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三宮邸侵入



 ***



 一方、その頃。統也以外の一行は団子にならないように気を配りながら、慎重に三宮邸の進行を続けていた。


「希咲さん、本当にこの道であってるの?」


 三宮邸の廊下を見渡し、茜は数歩先の希咲に問うた。

 疑っているというより確認口調だ。 

 希咲は先陣を切る。


「はい。彼らが建物内部の構造を弄っていなければ間違っていないはずです」


 と前を向いたまま返答。表情は見えない。


「三宮家。インナーワールドの異能科学部門の名門であり、そして何より御三家の家系。大層な家柄なのは分かってたけど建物の中がこんなに広いなんてね」


 案内がなければ迷子になってそう、と呟きながら雪華は、廊下に置かれているいかにも高額そうな骨董品などにも感心の目を向け、宗次らの目先の位置でリカと並ぶ。

 隣のリカは冷や汗をかき周囲を警戒。


「だが……ここまでくると逆に怪しいってもんだ」

「はい、あり得ないくらい順調に侵入できていますわ。外に張られていた結界も赤色の簡単に破壊できるやつでしたし……」

 

 真っ先に反応したのは舞花だ。彼女もその怪しさには賛同できた。

 そしてここにいる他のメンバーもまた、その怪しさに同調できるほど、彼女らはスムーズに進行できていた。


「警戒は怠らないで。いつどんな状況で奇襲を受けるか分からない。私たちはそれを予期できず、仲間を既に一人失っている」


 茜の言葉に雪華は伏し目になる。五十嵐寧々の姿がチラついたからだろう。


「この先を曲がったあたりに隠し扉があります。そこから地下通路へと続く入り口があったはずです」


 希咲の誘導に従い茜も後に続く。

 しばらくしてから索敵陣形として間隔をあけ、適当に散らばった総員。

 舞花の背中を追うように雪華とリカが並んだ。


「ねえリカ……」

「ん。なんだ雪華」

 

 弱々しく話しかけた雪華。それを尻目で見るリカ。彼女らの歩む足は止まらない。


「結局私はこの隊の役に、統也の役に……立ててるのかな」

「そんなの、役に立ってないに決まってるだろ」


 リカは世辞で雪華を空虚に励ますことはしなかった。

 心にない言葉で雪華が納得しモチベーションを高めてくれるならいくらでも励ましただろうが。そういう性格ではないことをよく知っている。


「あたいだって一ミリも役に立ってない。大輝が連れ去られるのを道路に這いつくばって見てることしかできなかった。……悔しい。でもさ、考えてみたら無理もない話だ。そもそも統也は普通の異能者じゃなかったんだからな」

「うん……。結果的に相手はそのレベルに合わせた格上の敵になる……」

「全てが終わったら統也を問いただす」

「意味ないと思うけど。もう訊いたし」


 リカも雪華も、そして舞花も統也の正体が特級異能者なるものだとは誰も知らなかった。

 恐らく、茜と翠蘭以外は。


「なんて言ってた?」

「はぐらかされた」

「だろうな。あいつの特技だ」

「あと、その会話もそれに関する質問も禁止する、って命令された」

「そうか……」


 リカは莉珠との対話を思い出す。彼女は何一つとして嘘偽りのあるセリフを吐かあなかった。

 異能者の中でも、特に強力な能力を持つ「特級異能者」。

 通常の異能者とは一線を画す存在。彼らは特級シリアルナンバーを与えられ、組織によって管理・分類されている。

 また、通常の戦闘や対策では制御が困難なほどの力を持つため、国家レベルでの監視対象となることもある。

 そんな存在が、なぜ――。


「……どうして隠してたのかな」


 ぽつり。ふとして出た言葉。

 雪華は統也の存在が如何なる者かよりも、その事実を自分達にも秘密にされていた部分に不満がある。


「どうしてって、そりゃ身分が割れれば面倒なことに巻き込まれるからだろ。特級異能者……核兵器扱いで国威発揚の目的で運用される戦略級の異能者。きっと彼の力を悪用したがる連中は五万といるだろうし、それ以外にも命を狙われたり普通の生活ができんくなる。色々都合が悪いんじゃね」

「そうじゃなくって。私が言ってるのはそういうことじゃなくて、どうして話してくれなかったんだろうっていう……。私達……信用されてないのかな」


 リカは小さな溜息を挟んだ。


「あのな雪華。あかねっちはどうして統也に信用されてる? どうしてだと思う?」


 いきなりな問い。不意な問い。しかし雪華は眉を寄せるだけですぐに応じなかった。

 その問いに答えれなかったのか答えたくなかったのか、リカにはその判断はつかなかった。


「確かに二人の関係を理解していない以上、すべての理由は分からない。けどあたいにも分かっていることがある。――あかねっちが統也から信頼されてるのはな、あかねっちが可愛いからでも絶世の美女だからでもない」


