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AOの王【2】



 


 ***



 さっきの殺気溢れる雰囲気とはうって変わり、がくりと脱力して全てを諦めたようなそんな顔付きを見せる大輝が『糸』に吊られていた。

 

「可哀想に。彼女らは罪などないのに」


 偽拓真はさも同情しているかのような泣き目で大輝に語り掛けた。

 無論その目に水は浮かんでいない。

 これを見聞きすれば問答無用で大輝は激昂するだろう、そう思われたが。条件が付くか。

 ――さっきの殺気溢れる状態のままであれば、という。


「……雪華も、舞花も、死んだのか………」

 

 息のような掠れた声が赫水晶の洞窟で木霊した。


「本当にみんな死んだのか……」

「ああ。君が見た通りだよ」

「リカは…………リカは……リカは…………」


 見えない何かに縋るように、そう反芻する。頼むから生きていてくれと、そんな所だろうか。

 しかし縋っても意味などない。待っているのは残酷な結論のみ。


「もちろん死んだ。全部君のせいだ」

「おれの、せい……?」

「ああ当然だろう? 君を守るため。君を助けるため。君を取り返すため。そうして彼女らは全身全霊をもって責務を全うしすべてを奪われた。本当に可哀想だ。君なんかのため、未来ある彼女らは命を奪われた。君を影人打倒の希望と信じ、人類の切り札と信じ、命懸けで守った結果がこれだよ。悲惨だねえ、不憫だねえ」

「おれの、せい、なのか…………?」

「戯けた質問も休み休み言ったらどうかな。逆に君以外に誰がいるんだい? 是非とも教えてほしいものだね」


 大輝はもう涙さえ出なくなっていた。涸れ果て、乾ききっていた。

 絶望。その言葉以上にこの状況と彼の状態にマッチする言葉はこの世には存在しないだろう。

 大輝は何もかも呑み込みそうなほどの虚無感と悲壮感を纏った。


「子は親に似る。君も君の父親も大した犯罪者だよね。大勢巻き込み、殺したんだから」

「っ………」


 抜け殻のようになった大輝は微かに表情にディストーションを生み、息のような声を発した。


「黒羽玄亥。確かに因子体復権の反逆者ではあったが、中でも度を超す戦犯だったそうだよ」


 因子体復権。大輝と瑠璃はその言葉に聞き覚えがなかった。


罪咎ざいきゅうその一、玄亥は平和を実現していた世に混乱をもたらした張本人だ。具体的には『特別紫紺石』という極めて貴重な、されども危険極まりない代物をある機関から数個奪取した。あろうことか、そのうちの一つ『反転の影人』の力を我が物とし、反対派の政治家を処刑していった。行うテロ活動も熾烈を極めていったと聞いている」 


 偽拓真はニヤリと笑い、玄亥――大輝の父が過去に犯した贖えない罪の数々を暴露してゆく。


「何より最低なのは彼が殺めた人物だ。さて、ここでクエスチョン。大輝くん、君の父が殺した相手が誰か、分かるかな?」

「知りたく、ない……。頼む……もうやめてくれ。頼む……」


 大輝は涙目になり、何もかも知りたくないと首を振る。

 必死に。全てを拭うように。


「罪咎その二。玄亥は名瀬統也の母を殺した。君が好きな歌手、伏見玲奈の母も一度は殺した。そこにいる瑠璃の母でもある」

「俺は……俺は、生まれてこなければよかったんだ…………」


 瑠璃はその卑屈な言葉を聞き、どうしてか円山事変の際の、友人を失った直後の統也を回顧していた。

 その時の統也は珍しく自己否定のオーラを漂わせていた。

 瑠璃に出来ることは何もない。彼女自身がそれをよく知っている。

 その時の統也を慰めたり、立ち直らせたりしたわけではない。だから瑠璃には何もできない。たとえ統也でも、目の前の大輝でも、そして最愛の妹でも。


「私はある起源を持っている。ゆえに私が君に触れたことで記憶の蓋が開いたんじゃないかと推測する。少しコツがいるんだけどね……。目覚める前、何か夢を見なかったかい?」


