表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
257/293

怒り



 ***



 現在。まず、「功刀舞悠……? なに? 不老不死? 翠蘭が?」と怪訝そうに半分独り言のように呟く雪華が沈黙を破った第一声であったが、他のメンバーもまた似たような疑問、懐疑心を抱いていると茜は肌で感じ取っていた。

 しかし一際の不安と疑念を抱いているのは、舞花だ。


「どういう、こと……ですの?」


 視界がぐらぐらする。良くない夢を見ているようだ。

 目の前で嘲笑するような表情を浮かべる偽拓真は、はっきりと父の名を口にした。――『功刀舞悠』と。


「あり得ないですわ……」


 功刀家管轄の情報であり、舞花の父の存在は戸籍資料を調査する程度では調べがつかない。ゆえに母の前夫である彼の名を口にしたことは看過できない。

 その事実が舞花の意識を深淵へと落とした。


「惑わされないで。彼のたちの悪い冗談に耳を貸す必要はない。お願い冷静になって」


 茜はそれを見て、まずいと思い態勢を整える意味でも発言する。


「そうだよな、不老不死なんてあり得ねえし……ああ、うん。そうだ……」


 舞花への言葉だったがリカと雪華も首を縦に振り応じた。


「三宮拓真の正体が、功刀っていうのも変な話だよね。……絶対におかしい」

「雪華の言う通りだ。あたいにだって、そのくらい分かる……」


 だがリカは口にした内容とは裏腹に、別のことに考えを巡らせていた。


(さっきの雹理の話題で出た伏見(すい)……百年前の異能者だとか……)

(一見関係ないように思えるが……)

(『衣』が同一色ってことは、おそらく翠蘭本人ってことになる)

(飛躍し過ぎてるか……いや)

(以前年齢を訊いた時、翠蘭は嘘を吐いていた。ただの年齢詐称ではない?)

(ヤツの言う通り、不老不死が何らかの方法で可能なら、あるいは――)


 一方茜は偽拓真の意味不明な言及について何か知っているだろうと思い、翠蘭の横顔を確認した。

 彼の権能の本質は「意識の乗っ取り」であり、ここにいる者の中でそれを知っているのは翠蘭だけだ。

 紅い瞳と、翠の瞳。視線が交錯し、茜は目配せをして「話せ」と促すと、翠蘭は小さく溜息をつき、渋々といった雰囲気で口を開いた。 


「彼は―――他者の肉体を転々とできます」

「は。それまじで? 肉体を乗っ取るってことか」

「私達まで乗り移られるっていう万が一はないの?」


 雪華はもしもの恐怖に駆られて問いかけた。


「いや、そんなことができるならもうやってるだろ。何やら訳知り顔の委員長が警告してないことからも、『できない』と推測できる。そうだろ? 委員長」

 

 リカの問いに返答する暇もなく、翠蘭は『衣』の出力を高めジェット噴射を利用して推進する。問答無用とばかりに。


「はっ、ちょ待て委員長!!」


 陽動も何もないただの突進――下手な突撃に皆驚くが、驚きを露わにしたその時には既に偽拓真の背後を取っていた。


「す、すげえ、はええ!」


 マナエネルギーのロケット噴射による加速。

 本気を出せばここまで速かったのか。そう、唖然とするメンバー。

 翠蘭は素手。『衣』を纏っているといっても素手には変わりない。それでも、熊やゴリラを力比べでねじ伏せ、虎やライオンを銃火器・弓矢・その他飛び道具無しで仕留めるくらいのパワーとスピードはある。


「鎌足、貴様は人類ではないッ! 貴様なら殺せる!」


 翠蘭が得物なしでも偽拓真――彼女にとっては「鎌足」――を殺やれると判断した根拠だった。

 彼女は単なる力自慢、スピード自慢ではない。引き上げられた身体能力に振り回されない技術を身につけている。中国の太極拳に始まり、体内の力学的エネルギーの軽重操作まで。

