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任務失敗の兆し

 

  *


 午後6時15分が経過した頃。


 オレは一時間前、楓さんに長々と説明された内容の任務を達成するべく、とある廃墟に来ていた。

 当然のことだが、夜なので辺りは暗い。謎の静けさがあり、その雰囲気や様子が尚更廃墟にマッチし、不気味な空気感を作り上げていた。


 オレはもう使われていないであろう廃墟のガソリンスタンドの駐車場で待機する。

 田舎(いなか)の廃墟とは言え、未だ街灯だけは明かりを灯していた。

 無論周りに一般人の気配はない。


 今度こそ、というべきか……その場所にはきちんと任務を遂行するために霞流里緒さんが姿を見せていた。

 もしこの任務にも来なければ、異能士の履歴書に悪い意味で響くだろうからな。

 この任務には彼女も呼ばれており、連携して任務に取りかかるよう言われていた。

 

(会って数分の人物と、どうやって連携を取れというのか……)


 同じ高校に通っているとはいえ、やはり初見だった。一度も彼女を見たことがない。

 女子にしては少しだけ高めの身長に黒髪セミロング。右耳にだけ髪を引っかけている。

 おそらく常に右耳に髪をかけているのだろう。

 クールな目つきで目じりが細く切れ込んでいる。可愛いというよりかは、かっこいいという言葉が似あうかもしれない。


 彼女はオレを視認すると、軽く頭を下げ会釈した。

 大事な約束をすっぽかすような人だから、どんな問題児かと思ったが、最低限のマナーはあるらしい。


 1時間ほど前にグループ通話をした際、オレがギアの相手だと楓さんに説明してもらった。

 あまり彼女と話したくはないが、これからもずっと一切話さないでギアを組み続け、影を討伐することなんて出来ないので、今だけは嫌でも少し会話しておくことにした。

 何よりこれからの任務にも少なからず支障をきたす可能性がある。

 コミュニケーションはしっかりとっておいた方がいい。オレはそう考えていた。


 オレは里緒さんの方に近づいていき、目を無理やりにでも合わせて会話する。

「霞流さん、これから一緒にギアを組むことになってるが、よろしくな」

 彼女が小声で「は?」と言ったのが聞こえた。


「はぁ……よろしくお願いします。でも……多分あなたも、あたしについてこれないよ。あと里緒でいい。同級生でしょ?」

 彼女は無表情で不愛想にそう言った。


 ついてこれない……か。


「そうか。それじゃあ、里緒と呼ぶことにする」


「うん」

 彼女は軽く頷いた。その際に右側に垂れてきた髪を再び耳にかける。


「参考までに君の異能を教えといてくれないか?」

 オレは彼女の異能に少しばかり興味を持った。


「え……? 面白いこと言うんだね。そんなの聞いたってどうせ私が全部やるんだから意味ないよ」

 初め彼女は少し驚いた様な表情を見せたが、また初めの無表情に戻った。


「……そうか。なら聞かないでおくことにする」


「うん」

 彼女はもう一度コクンと頷き、その後に口を開く。


「今日昼に約束してたのに来なかったのはごめん。それは悪かったと思ってる。ごめんなさい……だけどあたしは誰ともギアを組む気はないの」

 一応反省はしているようだ。彼女の表情からそう判断した。


「ん? いや、いいよ。気にしてないさ。でも、これからもギアを組まないというのは異能士としての活動の限界があると思う。君の考え方は大体は理解したつもりだが、それでもギアは組んだ方がいい」


「……会って初めての人に考え方を理解したみたいなこと言わないほうがいいよ。あたしのことが分かった。理解できた……。そんなわけないでしょ。こんな一瞬で一体どれだけのことが分かったっていうの? そんなに人って簡単なものじゃないでしょ」

 

 冷淡でクールな口調ながらも内心の情を熱くしているのは伝わってくる。


 そんなに熱くなるなよ。

 君が今ストレスを抱えている理由は少なくとも分かった。

 要は雑魚(ざこ)い奴は使えないからギアにはしたくないし、足手まとい。おそらくそう言いたい。

 具体的には違うことかもしれないが大体がこんなところだろう。


「多分、里緒は信頼できるギアの相手に出会ったことがないんじゃないか? 今の仕組みでは卒業後すぐにC級異能士同士がギアを組むことは出来ない。だから里緒は強制的にD級異能士と組まされる。違うか?」

