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両手に花、うなじにも花。



   *




 ビリビリィィィィィィ―――!!!



 特別区という異能士の訓練を許可された森林中エリア。

 オレは両手から青き電撃を放った。凄まじいプラズマ環境におけるアーク放電。


「うわ……ほんとに出来ちゃった……。統也って出来ないことないの? 逆に何なら出来ないのさ?」


 里緒はやれやれとオーバーリアクションで首を振った。


「まあ、何回かマナの制御を試して、術式への入力方法さえ身に着ければさほど難しくはない」

「でも電気って『空間』と関係ないじゃん? どうして使えるの? 統也って名瀬一族でしょ?」

「具体的にはオレに内蔵している術式の根源が知り合いにより弄ってある。因子がその人の影響を受けて『蒼』になってしまうほどな」


 凛の『月夜(ツクヨ)術式』――青い電気。そこからオレの異能概念は『蒼』に縛られた。御三家が出す異能体の色は千差万別。その色因子が被ることは基本的にはない。カラーコード別になっているもの。

 深緑の希咲、橙の玲奈、碧色の杏姉など。


「誰さそれ? また女?」

「オレを女好きみたいに言うな。異能士は女性人口が多いんだ」

「はいはい、それで? その電気の虚数域、使えちゃうんだ。話聞いてる限り本人はそれを使えないんでしょ。なのに統也だけは使えるの? 普通にセンスの塊じゃん」

「空間を制御するコツと言うほど変わらない。それさえマスターすれば『異能』の応用は基本になる」

「はいチートおつ」

「別にチートではない。……それとさっき空間と電気が関係ないと言ったが、電子というフェルミ粒子はクオークなど量子力学と密接な関係がある。量子力学は空間と関連があるし、そもそもガウスの法則や電界の……」

「はいはい分かったよ。それ以上難しい話はあたし分かんない。……でも自分の分だけで満足しないでよね? 忘れてない? あたしの防御、考えてくれるんでしょ?」


 今日最大の目的は里緒の防御手段を考案すること。


「そうだったな」


 今日この時刻を以て完成した青電の「アレ」はあくまで遠距離への対策。具体的にはあの赤髪への対策。

 本命は里緒の防御だ。



   *



「あーヤバい、今日疲れたー」


 帰りのバス内で里緒はだらけた姿勢を見せた。

 なんの躊躇もなく隣に座るオレにもたれかかってくる。

 一体何を考えているのか。


 オレはもう抵抗さえしない。

 しばらく黙っていると。


「あのさ統也」

「ん?」

「明日、あたしと(みこと)と統也の三人でデートするってほんと? 命から今そう連絡きたんだけど」


 スマホを見ながら言った。


「ああ、ほんとだ」

(みこと)さんよく承諾したね」

「いや……そう提案を持ち掛けてきたのは(みこと)の方だ」

「えぇ……それは驚き。何を考えてるんだろ……。でもそうか、統也がそんなこと言い出すわけないや」


 命の考え……それはオレも知りたい。

 病室から飛び出したあのあと、病院の庭にいた(みこと)へ話しかけると、彼女は思いつめた様子でこう言った。


―――「ごめん統也くん……」

「いや、こちらこそごめんな。自分のことばかりでしっかり君を見てあげられなかった」

「ううん、私が悪いの。勝手に近寄って、勝手に期待して、勝手に突き放して。ただそれだけ。私って本当に最低。……人って“特別”が“当たり前”になると傲慢になっていくんだね。最初は少し触れているだけで良かったのに……。クリスマスの日以来、夜が寂しいんだ……」



 そしてしばらく語らい、オレの説得もあり仲直りらしきものをしたあと。



―――「実はね統也くん、話しておきたいことがあるの。私あの日以来―――」


 彼女が言うには、あの日以来、つまりクリスマス以来オレの位置が把握できる感知能力なるものを手に入れたらしい。話に聞けばそれは大輝や他の影人が持つオレら九神の使徒を探知する能力と少し似ている。

