再会【1】
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それから数日が経過し、オレもこの学校のことやここで暮らす人物たちについて理解し始めたところだった。そして周りの情報を整理、把握し終わる頃。
4月の下旬の昼休み。
周りのことについて言えば、オレの事を良くも悪くも噂している人たちは多いらしい。特に女子がその大部分を占めているらしく、オレのマフラーのことをオレ自身に直接聞いてくる子が多かった。
そのほとんどが、本当はマフラーの下のうなじあたりに大きな傷跡があって、それを隠すためにマフラーを付けて登校してくるのではないか、というものなどだった。
もちろんそういう訳はなく、全くの勘違いである。
それでも毎日マフラーをして登校してくるオレなど、他人からすれば不思議な存在以外の何者でもないだろう。
最初にきちんと極度の冷え症のため、と紹介して貰ったはずだが。
それに。
必ずしもオレをミステリアス扱いする者ばかりではないと分かった。
例えばオレのことをクール、頭がよさそうなどと噂する子もいるらしい。
ソースは香だ。
そりゃ、クールだと言われて、わ、悪い気はしない……が。
「俺、これから食堂行くけど、統也はどうする?」
オレはそう話しかけてくる香の方を見る。
「ああ、じゃあオレも行かせてもらおうかな。数週間はこの学校で過ごし、制度とかの理解もしたけど、まだ食堂のシステムとかは分からないし」
基本的にオレは行動のほとんどを香と共にし、学校のルールや教室の場所など、香に紹介してもらうことで、オレはこの学校の情報を少しずつ取り入れていた。
香とも色々なことを会話していくうちに仲良くなり、次第にお互いに一緒に行動することが増えた。
オレは香と一緒に教室を出て食堂へ向かうため廊下を横並びに歩く。
前へ続く廊下を香と歩きながらすれ違う人や追い越す人を観察していく。
オレの観察眼が間違っていなければ、この学校の生徒はほとんどが一般人で構成されていると考えられる。
軽く偵察した程度では、自分のクラスである2年C組の教室内でさえ最低限異能の素質がある人物が三人、異能を使用出来る可能性のある人が1人。異能士に至ってはオレ以外一人もいなかった。
そもそもここはただの進学校に過ぎないのだから、当然と言えば当然だ。
二ノ沢先生や霞流里緒と呼ばれている人物、そしてオレという異能士が特殊なのだ。
とはいえ、異能力者の気配はあと二つほどある。この学校内に潜む異能士はオレを抜いて合計4人ほどということか。
この先その人物たちと多少の衝突はあるだろうなとオレは考えていた。
オレと香は階段を降り一階にある食堂付近に到着した。
この近くには大勢の人々が通る。食堂から帰ってくる人、入っていく人などがここの通路を使用するようだ。
そんな時だった。
オレは確実に自分が過去にマーキングした呪印の気配を感じ取る。
(これは例の……。かなり近いな。おそらく正面か……)
オレは軽く周囲を見渡し様子を伺う。
オレの少し長くなった前髪が揺れる。
「てかさ、統也って頭よさそうだよな」
急に呑気な香がそんなことを言ってくる。
「ん? ああ、そうか? オレのどこが頭よさそうなんだ?」
オレはある理由から正面に意識を向けていたため、香から話しかけられた際に多少反応が遅れてしまった。
「何日もお前とは話してるけどよ。なんか統也ってクールって感じだろ? だから会話してても頭いいんだろうなーって思うし、冷静に物事を判断できそうじゃん?」
彼は笑いながらお調子者っぽい口調でオレの印象について語る。
すると突然、向かいから聞いたことのあるような女子の声が聞こえてきたので、そちらの方を向く。
「あー王子! ……じゃなかった、前にぶつかりそうになった人だ!」
眼鏡をかけた彼女はオレに向かって指差した。
オレは転校してきた朝ぶりに彼女の声を聞いた。
そしてもう一人、その彼女の隣に女子生徒がいた。
彼女達は二人で並んでこちらに向かってくる。
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「あー王子! ……じゃなかった、朝ぶつかりそうになった人だ!」
(うわ! びっくりしたー。もう栞ってば大声出さないでよ……)
私の隣で会話しながら歩いていた木下栞が急にそう言って向かい側から歩いてくる二人組男子の右にいた方に指を差す。
どうやらその彼は季節はずれにも室内でマフラーを巻いているようだ。
気のせいだろうか。
何故か、そのマフラーに見覚えがある気がした。どこかで彼のマフラーを見たような気がするが思い出せない。
正面に見えているぼやけた彼と、記憶の中のかつてマフラーをしていたとある少年が重なる。
これはきっと……気のせい……よね。
「ん? お前まさか校内三大美女の2人と知り合いかよ!」
今そう話しかけている左の彼は、私もよく知っている人物。元同じクラスで栞とよく話している香くん。
「え? いや、なんだ? そのいかにもマドンナの総称みたいなものは。三大美女………? そんなもの一切知らないし、知り合いじゃない。オレはこの学校に来たばかりだぞ?」
マフラーの巻いている彼がそう言っているのが微かに聞こえてくる。
この時の私は変な感覚に陥っていた。
なんでなのだろうか。
分からない……。
何故こんなにも彼の声が懐かしいのだろう。
いったい彼は誰なの……?