 偽拓真は追い打ちをかけていくように続ける。

 瑠璃から見たソレは、もはや追い込み漁のようなものだった。


「ああ……見た……」


 ぽつりと告げた大輝。


「俺には妹のような、それでいて家族のような存在がいた……何度も陽子の記憶で見ていたのに、なぜ気づかかなかったんだ……忘れていたんだ……」


 言わすもがなシャルロット・セリーヌという起源『記憶』の使徒が行った権能による影響だ。

 だがそれを知る者は少ない。正しく言えば、それを認知している者が少ない。


「音芽……俺の幼馴染だ」

「玄亥は初めから自分の死後、『反転の影人』の特別紫紺石を託す者を決めていた。その向坂音芽だ」

「ああ……あ、あ……。だから、ネメが……」

「反逆者のリーダー玄亥は、『火焔の影人』の継承者もまた決めていた。君の、もう一人の幼馴染、桃山陽子だ」

「あ、ああああ――――!!!」


 大輝は頭を抱え、必死に何かを拭おうとする。


「彼女らは自ら計らずも君の父親の意志を引き継いだ。巻き込まれてしまったんだよ。君の父が、無理やり押し付けた」


 これらの話は瑠璃にとっても寝耳に水の話。邪魔をせず話させて事の顛末を見届けようと決めた。

 

「音芽、陽子。二人は因子体として、また反逆者の一メンバーとして特別紫紺石の力『火焔の影人』『反転の影人』を守り抜いた。渉という悪魔が彼女らに接触してきたのはそれから何年もあとのことだ」

「渉……? 誰だ……」


 大輝は知らないか、瑠璃は納得もしていた。

 呪いのバレンタイン、カースナイトなどと呼ばれるあの日よりずっと前に父、旬が殺した――名瀬統也の父。名瀬渉。

 

「……つまり音芽と陽子は渉に『形式上』従っていた。が、裏では伏見旬や名瀬統也ら穏健派の方針――青の境界というエリア区別を展開すること――に対する賛同。全体への平和、救済を望んでいた。平和思想だったんだ」


 この辺から大輝も、瑠璃でさえも偽拓真の発するセリフの意味が理解できなくなっていた。


「二人は画策して、因子体を救うために穏健派の司令塔勢力へある事実を密告していた。統也自身はこれを認知していないだろうけどね。『我々は「火焔の影人」「反転の影人」を所有している。用件を済ませ青の境界を早急に展開するならば我々はその他……つまり因子体以外に対し大規模な攻撃は繰り出さないことを誓おう』的なある種の脅しさ」


 話が明後日の方に向かっているのかと錯覚するほど、瑠璃にはその内容を咀嚼できなかった。

 口出しする予定はなかったがあまりにも謎発言が多すぎたため瑠璃は堪らず喋り出す。


「貴様さっきから何の話をしている? 青の境界は外にいる幾億もの影人からの侵略を守るための要塞だ。最終的に誰が判断を下したのかはしらないが、世界を守るため、人類を滅ぼさないため、やむを得ず名瀬統也がやった応急処置だ。現に名瀬統也のお陰で影人からの侵略を塞き止めるのに成功し、四割ほどの人類は九死に一生を得ている」

「まあ、そういう見解も悪くはないだろう」

「はあ?」


 瑠璃の端正な顔面は歪む。そして思う。

 ――見解、だと?


「天動説と地動説のようなものだよ」


 ガリレオ・ガリレイが天動説を斥け、地動説を支持したかどうかで宗教裁判にかけられた後、「それでも地球は動いている」と呟いた、という逸話は宗教が科学を完全には屈服させることができないことを象徴するエピソードとして有名だ。


「私は君たちインナーからしたら、境界内にとって有害、禁止された思想の持ち主、異端に見えるだろうからね。かといってその異端者――名瀬統也、二条紅葉、白夜雹理、名瀬杏子、セシリア・ホワイト、シャルロット・セリーヌ、代行者の幹部、聖境教会の一部の人間……すべてを吊るし上げるのは不可能だ。それとも、私たちを異端審問にかけ有罪にするかい?」


