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茜の場合【1】



  *



 現在より数日前。2022年6月某日。

 オレは自室に居たが、同調定期報告にてKこと茜と真夜中まで時を忘れて話し込んでいた。

 いつの間にか沸き上がる話題、それが尽きることはなかった。


『それで?』


 茜はオレの意見を催促してきた。


「いや、だから魔素(マギオン)の出力調節に直接存在する術式ではなく『領域構築』系の術式干渉を用いるんだ。たったそれだけの作業で、残りに使った余り式は演算に全振りできる。これほど便利な術式干渉の活用法はないと思ったんだ」

『確かに、統也の言う通りかも。おそらく「術式干渉」自体そっちでは普及してないからでしょう?』

「ああ、そうだ。そもそも術式干渉の最高点がオレの『第一術式・解』だと思っている」

『それ新作? ダイヤデータに乗ってないけど』

「ああ、強力な技はダイアデータを更新できなよう、あとで作れって旬さんの指示だ。『蒼玉』と『青玉』の融合も等しくな」

『成程、彼らしい。……ちなみに「第一術式」の詳細は?』

「ん?」

『え、教えてよ。普通に聞きたいのだけれど』


 速く聞きたい、とせかしてくるので話すか。


「『第一術式・解』は明確に術式となっていない異能単体に対しては無効。あくまで術式のある領域空間を解体する技術」

『でも三宮拓海と対峙したときに使用してた術式でしょ?』

「……以前三宮拓海が使ってたのは結構術式として固定化されてた。しかも拓海のレベルで使える容易な『糸』の術式は第三煌絲(こうし)術式くらいだ。特殊変化因子『白』も上手く扱えていなかった。案外いい固有術式持ってるのにな」

『だからあの時は分解できたけど、他は術式が明確じゃない分、即時無効化は無理?』

「そういうことだ」


『でもほんと、あれでどうして統也に勝てると思ったのか、三宮拓海は。「虚空」も見せてあげたかったのだけれど。「虚空」でなら術式の有無に依存せず異能自体を無効化できるんでしょ?』


 茜が、次は「虚空」の話をしろ、と遠回しに言ってくるので説明しようか。

 決して話したい訳ではない。

 そう、決して茜とこのレベルの会話ができて楽しいからとかそういう訳ではない。

 断じて違う。断じて。


「第一術式の強化。果てに虚数性質を重ね掛けした『虚空』という無効化専用の虚数術式――。だがオレは『複素』の領域構築に成功していないため実践では“見たことある”“慣れている”術式相手にしか使えない。結構不便なんだ」


 オレが「碧い閃光」――つまりオレの姉と戦った時に発動した虚数術式がまさにその『虚空』という技術。純虚数の複素数回転により、空間を元の状態――元来の空間――“虚空”へ返す術式。


 ……オリジン規定ESP登録を受けたらまず間違いなく禁術・禁能に指定されるだろうな。

 下手に見せびらかしたりは出来ない。奥の手として取っておくのが賢明か。


「そもそも茜は『複素』の話なんかよく知ってるな。虚数域という稀有な才能により成立する虚数術式の完成形。おそらく異能界では超マイナーな分野だろ。有名な例え話に『IQ200』みたいな例もあるくらい極稀だからな」

『でも傍に実例がいるから……ってことで?』


 茜の発言と同期するようにオレの脳裏にある男の背中が見えた。


「世界で『複素』を果たせたのは純黒蝶・伏見旬ただ一人か」

『うん』


 オレは自室のベッドの端に腰かけていたが、立ち上がり、キッチンで透明グラスに水道水を入れてそれを喉へ通した。


 案外茜は隠し事が下手なので、先程の「うん」が嘘だとすぐに見抜けた。

 判断材料は「うん」の発声速度。茜の通常の「うん」を何回も聞くと、今回のみ微かに早く言い終わったことに気付ける。

 もちろんこういう些細な次元での基準なので、一般人にはとても看破できないが。

 

「茜は、他のアドバンサーをどう見る?」


 ふと聞いてみた。彼女のような優秀な人間が他のアドバンサーをどう睨んでいるのか、気になったからだ。


『壮大に話の流れが変わって驚いてるとこ』

「いや、少し真面目な話をしようと思って。あ、眠いなら寝ていいぞ。もう夜遅いからな」


 言いながら部屋の掛け時計を見ると午前0時24分。


『大丈夫、眠くないから』

「だが肌に悪いだろ」

『お気遣いありがとう。でも統也と語り合うの楽しいし』

 

