最強と並ぶために――
ライブ会場「外」―――。
「駄目だ、邪魔な影人が多すぎる!!」
影人化した大輝が影人としてのボディを自制し声を放つ。
彼は外に蠢く一般影人を異能『焔』の火炎放射器のような手で燃やしていきながら、距離を取った。
陸斗と格闘異能戦を繰り広げる里緒も、丁度そう思っていた―――邪魔な影人が多すぎる。陸斗との戦闘では障害にしかならない。
しかしこの場では――理緒だけが気付いていた。ここら周囲の一般影人以外はなぜか会場に向かっていると。
不明瞭なことは後回し。きっと統也なら、具体的問題から着手するはずだ。
「玲奈さん、手分けしましょうっ……!」
里緒は陸斗の波動を纏いしパンチをかわしながら、首だけ向け玲奈さんに告げた。
「このままやってもジリ貧です! 陸斗は……あたしに任せてください!」
聞くや否や玲奈は頷いた。彼女は無力感を噛みしめながら、陸斗ではなく周囲の影人を先に討伐する作戦へ変更。
大輝、リカと共に周辺の影人討伐を開始する。
玲奈の無力感の源泉は至極簡単である。それは「波動」との相性が悪い『衣』――天命により定められし変えられない自らの血統異能。
異能『衣』は顕現したマナエネルギーであり、エネルギーとは異能界では異能『糸』に弱い性質がある。それは決定付けれた変わらない原理、公理。
一方『糸』は「光子」の瞬間的なマナ凝縮、限界加圧により構築されている高等異能。つまり元素は「光子」となる。
光子――これは“粒子と波動の二重性”を持つとして量子力学にて知られている。
世界ではヤングの実験やフラウンホーファー回折の現象から、光は波動だと考えられてきた。
要するに「光が波動である」という事実はこの世の誰にも否定できないのだ。
それすなわち『糸』は『振』と同等の価値を異能物理の基準においては獲得できると同義。
ということは『衣』の弱点は『振』にも成り得る、という理屈である。
そして何より―――。
この場の全員が周知する最大の要因―――。
既に、里緒は玲奈のレベルを大きく超えているという事実。
統也から教わった本来ここにはないはずの高等技術の数々。統也から伝授された臨戦方法や対処能力など色々。
勿論それだけではないと玲奈は悟っていた。
里緒は、統也に追いつくために、そのために日々弛まぬ努力をしてきた。
汗水流して毎日波動の訓練に打ち込んできた少女の姿を。誰も知らなくとも。
それは報われないはずがないほどの壮大な努力であり、到底他者に真似できないほどの統也への愛として証明されるだろう。
世界は真理として肯定する。そして、この場の全員もこれを肯定した。
今は玲奈よりも遥かに里緒の方が強い――と。
そう――統也曰く、この時の彼女は既に準S級異能士と同価値だった。
「よそ見すんな! 俺だけを見てろぉぉ! そう――俺だけをなぁぁぁ!!」
「うるさいな……」
里緒は呆れ気味で防御態勢も取らず突っ込んできた陸斗へ思いっ切り腹部を蹴りつける。そのキックは綺麗に決まった。
当然足には「波動」を何重にも重ねている。
波の重ね合わせの原理。合成波動。強烈な打撃として陸斗に伝わるだろう。
(これでいったん遠距離防御に回らせてから、マナの……)
そこまで考えたがしかし―――
「え―――?」
「はははは!! 里緒里緒里緒里緒里緒里緒里緒!!」
その気味悪さに里緒は思わず鳥肌が立つのを感じた。
別に今の彼女には怖いものなどない。それでも気味の悪さ、不快感は存在する。
(くそ、だめか。さすが影人って感じ……まるで痛覚がないかのよう……)
多少焦る里緒の思考通り、陸斗は身体に風穴を開けても尚突進を止めない。受けた作用自体気にせず突進してくる。
通常の戦闘理論が通用しないその様子はもはや正気とは思えなかった。
まさしく狂気と言えた。
「里緒里緒里緒里緒里緒里緒里緒里緒おおおおおお」
おそらく陸斗は影人として本能に飲み込まれ、人間として煩悩と結合することでその欲求を高めている、もはや人間とさえ言えないただの欲望マシーンと化していた。
願わくば里緒と―――
「なぁ里緒ぉぉ、統也のどこがいいんだ!? あんなキチガイ野郎!!」
里緒は一旦後方――ライブ会場の壁近くまで素早しステップで回避。
陸斗はその場から高くジャンプし、二次関数上の凸の形で振り落ちてくる。
「まったく同じセリフを――鏡を見て言えるの?」
「うるせええええええ!!」
「統也とあなたみたいな下郎を一緒にしないで。ほんとーに気持ち悪い」
(近接で陸斗をボコること自体は可能だよね……波動火力と調整力、体の反応速度もあたしの方が上……)
(問題は、影人の「再生」について未知過ぎるってこと。具体的にどれ程ボコればいいかって話……)
里緒は統也から『虚空』の原理とその派生、また影人が虚数術式演算専用の脳ミソであるという事と「再生」の脅威についてを知らされていた。
「仕方ない……」
里緒は手印を構え――準備する。
斜め上より振り落ちる陸斗。
「俺はお前をぉぉぉぉぉぉ!! 誰よりも愛してるぅぅぅぅぅぅ!!」
領域構築『波導閉門』―――“波裂”―――
「それが―――キモイっつってんの!」
(あたしは一生、統也のものなんだから!!)