 その発言を聞き瑠璃は余計混乱した。当然といえば当然だ。瑠璃が諜報潜入官アドバンサーである三宮拓真から知らされていたのは起源や青の境界についての情報のみ。

 それだけでも他の無知なインナーよりは世の理を知る者として生活を送れた。

 しかし今回聞かされた話は、瑠璃にとっては理解どころか根底から知らぬものだ。


「この、人類が四割しかいない、更に北緯40度以上しかない狭い地でそんなことをしてみたまえ。残りは本当に能がない老いぼれどもだけになるよ?」


 瑠璃はその意味のわからなさから苛立ちを覚え、そのストレスを目に乗せ偽拓真を睨む。


「まあそう睨むな。話の腰を折ったのは君の方だろう?」

 

 偽拓真は微笑んでいたが、笑みの奥から殺気のような冷たさを感じ、瑠璃は口を閉ざした。

 大輝はただ下を向いていたが、再び始まった偽拓真の語りにより微かに体を動かした。


「知性影人……君たちがCSS(シーズ)などと呼ぶ十二全ての影人『落第者』にはかつて名前があり個性があった。人格が存在していたのだ」

「なんだと……」


 瑠璃は思わずそう漏らす。


「しかし幾度となく継承を繰り返し、何代にもわたり紫紺石の器を挿げ替えているうちに、CDの記録層ダメージのように紫紺石の結晶構造が擦れ、記憶媒体としての状態が悪くなっていった。そうして、特別紫紺石の内蔵データファイルが曖昧になっていった。結果、後世では『落第者』らの能力のみを継承できるようになった」

「そんな、ことが……」

「まだ彼らに人格がある頃。それらの落第者はかつて互いに争い、正規の座『起源』を渇望した。しかし過去の『蒼の王』が簒奪を恐れこう言った。『愚かな争いをやめ、落第者同士互いに団結し合ったとき我の王の力を授けよう』と。よくこの界隈では『座標軸』などと呼ばれる王の力だ。要約すれば―――」


 その続きは、しっかりとした音を立てて彼の唇から解き放たれ、静寂の中に響いていった。


「全ての影人、使徒を意のままに操ることのできる、至高の能力だ」


 無意識に瑠璃はハッとなり、ことの重大さに気付いた。


「まさか……!」

「これは、十二全ての知性影人の虚数式を組み合わせると『虚数空間』へ導かれ、そしてアーク空間の座標軸へ届くよう設定されていた。簡単に言うと、十二の知性影人が団結さえすれば……『それ』を手にできた。蒼の王がそう再設計したんだ」


 瑠璃には先程から脳裏にチラついて離れない存在がいた。

 この偽拓真が拓真の意識を乗っ取った際に、言っていたセリフ。


 『蒼の王は駄目だ。洒落にならない。どんな有象無象、矮小な人間どもを秤にかけても釣り合わない。今すぐ始末の準備をする。無敵の君主になる前に。覚醒した王になる前に』


「……それって……」


 その通り、と言いたげで満足そうに頷く偽拓真。


「ああそもそも、蒼の王――A・Oの王――Ark(アーク)Origin(オリジン)の王……次元も『青の境界』だったため当て字として蒼になっただけだからね」


 瑠璃の脳裏に何度も何度も、しつこく姿を見せるマフラーの青年。


「つまり、玄亥……お前の父親が反転の影人、火焔の影人の力さえ奪わなければ何も問題はなかったのさ。知性影人は一致団結し、座標軸を手にしていただろう。影人をこの世から駆逐し、世界を救うことだってできたかもしれないねぇ。影に支配されているアウターワールドだって簡単に取り戻せただろう。そう、お前の父が余計なことさえしなければ、な」


 偽拓真は語り始めの最初こそ愉悦に塗れた表情をしていたが、今は影のある表情で殺し屋じみた面相をしていた。

 

