開戦
『それでも、青の境界の演算ほとんどを担っている、何より発動者である統也本人を狙ってきた、ってことは……まさか……』
茜は何かに気付いたかのようだったが、正直それを気にしている余裕はない。
なぜならオレの方へ女影、糸影、ネメ、そして『振』の新しい適合者CSSが歩いてきていたから。壁の瓦礫と死体の山を避けながら。
見た感じ、新しい『振』は男っぽいな。
オレは壁より手前に展開されていた大きめの『檻』をすぐさま解除し、特大ジャンプで彼らの前にスタッと降り立った。
「久しぶりだなネメ。今度は仲間を連れて四人でオレをイジメる気か? 逆にお前が泣きべそかいても知らないぞ」
そう煽ると、
「あら統也さん……随分と色ボケしていると聞き及んでいますが、そちらこそ大丈夫なのですか?」
不敵な笑みを浮かべるネメ。
「だったらなんだ? オレがお前ら相手に負けるとでも? 勘違いしてるようだから言っておく。オレはこの程度で負けたりしない」
ネメはそのセリフを聞き、たちまち顔をしかめる。以前ボコられた記憶でも蘇ったか。
次に女影を指差す。
「それと、そこのイカ。会うのは四度目だな。毎度毎度逃がしていたが、今回は捕まえる……いや、ここにいる全員―――絶対に討伐す」
凄まじい殺気を押し出すと明らかに身構える影四人。
珍しく女影が最初に戦闘体勢に入り、マナの凝縮で両手の触手を伸ばす。マッハの触手をうねらせ始める。
そして珍しく自発的に喋った。
「“この会場の外では名瀬杏子の『檻』が球形に展開されている。いわば小規模の『碧の境界』。普段自分の制御下にあった空間かもしれない。けど今は杏子の『檻』を介在させている。そういうわけで、あなたは今、杏子の空間制御下にあり、必殺である第零術式『律』が使えない”」
「あ?」
そんなことは分かってるんだよ言われなくても。
一体オレをどんな馬鹿だと思ってる?
「はぁ……」
……にして困ったものだ。
ほんと、この低俗な考えには辟易する。
「いやぁ……正直、戸惑ってる」
オレは自分のペースを崩さずに言いながら蒼き瞳で睨むと、ネメが目を瞑ったまま嬉しそうに口を開く。
「自分の置かれている危機的状況を、やっと理解されましたか?」
優位なのは自分達、と思っていそうだ。
オレは一拍置いて、
「違う違う―――『律』を封じて勝った気になってるお前らに戸惑ってんだよ」
オレの眼から放たれる蒼い殺気に、自らの生命危機を感じたのか防衛本能丸出しで――、
「“―――!”」
女影の触手先端がマッハで仕掛けてくる。
オレはそれをマフラーによる断裂状態で封じ、マナの火花が飛ぶと同時、うしろに回ってきた糸影が紫の『神紡』を直撃させようとしてくる。
「ん―――」
そっちにノールックで『檻』の障壁を展開し『神紡』を防御。すると今度はサイドから間髪入れず、女影の触手が飛んでくる。
触手の狙いは……顎先から上部……オレの頭か? いや首? だとしたら初動の筋肉意識が上過ぎる。
『相手は統也の浄眼を先に潰す気かも』
「なるほど―――な」
オレは言いながら屈んで触手による斬撃を回避、その後空中へ大きくジャンプすると、空間に『檻』の足場を固定して設置、そこに乗り、会場全体を俯瞰する。
視覚共有中の茜に状況を見せる意図もあった。
玲奈、リカ、里緒、大輝……以上四人には命の保護に徹してもらう。
もし仮に彼女らの一人でもオレの援助に回った場合、シーズ四人は命を狙いだすだろう。そうなった時オレは彼女ら五人を含め全員を守りながら四人の知的影人と戦闘するという無理難題を強いられる。
だからこのバランスは崩さない。だがそれには、ここにいる四人のシーズがオレ相手に手一杯という状況になってもらわなければ困る。
これは実際そう難しいことじゃない。少し本気を出せばいいだけの話。
