掛けていたのさ」

 彼は愉快な表情で満足そうに、オレにそう語る。

 もう自分の勝ちを確信したのだろう。


 オレは握っているマフラーに「檻」を付与する。

 その青白く発光するマフラーを操作し、オレの体に何重にも巻き付く白い糸を空間ごと斬り取る。マフラーを刀のように動かして―――――。


「っ…!? なに……僕の糸が切れた!?」

 彼は慌てふためいた様子で少し後ずさりする。


「何もそんなに驚くことじゃない。異能には相性というものがある。……こんな言葉を知っているか。檻には衣を、衣には糸を、糸には檻を、とな」

 この言葉はかつて日本最強の異能士……伏見旬(ふしみしゅん)名瀬(なせ)惟司(ただまさ)三宮桜子(さんぐうさくらこ)が皆で残したとされるもの。異能の相性を示している。


「僕の糸に対抗できるということは、お前……まさか、名瀬一族の人間か……」


 オレは素早く彼の目の前まで来ると、マフラーを敏速に振り下ろす。

 男は糸を何本か展開させ、それを盾にする。

 その糸は檻を付与したマフラーでも切断できなかった。


 実は、奴の「糸」自体が柔いわけではない。オレが空間ごと糸を切り裂いたため簡単に切断できたという理屈だ。

 異能「糸」を構成するのは光現象そのものらしい。詳しいことはオレも分からないが、奴の体から直接展開されている糸は空間ごと切り裂けない。

 奴の支配下を離れた糸のみ切断できるということか。


 オレは一旦後ろに下がり、構え直す。


 すると奴が再び口を開いた。

「これだけ檻の展開純度が高いのなら、(きみ)は本家の直系だと見受けられる。(あお)い閃光に弟がいたなんて話は聞いたことがないけどね」


「それはそうだろうな。隠していたんだから」


「隠す……? 何のために」


「こっちにも事情ってものがある」


 オレは杏姉譲りである瞬速(しゅんそく)で奴に接近し、もう一度マフラーで彼に切りかかる。


「お前っ……!」

 三宮が語気を荒げながらそう言い放つ。

 その瞬間オレのマフラーに切りつけられ、男の胸部に大きな切り傷が出来る。赤い鮮血が飛び散る。


 彼がオレの速さについてこれるはずもない。なぜなら、「速さ」だけなら、オレは実の姉…碧い閃光にも(まさ)る。

 

蒼玉(そうぎょく)っ!」

 オレは急いで、体をのけぞらせた男を檻で囲もうとする。

 奴の周りに、正方形の青い障壁が現れる。


 このままなら檻に入れられる――――。

 そう思ったその瞬間………。


 ――――ドスッ。

 あたりに大量の煙が発生する。


「なんだこれ……。ゲホッ、ゲホッ、んッ」

 オレは煙を多少吸ってしまったため、軽く咳込(せきこ)む。

 そのとき倉庫の床に何かが転がる音がする。


(これは異能……ではなく、煙玉(けむりだま)?)


「っん? しまった」

 オレは急いで三宮の男がいた位置をマフラーで切りつける。

 煙が横一線に切りつけられることで視界を取り戻す。

 オレは辺りを確認するが、もうそこには誰も立っていなかった。

 倉庫の中央にモニターと椅子があるだけだ。

 オレは左手を軽く握り、檻の展開を解除する。


 三宮家は確か、異能「糸」を使用することで奇抜な連絡ツールを持つとされていた。

 何をしたのか具体的には分からなかったが、あの男が逃げるために誰かを呼びだしたのは確かだろう。


 高々オレ一人を相手にするだけで逃げだすとは、随分情けないんだな。……三宮家の人間は。


 全体的に周りの煙が晴れ始めた頃、オレは心の中であの男にそう毒づいていた。

 



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