 それは、自惚れではないはずだった。


「―――堕ちろ」

「くはッ!」


 しかし。


「どういう、ことです……!?」


 だが背後から偽拓真に襲い掛かった翠蘭は、次の瞬間、舗装された『赫水晶』の地面に叩き付けられていた。

 冷たい瞳で《《鎌足》》が《《かぐや》》を見下ろす。

 黒鉄のような、その眼差し。翠蘭には、そこから一切の感情を読み取ることができなかった。


「大丈夫か!!」

「翠蘭!!」

「くッ……」


 リカと雪華の声を聞き、痛みを堪こらえて翠蘭が立ち上がる。彼女は苦痛に慣れていた。痛いからといって寝転んでいては、二度と痛みを感じることができなくなる。神経が麻痺するのではなく、死ぬという意味だ。鎌足は平気で人を殺すし、同胞も手にかける。


「起きよ。早くしろ。興が削がれる」


 翠蘭が中腰で後退しながら立ち上がる様を、偽拓真は無表情に見ていた。

 だが何故か、偽拓真に攻撃の意思はないようだ。

 翠蘭は「駄目……」と心の中で呟いた。自分の誤算を、認めざるを得なかった。

 無造作に立っている偽拓真に、付け入る隙を見出せない。「以前の彼ではない」という事実。


「鎌足貴様……私に一体、何をした……」

 

 次に攻撃を仕掛けたとしても、ただ攻撃を仕掛けた自分が、床上に這いつくばるイメージだけが思い描かれる。


「分からないのかい、かぐや。うしろの推古の末裔は『推し量れた』という顔をしているが」 


 推古の末裔――この場にいる全員にとってその意味は分からないが、彼のニヒルな視線が茜を射抜いていたことだけは確信できる。

 

「はぁッ!!」


 翠蘭は手からマナエネルギーを噴射し、反動を利用して翠色を纏った拳を前に突き出すが、やはりそれが彼の胴体に打ち込まれることはなかった。


「『神紡』」

「―――ッ」


 今度は苺色ピンクのレーザー四本に吹き飛ばされ、茜らよりも後ろへ落下。着地点に雪華が『氷瀑』でクッションを作った恩恵で、致命傷には至らなかった。幸い翠蘭は『神紡』をゼロ距離から受ける際に『炎霊化』――『衣』の鎧を着ていたため目立った深手も負っていない。

 明らかに協力、連携が必要な事態だった。茜はこの事態を打破するための賢明な手段を求め思考を巡らせる。


「天霧さん、さっきのあれ。翠蘭さんは何を食らったんですか?」


 偽拓真の宣言が虚言やはったりでないのなら、茜だけは翠蘭を叩きつけたものの正体が何か分かっていることになる。

 しかし茜は希咲の問いに答えることなく、舞花の様子を見た。茜の考えや見当が正しければ、舞花もまたあの攻撃の正体を知っているはずだからだ。

 

「肉体を乗っ取る? ……は、はぁ? 何を、言っているんですの? あり得ないですわ……」


 狼狽に狼狽を重ね、まるで周囲が見えていないかのごとく混乱を口にする。さっきから同じセリフを何度も何度も反芻する舞花。放心状態なのは明らかだった。


「舞花。敵に集中しろ!」

「でも……」

「いいから! 目の前の敵を見ろ! ……もう分かっただろ。あれが、お前の父親の中身だったってことだ」

「は…………?」


 ――この身体の前――偽拓真の先程のフレーズと、肉体を乗っ取り転々とするという翠蘭の話を総合すると、そういうことになる。この場にいる全員が考え得る可能性だった。

 しかし舞花にはリカの軽率な断定は許せなかった。死んだはずの父が目の前に姿を変え、存在しているだけでもあり得ない事象だというのに。それに加え父の正体が目の前の得体の知れない男だったと、そう話すリカの憶測には納得など到底できなかった。