私の頭の中は酷く混乱していた。
私は視力が悪いのにも関わらず眼鏡やコンタクトを装着していないため、遠くは視界がぼやけている。いわゆる近視というものだ。
「王子…… って誰?」
私は思わず小声で隣にいる栞に、彼が誰なのか訊く。
「え、いや王子っていうのはね、その……間違いでー。その……実は彼は知らない人なんだけど……。かなり前の朝にね、校門で転びそうになった時に体を支えてくれたのさ。ほらあの季節外れのマフラーしている人がいるでしょ? あの人がその人なんだけど……」
栞は何かに慌てたように説明し教えてくれた。
それにしてもなぜに彼は王子と呼ばれているの?
どうせまた、栞が好きなBLが関わっているのだろう。
そして、彼は……いったい誰……?
少しずつ私たちと彼らの距離が近づいていく。
視力の低い私でも視界が徐々にクリアになっていく。
まさか、そんなまさか。
彼は────。
*
「なんだ知り合いじゃないのか? なら俺が紹介しようじゃないか。右側にいるのが運動神経抜群、眼鏡のポニーテール美女・木下栞! 左側にいるのが校内一のマドンナと謳われる容姿端麗、才色兼備の綺麗な黒髪ロングの美女・森嶋命! ちなみに『命』と書いて『みこと』って呼ぶんだぜ。珍しいだろ」
「香、あんたさー、なんかうちの説明だけ雑じゃない? もっと説明するところあるでしょ!」
木下栞と紹介されたその子は、こちらに近づいてきながら香と親しげに話していることから、どうやらお互いは知り合いらしい。
香に人差し指を振りながら、少し怒ったような顔で文句を言っていた。
そして、その左には森嶋命。
「栞、さっき王子がなんちゃらとか言ってなかったか? お前まさか、変なBLにでも目覚めたのかよ? 王子同士が、こう、あんなことやこんなことを……」
香かそこまで言ったところで、栞が彼の頬をつねり言葉を遮る。
「何~? なんだってー? 聞こえなーい」
彼女の顔はニヤケているがその表情はとても笑っているとは言えず、香に対して冗談を交えた様子で怒っていた。
「……だから、お前が王子同士で愛し合うビー……いてぇてぇーーーー!!」
彼女は、BLと言おうとしたであろう香の頬をさらに強くつねり回す。
「なんか言ったー?」
棒読みでそう言う彼女の声と顔は死んでおり、鬼のような目で見られた香は頭をひょこひょこ下げて、必死に許してもらおうとしていた。
「悪かったってー。栞、もう言わないから、離せよ! いってーいてて……痛いって!」
よくは分からないが、あんたたち仲いいんだな。
そんな2人の会話を聞きながらオレは意味もなく命の顔を見てみて驚くことになる。
ここまで読んでくれた方がいるのなら、本当にうれしい限りです。評価、感想など待っています。




