手紙
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高度な火炎を操る異能一族の直系には二つの名門血族が存在している。
一つは「次元火炎理論」の風間家。
二つは、あの弓の名手で知られるシュペンサー・火花・クルスがいる「超越火炎理論」の来栖家。
あたし――風間葵は前者、風間家で生まれ育った。
風間家は異能独立家で内情が安定していたのもあり、また相伝された理論に基づいて自分の能力を高められるため術式的な才があれば難なく上を目指せる。
気づけば『青星』なんて大層な二つ名がつき、日本でも数名しかもらえない名誉、特例一級異能者になってた。
薪兄は昔からそんなあたしと比べられ、家庭内では劣等感を抱いていたはず。
あたしに直接の拒否感があったわけではないだろうけど、あたしが成績を上げることでより気まずそうにしてたし、風間家内の強烈な不平等感があったのではないかと思う。
口もきいてくれなくなって、それから数年後、薪兄は劣等感に後押しされるように家から出ていった。
そして。いつの間にか道をはずれた。
最終的に「異能士殺し」なんて呼ばれちゃってさ。
裏社会、裏稼業に身を投じ、優秀な異能士達をデリートして荒稼ぎする賞金稼ぎに成り下がっちゃった。
その薪兄が言った言葉に、こんな意味深なメッセージがある。
「世界は広い。おまえが知ってる、見えてるものだけとは限らないぜ。戦場はその目でちゃんと見て初めて知れる奥深さがある。恐怖や愉悦がある。俺はそれを、あるガキの瞳から学んだ」
あるガキ、はエリートばかりが所属すると名高い「とある会社」の軍部にいると聞かされた。
オリジン社―――日本や中国、アメリカなどあらゆる国に拠点を置く、科学、文化、経済、軍事、政治、研究……全てを独占する世界最大のガリバー企業。
その会社が運営する軍の中―――。
特設異能大隊―――他の異能部隊と異なり、大隊本部、中隊、機関銃中隊、歩兵砲小隊の他に「特務官」と呼ばれる特別な編制を持つ特殊部隊がある。
青の境界に関する特別前進任務、通称「ADVANCE」を担う隊員で、全部で三つの役職が存在する。
青の境界管理官。
諜報潜入官。
補佐指揮官。
この中に一人だけ知り合いがいる。いや、親友がいる。
「はぁ……」
あたしは深い溜息と共に手元の手紙に視線を送る。
この手紙はルームメイトである茜の机の鍵付きの引き出しに入っていたもの。
予めこんなものを用意してたってことは、手段やタイミングはともあれいつかはこうするつもりだったってことだよね。
行方不明なんかになってなければ、そもそもこの引き出しは開ける理由もなかったわけだし。
[風間葵へ]
[今この手紙を読んでいるということは、その世界で私はひとまず行方不明扱いになっているということ]
「その世界、か……」
[けれど安心してほしい。たぶん私は無事]
[いつも私の事情や都合を理解して、こちらに不利益のないよう動いてくれてありがとう]
[あまりお返しできていないのが心残りかな]
[初めての決闘で私があなたに勝ってから、今の関係になるなんて思ってもみなかった]
「そんなのあたしだって思ってなかったよ~まったく! いつも自分勝手で、マフラー王子のことばっか!」
茜は、軍の規律に則った正規の決闘で唯一あたしを負かした女。
同期の中で誰よりも頭が切れてめっちゃ聡いのに、いつも謎行動ばかり。
女王様みたいに隊を仕切るときもあれば、冷静に大局を見て非情な判断を下すときもある切れ者。でも猫みたいな甘い所もあってギャップ萌えする。そんな子。
薪兄が語ってた「あるガキ」=マフラー王子だと思ってる。
そしてそのマフラー王子の正体が名瀬統也という青の境界を展開した人物であること、茜の幼馴染のような存在であることが記されていた。
[私が今どこで何をしているのか、それはたぶん葵の推測通り]
[私が死刑になるのは既定路線。仕方のないこと]
[優しいあなたのことだから、止めようとか無茶なことしちゃうんじゃないかって心配]
[私が会ってきた中でもあなたは十番以内に入るトップクラスの異能者]
「十番以内ってなんか微妙~。それって褒めてるかなあ」
[だけど、あなたの強さはもっと他の有意義なことに使ってほしい。賢明な選択をしてね]
[生まれてから一度も仲のいい女友達ができたことがなかったから、すごく楽しかった。今までありがとう]
[さようなら、葵]
[天霧茜より]
[追伸 証拠が残らないよう電子メールにはしてない。読み終わったらこの手紙は上手く処分してほしい]
「な~んだ。茜、馬鹿だったんだね。東大通いながら軍務もこなす頭脳明晰だと思ってたのにさ」
読み終えたあたしはなんだか複雑な思いに駆られ、いてもたってもいられなくなり座っていた椅子から立ち上がった。
「目頭が熱いのはきっと目にゴミが…………なわけないか~」
人差し指で右目から零れた水をすくい、左手で直接手紙に蒼い炎を放った。
ボワッと、あたしの術式で発火させ燃やした。
「死刑になるのを止めないで、か」
丁寧に処理し塵一つ残さずに燃やし尽くすと、窓の外を見上げた。目の前の「極夜」による闇を。
「今日も朝は来なかったよ~。……お日様がいないせいかなぁ? ね、茜」
この闇夜の中であたしは、茜へ謂れのない嫌味を言いながらも、これからどのように行動するべきか考え始めていた。




