罠【2】――時空零域
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「おうおう、なんだ? 話に聞いてたのとチゲーじゃん。相手は『名瀬の最強』なんじゃなかったのか? なんだか拍子抜けだぜ?」
代行者の一人、20代後半くらいの男性がオレを視認するなり、数メートル先で文句を垂れ始める。
それに倣い、右の奴や左の奴も、
「まじでそれな。男女のガキ殺せば4000万って、ほんとか? こんなガキを殺すだけで?」
その会話から推測するに、どうやら代行者上層部よりオレと命の首を取れば4000万が贈呈されるという話らしい。なんとも不愉快極まりない。
「このキャンペーンって最高じゃね! 黒髪ロングの女に、マフラーの青年、間違いねえ……賞金首はこいつ等二人だ!」
黒髪ロングの女……そうか、里緒と命を勘違いしているのか。
だがそれは好都合だな。
考えている間にも徐々に敵の代行者の人数が増えていく。少しずつ包囲しながらの接近だったのだろう。
目視できる、木に隠れている存在を除いても40はいる……。
オレと里緒を中心に円形上で配置しているスナイパー……異能狙撃手もいる。
その数は10ほど、つまり木の陰に隠れている臆病者が50ほど。
位置は……たった今全て暗記した。
「統也っ! どうするの!」
里緒のその小声を聞き次第、背中側にいた彼女をさらに引き寄せる。
「えっ! きゃっ!」
そうして密着させた。
「な、なに……?」
「オレの背中に触れてろ。離すなよ?」
「え……わ、わかった……。何か考えがあるんだよね? あたしは、何もしないよ?」
「ああ。ここはオレに任せろ」
「うん……」
さて。
背に掴まってくる里緒を確認し、周りの敵へ告げた。
「あんたらの目的はオレと黒髪ロングの暗殺、そうだな?」
すると代表して一人が声を上げる。
「おうおう、こりゃ随分と物分かりがいいガキ共じゃねえか。悪いなガキ、代行者はどんな汚れた仕事でも穢れた任務でも遂行する。4000万のためならガキだって殺す。分かったならせめて助けが来ることでも祈るんだな、名瀬のガキ。まぁこんなケツの青いガキが名瀬の最強なわけないけどな。かははははっ!!」
久しぶりだ。
オレの深層から制御できない怒りが湧いたのは。
オレへ侮辱、そんなものはどうでもいい。むしろ何とでも言え。
だがな――。
「あんたら、自分が殺す人間が本当に森嶋命かも確かめないで、ただ黒髪ロングってだけで人を殺すのか? その人の過去も、どんな人物かさえも調べないで? 自分の利益のために? 金銭のためだけに?」
それだけのために里緒を。
将来有望な若い女性を殺すのか。
いや。
オレの里緒を殺める気なのか。
「あ゛……? おま、何言ってんだ? マフラーくんよ、君はまだ青二才だから分からんかもしれんが、世界の人間ってのは自分の利益のためだけに生きてるんだ。人のことを考えられるヤツは余裕のある人間だけなんだよ! 分かるか!!?」
「……そうか、そうだよな……愚民ども、全員『雷電』を迫害したクズが。お前らごときに」
分かるはずもないさ。こんな低能の塊に。
「雷電? なんだそれ、何の話だ、ふはっ!」
「ははは! 何言ってんだこのガキ!!」
そうか、そうやって綺麗さっぱり忘れて、楽だろううな。
凛を苦しめ、楓花さん、春馬を死に追いやったテメエらゴミが。
そうやってのうのうと生きてる限り、世界は進歩しない。人類は進化しない。
だからそうやっていつ来るかも分からない脅威に立ち向かうことも出来ず死んでいく。
ゴミ以下のクズが。
「と、統也……?」
心配して訊いてくる里緒。
「大丈夫だ」
猛烈に湧いてくる怒りを握りこぶしで押し潰した。これを放出するべきは今じゃない。
感じたことがないほどのとてつもない憤りを覚えていた。
「直接手にかけた場合にはさらに5000万ボーナスだろ!! 俺様が一番乗り!!」
「いや、俺だ!!! 実行ボーナスは俺がいただくぜ!!」
「どけどけ!! 俺がガキ共を殺ぉぉす!! 本当の異能ってものを叩きこんでやる!!」
獲物を狙う猛獣のような目で、オレと里緒のいる場所へ一点集中してくる代行者。全方位から隙間なく様々な攻撃を仕掛けてくる。同時に多数。
それはそれは素晴らしい異能の数々。炎から水から氷から何まで。隠す気もない殺気と共に。
まるでエレメント大会のようだ。それこそ何かの夏祭りのようで、パフォーマンスのようで、みんなが楽しそうにオレと里緒を殺しにくる。
笑顔で、ただ、お金のために、里緒と命を殺そうとするその姿勢。
全方位からそれが迫りくる。