問題は一般人を巻き込んでの攻撃やら大技。そっちを始められるとオレもいささか対処に困る。
さて。
「女影の触手、先端が刃物上に変化してるな。以前は違う形態だった。厄介なのはその水晶体高質化部分の刃が高速に変形しながら向かってくるという事。刃の大きさや重量から一つ一つをかわしたり防御したりするのは難しくないが中距離サポートに回られたくない」
『うん、でもあれで遠距離攻撃はそう簡単じゃない。あの触手の刃……最低限これだけというサイズがあるはず。じゃないとあそこまで高速な動きは実現できない』
「……だよな」
うーん、どいつから殺そうか……悩むな。
もう捕獲とか言ってる場合じゃなくなった。今やこの四人を殺すのが生還条件。
『ネメは隙あれば、って感じで接近戦には参加しないのね。「振」のヤツはどっちかというと怯えてる風に見えるけど、あんまりやる気なさそうにも見える』
「確かに」
ここで発散式『青玉』を打ち込めれば文句ない、というか全ての片が付くのだが、周りの観客、里緒や命も巻き込むことになる。それは駄目だ。
これは別に『青玉』に限った話ではない。こんな閉鎖空間で通常出力の『蒼玉』なんか放った日にはその時点で死亡する一般人がわんさか出てくる。
「……しかし朗報もある。周りに居た一般人がオレを避け始めた」
まあ当然だよな。「異能」という存在は世間一般では秘匿されている。得体の知れない超能力を使っていたら、誰でも逃げる。喋る影人も近くにいるしな。
「お陰で近接戦闘の解禁だ。女影と糸影の出方をうかがうくらいなら出来る。まあまずは探りを入れる段階だな」
『糸影も女影も……互いにサポートし合ってる。それも結構な信頼……あえてそこをつかない?』
「まあ、悪くない」
糸影相手に留意する点は『神紡』による中距離からの女影援護。
あと単にヤツの瞬発力は侮れない。オレと互角か少し下ってとこか。
女影が厄介なのは地面からの結晶展開と触手による高速攻撃。しかし触手と結晶の同時攻撃はできない。つまり初めから触手を使い脳のキャパを埋めている彼女は『霜』の結晶を出せない状態。さらにこの床材の関係か、あまり結晶を展開してこない。
よし――。
「やっぱり女影、お前から討伐す」
瞬間的に足場の『檻』を解除し、落下しながらマフラーを振り下ろす。
女影は当然それを防ぐために触手を上向けて打ってくるが、なぜか両手の触手同士が空中で衝突する。結果的にこちらの攻撃は防御されたが……。
『――?』
茜の息を吸う音が聞こえた。
何か気付いたな。
オレは戦闘を中断、ジャンプで後退し、一旦距離を置く。
『彼女の触手の正体が見えてきた』
「正体……?」
『うん。彼女の脳――触手の司令塔は優秀ではない。なぜなら本来は人間の腕を扱う用の脳構造だから。結果、触手全体の統一性が得られない』
「なるほど、だからさっきみたいに衝突するのか」
『そういうこと。……私に考えがある』
「分かった。試そう」
茜からその話を聞き終わり次第、再び「瞬速」で女影に接近。カーブを描くようにして触手をかわしながら。
「はぁぁっ!」
その瞬間から彼女のボディをマフラーで切り裂いていく。
女影は途端に触手を休め、水晶体防御を身体表面に展開する。しかし血しぶきは上がり続ける。
「ほらイカ、反撃しなくていいのか?」
「“――――っ”」
茜の言う通りだ。以前もそうだが、自分の可動スペースに入られると触手での細かな反撃ができなくなるらしい。
しばらくそうしていると、女影を一方的にマフラーで切り刻んでいく光景にしびれを切らしたのか、糸影がオレを『神紡』で狙う。
直進してくる紫の光線――。
「ふ――」
オレは今口角を上げざるを得ない。
糸影……さっきのオレの行動を鑑みて、中距離の反撃は諦めて『檻』の防御に徹すると思ったろ?
