第一の友人
*
いくつかの授業を受け終え、数時間後の昼休み。
(さて、昼休憩も始まったことだし、そろそろ様子を見てみるか)
オレは決して悟られないように教室後方の席にいる一人の男子に意識を向ける。
彼は他の友達に囲まれ、彼らと談笑をしたりして楽しんでいた。少なくともオレからは平凡な暮らしをしているように見えた。
あれが例の……。
思っていたより普通の生徒だな。
報告にあった通りの人間とは思えない。
案外、オレがここに来る必要はなかったかもしれない。
そんなことをして、彼を観察しているときだった。
オレのすぐ後ろの席から声を掛けられる。
「なーなー」
オレが振り向くと、そこにいたのは後ろの席の男子生徒だった。何やらこちらに用がある様子。シャーペンの上端の方でオレを軽く突いてきた。
後ろの生徒の名前は確か、東川香。
オレは自己紹介した際に、一瞬で教卓の上にあった座席表を確認し、オレと近い席の人物だけ名前を記憶していた。
「ん? どうかしたか?」
「……どうかしたっていうかさ……。俺、東川香っていうんだ。『かおる』って書いて『香』だ。よく女の子みたいな名前って言われる。多分漢字が『香』だからだとおもんだけどよ。まあ、とりあえずよろしくな」
いきなり自己紹介を受けたが、仲良くしよう、ということらしい。
「ああ、よろしく。オレは朝に言った通り、なせ……」
「名瀬統也だろ? ちゃんと覚えてるって。というかよ、あれだろ、名瀬って確か東北海州の地主だったよな?」
ほう、これまた珍しいことを知っている人間がいたもんだ。
東北海州とは、大まかに北海道の東部地方のこと。その土地一帯を統治し統括している大地主の家、それこそが名瀬家。
だがこんな土地の統括権を持つ家を認識している人は少ない。だから名瀬という本名を隠さず暮らすことにしたというわけだ。
だが一発目でそのことを認識している人に当たったのは不運としか言いようがない。
ちなみに、東北海州とは別に北海道の西部と南部を西南海州。北と中央の地域を北中央州と呼ぶ。
青の境界の設立以来、北海道の人口密度は急激に増加した。
このことが原因になり過疎地帯であったはずの北海道内北部や東部にも人口が増えた。それからは、地名や州の改名が行われ、この東北海州、西南海州、北中央州は「北海道三州」と呼ばれている。
「そんなこと良く知ってるな」
「ん? 俺の親父が詳しいんだよ。なんでか知らないけどー。でも、そう答えるってことはやっぱり地主の家だな?」
「ああ、そうだ。……だができれば、そのことは他のクラスメイトには言わないでくれないか」
「え、別にいいけどよ。どうして隠すんだ? そこの土地の偉い人の家系だろ?」
偉い人の家系……か。それは間違ってはいないが。
土地を統括する権利をいちいち気にして生活する人間がこの世にどれだけいる。おそらくほとんどが知らないだろう。東川みたいなケースは稀だ。
つまり異能士でも何でもない一般人からすれば「名瀬」という家は、ただ少し金を持った土地権利を有している家ということになる。
もちろん異能士以外の話だ。少なくとも異能士や、その世界に触れた人間は「名瀬という名家」に対してもっと別の反応をするだろう。
「まあ、オレの親に口止めされてるんだよ。家が地主なことは隠しておけってな。ごめんな」
こんな嘘でも効果はあるはずだ。
「あー。なるほどな。任せとけよ。誰にも言ったりしないから。というかこんなこと知ってる人、多分俺くらいしかいないし」
「ありがとう。確かに、それもそうだな」
東川がいい奴で助かった。
本当に……な。
――――――殺さなくて済む………。
「そういえば、呼び方は東川でいいのか?」
彼の呼び方を聞いてなかった。
「え、お前なー。同級生なんだから、オレのことは香でいいよ」
そう言ってくれたので、せっかくだ。香と呼ぶことにするか。
「わかった。香と呼ばせてもらう」
「おう。俺も統也って呼んでいいか?」
「もちろん」
こうしてオレは記念すべき一人目の友達を獲得したのだった。
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