『振』の影
*
玲奈の目線の先には糸影、女影、ネメ、そして統也。
たった今、玲奈の視界には三人の影人が同時に統也を狙う。そんなシーンが映る。
(どんなに戦況が危ぶまれても、統也の加勢はしない。きっと邪魔になるだけ。今、彼の戦闘を眺めればそれが分かる)
(ステージ上手下手にも影が居るから、ステージ面で待機するしかない……)
無力感に苛まれつつも玲奈は口を開く。
「命ちゃん……異能を見てもあまり驚いていないようだけど……」
玲奈は当然命に話しかけたが、彼女は返事らしき声を出さない。
その沈黙はある種の含蓄を持つ。
「命……もしかして、統也が異能者だって知ってたの?」
里緒は躊躇わず聞いた。今更隠し通せるはずもないからだろう。
それに対し命は驚きの発言をよこす。
「そうだね……知ってた、かな。一度夢で見たことがあるの。統也が青い光を空に放つ、変な夢……」
意味不明で他者からの理解は叶わないことを平然と言った。
でも命は依然真面目。一切ふざけてなどいなかった。
「妙にリアリティがあったから、なんか正夢なのかなって思ったり思わなかったりして……」
リカ、大輝、里緒、玲奈の四人はその言葉の意味を理解できない。正確には飲み込めないほど現実性のない話だなと認識する。
ただしその言葉にある、真実味を帯びるような重みは皆感じ取れた。
*
糸影が『神紡』で、オレを狙い、更に反対側からネメがオリジン武装らしき黒い剣で――。
オレは本能による反射で身体を捻じらせ『神紡』をかわし、奥に居たネメに撃たせるが、その剣の効果なのか『神紡』を見事に中和し、防御したネメ。
あのオリジン武装……そうか。異能『反転』による術式拡張の効果。
しかし具体的には不明。
一方、女影の触手攻撃はマフラーで防ぎ、そのあと器用に慣性を利用してマフラーを動かし、触手の先端を空間的に切除。
瞬間、
「“交代だ!”」
叫ぶ糸影。
ネメの方は素早く後退し、スイッチするように糸影が正面に来る。「相手は俺だ」とばかりに。
やはりな。ネメは一般人をこの場に滞在させておくため、壁側でバリケードの役割を担う影を服従させておく必要がある。その担当。おそらく彼女にしかこの数は操れないんだろう。
仮にこの場から一般人が減れば、それはイコール「オレの強化」……というよりオレ本来の実力で戦える状況を作ってしまう。
オレはスケート選手のように回転し、前に来た糸影に向けマフラーで切りつけるが、紫『糸』のレーザーカーテンを垂直展開し防がれた。
光子とマナの癒着……面倒な術式を使うな。
休む隙なくうしろから来る女影の触手……背後右側から入り、左わき腹を抜ける斬撃。
同時タイミングで正面の糸影も防御から攻撃に切り替え、『神紡』を近距離から直進させてくる。
「ちっ」
オレは正面、糸影の前に『檻』を展開。『神紡』の防御と共に、その垂直展開された『檻』を蹴り飛ばし反動でバク中、背後からの触手斬撃もかわす。
「“なに! お前の脳内どうなってやがる!”」
「そんなどうでもいいこと考えてる暇、あるのか?」
空間収束―――『蒼玉』
正面の『檻』バリアを虚数『蒼玉』の式に変換し、その吸い込み効果で直の距離にいた糸影の両腕を捥ぐこと成功。そこを起点に蒼く吸収される空間によって――。
「“うが……っ! 待て!!”」
肩先から大量出血しながら怯む糸影。しかし関係ないし、待つわけがない。
緊縮で結果『檻』が消えたため、正面はがら空き。オレは着地と同時、マフラーで糸影の胴体を一閃し、上半身下半身に両断する。
影人とは言え軽く痛覚は存在するようで、出血と共に言葉にならない声を漏らした。
直後、意識が付属する上半身の糸影は床に落下。それを見て当然女影は慌ててオレの方に接近してくる。
影人が出す超人的な速度で――。
かかったな、イカ。
彼女側からすればオレは背を向けているだけに見えるだろう。
だが―――。
『“女影―――来るな!!”』
そう叫び警告する糸影からは見えていた―――背中からの死角……胸元で、オレが小さなブラックホールを収束している―――極小『蒼玉』を生成している最中であると。
まあもう手遅れ。精々早まった自分を悔め。
女影は自ら物凄いスピードを以て接近してきてくれる。
「わざわざありがとう」
オレは素早く振り返り、ミニ『蒼玉』を左手で固定、接近してきた女影の腹部に撃ち込む。
実はこの『蒼玉』、極めて小規模である上に、そこまで放出力を上げていない。
だって、女影が自発的に高速接近してくれるって分かってたから――。
あとはその慣性を利用するだけでいい。
「“しまっ―――”」
“しまった”というセリフを言う前に彼女は腹部に風穴を開け、直後バネで引っ張られたかのような倍速で吹き飛ぶ。
そっちは唯一人がいない方向。存分に吹き飛んでくれ。
その願いが叶ったのか、会場壁面に凄まじくぶつかり、血液がまるで割れた水風船のように拡散、ボデイの原形が崩れるまでに至る。
女影はもうしばらく動けないだろう……。いったん無視だ。
オレは追い詰めるように、上半身のみの動けない糸影に歩み寄っていく。
既に両手先まで再生は終わっていたが、動けるようにはならないだろう。
「“お……おい! 待て統也!!”」
赤い目を剥き、激しく動揺する糸影は両手の指から紫の『糸』を出し、周辺にあった左右の瓦礫二つを操作、持ち上げ、オレをサンドするようにぶつけてくる。
オレは左右それぞれに両手を向け、両側に『檻』を展開、それをいとも簡単に防御する。
そのまま何事もなかったかのように進んでゆく。
「待つわけないだろ。アホか」
直後、下半身の再生を未だ終えていない糸影の焦りが極大値に達したか、思いっ切り叫ぶ。
「“リクトぉぉぉ!! 戦闘に参加しないなら『振』の座を他に渡すぞ!!”」
リクト? リヒトではなく?
