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転入【2】



「ちなみに影の生き残りが青の境界内に潜んでいるということは、国民にあと何年くらい隠せる予定なんですか? 今、境界内の影たちが劣勢で人類を支配できるだけの力も時間も余裕もないことは理解されるかもしれない。ですが、この北海道地方のどこかに奴らが居るという事実だけで、国民は簡単に恐怖できる」


「……そうね。あなたの言う通りよ。例え全てが暴かれたとして、我々異能士が影を抑え込めてると説明しても、国民は容易(たやす)く『そうなの、なら安心ね』とは言ってくれないでしょうね。それに。せいぜい隠せて四、五年の(あいだ)と言われているわ」


「たったの四、五年? なにか対策はしてあるんですか?」


「おそらく、そんなものはないわ。でも仕方のないことでもあるのよ……。『青の境界』は影人を完全に排斥(はいせき)していると考えられていた。それが世界蹂躙のトラウマから人々を救い、安全に暮らしていけるという安心感を与え続ける、いわば()()だった。だけど、どういうわけか影人の生き残りが数体だけ境界内に侵入し、その(のち)繁殖したと考えられている。実際には奴らに生殖があるのかということさえ不明なんだけどね。さらに、境界内のどこに隠れているのか、どんなに世界中を調べても影人の形跡すら見つからない。どうなってるのよ。しかも青の境界は物理的な貫通どころか電磁波ですら通さないダイヤモンドのようなバリアよ。あれをくぐり抜ける方法なんてないわ」


「そう……ですね」

 だが。影がIWに潜んでいると、たったの5年程度で暴かれるというのに政府や異能士協会が無策でなんにも処理をしないわけがない。なにか策はあるはずだ。

 だが……それでは遅いかもしれない。


 IW内の影の発生原因、潜伏場所が明確に判明していない今、世間に残留している影の存在が暴かれるのは危険すぎる。トップシークレット3(*)が暴露されればIW世界中がパニックになるだろう。

(*シークレット3……IWで影人が生存しているという国際秘匿情報。異能士関係者幹部と一部の政府のみが知る事項)


 オレの頭に『IW(インナーワールド)に影人が生存!?』そんな記事が浮かぶ。

 関係ないように思えるが、オレは数日前にオレを襲ってきたマントの敵を思い出していた。あれはなにかの兆候(ちょうこう)だったのかもしれない。

 それが何を示すかはオレには分からない。だが、あの襲撃はオレに何かを()げている気がしてならない。


「えっと、話は変わるんだけど。(とき)に統也くん。そのマフラーの話だけど……」

 そのマフラーとはオレが首に巻き付けているもののことだろう。


 オレはマフラーに手で触れる。

「ん? ああ。生まれつきの持病(じびょう)で冷え症ってことにしておいてください」


「分かったわ。そういうことにしておく。それにしても、マフラーで戦うっていうのは本当なのね。てっきりあなたの強さを表すための冗談かと思っていたわ」

 はじめオレは彼女の言っている意味が分からなかったが、数秒の思考で理解することができた。


「姉さんが教えたんですか?」


「ええそうよ。あなたのことを自慢げに話していたわ。マフラーを使うことでしか……」


「その話はやめましょう。マフラーは本当に寒いから付けてるんです。オレは本物の冷え症ですから。……戦うためじゃない。戦うのにマフラーを使ったのは後付(あとづ)けです」

 オレは二ノ(にのさわ)先生の言葉を遮ることで、この話をやめさせる。


 ちなみにオレが冷え症になったのは厳密には生まれつきではない。いや、生まれつき冷え症ではあったらしい。だが今ほど(ひど)いというわけではなかった。

 ただ、ある日からオレは急激に、そして、とんでもなく冷え症になった。

 常に悪寒(おかん)と寒気が走り、体の末端(まったん)が当然のように冷えていく。

 こんな(ふう)になったのは、「ある日」以来なのだ。

 だが不思議とオレにはその時の記憶がない。



「そうなの? あなたがこの話をしたくないと言うなら、別に無理してまで話すことではないわね」


「ありがとうございます」

 彼女は軽く頷く。

 冗談事(じょうだんごと)が多い雰囲気の女性教師だが、(もの)(わか)りはいいらしい。オレはひとまずそのことに安心した。


「そろそろ行くわよ。あなたはこれから2年Cクラスに配属されることになるわ。友達とかに関して言えば新学期だから、作りやすいとは思うけど」 


「まあ、確かにそうですね」

 オレが転校生でもあることを考慮して言ってくれているんだろう。


 丁度(ちょうど)その頃、学校のチャイムが鳴る。

 近くにあった応接室の時計を見ると8時半だった。

 彼女は立ち上がり、応接室からオレを退室させて廊下に行く。オレも彼女の後を追うようにして、ついて行く。

 どうやらこのまま2年Cクラス。すなわち、これからオレが通う教室へ向かっているようだ。

 二ノ沢先生のあとについて行くと、Cクラスと書かれたプレートが付いた教室の目の前に着く。

 オレは先生と並んで教室の前ドアの方に来る。

 これから1年間、このドアの先にあるクラスでオレは過ごすことになるのか。などと浸っていると、先生は容赦なくそのドアをピシャリと開ける。


(え、開けるの、はやっ!)