「ふはははっはははははは!!! 虫けら共が!!!」


 底知れない気味悪さで甲高く笑い声をあげた、偽拓真。

 いや、藤原鎌足。

 舞花はビクンと体を震わせ、正面の狂気的な嘲笑を見て冷や汗をかく。

 リカは不気味さに堪えかねて後ずさりする。

 翠蘭は、意識こそあるが未だ地面で伸びている。

 希咲は『棘糸』の拘束によって、余った周囲の影人数十、全てを一人で押さえ込んでいる。

 雪華は『氷瀑』の準備か、諸手が氷煙を帯びて、態勢を屈ませ構えている。

 その中で茜は「やはりそういうこと……」と疑問を一人解決する。肉体は拓真のものであるから異能は『糸』《《のみ》》を使うかと思ったが、最初のあれは言わずもがな異能『糸』などではない。ならば、叩きつけたものの正体は一体何なのか。

 答えは―――。


「そこの短躯……ええと、現代語では『チビ』とか言ったかな……の言う通りだ」


 リカが顔を歪ませるが気にせず続ける偽拓真。

 

「私が君の父親だ……舞花。先も告げたが、名は功刀舞悠」

「あり得ない!!」

「我が娘よ、もう諦めるんだ。そこのチビも、かぐやも、推古の末裔も……君以外の皆が分かっていることじゃないか。そろそろ現実を見たまえ」

「あり得ない、あり得ないあり得ない!!」

「ふっ。なら説明しようか、君がデキた経緯を。『力場の魔眼』のオッドアイ……右目の赤紫『正転』、左目の濃い緑『逆転』という性質の幼児を、双子の異能性一卵性双生児の医学的特性を用いて《《意図的に》》作り上げた、その過程をね」


 舞花は魂を吐き出すような、震えた息を吐く。過呼吸に飲まれ、視界がだんだんと暗くなってゆく。

 ――アタシが意図的に作られた?

 信じられない。

 信じたくない。

 

「具体的には、本来一つとして生じ、双子間で分け合うはずの異能演算領域を、ホルモンを弄り双子それぞれに一つずつ持たせた。100%として。そこから異能性一卵性の配分特質によって1:99で分配」


 悪びれる様子もなく、また罪を犯したというような意識もない。自慢話をペラペラと喋る、そんな愉快な表情と身振り手振りだ。


「結果は見事。君は99の方『198%』の異能領域を得て、半分を『正転』の重力に、もう半分を『逆転』の反重力に振り分け、それらを操作する異能力を手に入れた」


 彼の主張を要約すると、次のようになる。

 本来双子合わせて100%が用意される異能演算領域を、二人それぞれに100%を用意させる。この工程にはホルモンを弄ったとだけ偽拓真は述べている。具体的にどう脳内変異を作り出したかは不明だが、双子の片割れの異能演算領域をほぼ空にすることで強制的にもう片方の幼児の異能演算領域を200%に近似した、と言っている。

 どちらが舞でどちらが舞花なのかは、もはや言うまでもない。


「舞には可哀想なことをしたね。おかげで大変な虐げられ方をしたようだし」


 手柄とばかりに饒舌にまくしたてた。

 舞花は息を溜め、地面を見つめた。その身体は全身から何かが溢れ出るかのように震えていた。そして着火、爆発。


「お前かッ!! 舞舞を異能の持たない人間として作り上げたのはッ!! 絶対に許さないですわ!!」


 誰も見たことがないような、舞花の怒号が空間に響く。


「君に私の実験を否定する権利はない」

「ある!! 妹を愚弄した!! 絶対に許さない!!」

「でも君は良かっただろう? おかげで重力も反重力も操れるバケモノになれたしね?」

「貴様は死ね!! ―――堕ちろぉぉ!!」


 舞花は『力場の魔眼』を行使し、「重力」を偽拓真の座標に叩きつけた。

 いや、「怒り」を。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