波導を押し出したのは全くの同時であった。
両者の真ん中で互いの波動が衝突する。
*
「ふぅ――――」
統也がネメに異界術「瞬速」で接近する兆候を見せた、その瞬間。ネメは誰もが予想だにしない動きを。
なんとネメは素早くバク転を繰り返し、最後バク中しながら群衆にダイブしたのだ。
「第二虚域『逆転混沌』」
そう呟きながら――。
統也の驚愕など介さずネメはそのまま一般人を流れるように殺していく。血が次々に噴き出ていく、それは「一般人の中を潜る」という表現以外叶わないような行為。
第二虚域――虚数術式・第二解放の略であるが、『逆転混沌』これは現在ネメが統也からギリギリ時間を稼いで溜めた術式で「反作用を逆転し、仮想作用とする。その仮想作用と実際作用とを力学的に結合させる」というもの。
簡単に言うと本来の速度・作用力を反作用無しで二倍にする。
異能『加速』との決定的な違いはその持続力にある。『加速』は僅か数メートル移動後終了。しかし反転『逆転混沌』は常に使用できる。
術式さえ溜めれば、という条件下で。
(アイツ……一般人を伝い、命に接近する気か……)
無論一帯は一般人の金切り声で埋め尽くされる。一般人、非異能士は次々に死体と化していく。
が、統也の最優先事項は言わずと知れている。誰がなんと言おうと“森嶋命”なのである。
「ちっ……」
(一般人に潜る今のネメに対して『絶空』は使えない)
「仕方ない」
(一度会場の外へ出る方がいいか?)
少し考えて、
(いや、命は賢い。ちゃんと里緒達がいるステージ付近の現場から距離を取っている)
彼女は現在里緒が陸斗の波導射出により吹き飛ばされた現場の反対方向に位置していた。
ここで統也はふと、茜の言葉を思い出す。
一般的な影人はその甘いフェロモンにつられて“九神の使徒”に集まる特殊な習性がある。更に、使徒に対しては殺すだけでなく彼らの心臓を欲す……食べるってことね? そういう奇怪な事実まで分かっている――と。
(命の所に外の影人が集まるのは面倒だ……)
「だが憂いを断つ暇はない……」
先回りして命の元へ、そう意思決定をした瞬間、
「ん―――?」
(これは……? ネメのマナ回路……何か妙だ……)
彼は剣呑な表情を露わにすると同時、ネメに訪れた圧倒的変化に気付く――。
それは、紛う事なき潮目として浄眼には映った。
(ヤツの基礎的なマナ操作力が上がっている?)
彼は気付いた。
マナの消費量が極端に減ったと同時に演算量が尋常でない、と。
ネメはマナエネルギー変換効率の上昇と、同時進行で異能『反転』の演算数を引き上げていた。
差し当たってネメは影人体でさえ不可能であるような神業を成していると統也は結論付ける。勿論納得など出来ないし、原理などは浄眼を以てしても不明であったが統也の今の思考は――早く命を守らねば、だった。
命は冒頭で空いた巨大穴の近辺に居たが、その背後――外には命に釣られる数え切れない程の悍ましい一般影人が。それこそ蛆の様に、統也の透視視界には映った。
(外と会場の隙間に『檻』を張るのは駄目だな。相手は、オレが『檻』を二つしか展開できないという致命的弱点に気付いている。そこを突かれたくない)
(実は制限を解除いた影響でむしろ空間へ干渉し過ぎるせいか、『檻』障壁を上手く固定できない……おそらく、時間にしてあと二分弱オレは檻を一つしか展開できない)
そこでネメは急停止した。命へ寄り集まる影人への対処を思案中である統也の隙を突く形で“ナニカ”の術式演算を開始した。
「は? 次はなんだ?」
推察力、状況判断が優れた統也には分かっていた。これが、ただの術式じゃないという事を。
統也は急ぎ命に近寄る――「瞬速」で。
「みこと―――!」
命も愛しの存在に気付いて彼に近寄る――全速力で。
「統也くん!!!」
命は着替えた制服姿で、スカートで駆ける。
統也も相対風力に靡くブレザーを気に留めず、ただ走る。
二人は全力で走り、互いの距離を詰めていく――。
そんなとき、悦に浸るネメは呟いた。
「やはり――いつの世も変わりません。最強を殺すのは“女”ですね」
かつて特級になる前の最強“黒い男”について、ネメはその男を殺した記憶を黒羽玄亥から継承していたため、「女」という存在が異能者にとってどれほど肝要であるかを理解していた。
といっても、殺された記憶もまた継承されていたが。
無光蝶――という今や伝説扱いの禁能指定される絶対命中、防御不能、回避不能、凄まじい重力を兼ね備えたバケモノ性能の反則技で殺された、その追憶が。
――唯一『反転』に対抗できる“方向がない攻撃”の、その記憶が。
まぁ関係ない、とネメは笑った。
脅威・名瀬統也が持つ“方向がない攻撃”は吸い込む『蒼玉』など単一術式ばかり。
ネメの術式干渉・第一虚域「逆転破壊」は異能発動により出現する現象の因子を逆転させぶつけ、相殺することで異能効果を破壊する。因子が難解な複合術式は破壊出来ないが、単一ならばどんなものだろうと強制中和するのだ。
そして、
彼女の手持ちはこれだけでは終わらない。
その場に留まり演算に集中する彼女の手には濃密なエネルギーが―――
「第零虚域――核融合・反転『銀水爆』」
統也に向けられた水色に光る右手だけでなく――
「第零虚域――核衝突・反転『超星爆』」
命に向けられたオレンジ色に輝く左手――
「は―――――? 第零だと?」
※虚域=虚数術式の略。
第零虚域=虚数術式を限りなくゼロに近づけた演算(1。
波導=物理現象「波動」で構築した空間の揺れるエリアや物理干渉。
(1のイメージについて、
lim(X→+0) が通常の第零術式。
lim(X→-0) が第零虚域。