「おはよう、みんな。実は今日、急遽(きゅうきょ)……」

 先生は歩きながら、そこまで言って言葉をつまらせる。

 だが、言葉を詰まらせるのも無理はないだろう。周りの生徒たちが男女関係なくオレを見て騒ぎだしたからだ。


「え、その人って転校生っすか?」

「転校生が来るなんてきいてないよね」

「ここの編入試験ってかなり難しいのにー」

「え、しかも結構かっこよくない?」

「そうかなー」

「っていうか、この時期にマフラー?」


 などとガッツリ本人に聞こえる声で騒いでいる。


「はいはい、あんたたち静かにー」

 二ノ沢先生が教卓のところまで行き、手を二度パチパチと叩き、そのざわめきを抑える。


 だが1人の男子生徒が立ち上がり、彼女に意見する。

「でも、転校生が来るなんて話は一切無かったですよね? 告知もされてませんでしたよ」

 彼は少し興奮したように、そう訊いた。


 まあでも、それはそうだろうな。


 オレの到着日時は、オレ自身の体力も関わっていた。休憩を多くし到着日時が大幅に遅れることもあれば、体力を削り数日で来ることも出来た。

 これは杏姉が根回(ねまわ)しをして、オレの到着日時を決定させなかったのが大きい。


「だから言ったでしょ? 『急遽(きゅうきょ)』転校してきたって」

 二ノ沢先生は呆れたような顔で生徒たちにそう説明していた。

 オレからしてみれば、生徒の気持ちも先生の気持ちも理解はできる。

 前もって知らされていないオレのような転校生ほど好奇の目に(さら)されるものはないだろう。


 先生は黒板に、名瀬統也と丁寧な字で書く。

「彼の名前はなせとうや、よ。これから1年間このクラスでみんなと生活していくことになるわ」

 先生のその一言に合わせてオレは軽く生徒たち一礼をする。


「彼の巻いているマフラーが気になるかもしれないけれど、彼は生まれつき体が異常に冷える持病を持っていて、その寒気を少しでも緩和するためにマフラーを巻いているわ。席も、冬になったときストーブが近い窓側で固定することになってるから、よろしく」


 今の二ノ沢先生の話からオレの席はどうやら窓側らしい。


「えーっと。席は、すぐ近くのそこに座って」

 彼女が「そこ」と言って指差した席は、説明通り窓側に位置しており一番前の場所だった。


 内心オレは一番前の席であることをあまり良くは思っていないが、仕方のないことでもあるので顔や表情には出さないようにした。


 オレはその席へ向かおうとすると、二ノ沢先生がオレの制服の背部をつねり、軽く止める。

「自己紹介くらいしたら?」

 先生が小声でそう提案してくる。


 さっき先生がオレの名前を紹介してくれたから、あれで良かったと思うんだけどな。まあ、いいか。

 オレは改めて生徒たち、いやクラスメイトというべきか……の方へ向き直り、自己紹介をすることにした。


「オレの名前は名瀬統也です。これから一年間、このクラスで過ごすことになります。この学校に関しては、まだ分からないことが多いですが、よろしくお願いします」

 オレはもう一度軽く礼をする。


 ……すると。

「部活は何に入るか決めてありますか?」

 先ほどとは別の男子生徒がオレに聞いてきた。


(部活は決めてないな。入る必要もないし……)


「まだ決めてません」

 オレは正直に答えることにした。

 そうするとなぜか、クラス内が少し盛り上がる。

 オレをどっかの部活にでも勧誘する気だろうか。


 ……文化の差だな。

 オレは柄でもないようなことを考えながら、窓側にある自分の席に着く。


「はいはい、静かにして。一時限目の授業を始めるわよー」

 二ノ沢先生が声をあげる。


 クラスメイトはオレという転校生のことでしばらく談笑していたが、授業開始のチャイムが鳴る。一時間目の授業は古文のようだ。

 オレはマフラーをしっかりと巻き直して自分にとって退屈であろう授業を聞いてみることにした。


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