襲撃【1】
*
「結構な距離を歩いたか」
独り言のつもりで呟くが。
『ええ、そうみたいですね』
脳内に流れる透き通った美声。彼女はオレのサポート役のようなものだ。
2021年3月21日午後4時頃、場所にして旧秋田県。
三月という季節にそぐわず、紺色無地のマフラーを巻いているオレ、名瀬統也はポケットに手を突っ込みながら、静かで誰もいないような廃墟の町でただ一人、リュックを背負い歩いていた。
「境界の内側とはいえ人の手が加わらなければ、たった三年でここまで廃墟化するのか……」
新成「北日本国」
「青の境界」の影響で日本国領土は北海道と少量面積の東北のみへと変化してしまったため、人口密度の急激な増加に加え、地域産物の消滅による食料不足や一定産業の衰退など、たくさんの社会問題を抱えていた。
『「ダークテリトリーの処遇」は社会問題の一つにもなっていますから』
再びオレの独り言に反応する彼女―――Codename[K]。
「ここまで廃墟化していれば社会問題にもなるでしょうね」
ダークテリトリーとはIWの都市開発の際、「奴ら」に破壊された人工物を再開発せず、そのまま野放した廃墟地域のことを指す。今オレがいる場所だ。
境界外が廃墟なのは無論だが、IWにも青の境界から直近で32Km圏内は廃墟地域となっている。
オレはその32Kmの間にまたがる廃墟の地で「青の境界」を背に一人目的の再開発地に向かい歩いていたところだった。彼女に脳内からの音声で先導されながら。
『次の大道路を右です』
「了解しました」
まだ冬の寒さの余韻が残っており、さすがは東北地域などと考えていると夕日がそろそろ落ちそうになるのを感じた。
空気が湿ってきたな。もうすぐ雨が降るのか? 天気予報にはそんなこと書いてなかった。
いや、当たり前か。
そんなことを考えていた時、オレは自分に向けられた微かな殺気を見逃さなかった。
「K、いったん同調通信チューニングを切っても構いませんか?」
『ええ、構いませんよ。ではまた後程報告回収に来ますね』
「よろしく頼みます」
うなじにある同調装置チューニレイダーを操作しつつ電源をオフる。
殺意を向けられたことよりも、この立ち入り禁止の廃墟地に人がいることに驚いたが、意識を右斜め後ろの方向にいる敵に向けながら、ゆっくりと背負っていたリュックを下す。
その時、リュックと硬い道路の地面がぶつかる音が鳴った。
カツン――――。
その瞬間、その音が合図であるかのように右斜め後ろから勢いよく敵が攻撃を仕掛けてくる。
オレが立っていた場所。とんでもない爆発音とともに煙が立ち込める。
爆発のような破壊力が高い、赤い攻撃であたりは吹き飛ぶが、オレは間一髪その攻撃を避けることに成功する。
「あぶねっ」
この時の爆風の拍子に服の右肩部分がスライスされたように切り裂かれる。
すさまじい速さで煙幕から抜け出し、煙が尾を引く。両手を地面に付け体の速度を落とし、止める。
軽く切り裂かれた右肩から血が少量出ていて、服やコートに滲んでいた。
「なんだこの速さ……只者じゃないな。あんた……誰だ?」
「“お前が知る必要はない”」
そう答える音声は呪詛という能力でモザイクがかかており、男女か、どんな年齢かさえ推定できなかった。
「答える気はない、か。でも、オレを狙ってきたことだけは確かだな」
ゆっくりと煙が晴れていき、煙が薄くなったところで敵の姿を視認できた。
その姿は全身黒い外套、マントのようなもので覆われており、体格などを正確につかむことはできないことに加え、深いフードを被っていて顔は視認できない。
身長はオレと同じくらい……ということは、170cm辺りか。
そんなことを考えていると、煙が晴れる前にもう一度、今度はとんでもない速度でこちらに向かって槍のような武器を突き立ててくる。
「あっぶね……!」
会話もまともにできそうにない。
ビュンと風を切るような槍の剣筋に対し体を後ろにのけぞらせながら避け、その勢いでそのまま連続で二回バク転し、後退する。
奴が使用する槍は近未来的なエフェクトに加え、円形を模した模様が何重にも描かれており、どこか機械的だった。
あれは……オリジン武装……?
何故ここにあの武具が? あり得ない。
「その武器……ここにはあっちゃいけない物だ」
「“さあ、どうなんだろうな”」
まあいい、捕まえて全て吐かせればいいだけ。
オレは世界に六名しか存在しない特級異能者の一人。
コイツ、それを知っててオレを襲ってきた? いやそんなはずは……。
「あんた、オレに勝てると思っているのか?」