 感じれる距離には制約があり、時と場合によってオレを感知する瞬間は異なるとのこと。

 物理的な遮蔽を無視できる点でいえば普通の人間が持つべき感覚ではない。明らかに異能に近い。第六感といわれるものに。


 理屈などをここで捏ねても正解は出ないが「クリスマス以来」という条件は偶然ではないだろう。

 (みこと)との過度な接触や感覚の共有などが原因でこうなったのだとしたら……。


「自覚しないとな」


 オレも九神の一人。九神同士の強い接触でこのような変化が現われるなら以後は注意しなければならない。


 でもオレが九神だと言う自意識は持ちがたい、正直。

 権能『再構築』が使えるようになった当時の記憶はないし、これが異能であると無意識に思い込んでいた。

 どっかの黒い男のギアが二つ異能を使えたため、二限異能という言葉は一時期流行っていた。


 単純にそれなんだと、自然に受け入れた。


 権能。それは、ある日突然使えるようになった。

 オレにとって、呼吸の方法や泣く方法を教わらないのと本質的には同じことだった。

 ただ、できた。

 それに方法などなかった。



「それで……その命に発現した感知能力と、あたしと三人でデートするのになんの関係があるの?」

「いや直接的関係はない。今話したのは、ただ里緒にも教えておこうと思っただけだ」

「ふーん、で。結局さ、なんでデート三人で行くの? ふつーに意味分からないんだけど」

「さあ、(みこと)が里緒と話たいと言ってる」

「話したいこと? あたしはないんですけど?」

「命はあるんだろ」

「変なの。大体LIMEで言えばいいのに」


 それでデートの場所が、四年前のあの場所か。



  *



 次の日。中島公園付近。既に一体は賑わい大変なことになっていた。人込みが。


「どう?」


 最初に待ち合わせ場所の地下道入口に居たのは命。その浴衣姿はまさに「美」。

 17時集合と決め、今は十分前。

 命は有名すぎたのでやはりすぐに人が群がった。


 この辺は相変わらず人口が多いな。四年前と何も変わっていない。

 変わっているのはオレらだけか。


「ああ、似合ってる」

「ほんと? ありがと」


 命は照れつつ言いながらオレの方へ来るが、すると周りの男が凄い顔でオレを見てくる。睨んでくる。その視線が少し痛い。


「お騒がせして申し訳ありません。彼は私のマネージャーですので」


 命は声を上げた。


「おい、そんな嘘ついていいのか?」

「うん、バレなきゃ、ね」


 小声で言ってウインクした。

 

 そのまま少し移動して位置を変え、


「でも案外、しつこく付きまとってくる奴とかいないんだな」

「そんな失礼なファンは滅多にいないよ」

「そんなものか」


 二人でしばらくその辺うろうろしていると、向こうが側から里緒が来た。

 長い髪を命同様後ろにまとめているが、大体、外見と雰囲気で分かる。

 

「ごめん、あたしが遅れちゃった。二人とも待った?」

「うん、待った。百年待った」


 命はいかにも文句を言いたげ。

 早くも目線をぶつけ合い、バチバチしている。

 里緒も対抗したいのか、急に腕を組む。


「あっそお、統也なら待ってないって言ってくれるしぃ? ねぇ?」 


 オレに振らないでほしいが。


「ああ、別に待ってないだろ」

「ん、むぅ……」


 今度は命がふくれた。

 さてさて、二人ともまだ一分も経っていないぞ。


「ほら公園内、早く行くぞ」



  *


 

 中島公園の夏祭り。正式名称、北海道神宮例祭・札幌まつり。


「うわーすご! 統也、金魚いっぱいいるけど!」


 金魚すくいの屋台を見てはしゃぐ里緒にオレと命ははてなを浮かべた。

 そりゃ金魚すくいなのだから金魚はいっぱいいるだろ。もし仮に三匹とかにした場合すぐに店じまいになる。


「あたしあれやりたい!」


 輪投げ、射的、次々に指差すが、どれも子供がやって楽しむもの。さすがに子供向けは言い過ぎたが、異能士が楽しむものではない。


「もしかして霞流さん、お祭り初めて?」


 いや、そんな馬鹿な――


「え、うん。来たことない」


 おい、マジか。


「じゃあどうして浴衣持ってるの?」

「母が若いころに着てたやつだと思う」

「ふーん」



  *



 オレはトイレと言って二人から離れ、露店・屋台の裏に行く。もちろん(みこと)に危険が無いよう最大限、周囲に気を配りながら。


 その場はチラホラカップルなども見られる。

 暗がりなどが丁度いいのかもしれないなとか野暮なことを考えた。


「どうだ茜?」

『地獄。里緒さんと命さんがいる中、統也と祭り回るなんて』


 その真意はよく分からないが。別に二人を嫌っているわけでもないだろうに。

 どこが地獄なのか、オレが思うに尋ねても答えてくれない。それが茜の性格。

 だからあえて聞かない。


「それよりちゃんと見えてるか?」

『うん、見えてる』

「な、言ったろ? 案外簡単にいけた」

『デバイスにある信号機能を踏み台にすれば神経系アクセスを拡張できる。それで()()同調が可能……よく気が付いたね』


 そう、茜は今オレの見ている風景、状況……視界全域を見ている。というか視覚をリンクしている。型はオレなので、茜の視覚をオレの視覚に移行している状況。

 妙な気分だ、人と感覚を完全に共有するのは。


「偶々だ。こっち着いた時すぐにトリセツはリュックごと燃えてるからな、色々調べてた時に分かった」


 チュー二レイダーの取り扱い説明書は、最初ダークテリトリー内で杏姉に燃やされた。

 多分意図してやったことではないのだろうが、そのせいでかなり苦労した。主にチューニレイダーという詳しく知りもしない装置の扱い。

 基本的な操作知識はもちろん身についているものの、メンテナンス方法などはほとんど茜に教えてもらった。


『それにしても、やっぱり違うね』


 茜はふと、しみじみとした風に言った。

 多分この会話の意味を理解できるのはこの辺ではオレだけだろう。


「当たり前だ。同じだとむしろ困るだろ」

『うん……。「AI」はあとどのくらい?』

「あと十年もすれば人権の法律が提示されるだろうな。それとは別に石油の問題も出てきそうだ。より付帯して難化、その可能性も視野に入れるべきか」

『……やっぱりほとんどズレないのね』

「ああ」


 まあ茜の危惧も分かる。しかしその危機感なるものは互いで共有できるだろう。

 オレは茜を支えるし、茜もオレを支えてくれるなら、精神的負担は軽減する。


「そろそろ戻るぞ」

『はい』




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