イザナミ【5】
『檻』の展開は―――駄目だ。間に合わない。
これが意味するのは別に、オレの死ではない。
瞬刻の中、交差点付近で影人化した大輝の方を目視。星香が操作する数十の影達と激しく格闘戦を繰り広げていた。
大輝は低く見積もっても所詮CSS。強化済みのものとはいえ、その辺の影には負けないだろう。
再生能力もあるしな。
そんな刹那の中、オレは完全に退路を断たれた。
直接的な物理攻撃を繰り出してくる影達に包囲される。星香が操っている影らに。
円形収束のように黒い影の円が縮まり、オレを中心に接近してくる。全方位から。
また、空からは灼熱の一矢。
それでも。恐ろしいくらいに現在状況を把握し、形勢を明確に確認できていた。
悪いがこの程度でオレは死なない。
あるのは、オレの死ではなく―――。
―――星香の死だ。
すまない。
聖境教会の増援がいつ来るかも分からないこの状況にて、たった一人の『霊体術式』使い相手に、時間を食う利点を感じない。
だからこのまま、オレがお前を。
安心しろ星香。一瞬だ。
おそらく人間という、宇宙に置いて矮小な存在において、時間的な枠を明確に感知できない場合、そのあまりにも規模が違い過ぎる時間的感覚の制約により、痛覚も覚えず終えることができるだろう。
命は渡さない。殺させもしない。
そのためなら「悪魔」にだってなってみせる。
第零術式――――。
『り―――。
瞬間。その一弾指。
時空零域「律空間」を檻内で展開する固有秘技――『律』を発動しようとしたまさにその時、
「『棘糸神紡』」
ジュゥゥゥッ――!! ギュイィィィン――!!!
「えっっ!!!」と叫ぶ星香。
赤き彗星のように遥か上空からジェット噴射で威力を上げつつ直進してくる赤い矢。おそらく念動系のサイキックで固形化してある。衝突時、その撃力的な反作用を炎内側で爆発させることで爆破を生み出す炎矢の技――。
それがオレの身体領域に届く前、グリーンレーザのような光が横から横へと一直線に放出された。そのレーザーが炎の矢を難なく弾き飛ばす。
レーザーとは言ったが、緑の糸状物体を束ね、出力を高めたビームのような一撃。
「なにっ――!」
これは……間違いない。
三宮一族の第一術式『糸槍』の初段階演算の異能技『神紡』。
となると三宮拓真、アイツも記憶を持ってるな。それを工程として部下に教えたのか……。
次の瞬間、視界の端で無数の「緑の線」が揺らいだ。
極楽浄土へ導かれるような糸かと勘違いする「深緑の糸」が。
「『棘糸操術』―――」
響き渡る控えめで温容な声。主が若い女性なのは見ずとも分かった。
直後、上空側から影の元へ伸びた深緑の糸、その糸が瞬時にそれぞれの影の五体へ結合していく。いや、『糸』が連結していく。
それを受けピタリと行動をやめる影達。
持ち主が三宮一族なのは明白。だがなぜかオレは狙われなかった。
「―――自壊浄土・乱」
その発言を合図に、『糸』の連結を受けた影が、いきなり同士討ちを始める。そこに居た全ての影が。
「これは……」
影のこちらへの殺意も消えている。オレへ矛を向けていた影達は突然互いに方向転換し、見つめ合う形を取り、すぐに戦闘を始めた。狂ったように。
先までオレを狙っていたのが嘘のようで、互いを殺し合うことに夢中になっている。
影と影がぶつかり合うという違和感が支配する現場となった。
「我が傀儡よ、自滅せよ」
瞬間、影達は深緑の糸の操り人形のまま、互いを互いで打ち取り合う。決定的な一撃をそれぞれで撃ち合う。とどめを刺し合った。
同時に紫のマナ火花でプラチナダスト化する。流れるように全てが紫紺石となり、落下する。
「三宮家警務担当が一人、三宮希咲。以後お見知りおきを」
その発言の正体は、徐々に煙の先から現れる。
華麗に歩いてくる麗人。黒髪で後ろ髪を結っている。
自己紹介の通り十中八九三宮一族の人間だろう。
というか大輝が審議にかけられた際、大輝の動きを抑制していた深緑の『糸』使いがいた。白フードの瑠璃と並んで立っていた黒フードの女。
顔を覚えておいて良かった。
影はいわゆる「自壊」で消滅した。
本来異能『糸』の通常レベルがこれなのだろう。『糸操術』の連続や応用からくる特殊運用。捨てても御三家だ。拓真の弟・三宮拓海が弱すぎただけ。
「なにこれ!! 一体……どういうこと……!!?」
店の屋上で後ずさる星香。
「私の影人……どうして最初の『糸』をかわさなかった!!」
オレは改めて星香の方へ向き直り、言ってやった。
「単純に“影の性質”だろ。……星香、そんなことも知らないのか? 影は霊体に動かさせてもその本能的な性質は影」
引き継ぐように三宮希咲が――。
「だから影は目の前の獲物を前にして襲いたいという衝動を抑えられない」
あえてその時を狙っていた、と言いたげな彼女はオレの隣に並んでくる。
初めて対面したがこの人が仲間なのは即理解できた。少なくとも今は敵じゃない。
「つまり、その隙さえあれば、いとも簡単に影を糸操術に嵌めれる。ぬかったな星香」
言ってる時、斜め上から再び炎の矢が飛んでくる。
シュー、しつこい奴だ。
『檻』で防御壁を展開しようと右手をそっちに出すと――。
「ここは私に任せてください」
言いながら左手の指先を繊細に動かす希咲。その指をよく見ると、人差指と中指から右付近の建物に繋がる二本線が見えた。もちろん深緑の。
それが横線二本、建物と建物の間、道路の上、電線と並行かつ交わるように展開される。
正確には展開されていた物が可視され出現する。
飛んでくる矢は瞬間的にグリーンのカットを受け、炎が三つに分離、分散し、推力が消失する。
力なく落ちる、ただの「炎の塊」となった。
「名瀬様、私はコンビニ上の天王寺某をやるので――」
「――オレはマンション上のシューか?」
遮り言うと一瞬目を点にしてから言った。
「流石です」
オレはすぐさま手を構える。『蒼玉』を打ち込むためだった。
正直遠距離系の技はこれしか持っていない。
遠い距離での技の掛け合いは『蒼玉』の弾丸に依存する。
『蒼玉』はあくまで“空間を収束させる反応”を持つ『檻』の名称でしかない。檻の内部を収束させるのも、収束した空間の球を放出するのも両方『蒼玉』。
元から得意な技能ではあったのだが。
どっかの師匠がエネルギーの収束しか教えてくれなかったせいで。
「さて」
そうして『蒼玉』を撃とうとしたが―――。
その必要はなかった。