 そう言われた瞬間、興奮とも高揚ともかろうじて違う感情に身を巻かれた。おそらく嬉しさからくる感情。


 あ、そうか。やっぱりオレは茜を……意識してる。異性として。

 これはもう同僚とか、友人とか、家族とか、そんなものに抱ける感情じゃない。

 

「茜、恋人いるんだったよな?」


 気づいた時には口からその言葉が出ていた。


『え、いないけど。急にどうしたの?』

「いない? 別れたのか?」

『いや?』

「じゃあやっぱりまだ付き合ってるのか」

『いや?』

「どういうことだ? 彼氏いるんだろ?」

『いや?』


 こいつオレで遊んでるだろ。

 クールな口振りからおそらく笑顔の一つも浮かべていない。


『ごめん冗談。というか統也、信じてたんだ、それ』

「何がだ?」

『私に彼氏いるって話。あれ、嘘だから』


 きっぱりとそう言い切る。


「は?」

『いや、統也が本気にすると思わなくって。大体いるわけないじゃない? 強くて? かっこよくて? クールで? 頭がいい? けど本当はすごく優しくて? 面白い? ……そんな人いると思う?』

「いや……」


 確かにあの時も、そんな完璧超人は存在しないとの結論に至ったのだったな。

 旬さんならクール以外の枠をギリギリセーフで滑り込みそう、とは思ったが色々な考察のあとそれはないと分かった。


「確かにあり得ないな、そんな完全な男。もし仮に実在するならモテモテだろう」

『うん……正解。そしてその人とは一生会えないよ、統也自身(だけ)はね』

「ん? どういう意味だ?」

『知らない』


 ツン、と音が鳴るかと錯覚するほど愛想なく言われた。


「なんか怒ってるか?」

『別に怒ってない』


 意味不明だ。


『それより……他のアドバンサーについて、だっけ?』

「ああ」


 急に話を戻すのかよ。オレと同類だろ。


『今現在アドバンサーとして確実に判明してるのは―――名瀬杏子、三宮拓真、白夜雹理、二ノ沢紅葉、セシリア・ホワイト、そしてあなた―――以上六名。彼らがアドバンサーに他ならないのは、こっちの独自調査で確認済み。でもアドバンサーは全部で十一回派遣されているはずだから、残りの五人がまだ……多分海外かな? そっちはあまり気を配らなくていいと思う』


「了解だ。ちなみに茜、それぞれのコンダクターが誰か分かったりするか?」

『調べたら二人分のコンダクターだけは判明した。名瀬杏子が七瀬国見(ななせしゅうや)、二ノ沢紅葉が二条呉羽(にじょうくれは)。他は分からない。これは私の勝手な推測だけど、雪子博士のメンテ作業を拒否ってるんじゃない?』

「なるほど、そもそも他の奴らはコンダクターなんか欲してないだろ。チューニレイダー自体使わないんだ」

『一理ある』


「だが、やはり衝突は避けられないか」

『甘んじるしかない。制度が制度だから……』


 アドバンサー同士は互いに不干渉、個別活動を絶対としている。

 現在の電波傍受システムが優秀すぎるからなどいくつか理由はあるが、最もは上官うえが、絶対に傍受されないチューニレイダーというマナ接続式の同調通信装置を用いることを原則としているため。


 だがアドバンサーの総数は極めて少ない。それだけがせめてもの救いだ。

 理由は難易度が高すぎる任務である上、そもそも同調可能な相手を探す作業が至難だからだ。同調装置チューニレイダーは誰とでも五感を共有できる夢の機械ではない。


 なぜならば双方の神経系接続に適合する選ばれし二組だけアドバンサーとコンダクターになれる。

 その二人は唯一絶対の運命で結ばれていると言っていい。

 本部ではコンダクターとアドバンサーを括って『(ツガイ)』と称するほど。


 なぜそこまで大げさなのか。

 それは、一人の人間に合わせて神経同調の型を取った場合、それに当てはまる――すなわち100%五感感覚を共有できる相手は約「一億人に一人」という超低確率でしかこの世に存在しないから。


 ある通説によれば「人生で何らかの接点を持つ人は30000人」とされている。あくまで通説、平均の概算値に過ぎないが、そう考えると「一億人に一人」とはとてつもない確率。

 片方の同調の型にはまるだけで、それはもう奇跡なのだ。


 同調相手に対する具体的な感情――その人を強く想っているだとか――そういった脳神経系への活性剤として働くような感情を関与させれば、その確率は上がるものの、それでもその天文学的確率は侮れない。



 オレの場合その「一億人に一人」が[K]――天霧茜だったわけだが。




「話は変わるが……茜、意中の人とかいるか?」

「え?」



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