純黒蝶
ちょ……マジごめんなさい。書いてて、あ、ここの話知らないだろうなって思いながら書いてました。マジごめんなさい。
◇
血だらけの伏見旬(当時18歳)の目の前に居たのは、黒羽玄亥という男。
いや、「男」は正しい形容ではない。
なぜなら瞳は赤く冴え、漆黒の肌を纏っているから――。
そう、その後ネメに継承される『反転の影人』である。
その日は雨が降りしきる、暗冥の世界。
横の道路には二人の女子が横たわる。
片や金髪の麗しき異国人。その目には「浄眼」を持つ―――今はもう瞑られているが。
「エミリア、君との子は責任を持って俺が育てる……。まだ名前、決まってないだろ? ……レナって名前はどうだ……?」
片や黒髪ボブの一般人の少女。起源という特殊なシステムにより女神「イザナミ」を内包する者。
「惟司に顔向けできねぇ…………でも」
旬は静かに俯く。髪を濡らしながら。
「美音……俺はただ、君に生きててほしかった。先に死なないで欲しかった」
旬は思った。
俺は、もう死ねない。
奥の花壇、植えてある花にカラスアゲハが止まり、雨宿りをしていた。
びしょびしょに濡れながら。
◇
「“伏見旬……だと……! どういうことだ……っ!!”」
玄亥は目の前に瞬間移動して現れた伏見旬に疑問を叫ぶ。それは無条件反射。
「別に。そのまんまだろ」
旬は今、何も考えていない。
正しくは、考えすぎて前が見えない。未来が見えない。
希望的な思考がぐしゃぐしゃに潰れていく。
絶え間なく降り続ける雨に濡れて、潰れていく。
なんだこれは。
夢か。
地獄か。
―――「あなたが好きよ――旬」
エミリア……。
―――「ごめん、嘘ついて! 私、ただくんじゃなくって本当はあなたが!」
美音……。
両方守ると言って、両方守れなかった――。
人の手は、運命は、初めからどちらかとしか繋げないんだ――。
両手で花を持つのは、駄目なんだ――。
じゃないと零れ落ちる――。
どちらかの二者択一だったなら……俺は――。
「ふっ……はははっ……ははは! くはっ!」
それは唐突。旬は笑い声とは呼べない“何か”を雨空に放出した。それは絶望。それは託された命。
「自分でも分かんないんだ……俺がなぜここに立っているのか。俺は……俺が守るべき二人の女子に助けてもらって……守ってもらって、ここにいる。はっ……なんて惨めなんだぁぁぁぁ!!」
怒り悲しみ、自分への憎しみのままに叫ぶ旬を見て、頭がおかしいと玄亥は思った。
前の様子から比べても異常であるその変貌は、玄亥をある意味恐怖させた。
「俺は大切な者を何ひとつ守れやしなかったぁ! なんにもぉぉぉぉ!! なんにもぉぉぉぉぉお!! 無能の黒蝶……その通りだよ、なぁぁぁ!?」
「“は―――?”」
(コイツ……本当に数時間前俺が殺した伏見旬か? 頭が……バグってやがる!!)
と、玄亥は自分の目さえ疑い始める。
「でも一つ……明確に分かることがあるんだよ。今の俺なら、お前に勝てる――。お前を、殺せる――」
言うと玄亥は赤い眼で睨んで、
「“今更何言ってんだ……? お前が最後、一体誰にボコられたのか。誰に殺されたのか。……俺はお前だけでなくホワイトの嬢ちゃんまで殺ってる。もちろんそこの美音もな!”」
瞬間、地面を反転し、作用を反作用と結合して地面を押す技で加速した玄亥。
彼は黒い鎌に『反転』を付与し、切りかかってくる。いや、正確には切りかかってはいない。
なぜなら旬はその高速、大振りの斬撃を距離吸収でかわしていた。旬は今や無制限に空へ浮かぶことができた。
蝶のように。
ただ蝶と違う点は、雨の中でも浮かんでいられること。
「数時間前は確かにお前にボコられた。それは認めるよ。でも、今の俺は違う。はっきり感じるんだ。美音が俺のマナに干渉して……異能の式が完成する、その様を」
「“伏見旬、てめえ完全に頭湧いてきたな! 『異能を式に変形できるか問題』は既にオワコンなんだよ! てめえほどの天才でも式のように明確に区分けしたり出力を解放したりはできねえ”」
「いや―――――――出来る。今の俺になら……」
◇
俺は空で玄亥の反転剣をかわし続けた。
反転剣とは、反転を付与し、異能効果を中和する反則級の異能具。
「“俺にはガキがいる。丁度、美音が今年生んだ子供の一個上だ”」
美音が今年……ああ、白愛か。
「“俺はまだアイツに……”」
どうでもいい。
今、俺の脳内は忙しいんだ。
話しかけるな。
俺が使っていた技術はマイナスのエネルギー。出力回しで二乗して正数出力を出してた……。
それが炎霊として現出する黒いマナ。
それを美音の九神・伊邪那美から取って『イザナミ』と呼称する。
そしてそれを式に変える―――――異能の式……そうだ――――、
「『イザナミ術式』」
美音が俺の中にいる。その呪縛のような「魂への縛り」が俺にこの利益を与えてくれる。異能の進化を与えてくれる。
術式という技術を、世界で初めて実現させる―――。
君の残した「負の感情」が、俺にこの「力」を与える。
この感覚を掴む、コツをくれる。
マナの解は三つに分けられる。
虚数域――虚数解。
零域―――重解。
実数域――実数解。
数学では二次方程式の解の公式のルート内部、その符号でこれらが決まる。
今までの技術で異能を起動式に分けられなかったのは、その性質の違いを明確化しなかったからだ。不確定の未来ではそこで場合分けが生じる。それを異能に組み込めなかったからだ。
美音、君が俺の性質を定めてくれた。
俺は生まれ以って―――。
―――「旬、私ね。嫌いだった『黒』……今は大好きになったよ。何色にも染まらない最強の色だって思うの。ほら……あなたにそっくり」
―――『黒』。
「美音……ごめん」
君を救えなかった。いや、正確には君が俺を。
んいや、いいか……そんなことはもう。どうでも。
俺がするべきはそんな後悔じゃない。
玄亥、お前が身体に纏っている反転防壁はマナ標準そのものだ。つまり、その“マナの狙い”を自分に構築している。
マナ標準の領域を構築した、ってとこか。
ああ、そうか……お前は近づてくるベクトルを反対方向にして跳ね返していたのか。
なら、あえてお前から離れる技を使おうか。いや……違うな。
最初からこうすれば良かった。
「残念だな、玄亥。お前はもう二度とお前のガキには会えない」
この世に存在する虚数空間のエネルギーを、俺の力を、俺の全てをここに乗せろ。
ここに―――。
今残っているほとんどのマナを乗せたイザナミ、それによってカラスアゲハを生成する。
これに触れたものは最後、究極の吸い込みによって捻じ曲げられる。それに方向などないわけだが。
虚構を現実にする虚数域の術式……名前は虚数術式でいいや。
重力が無限大である「黒の特異点」……その性質を、逃げても永遠に追尾するカラスアゲハとして放つ。
最高速度である光でさえ時空の歪みから逃げることができず真っ黒な空間になる。
ならば、ベクトルを反対方向にする領域だった場合逃れられるのか。
答えは否だ。
お前の弱点は、近づく物か、他からの作用しか『反転』できないこと。
俺は大空から真下にいた玄亥に向け、放出の構えを取り、呟く。
「虚数術式『無光蝶』」