 一呼吸を置き、


「――強いからだ。誰にも負けないくらい強い。統也と肩を並べられるくらい。それも単に戦闘力が高いってだけじゃない。判断力、分析力、そして知識。蓋世不抜、高材疾足。……あれはやってるな」


 雪華は水色の横髪を耳にかけ、十メートルほど先で歩く茜の背中をチラリと見たが、黒いロングヘアと隊服の背面が見えただけだ。

 スタイルいいなぁ、などとこの場において関係のないことを考えた。


「やってる……とは?」


 ここで一番右端の舞花が口を挟んだ。


「実践っつうか、戦争っつうか……こういう人との軍事的な争いを、だ」

「はあ」


 なるほど、と頷きかける。


「納得はしますわ。前線で戦術的なコミュニケーションをとりましたが、あれは相当の手練れですわね」

「ああ。おまえらも見ただろあの剣捌き。人間のものかよ」


 マシンガンの銃弾をレイピアで全て捌ききる尋常でない速度。


「攻撃も防御も、非の打ち所がないように見えた」

「統也さんが誰よりも彼女を信頼し、心を預けるのも不思議なことじゃありませんわ」 


 そう言い終え、意味はないだろうが二人の前に出て歩く舞花。


「……分かってるよ」


 雪華は再び足元へと視線を置いた。


「本当は心の底のどこかで分かってたの。でも認めたくなかったんだと思う」


 自分より彼女の方が優れているという受け入れがたい事実。


「はっきりと理解したのは天霧さんが八雲莉珠を倒した時。あぁ、この人だから統也は信用するんだって、分かった。実感させられた」


 いったんは静まり返った三人。メンバーは周囲の警戒を続けながらもしばらく進んだが、リカは相変わらず統也という存在の「異質さ」を頭から離せないでいた。


「初めて出会った時点で統也は既に何か嘘をついていた。本名とか身分とか以前に、もっと重要なことをだ。本来あたいの『虚実の識(ライリーアイ)』は嘘を含んだ部分の声が歪んだりノイズが入ったりする第六感。それがまさか目の奥に宿るノイズとして感知できるとはな……あんなのは初めての体験だったんだ」  

「え?」

「強すぎる嘘をついてるって、すぐに分かった」

「仕方ないじゃない。男はみんな――嘘つきなんだから」

「そういや彼が異能者だって知ってたのも、あの場には翠蘭しかいなかったな。リアも刀果も知らずに逝っちまった。統也の秘密を」


 彼女らは統也が異能者である事実さえ知らずに世を去ってしまった。


「うん……」

「青の境界を展開した過去といい、異能とは思えない超再生能力といい……。特級異能者で、ついでに何かの浸透工作員スリーパーエージェント、か。しかもまだ秘密を隠してる。茜もだ」

「やっぱり、今後もあの二人についていくのは危険なのかな」

「ああ危険だろうな」


 迷うことなく即答したリカ。


「だけど、彼らについてけば必ずあたいらが求めているものが手に入る。そんな気がする。外の影人に支配された領土『アウターワールド』を奪還できる日だって近いかもしれない」


 リカは他の隊員には聞こえないように小声を発したが、そもそもこのあたりの進行は舞花、雪華、リカにより行われているので盗み聞きされる心配は皆無だった。


「あたいらは確実に何かに近づいている。それは真実かもしれないし、希望かもしれない。もしくはもっと違う何かなのかもしれない。でも祈るしかない。それがあたいらが目指してるものであることを」


 リカは真剣な眼差しで遠くを見据え、いつになく真面目に語った。

 そう。彼女らは影人の正体と、なぜ地球はその影人によって占領され、人類の四割は青の境界に閉じこもったのか。忘れていた「魔法士」「魔素マギオン」とはなんなのか。特級異能者とは。それら全ての真実を知る必要がある。


「そうだ今更だ。あんな統也バケモノの役に立つなんて無理がある。でも、やることはやらなければならない。そしたら最後に自分達を誇れるかもしれない。報われるかもしれない。なんつって……」