「んん―――!!!!」
里緒は怖いのかギュッとしがみついてくるので、オレはその手を左手で優しく掴んであげ、右手でフィンガースナップの準備をする。
周囲三メートルほど。
綺麗な彩りと多種多様な異能の光波が、インプレッシブなハーモニーを生み出し、オレ達に死をもたらすだろう。凄まじい速度で、それらがこちらへ向かてくる。
あー、絶景絶景。
なんて―――。
―――言うと思ったか? ゴミ共。
「最終警告だ。これ以上近づくなら――殺すぞ」
オレは蒼き瞳で睨み、強烈な殺気を押し出す―――。
顎を突き出す今のオレが、どんな顔をしてるかは知らない。だが、攻撃最中の代行者の反応で察しがついた。
自覚はなかったが物凄い形相なのか、オレの表情を見て皆が例外なく冷や汗をかいた。まるで恐ろしいモノを見る目で。恐怖に打ち震えた。
その状況が瞬間的に見えた―――。
オレらを殺せるかどうか、その刹那に至り、やっと気付いたようだった。
死ぬのは―――。
―――オレではなく―――
―――オマエらの方だと。
そんなに死にたいかゴミ共。
なら教えてやるよ。
アンタらの言う『本物の異能』を。
空間を縦軸とするなら、時間は横軸。
そしてそれらはたった一点でのみ交わる。
領域構築・時空零域。
別名。
「第零術式――――『律』――――」
*
フィンガースナップの音が鳴ってから、時間にしてたかが7分、されど7分―――。
しかし、最強の名瀬『蒼の王』の前では、その7分はあまりにも長すぎた―――。
名瀬統也が116名の代行者を異能間正当防衛の下で鏖殺―――完了―――。
それを雀の視界共有を借りて確認した倉橋星香は、仕方ないと腰を上げた。
「あ~あ~、やってくれちゃったね。……まさか本当に皆殺しするとは思わなかったよ。随分変わったね……統也」
「えーそうなの? まー、分かってたっちゃ分かってた結果だよねー」
「計画通り事が進んでて嬉しい?」
星香はクレアに聞いた。確認程度の意味で。
「うん。全部僕の計算通りだよ。ちゃんと領域の構築まで使って一番厄介な『第零術式』を消耗してくれた。これで彼は、僕ら相手の戦闘時にあの時間停止チートは使えない。……いいねえ……それにマイハニーもいるみたいだし」
クレアはスズメの視界共有にて里緒を舐め回すように見つめた。
*
「はぁ……」
全員を残らず殺し終わりオレが深い溜息を吐くと、里緒が不安を顔に浮かべ、震えながら抱き着いてくる。浴衣のままで。
「統也ぁ!」
「ごめんな。殺人に巻き込んで」
「え、うん……なんて答えればいいか分かんないじゃん……」
「でも、こうするしかなかった。アイツらはオレ達の命など興味がないんだ。ただ、金が欲しかった、それだけの理由で動いていた。そんな相手に情けなどかけない。……里緒と命は守り抜く――必ず」
赤く染まった黒のマフラーを見ながら、里緒が言った。
「あたしは統也についていく……何があっても。だから、こんな事で挫けてちゃいけない……。でも統也、あたしはまた助けれらただけ。守られただけ。何もしてない。それでも……あたしは統也のギアと呼べるのかな? 歯車として稼働するのかな」
「気にするな。少なくとも今の里緒は十分戦える素養を積んでいる。オレの『守りたい』はただの決意みたいなものだ」
オレはマフラーに『檻』エネルギーを付与し、血の汚れを完璧に落とす。
「ん、新しいマフラー、買ってあげようか?」
「いや、いい。……これがいいんだ」
「そお?」
「ああ。これじゃなきゃ駄目なんだ」
そう言って里緒の頭を撫でようとしたその瞬間―――。
「はっ……」
鋭利な刃物が二本、オレと里緒目掛けて飛んでくる。
急ぎ、マフラーに『檻』を付与し空間断裂で切りつける。青い光の線が尾を引いた。
「ほぉー! さすがさすが、『名瀬の最強』さん」
わざとらしく言い、パチパチと拍手をしながらも木々の陰から星香と並び姿を現す短躯の少年。
堂々たる表情で歩み寄って、6メートルほど先で止まる。
「これだけの殺人を犯しても警察……つまり代行者に捕まらない世の中、とても物騒だよねー? そう思いませんか?」
児童のような声質を持つ実際低身長のその少年は粋な態度で問いかけてくる。
手に、先程投げてきた黒い刃物を浮かばせそれを念動系の異能で回転させながら弄んでいた。
「そんなことはどうでもいい。……お前、誰だ?」
顎を引き上目で睨む。
「僕ですか? うーん、そうですね……僕は聖境教会特別委員長・永無クレアという者です」
その幼い容姿の少年は闇夜でニヤリと気味悪く笑った。
「君たちは僕の罠に嵌った。残念だけど、もうチェックだよ」