はい残念――。
すぐさま蒼玉の応用である「瞬身」で糸影の懐に潜ると、右手をぺったり腹に付ける。
「“はやっっ―――!”」
どうせ核の位置は弄ってんだろ? ならお腹でいいや。
工程省力の即行生成&出来るだけ低出力の『蒼玉』を手のひらから撃ち込む。
「“ぐはっ!”」
体を穿たれ、血と共に大きな穴をあけ、四・五メートルほど吹き飛ぶ。
「会場の壁とオソロじゃん、良かったな?」
あんまり派手に放つと背後にいる一般人に被害が及ぶ。次やるならもっと出力を抑えた方がいいか。
考えながら、うしろから伸びてくる触手をバク転やらバク中やらでかわしていく。
「“こっちにもいる!!”」
女影は触手を変則的にこちらのスペースに入れ、鋭くも速い斬撃を繰り返してくる。
マフラーでの斬撃、『檻』の防御も交えていると、女影は片腕に三本ずつ触手を展開し始める。
左右合わせて六本に変形。
『統也……女影を、糸影が自己修復する前に片付けるよ。おそらくネメは壁際にいる一般影人の支配・制御を一手に引き受けてる間、それが枷になって自由に戦闘に参加できない。やるなら今』
「ああ。だが、相手も触手を増やしてきたぞ? これじゃあヤツの懐に潜れない」
『その点は任せて』
「分かった。指示通りにする」
とりわけ影人においてオレより専門的な知識を有する茜。オレはたった今脳内で彼女から言われたことを実践する。
女影の周囲を「瞬足」の最大馬力で走り―――。
『―――周辺にある瓦礫を盾にしながら一定の距離を保ち、左右上下に移動しながら触手による攻撃を避けつつ、あえて自分に標準を合わせるよう誘導。線の動きでかわしていれば、女影もこっちの動きに慣れ、線の先を読むようになる……』
オレは周辺の瓦礫を使い、触手をかわしながら周回していく。
『そこで急に…………今――!』
オレは言われたタイミングで直線的に「瞬身」を用いて、彼女に急接近する―――。
『女影視点では、逃げてばかりだった線が突然迫ってくる点になる。平行が垂直に、横が縦に。ただでさえ支配しきれてない多数の触手で、点の捕捉はできない』
右手で振りかぶった蒼きマフラー、狙うは心臓部ではなく―――女影の首。
『核の位置はずらしてあるはずだから、代わりに首を切り落とし、彼女の身体統制を落とす』
狙い通りだ。
首が斬り落とされ、女影の頸動脈から噴き出る血液。
マナの意志回路で保たれていた全体意識を一時的に失った女影はその場でがくりと膝を折る。
影は全神経に意識や記憶を移すことが出来る。茜によれば触手もその一部とのこと。しかしやはり最大の司令塔は「脳」。それを切り離された今の女影は、おそらく身体損傷の再生で手一杯。
オレはヤツを『蒼玉』で押し潰すため素早く『檻』で囲い込もうとするが―――。
「なっ―――?」
『嘘……そんなことも出来るの……?』
女影は自らの左手触手をマナ光波やプラチナダストにより変形させつつ、自分の顔に持ってくると、切り取られていた首から上部分に粘土のように密着し、頭部を形成、意識が復活する。
つまり左手を犠牲に頭部の細胞などを組織した。
同時に、右手触手が素早く伸びてくる。
「影人細胞……有能すぎだろ……」
さらに、再生を終えた糸影が『神紡』でオレの背後を狙い、加えて右側からネメがオリジン武装らしき黒い剣を振りかぶってくる―――。