 リカは無理くりなのか雪華に微笑みかけた。

 その頬は見たことないほどひきつっていた。


「これからどうなるの、私達」

「それは……まぁなるようになるさ! しゃきっとしろよ雪華」


 これが空元気だと雪華には分かる。

 リカの彼氏である大輝の身を今も案じているに違いないのだ。誰よりも不安なはずなのだ。


「しゃきっとね……。ひとまず私達は雹理と戦うことになる、そうでしょ?」


 白夜雹理。白夜家旧当主。中央異学の元理事長。

 そして――。


「お前の父親だろ。せめて父さんとかって呼んでやれ」

「やめて。アレを父親だと思ったことはないかな」


 すると眼前の舞花が振り向き、


「意外と大丈夫そうですわね」

「ん、ん……なにが?」

「父親相手に全力を出し切れるのか、と一抹の不安を覚えていましたわ」


 そう言って微笑む。彼女なりに配慮していたようだ。


「正直大丈夫とは言えないかな。理性を保っていられるか。自分でもそこが心配。殺したくてしょうがないからさ」


 それを神妙な目で見る舞花だった。


「父親、ね」


 その呟きに雪華が疑問を呈する。


「舞花さんの父親はどんな人だった?」

「私の父? ……そうですわね。名は功刀舞悠(まゆ)

「功刀舞悠……聞いたことない名前」

「あまり有名ではない上に功刀家の汚点だったと聞いていますわ。女性のような名前ですがしっかりと男性です。彼はアタシが物心がつく前から行方不明になってますから、正直言うと父親という感覚を知らないですわね」

「そっか。なんか、ごめんね」


 雪華は父親というものがありながらそれを恨み憎しみ、敵視する己の思想に謝罪した。


「謝る必要はありませんわ。アタシにはずっと傍にいてくれる存在がいたので」

「あー、ブラックにいた舞って名前のハーフアップの子? 双子だよね確か。……あっ」


 雪華は言いながら失言だと気付き申し訳なくなった。

 まだ妹を失った悲しみが癒えていないことくらい少し考えれば分かる。

 再度自責の念を抱いた。


「知っていたんですわね、舞舞を。……私の愛妹を」

「うん、まあね」


 そう返答した矢先、先頭の希咲の歩みが停止する。

 そうして索敵陣形を気休め程度に配置していたメンバーはその地点に集合した。

 希咲は正面のダミーである戸棚を開けて、屈み、


「ここです。地下通路の入り口。黒羽大輝が監禁されているとしたらここしかあり得ません」


 不可視が付与されている床に付する開口扉の取っ手(歯車状)に手をかけ、主に茜と翠蘭に顔を向け告げた。


「我々が中に入ったあと誰かにここの入口を見張らせましょう」

 

 希咲は手についたほこりを落とすように両手で払いながら立ち上がった。

 茜は希咲の助言を素直に受け入れ、視線を送る。


「分かった。宗次、連貴、お願いできる?」

「了解しました」

「了解です」


 彼らは即座に配置につく。

 茜は希咲に向き直ってから地下通路入口の扉を一瞥し、再び希咲へ目を向けた。というより、希咲の全身へ。


「南京錠とそれから連なる特殊な結界が視えるけど、鍵は必要ないの? 手ぶらに見えるけれど」

「スペアキーならあります。私の異能です。鍵は『糸』で生成すればいいので」


 そう言って固有能力『棘糸』を駆使し、人差し指の先端にて鍵の型を模っていく。


「しかし天霧さん、一つお聞きしたいのですがもし私がキーを持っていなかったらどうするつもりだったのです?」

「力ずくで開錠するつもりだったけど」


 茜は真顔で答えたが、この時彼女は違うことに頭を回していた。


(私たちが総出で大輝を回収にいく手筈なのは敵勢力、雹理や杏子も分かっているはず)

(だから代行者のトップ連中……莉珠や薪を使って足止めを謀っていた)

(でも、尋問から得た情報通り異能系トラップもさほど準備されていないし、見張りの代行者も少なかった)

(三宮邸には目立った予防線らしきものが見当たらない。つまり――)


「これでわかったでしょう皆。敵たちはここで私らを皆殺しにする気満々ってこと」

 

 茜は声を上げ、メンバーの顔を見渡すように告げた。


「そのようですね。明らかに迎え撃つ姿勢です」


 賛同する翠蘭。無言で頷く希咲。表情を引き締めるリカと雪華。

 

「それでは天霧さん、開けていいですか」

「あいや。ちょっと待ってくれる? その前に皆に伝えておきたいことがある」


 それを受け全員、茜の方を見て紡がれる言葉を待った。


「この隊の『生死』にかかわる重要なこと――」


 翠蘭はこの隊の「勝敗」にかかわる、と表現しなかった点に謎の不安感を覚えた。




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