 彼女はうつむきながら下唇を噛む。恐らく図星だろう。

 里緒の異能士階級はC級。組まされるのがD級だと足手まといになることもあるだろう。


「じゃあ何。あなたならあたしが信頼できるギアになってくれるの? あなたならあたしに任務を押し付けない?」


「残念だが、それは無理だろうな。オレは今、階級なしの異能士だからな。信頼はされたくてもできないだろう」


「は……? 何それ、冗談のつもり? 階級なしってことは、あなた、まだ異能士ですらないんじゃない」


 まあ、そういうことだな。彼女の言っていることは正しい。

 オレは正式にはまだ異能士ではない。その技量があるだけで資格はない、といったところか。

 その証拠に影を倒す依頼もきちんと受けたことがない。なんならこの間が人生で初めて影を討伐したときだ、と。

 その際、オレが進藤に影の討伐数を譲ったのは、これが根底にある原因だった。

 異能士としての資格がなければ影の討伐すらもまともに許可が下りることはない。


「逆にどうしてあなたを楓さんが推薦したのかも全く分からない。正直からかっているようにしか感じない。これからの任務だってどうせあたしが全部やることになる。影2体くらいあたしが一人で片付ける」


 今夜の任務は2体の影の討伐依頼だ。オレにとっては人生初依頼となる。


「頼んだ。正直めんどくさかったから、里緒がやってくれるならむしろ助かる」


「……そう」

 彼女は呆れたように一言いい残し、背を向けて反対側に歩いていく。


「あ、そうだ」

 彼女はそう言いながら何か言い忘れていたとでも言う様にこちらの方に向き直る。


「ん? どうかしたのか?」

 オレは彼女と目を合わせる。


「これから異能士として、あなたと二度と会うことはないだろうけど、名前くらい聞いておく」

 異能士として、と付けたのは学校で生徒として会うことはあるからだろう。

 同じ学校に通っているのだから無理もない。


「オレの名前か?」


「他に何があるの?」


「そうか……。オレの名前は………」

 オレが名前を言おうとしたその瞬間、オレのスマホの着信音が鳴る。


「プルルルルルルー」


 オレは里緒との会話を中断させ、スマホの表示を見る。

 二ノ沢楓となっていたので目の前で様子を伺っている里緒にその画面を見せる。


 彼女は静かに頷く。


「スピーカーにしてくれる?」


「了解、ちょっと待て。………よし、できた」

 オレは自分のスマホの通話音源をスピーカに変更し、音量を少し上げる。


『もしもし? 二ノ沢だけど』

 スマホの向こう側から静かめに声が聞こえる。


「はい、オレと里緒、両名います」


『はーい、わかったわ。二人とも(そろ)ったのね。そろそろ目標が通過する予定よ。準備を整えておいて。位置はポイントB付近。プランCで決行することをお勧めするわ』


「分かりました」

 里緒がはきはきした声で答える。


『あ、里緒もそこにいるの?』

 分かりました、という里緒の声を聞いて、近くにいるのかと聞いてくる。


「はい、居ます。なんかあたしに用でもありました?」


『いやーなんもないよ。ただ頑張んなさいよって』


「……えっと、はい。頑張ります」

 

 これがただの激励(げきれい)ではないことをオレは数分後に知ることになる。

 


  *


 

