王様狩り
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数十分後、許可を取ったオレは今回の主役二人がいる控え室に辿り着く。
「え、統也? なんか匂うなって思ったら」
鏡の前に座る玲奈は振り返り、一方で命は鏡越しにこちらを視認。
「それは失礼だろ」
「いい意味だけどね」
「いい意味でも匂いたくはないんだがな」
「はいはい、ごめんなさいでした」
玲奈はいつもの軽妙調子で、いつもと違うのは唯一服装。アイドルなので当たり前だがフリフリの派手気味衣装を着ている。セクシーな脚元などを見せびらかしているが、それは命も同じだった。
「命、調子はどうだ?」
「うん、絶好調だよ。全然大丈夫。統也くんも私にペンライト振ってね?」
「ああ分かった」
少し無理しているようにも見えるが、メンタル自体は強い子だし本当に大丈夫だろう。
「私びっくりした。命ちゃんがいきなり『統也が来た』って言い始めたから。数分前にね? それで本当に来たから」
「そうか、まあそういうこともあるだろ」
「いや、普通ないから」
「そんなことより準備は出来てるのか?」
結界の、という意味だった。
結界張りは常務らしいのだが、オレは詳しく知らないので訊いてみた。
「ええ、念には念を。いつも通りの結界を使ってる」
オレがライブ会場に着き、一番最初に気付いたのは赤結界。強度や施されている古式術は可もなく不可もなくって感じ。
開印結界には「赤」のと「紫」のが存在し、それぞれ破壊されやすさの指標となる。
基本的には「赤」より「紫」の方が突破率は低いが、扱えるのは達人域の古式異能士が九割を占める高難易度の結界術。なので使われるのは大方「赤い結界」。
ちなみに結界自体は不可視化されるが、『檻』のように内部の視界まで不可視に出来るわけではない、あくまで透明化するというだけ。
*
「命、そろそろ本番始まるぞ?」
「うん、分かってるの。けどその前に確認させて。大事なことだから」
衣装のまま、控え室よりさらに奥の立ち入り禁止と書かれた物置のような暗がりで、正面の彼女は真摯に言った。
「今日の帰りまでにどちらか決めるって話か?」
「うん……私か里緒さんか、どちらか……。このライブで私の魅力が伝わらなければ、その……私は少しの間諦める。だから決めてほしいの、どちらかに。曖昧なのはやっぱり辛い」
「ごめん命」
前触れなく抱きしめると、分かりやすく硬直した後すぐに腕を回してくる。
「それ、どういう謝罪? 私じゃ、駄目って事?」
優しく言ってくれる彼女の背面で首を振った。
「選ばない。――違う。選べないんだ。二人とも大切だと思っている。二人ともオレにとっては魅力的で、それぞれいい所も沢山存在する。オレは君たちと一緒に――」
「だめだよ統也くん、どちらかくらい選ばなきゃ。これから先の人生、統也くんは数え切れないほどの選択をするはず。選択の連続こそが人生を成すから。私は統也くんがどっちを選んでも尊重するよ。もちろん私を選らんでほしい気持ちはあるけど、それは私の我儘。負けたら負けたで、アプローチはするんだから安心して。統也くんが里緒さんを選んでも、きっと統也くんの傍にいちゃうから」
この子がどうしようもなく愛おしい。そう思いながら体を離し、見つめ合うと誰かが何も言わなくとも無言でキスを始める。
本番の何分か前でこの様。
オレはいつからこんな愚行をするほど自制心がなくなったのか。
分からない。無意識にタガを外している。
「好きだよ、統也くん」
言ってオレの胸の中に顔を押し付けてくるアイドル。
君はこんなに一途なのに、オレの方は日に日に駄目男になっている気がする。
*
遂に始まった。
荒れ狂うようなレーザーライト。ステージ上で踊る二人の歌姫を一番前の特等席で応援(?)。
「きぃみぃのぉそぉのぉこぉえぇ~!!!」
大輝が「玲奈」と書かれたうちわで大狂乱。
オレの方は――芽衣子死亡のことを何時言うべきか、などとこの場においてどうでもいいことを考える始末。
正直なことを言おう。オレは別に命のライブも玲奈のライブも、そこまで興味がない。
命が歌い、ダンスする姿は確かに綺麗だが、歌が上手いかと聞かれればオレには判断できないし、これに何か特別的な魅力を感じるとかはない。
精々冷え性のこの身体からして会場全体の熱気は助かる、という程度。
ただ今回は玲奈とコラボするという事で強めに誘われ来てみた。命も「Sayme」ではなくミコ単体として出演するらしいので、気楽というか、無理せず来れた。
お世辞にも友達と呼べる存在が多くないオレは貰った十枚近くのチケットを余したため、適当に人選して呼び出したというわけ。
大輝やリカたちはそれでここに居る。
ちなみに雪乃にだけは先に帰宅してもらった。すぐに警察から連絡が来たため、彼女のみ芽衣子の死を知っただろう。「やっぱり帰ります」と言っていたが、理由は彼女の顔の青ざめ方ですぐに分かった。
《キミの、その声に逢いたい。きっと、もっと、ずっと》
歌っている命はやはり綺麗。目を奪われる。魅了される。
「命と玲奈さん、楽しそうに歌ってるね!」
隣の里緒は騒音、もとい、ファンたちの大声に負けないよう同じく大声で言った。
「そうだな。最近の命、心なしか暗かったから元気な姿が見れて一安心だ」
そういえばペンライト振ってほしいって言ってたな。
オレは曲の調子に合わせてペンライトを振ろうかと思い、命の方を見たが――。
《あなたに、ズッキュン!!》
カラフルな照明を浴びる二人、ステージ上で指をピストル状に模り、観客に撃つ仕草をした。特にミコだが、明らかにオレに向けられていて本当にドキッとした。
本来は観客席中央中心部へ放つべき銃弾だ。それが真っ直ぐオレを狙っていたのだから。
「あんなことしてアイドル的に大丈夫なのか……?」
さすがにやりすぎでは。
「なあ? ミコちゃん今俺のこと見たくね? 俺のこと見たよな?? 絶対見たよな? 俺にハート撃ってきたんだよ!」
左側に居た同い年くらいの、知らない男子高校生がそうはしゃぎ、隣の友達を揺する。
ああ、もしかしたら命は君を見たのかもしれない。
あれだ、誰に当てるかは分からないサービスのようなやつか。
だからオレじゃな―――。
《ラストも、ズッキュン!!》
曲の音楽が終わる瞬間、明らかにオレと目を合わせピストルを撃ってくるミコ。
あー、オレだ。
*
ライブ会場の外、時間的にまだ明るいが、その一帯は黒かった。
「あーあ、こんなにチャチな赤結界で何の意味があるのか。私は随分舐められているらしいね」
白夜雹理は水色髪を揺らしながら挑発的な笑みを浮かべ、後ろから付き従う赤い瞳、計六個に尋ねた。
「まさか、単純に能力が低いだけでしょう。玲奈、統也の両名も言うほど警戒していない証拠です」
常時目を瞑っているためその六個の赤い瞳に含まれないネメは雹理のすぐ隣で屈み、そう伝える。
「かもね。だとしてもこちらは手札を変えない。……どうだい、みんな準備は整ったかな?」
またしても後ろへ尋ねる雹理。
脳内波長で信号を受け取り次第ネメは口を開いた。
「ええ、準備万端です」
「そうかい。じゃあ、そろそろ始めるとしようか。―――王様狩りを」