「さあ大輝くん、君を拘束している『糸』を外してやる。今すぐに影人化しろ」

「なにっ」


 何を言い出すかと思えば今度は影人化しろだと? と瑠璃は不意を突かれたように驚きを露わにする。


「今すぐ影人化して、私と瑠璃と戦え。そして私たちを倒してみろ。そうすればここから脱出できるかもよ」


 瑠璃は急いで偽拓真の方を向いた。


「貴様本気か?」


 しかしこれに偽拓真は返事をせず、ただその冷徹な面を見せたままジッとしている。

 そのニヒルな瞳は大きな闇を内包したまま大輝を捉え、彼をその大きな闇で覆っていくかのようだった。

 すると、それを聞いた大輝は石像のように動かずまるで吐息のように呟いた。


「無理だ……」


 瑠璃は偽拓真から、脱力し抜け殻のような大輝へ視線を移す。


「なぜだ……なぜ戦わない。私とお前らの仇とも言えるこいつを殺せるかもしれないんだぞ。敵に一矢報いる絶好のチャンスであると共に、生き延びる最後の方法だ」

「無理だ……俺は戦えない……」

 

 それでも大輝は前を向こうとしなかった。

 

「俺が『火焔の影人』の力を奪い続けていたせいで何人死んだ? なぁ……一体何人死んだんだ……? 六割の人類……陽子、ネメ。真昼、雫さん。五十嵐先輩に雪華、舞花。……そしてリカ。俺には到底、償い切れない……。俺の父さんが影人の力を奪わなければ外の世界の影人は制御できて、何もかも上手くいくはずだったんだろ?」


 そんな弱音を吐く大輝に対し、偽拓真は言う。


「間抜け。戯け。愚か者。短絡的な阿呆」

「なんとでも言えよ」

「なら言わせてもらう。君は彼ら彼女らの命と意志を無下にするだけでなく、落ちこぼれ、果てに全てを諦め、全てを捨てた、救いようのない腰抜けだ」

「わあってるよ、そんなことは!! 言われなくてもわあってんだよ!!」

「なら影人化しろ。私に一矢報いろ。その牙を向けてみろ」

「なんで……!! なんで俺に戦わせようとする……!」

「どうでもいい。お前のせいで死んだ者達を思い出せ。そしてその生ぬるい心に刻め。どうして彼女らは死ななければならなかったのか」


 大輝は思い出す。

 それは偽拓真によって開けられた記憶の蓋により、溢れ出た「呪いのバレンタイン」――記録的影人大災害の日、自らの周りで何が起こったのか。どんな絶望を見たのか。

 人々がわらわらと走り抜け、ヤツらから逃げる様子。

 夜なのに煙があちらこちらに立ち込める。崩れた建物。陥没した道路。


 大輝は思い出す。

 静名真昼とした約束を。血塗れで内蔵が露出した彼女のボディを。冷たくなっていく彼女を。


『――影人化は最高戦力の統也の前でだけ許可する。そして最終手段――って』


 そうして大輝は右手の小指を眺めた。彼女と、真昼と繋いだ、指切りげんまんした小指を。

 焚きつけられていく、己の中に潜む殺意。


「三宮拓真……。俺は………」


 そう漏らした大輝に、ようやっとかと期待の眼差しを差し向けた偽拓真。


「いいぞ。やれ」

「俺は……おまえを………」


 ここで求めたタイミングに呼応するかのごとく許可が下りた。

 記憶の奥底。茜の声で。


『大輝。危なければ躊躇なんて要らない。影人化も、人殺しも』


 ――ごめんな皆。


 大輝は立てていた小指を戻し握り拳を作ると、パーにする。

 更に心臓部に手を当て、立ち上がる。

 そのまま一歩また一歩と偽拓真へと近づいていく。

 黒調子の袴を着こなして、赫水晶で作られたイスに座って、脚組み。更に肘置きで頬杖する偽拓真。

 こうなってもなお余裕綽々を態度に浮かべ大輝を見る。


『いいよ大輝。アイツを殺せ。殺せ。殺せ。殺せ……私に、全部を預けるんだ』


 陽子の声が脳内で不協和的に反響する。

 現実の大輝は紅い結晶上で徐々に歩く速度を上げ、走り出す。胸に手を当てて。


「おまえを――」


 大輝は心臓部、紫紺石のある部位を力の限り右手で押す。肋骨がボキッっと折れるほど強く押し込んだ。


「殺ぉぉぉぉぉぉぉぉぉおおおおおす!!!」

 




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