「はいはい、分かった分かった……」
離れた位置で一定距離を維持しながら見張っていた『振』が、すぐそばの一般人の元へ加速、そのままその男性を持ち上げ思いっ切りオレへ投げつけてくる。
「ぎゃあぁぁぁぁぁぁ!!!」
『え? どういうこと……?』
茜はそう言っていたが、オレは気にせず斜め上に『檻』を展開してその人物を押さえる。
その後、右足で糸影を蹴り飛ばし、立ち位置を変えた。
「名瀬、こっちだ――!」
と、『振』シーズが誘ってくる。
ただでさえ荒れ狂っていた観客たちだが、『振』シーズのせいでさらにパニック状態に陥り右往左往している。空間を切り裂くような金切り声と特大の悲鳴が広がっていく。
さらにヤツは二人、三人と次々にオレへ投げつけてくる。しかしこちらは全て『檻』の展開で防御した。
展開を解けばその男性や女性は床に落ちるが、すぐさま立ち上がり逃げていく。
『あのシーズ……様子がおかしい』
「おかしい? 何がだ?」
『普通、異界術での速度上昇は足にある力のためを地面に放出するもの。でも、さっきの動きはどう見ても予備動作なしのただのベクトル加速……』
「なに?」
そんなことはあり得ない。影人の有する異能は一つまでと決まっている。
いやそもそも強化人間でもそれは同じ。扱える異能は一つまで。だから異能者は普通の影人にはなれても、異能を扱う知的影人にはなれない。
運動量増加やベクトル加速とは異能『加速』のこと。限界で通常の三倍の速度を実現するらしいが、
「あのシーズ……加速、振動……両方の異能を持ってるってことか?」
たった今、ヤツが異能を二つ持っていると浄眼でも確認が取れた。
『おそらくかなり無理な負荷をかけた改造影人。推測だけれど、演算に関わる脳の機能に対し独自の強化を施している。既存の細胞変化じゃ実現しない。おそらく彼の寿命は持って数年、おそらく雹理に唆されたんでしょう』
「そうか、まあ少し移動の速いリヒトってだけだろ」
やる気のない上、恣意的な敵にフォーカスしている暇はない。
ただ「二つの異能が使える例外」とは念頭に置いておくか。
『あと……統也、悪い知らせ。そろそろ同調の時間制限……』
「ん、仕方ないな。ここまでありがとう」
言い終わって、
「っ――――」
オレは同調通信を切り、制服のネクタイを緩めながら、一気に下がる。
それもかなりの高速で――。
そしてオレがネクタイを緩める時は、極まってギアを上げる時。
ネメがこちらへの攻撃に参加しないのはバリケードの影の制御に掛かり切りだから。
人々をこの場から脱出させないよう、滞在させる努力をしているから。
そう思っていたんだが――、
「さすがに私の出番ですか」
ネメはまるでバリケード用の影の制御を捨てるかの如く、機敏な動きで間合いを詰めてくる。
そして――、
リクトと呼ばれた『振』シーズが、群れる一般人を「波動」の打撃で殺していきながら……血の海を作りながら……なぜか命達の方へと向かった。
「は―――?」
人を殺戮していく時に見せた腰の低いバスケのような動きで、オレはやっと思い出した。
里緒のストーカーをしていた「宮野陸斗」という男子を―――。
描写が分かりづらい、ここの説明が欲しい等々、感想で送って下さればありがたいです。