「話の通りポイントBに影が来たが、数が多い。手違いか?」

 オレと里緒は廃墟のガソリンスタンドの屋根の上に登り、屈みながら少し遠く……100メートルほど先の地点について会話していた。


 そこには影らしき黒い肌の人型の化け物が3体歩いていた。

 依頼では2体の討伐となっていたはずだが、どういうことだろうか。


 一体増えたくらい変わんないのではないかと考える人がいるかもしれないが、それは大きな間違いだ。

 基本的に異能士はギアで影を討伐していくが、異能士二人で影一体を討伐という計算が多い。すなわちギアを組んでやっと一体を安心して仕留められるということ。


 今回は特例でかなりレベルが高くなると楓さんからあらかじめ伝えられていた。だがそれは二人で影を2体仕留めなければならないから。

 二人で二体の討伐は一人ずつの比重と強さに依存してしまう手段になるため、異能士の世界では運用されることがほとんどない。

 にも関わらずポイントBに現れた影の数は二体を超える3体。これは相当な非常事態だ。


「相手の影人のレベルレートがD級だって楓さんが言ってた。だから大丈夫じゃない? 弱い奴が何人増えようと、何体増えようと変わらないでしょ」


 里緒にとってD級の影など本当に敵ではないだろう。威勢や風格、態度を観察する限り、虚勢を張っているようにも見えない。

 楓さんに言われていた通り、里緒は異能士としては強いのかもしれない。


 だが……。


「ああ、かもしれないな……」


 ここまで言っていたが、オレは特異な「自分の眼」を使用して影を見てみることにした。

 そうすることでオレはある重要なことに気付く。


 オレも高校に転入学してから、香たちと毎日をただダラダラ過ごしていたわけじゃない。

 一つの目標を持って数週間を過ごしていた。それは紫紺石の鑑定をこの「眼」で可能にすることだ。

 紫紺石のような水晶がどうして影の死ぬ過程で生成されるのかはまだ解明されていないが、現在の異能科学では影にとってのエネルギー源が具現化したものだと考えられている。


 オレはそれの性質などを自分で探れるようにしたいと前々から考えていたが、ついこの間、オレは紫紺石の鑑定にある程度の(しき)を持てるようになった。

 これが出来ると何かいいことがあるのかというと、影のレベルレートが自分の物差しで測れるようになったという利点があげられる。

 影を見ただけで、厳密にはオレの「眼」で見るだけで、影のレベルが分かるということだ。


 だからこそ、オレは気付いてしまった。


 楓さんは頭がおかしい、ということに。



 これに気付いたとき、本当に狂っていると感じた。

 なんとなく嫌な予感はしていた。


 通常、見習いギアには担当異能士が同伴するもの。

 例えば、戦闘経験が浅いオレたちがもし危険な状況になったとしても担当異能士である楓さんが救済を入れることで、なるべく安全に任務を行える。


「なあ、里緒。ひとつ落ち着いて聞いてほしいことがあるんだが……。この討伐依頼はやっぱりやめておかないか?」


「え? 何言ってるの? なんで今更……というか、あいつらを倒すのはあたしでしょ? あなたがどこの家系の異能士か知らないけど、今の時期に『階級なし』は相当いかれてるよ。少なくとも、まともな家系ではない。だからあなたはそこで見ててくれればいいよ。討伐報告書にはきちんとあなたも戦ったことにしといてあげるから」


「いや。そういう問題じゃない……というかな、戦うのがオレじゃないからこそ()めた方がいいと言ってるんだ」


「はい?」

 余計意味が分からないとでもいうように彼女はオレの方を見て首を傾げる。


「この依頼は辞めておいた方がいい」

 オレはゆっくりと告げる。


 彼女は自分ひとりで戦うと言って聞かない。だからこそ戦うのはオレではなく、彼女になってしまうだろう。


 そうこうしてるうちに3体の影がポイント地点につく。

 彼女は3体の影がいる方に向き直り、今にも攻撃しに行きそうな体勢を取る。


「待て。考え直せないか?」


「だから、なんであたしがあなたの指示を聞かなくちゃいけないの?」

 彼女はオレの方を向くこともなくぶっきらぼうにそう言い、屈んだ状態から立ち上がる。


 もうダメか。

 この段階で里緒を止められない時点で、選択肢は2つしかない。

 彼女にオレの本当のレベルを明かすか、もしくはオレが自分のレベルを隠し彼女が死ぬか。

 もちろんオレが選べるのは前者しかない。


「それじゃあ、そこで待ってて」

 そう言う彼女の腕をオレは掴み、止める。


 すると彼女はウザそうに振り返りオレを見る。


「なに?」


「君が助けてほしいと思ったときに、ちゃんとオレに言ってくれるか?」

 オレは静かにそう言いながら、里緒の目を真っ直ぐ見つめる。


「……ごめん。あなたが何を言ってるのか分からない」

 そう言いながら彼女は腕を掴んでいたオレの手を払いのける。

 里緒は自分が一人で片づけてくるという勢いで、影3体に突っ込んでく。



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